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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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四十六の炎

四十六の炎

車イスに座り、二人に背を向けていた患者の正体は魔餓鬼であった。

車イスから立ち上がった魔餓鬼は、押し手の片ハンドルを掴み取ると、二人に向かって投げつけてきた。

車イスは猛烈に回転しながら火の出るような勢いで、飛んで来た。

床からベッドまで僅かな高さがあるが、一直線に飛んできた車イスは、その僅かな隙間を狙ったかのようにして矢沢を乗せたベッドに激突した。

激突されたベッドはテコで持ち上げられたように前輪を浮かせると、後輪も浮き上がり、矢沢を乗せたまま空中でクルリと反転してそのまま床に激しく叩きつけられた。

分厚くマットのようになってしまったベッドの下を、エバは呆れた顔で覗き込んだ。「あらまぁ。可哀そうに……」

「せっかく助けてあげたのに、クルッとひっくり返って『お好み焼き』のようにペッタンコになってしまったじゃない」

「な、何てことを……」

快炎鬼は物凄い形相で魔餓鬼を睨みつけた。

「あ、あの野郎―ッ!」

怒りに燃えた快炎鬼は、床を蹴って跳び上がると、大声を張り上げながら魔餓鬼に闘いを挑んでいった。

「うおおおおおお―――ッ!」

待ち構えていた魔餓鬼も、同時に床を蹴って跳び上がると、二人の繰り出したパンチは空中で強烈なクロスカウンターとなって、互いのアゴに見事にヒットした。

二人の体勢は空中で入れ替って落下した。

先に着地した魔餓鬼は、着地したばかりの快炎鬼に飛び付くと、そのままの勢いで床に押し倒し、馬乗りになって顔面に鉄拳を下し続けた。

大きなダメージの一撃は一度として受けなかったが、馬乗りになられた快炎鬼は防戦一方だった。

エバは柱の隅に置いてあった3尺(90㌢)ほどの小さなアルミの脚立の脚を手にすると、背後から魔餓鬼に近づき、横から思いっ切り側頭部を殴りつけた。

鈍い打撃音とともに、魔餓鬼は横に大きく吹っ飛んだ。

素早く起き上った快炎鬼は、起き上がろうとする魔餓鬼の両の足首をガッチリと掴み取り、ハンマー投げのように数回振り回すと、パッと両手を離した。

魔餓鬼はフリスビーように回転しながら物凄いスピードで、ロビーの上空を飛んでいった。

―――

広いロビーの上部は吹き抜けになっていて、階下のロビーを見渡せる2階の通路沿いには、1・2㍍㍍ほどの高さにステンレス製の枠がついているアクリル板が設置されていて、ステンレス製の枠の上部の角は、丸みと弾力のある分厚いビニールカバーで保護されていて、それが手摺りの役目を果たしていた。

階下から猛烈な勢いで飛んできた魔餓鬼は、手摺りの上を通過すると、合板作りの壁を肩口からブチ破り、回転レシーブのように床を数度転がり、パッと立ち上がった場所はリハビリテーション用の部屋だった。

―――

ロビーの玄関先は、避難する患者や職員たちでごった返していたが、比較的に後ろの方は空いていて、軽く床を蹴って跳び上がった快炎鬼は、2階の手摺りの上にフワリと降り立つと、魔餓鬼が開けた大きな穴を見下した。

不満げな表情でブツクサとボヤキながら、エバは近くにあった階段を、数段ごとに跳び上がっていった。

「いいわね。快炎鬼には韋駄天以上のパワーがあって……」

「ご覧なさいよ」

「私なんか数段跳びで上がっていくのが精一杯なんだから……」

―――

2階の手摺りの上で立っていた快炎鬼は、ポンと通路に降り立つと、慎重に足を運ばせながら、壁に大きな穴を開けているリハビリテーションルームに近づいた。

破られた壁の手前で足を止め、室内の様子を伺ってみると、魔餓鬼の姿を確認することはできなかったが、床にガッチリと台と並行して固定されている歩行訓練用の2本のパイプの片方の先が無くなっていることに気づいた。

壁際に落ちていた合板が付いている木片を、快炎鬼はそろりと拾い、ヒョイと穴の中に差し入れると、長さが1・5㍍ほどのスチール製のパイプがブンと風を切って振り下ろされてきた。

軽く穴に突き出した木片は、鋼鉄のパイプで一撃されて、木っ端微塵に打ち砕かれて四方に散った。

「残念だったな。魔餓鬼……」

室内から返事はなかった。

一気に室内に飛び込んだ快炎鬼は、壁際に沿って隠れていた魔餓鬼を横目でチラリと一瞥すると、リハビリルームの中央付近に設置されている歩行訓練補助機に駆け寄った。

出し抜かれた魔餓鬼は快炎鬼の後を追うこともなく、何するものぞとばかりに怪訝な顔で後ろ姿を見送っていた。

広いリハビリテーション室には、トレーニング専用の機種が数多く設置されていた。

歩行訓練補助機の台に快炎鬼が駆け寄ると、残されていた1・5㍍ほど片方のパイプを床に向かって一気に押し下げて、二、三度上下に力を加えると、スチール製のパイプは驚くほど簡単に千切れた。

閻魔と地獄の十王たちからさずかった数多くのパワーからしてみれば、快炎鬼がスチール製のパイプを圧し折って千切ることなど何の造作もないことだった。

厳しい表情の快炎鬼と、涼し気な表情の魔餓鬼が、スチールパイプを片手に対峙した。

「お前の死に場所は、ここだッ!」

ニヒルな笑いを浮かべながら、魔餓鬼は応えた。

「誰もがそう言うのです。返り討ちになることさえ知らずに……」

「思いは同じだ。俺もそう言いてぇ」

魔餓鬼の腕を侮っていたワケではないが、快炎鬼には自信があった。京都府警を代表して全国の剣道大会に出場したほどの腕だったからだ。

双方が相手に向かって走り寄った。

快炎鬼の手前で床を蹴り、大きく跳び上がった魔餓鬼は、上段の構えから快炎鬼の脳天を狙って一気にパイプを振り下ろした。

振り下ろされてきたパイプを、快炎鬼は下段の構えから上に撥ね返した。

「なめんなッ!」

カキーンと甲高い金属音を立て、パイプはクルクルと回転しながら宙を飛んでいき、一坪ほどの低い台で作られているマッサージのマットにブスリと突き刺さった。

快炎鬼はドヤ顔で言った。

「甘いぜ。魔餓鬼……」

「一度で仕留めようとは最初から思ってはいません。どの程度の男なのかを確かめてみただけのことですよ」

快炎鬼にクルリと背を向けた魔餓鬼は、風の如く走り去った。

思いもよらぬ魔餓鬼の退散で、快炎鬼は慌てて魔餓鬼の後を追った。

逃げた魔餓鬼が止まった場所は、歩行訓練用に昇り降りができる両サイドに手摺りの付いた数段だけの小さな階段の踊り場だった。

踊り場で立ち止まった魔餓鬼は、クルリと振り返ると、追ってくる快炎鬼を待った。

快炎鬼は、仁王立ちで待ち構えている魔餓鬼の手前で床を蹴って跳び上がり、魔餓鬼の頭を狙ってスチール製のパイプを一気に振り下ろした。

脳天を直撃される寸前で見切りをつけた魔餓鬼は、身を反らせるようにしてパッと後方に飛び退き、鋭い快炎鬼の攻撃を間一髪で免れた。

勢いよく空振りした快炎鬼の足は、段数の少ない登りの階段と床に着地したが、快炎鬼は踊り場の床だけでなく、階段の上部のかどをも打ち砕いてしまった。

『しまった!』

階段の両サイドに取り付けられている木製の手摺りは、快炎鬼の一撃によって踊り場の内側に大きく傾いて封鎖された状態となり、木製の小さな階段は使用不可となってしまった。

『すっかり忘れていた。俺のチカラは人間並みじゃなかったことを……』

破壊してしまった階段を、一足飛びで跳び越えた快炎鬼は、魔餓鬼が飛び退いたフローリングの上に降り立った。

魔餓鬼の姿はその場にはなく、一坪ほどの広さで高さは30㌢ほどのマッサージ台のマットの上に魔餓鬼の姿があった。

そこには快炎鬼によって跳ね返されたスチール製のパイプが突き刺さっていた。

快炎鬼の方に身体を向けた魔餓鬼は、スチール製のパイプの上部を握って立っていた。

広いリハビリテーションルームのマッサージ台は、10台近くが間隔を開けて縦2列になって整然と設置され、魔餓鬼が立っていたのは一番手前のマッサージ台であった。

マットに突き刺さっていたスチール製のパイプを勢いよく引き抜くと、魔餓鬼はパイプを持って隣のマッサージ台にサッと飛び移り、パイプをマットにブスリと突き立てた。

パイプの持ち手側の先端は、半円形の黒いプラスチックのキャップが保護用として被せられていたのだが、パイプを突き刺したことによって、マットの中の具材がパイプの中に詰め込まれて強い空気圧が生じ、キャップは簡単にパキッと割れて破片は四方に飛び散った。

「何やってんだ?」

「殺しの前のセレモニーです」

「な、なんだとぉ?」

魔餓鬼がパイプを勢いよく引き抜くと、ゴルフ場のグリーンで芝生のカップがくり抜かれたように、マットには丸い穴が開いていた。

魔餓鬼は近くのマッサージ台に飛び移り、先ほどと同じようにして勢いよくマットにパイプを突き刺した。

快炎鬼は青ざめた。

「な、何が殺しのセレモニーだ?」

「使い物にならないようにしているだけじゃねぇか!」

怒りに燃えた快炎鬼は、険しい表情で魔餓鬼に近づいていった。

「汚い真似をするヤツに、これ以上、好き勝手にはさせられねぇ」

近づいてくる快炎鬼には一切構わず、魔餓鬼は近くのマッサージ台に飛び移り、ブスリとマットに穴を開けては、次のマッサージ台へと飛び移った。

マットにパイプを突き刺している魔餓鬼に素早く近づき、快炎鬼は大きな声で言った。

「お前のセレモニーは終わった!」

「俺のフィナーレはこれからだ!」

「いえいえ、セレモニーは未だ終わってはいません」

「な、なんだとォ?」

「さんざもてあそんで甚振いたぶって、それからですよ。あなたをジ・エンドにしてあげるのは……」

素早くパイプを引き抜いた魔餓鬼は、上段からパイプを振り下ろしてきた。

脳天を打ち砕かれそうになった快炎鬼は半身を反らし、間一髪で難を逃れることができた。

間髪入れずに快炎鬼は反撃に出た。

鋭い踏み込みでタンと床を蹴ると、魔餓鬼の脳天を狙って強烈な一撃を見舞った。サッと体を交わした魔餓鬼は、鋭い快炎鬼の打ち込みを受け止めた。

2本の鋼鉄のパイプは火花が出るほどに激しく渡り合ったが、その音は鈍かった。

快炎鬼が一気に打ち込んだパイプは、中ほどあたりで魔餓鬼に向かってグニャリと「くの字型」に曲がってしまった。

快炎鬼は唖然とした表情で、曲がったパイプを見つめた。

「な、なぜだ?」

「同じ材質のハズなのに?……」

魔餓鬼は怪訝顔の快炎鬼をグイと押し返し、不敵な笑いを浮かべながら言った。

「金属バットと同じ構造です」

「……金属バット?」

「はい。強靭で反発力の強い金属バットの中身は、発泡スチロールが詰まっていますが、このパイプの芯にはマットの素材が詰め込まれています」

「セレモニーにかこつけ、卑怯な真似をしやがって……」

「相変わらず汚ねー野郎だ。反吐が出るぜ」

「何とでも言いなさい」

「やられたら、それ以上にしてやり返す。それが私のモットーなのですから……」

「どういうことだ?」

「こういう、ことです」

パッと一歩前に大きく踏み込んだ魔餓鬼は、野球のようなスイングで改造パイプを振ってきた。

折れて曲がった快炎鬼のパイプでは完全に防御することはできず、大きく弾かれたパイプは、二人が入って来た壁の穴の近くまで吹っ飛んだ。

フルスイングした魔餓鬼の改造パイプの芯は、攻撃を避けようと身を斜めに動かした快炎鬼の腹部を、真っ正面から直撃した。

身体を「くの字」型に折り曲げた快炎鬼は、障害物がない通路のようになっているフローリングの上を、奥の壁に背を向けながら弾丸ライナーのように一直線で吹っ飛んでいった。

快炎鬼は、壁に近づいていくと共に「くの字」になった身体を元に戻しただけでなく、両の手足を大きく広げ「大の字」になって壁に激突した。

強く壁に弾き飛ばされ床に転がり落ちた快炎鬼は、そのままの状態で壁を見上げた。

ブロック塀の上からモルタルで仕上げられた壁には、ボコッとへこんだ快炎鬼の「大の字」になった人型と、四方に走った亀裂が残されていた。

快炎鬼は安堵の表情を浮かべた。

弾丸ライナーのように猛スピードで吹っ飛びながらも両手足を大きく広げ、空気抵抗と壁に接する面積を増やしたことが幸いした。

「……よかった」

「穴を開けずに済んだ」

素早く起き上った快炎鬼は、魔餓鬼の様子を伺った。

魔餓鬼は通路のように縦に整列されている10台ほどの木製の歩行訓練用の手摺りを、快炎鬼に対してこれ見よがしに、次々とパイプで叩き潰しながら、ゆっくりとした足取りで近づいてきていた。

「あ、あのヤローッ!」

「この部屋をメチャクチャにする気か?」

余裕で行動している魔餓鬼を見ていると、魔餓鬼が言った言葉が思い出された。

『さんざもてあそんで甚振いたぶって、それからですよ。あなたをジ・エンドにしてあげるのは……』

再度、魔餓鬼を見ると、すでに魔餓鬼は目の前に立っていた。

「少しだけでしたが、お陰で楽しむことが出来ました」

「あなたを相手にするのも飽きてきましたので、そろそろシメにしましょうか?」

「望むところだ」

「これ以上、リハビリ室を荒らされるワケにはいかねぇッ!親父の閻魔の元に直ぐに送り届けてやるぜ!」

快炎鬼は内ポケットからドリペンを取り出した。

いまだかつて目にしたこともない魔餓鬼は、大いなる興味をドリペンに対して示した。

「何でしょうか。それは?……」

別のゲートを開く器具だと教えてやるつもりだった快炎鬼は、そこで初めて気付いて青ざめた。

『しまった!』

『撮り入れ方は教わったが、再生方法は聞いてなかった!』

魔餓鬼は快炎鬼の焦る表情を見て、一瞬で全てを読み取った。

「ダメですよ」

「これが最後だと言う時に、説明できないようなモノを出してきては……」

静かにパイプを上段に持ち上げた魔餓鬼は、快炎鬼の脳天を打ち砕く態勢に入った。

ドリペンを持って壁を背にした快炎鬼は、魔餓鬼が振り下ろしてくる攻撃の範囲内に入っていた。

快炎鬼は絶体絶命のピンチまで追い詰められてしまった。


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