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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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四十二の炎

四十二の炎

勢いよくドアを開けた快炎鬼が、機械室に入って来た。

快炎鬼が目撃した目の前の機械の高さは5㍍ほどもあり、横長に延びた長方形の巨大な機械はグリーン一色に塗られていて、機械室の大部分を独占していた。  

機械室に人影は無く、非常ベルの音と唸る機械の音だけが響いていた。

機械の前の左右の通路を確かめた快炎鬼は、安堵の表情を浮かべた。

「よかった」

「全員が避難してくれたようだ」

巨大な機械を右に見ながら左の壁に沿って進んでいくと、右に通じる通路の前にプレハブの事務室があり、上の事務所に行けるように左側の壁沿いに鉄の階段があった。

幅1㍍ほどの鉄の階段の手摺りを伝って上がっていくと広いスペースがあり、左側の天井と壁一面には、上下水道の太い配管とバルブ、空調用の送風と吸入の幅広いダクト、他には電気配線を収納するラックなどが複雑に入り組んで設置されていた。

手摺りの下部には、アクリル板が横に何枚も鉄枠で取り付けられていて、手摺りの中央付近で足を止めた快炎鬼は、両手を置いて機械室の全体を見下した。

機械室の横幅は10㍍ほどで縦幅は20㍍ほどの長方形になっていて、天井は2階をぶち抜かれていて高く、四方の壁はモルタル打ちっぱなしのコンクリート色で色彩は無く、簡素と言うよりも殺風景な機械室であった。

機械室の大部分を独占しているグリーンの「巨大な機械」に快炎鬼は感心した。

「凄い機械だ」

「まるで深海を探索する潜水艇を置いているようだ」

設置されている巨大な機械に圧倒されたが、この機械が何の目的でここに設置されているのかを詮索しているヒマは無かった。

快炎鬼は足早にその場から離れて反対側の階段を降りていった。

階段を降りると、エバが立っていた。

「エバじゃないか?」

懐中電灯よりも小さな器具を手にしたエバは、壁に取り付けてあった風景写真入りのカレンダーに器具の先を向けていた。

エバに近づき、いぶかし気な顔で快炎鬼は聞いた。

「何やってんだ? こんなところで……」

動作をピタリと止めたエバは、快炎鬼の方を横目で見た。

「それはこっちが聞きたいセリフだわ」

「逃げ遅れた者がいないかを確かめに来た」

「私もそうよ」

快炎鬼はエバが手にしている物が気になった。見覚えがあったからだ。

思い起こせば、閻魔大王と地獄の十王たちに見送られて地獄を後にする時に、羅獄殿の鉄扉に向かってエバが器具を照射すると、鉄扉に小さな風景画が出現し、その小さな風景画は瞬時にして拡大を続け、現世へ通じる街道を出現させたからだ。

「以前からエバは不思議な器具を持っていると思ってた」

「何をしていたんだ? その器具で……」

エバは隠すことも躊躇うこともなく、アッサリと答えた。

「これはドラえもんの『どこでもドア』と同じようなモノだと思ってくれていいわ。どこにでも出入りが自由なゲートを出現させることができるのよ」

「そうじゃないかと思っていたが、やっぱりそうだったのか」

「一度は体験して知っているが、胡散臭い器具だ、まだ信じられない器具だ」

「無理に信じなくてもいいわ」

「……でもね」

「色々な絵とか風景とか写真などを、この器具でレコーダーとして取り入れておけば、いざ、魔餓鬼と決戦という時にゲートを出現させて、誰にも迷惑のかからない場所に魔餓鬼を誘い込めて闘うことができるのよ」

「だから、このカレンダーの風景写真をドリペンで撮り入れていたところだったの」

「これは閻魔さんから預かった器具で、唯一無二のドリームのようなペン型の器具だから、私はこれを略して『ドリペン』と呼んでいるの」

快炎鬼は改めて感心した。

「凄いペンだ!」

「ネーミングだっていいよ」

快炎鬼の顔が曇り、心配顔でエバに言った。

「誰にも迷惑のかからない場所にゲートを出現させられるのはいいが、肝心の魔餓鬼がゲートに入ってくれなければ無意味な器具だ」

エバは苦笑した。

「そうなのよ」

「……問題は、そこなのよね」

エバはドリペンを快炎鬼に差し出した。

「使うチャンスがあるとすれば私よりもアナタの方が多いはず。だからこのドリペンはアナタが持っていた方がいいわ」

「了解」

快炎鬼は快く笑顔でドリペンを受け取った。

「もし、チャンスが訪れるようだったら使うことにするよ」

クルリと振り返り、巨大な機械を見ながら快炎鬼は聞いた。

「あの機械は何だ?」

「まるで窓の無い潜水艇のように見えるけど」

「あれは最新式の発電装置で、機械の中で太陽のように核融合を起こしているの」

「か、核融合だって?」

心配した快炎鬼は率直に訊ねた。

「いいのかよ?」

「病院で核なんかを利用しても?……」

エバはニッコリと笑って応えた。

「……大丈夫」

「核融合発電は、水素を1億度以上の超高温プラズマにして核融合を起こして、そこで生じた莫大なエネルギーで水を温めて、タービンを回して電気を作る発電方式なの。発電原料となる重水素と三重水素さんじゅうすいそは海水からだって得ることが出来るし、原子力の核分裂を利用した発電と比較しても放射線の発生がほとんどなくて『夢の未来エネルギー』とも呼ばれているくらいの安心できる発電装置なのよ」

「原理は太陽が燃えているのと同じだから、あの機械は小さな太陽だと断言しても過言じゃないのよね」

「……小さな太陽か?」

快炎鬼は驚いた。

「これは、マジに凄いぜ。あの機械の中で核融合を起こしているなんて……」

「俺の知っている発電装置と言えば、ガソリンを燃料にしてヒモを引っ張って小型のエンジンを回すか、火力か水力を動力にしてタービンを回すことしか知らなかったが、今の発電装置ってのはタービンさえも見えないようになってるのか」

納得していた快炎鬼の顔が、急に険しく曇っていった。

「病院の機械室と言えば、館内のすべてのインフラを掌握し、管理統制している心臓部だ!」

「なのに全員が避難してしまって、機械室はもぬけの殻じゃないか!」

快炎鬼は強い口調でエバに聞いた。

「いいのか? 従業員がそんな無責任なことをしても……」

エバは再びニッコリと笑って応えた。

「いいのよ」

「あらゆる角度から監視カメラで各部署の部品や計器類を録っているから、外にいてもスマホで遠隔操作することができるし、人工頭脳のAIだって随所で駆使されているから職員たちは平日も安心して機械室を抜け出し、点検作業しているわ。それに核融合エネルギーを利用しているから、例え地震や火事が起こってこの病院が壊滅状態になったとしても、この機械室だけは無事なように設計されているの」

エバの説明を聞き終わった快炎鬼は、手にしていたドリペンの先をカレンダーが取り付けられている壁に向けた。

「エバの説明は凄い。お陰でよく分かった」

快炎鬼は手の平のドリペンをエバに見せた。

「次の説明はこのドリペンだ」

カレンダーから少し離れた場所に、B4サイズで縦の額縁が飾られ、額縁の中の写真は機械室内の全容を撮った写真だった。

「教えてくれ」

「どうすればドリペンでこの写真を録り入れることができるんだ?」

エバは額縁を指して言った。

「ドリペンの先を撮りたい被写体に向けて、シャープペンシルのようにキャップの底を押すだけでOKよ」

エバに言われるままに操作して写真を録り入れた快炎鬼が、写真に顔を近づけて小首を傾げた。

「ン?」

「どうしたの?」

「何だか変だぜ、この写真?……」

写真を一瞥したエバは、呆れた顔で快炎鬼に問い返した。

「……どこが?」

「俺が言っているのは被写体でなくて、アングルだよ」

「このアングルは、有り得ないアングルだ」

エバは少し呆れた顔で快炎鬼に言った。

「あのねぇ」

「今は十数枚の写真を色んな角度から撮ってパソコンに取り入れれば、立体的な3D画像を作成することが出来るし、CGコンピューターグラフィックを使えば非現実的な映像だって作れる。それに想像した俯瞰の画像を、色鉛筆で写真よりも写真らしい超リアルな画像を描く人は結構いるの。だからこれはパソコンではなくて、色鉛筆で超リアルに書いた絵を、写真に写し換えたものだと言ってもいいもいいでしょうね」 

エバの説明に聞き入っていた快炎鬼は、改めて納得をした。

「へえ、そうなんだ?」

「俺って、ホントに無知だよなあ」

「よくこれで刑事をやってこられたと思うよ」

「……そうね」

「おい!」

「少しはフォローしてくれよ。謙遜して言っているんだから……」

「だって、本当のことでしょう?」とエバは笑った。

快炎鬼は笑うエバを急かせた。

「こんなところで時間を食っているヒマはない!」

「行くぞ! 逃げ遅れた人たちの救出だ!」

快炎鬼は近くのドアを開けると、反対側の廊下に飛び出していった。

「何よ?」

「時間をたっぷり食って質問してきたのは快炎鬼の方だったのに……」と不満顔で呟きながら、エバは機械室から出ていった。


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