三十の炎
三十の炎
心地良い秋風がそよ吹き、赤く紅葉した紅葉の葉と、黄色く色づいた銀杏の葉がハラハラと舞い落ちて石畳を染めかけようとしている高台寺近くの通りを、テレビクルーに身を変えた快炎鬼たちの一行が、周辺の景色を模索するように見渡しながらロケ現場を求めて歩いていた。
レポーター役のアララは手に何も持たず、アララと横並びでクルーの前を行くエバの服装はカジュアルに一変して、背広の袖を半折りにして捲り上げ、デニムのジーパンにA5サイズの台本を小脇に挟んだその容姿は、敏腕な女性映像ディレクターのように見えた。
ヘッドホンを装着しながら、長い集音マイクの棒を持った音声係の快炎鬼が、二人の女性の後ろに一人で続き、快炎鬼の後ろをリュウと政岡が並んで続いた。
本格的なビデオカメラを肩に担いだリュウがカメラマン役となり、照明係役の政岡は野球帽を目深に被ってバッテリーバッグを肩に掛け、長い棒の先にバッテリーライトが装置されている照明機を、快炎鬼と同じようにして持っていた。
政岡は不審顔でリュウに聞いた。
「映像が欲しいだけだったらスマホで充分じゃないか?」
「なぜだよ。なぜプロのテレビクルーのように、こんな本格的な格好で撮影をしなけりゃならないんだ?」
「俺たちがやっていることは一種の賭けだ」
「大失敗に終わってしまう企画の賭けかもしれねーが、やってみる価値はある賭けだ。賭けに勝利するためには、まずは外見からってことなのさ」
周囲を見渡しながら歩いていたエバが足を止め、振り返って快炎鬼たちに聞いた。
「収録はここでどうかしら?」
集音マイクの柄を地に付けた快炎鬼が、改めて周囲を見渡した。
「ここならロケーションも悪くない。俺は賛成だ」
リュウが心配顔で言った。
「問題は、この通りを俺たちのニーズに叶うグループが、運よく通りかかってくれるかどうかってだろ?」
聞き耳を立てるようにして周囲を伺っていたアララが言った。
「それだったら心配いらないわ。噂をすれば何とやらで、黄色い話し声が聞こえてくるわ。人数的にも理想のグループが近づいてくれているようよ?」
丸めた台本をアララに差して、エバが言った。
「カメラテスト無しのぶっつけ本番で行くから、上手くやってよね。アララ……」
アララはぶりっ子ぶって言った。
「そう言われると、失敗しちゃうかも?」
「……だって、私は天邪鬼の娘なンだも~ん」
快炎鬼は不快感をモロに浮かべながらアララに言った。
「そうかい。だったら失敗しろよ」
「セリフをすっかり忘れ、頭ン中が真っ白になって噛み続けりゃいいんだ」
アララは苦笑しながら快炎鬼に言った。
「あら。言ってくれるじゃん?」
―――
高校球児のように短髪で学生服姿の2人の男子高生と、セーラー服でツインテールの女子校生2名のグループが、閑静な通りで遥か遠くに小さく見えているテレビクルーに目ざとく気付いた。
「テレビクルーがいるぞ」
「何を取材しているだろ?」
「若い女性がいるわ。レポーターかしら?」
「レポーターじゃなくて、グラビアアイドルか歌手を売り出すためのプロモーションビデオの収録かも?……」
「何だか面白そうね」
「一緒に見に行かない?」
「よし、行こう!」
リーダーが先陣を切って足早に走ると、残りの3人はその後を追って走った。
―――
収録でスタンバイをしてるフリをしている快炎鬼たちの元へ、慌てて駆けつけて来たグループ内のリーダーが、ディレクター風のエバに息を切らせながら聞いた。
「取材ですか?」
「京都魔界スポットの特集ロケをしているところよ」
リーダーは驚いた。
「えッ?」
「京都に魔界スポットなんてあるのですか?」
「あら、知らなったの?」
「は、はい」
「だったら、詳しい情報はこの収録中に覚えればいいわ」
女の子の一人が矢継ぎ早に聞いた。
「キー局はどこですか? 北海道でもオンエアされますか?」
エバはリーダーの男に尋ねた。
「キミたち、出身は北海道なの?」
「はい。修学旅行で京都へ来ました」
「今日は自由時間を利用して、高台寺などを拝観しようと思っていたところです」
「よかったら、このロケに協力してくれないかしら?」
「ボ、ボクたちが……協力ですかぁ?」
「今日の収録ビデオがクライアントに認められるためには、キミたちのような若い人の意見とか感想などがどうしても欲しいのよ。収録したビデオをキミたちに送るので、そのビデオを観て色々と意見を聞かせて貰えれば、私たちはそれを参考にテロップやナレーションなどを挿入した再編集のビデオをクライアントに提出するわ。何かの理由で収録ビデオがボツになったとしても、あなたたちが京都へ来た修学旅行の記念のビデオになると思うので、もしよかったら後で連絡先を教えてくれないかしら?」
リーダーは嬉々として答えた。
「は、はい!」
エバはスタンバっているアララたちに指示を下した。
「さあ、始めるわよ!」
カメラマン役のリュウの背後に回ったエバは、マイクを片手にカメラの前でスタンバイしているアララに向かって指を差し、ゆっくりと数を数えながら合図を送った。「3・2・1・キューッ!」
カメラに向かってニッコリと微笑みかけ、緊張も見せずに静かな口調で、アララはレポートを始めた。
「ようこそ。京都・魔界エリアへ……」
「私は今、東山区に所在している臨済宗建仁寺派の寺である、高台寺の近くに来ています。高台寺は慶長十一年に豊臣秀吉の正室であった『ねね』が徳川家康の援助を仰ぎ、後に北政所となって秀吉の菩提を弔い建立した寺院で、美しい庭園は枯山水で有名な小堀遠州の作であり、北政所は別名を高台院とも呼ばれていましたので、寺院の名称も高台寺と称されるようになりました」
「高台寺の近くには、俵屋宗達の風神雷神図屛風で有名な建仁寺や六波羅蜜寺などがありますが、以前はこの付近一帯は鳥辺野と呼ばれていたところです」
「現在の鳥辺野は『京都・魔界エリア』と呼ばれて観光スポットの一つにもなっていますが、では、以前の鳥辺野は一体、どのようなところだったのでしょうか?」
「昔の鳥辺野に大変に詳しい『鳥さん』がいますので、今日はその『鳥さん』にお話を伺ってみることにしましょう」
アララは左の腕を真横に突き出し、斜め上空に向かって大きな声で呼びかけた。
「鳥さん。いらっしゃ~い!」
斜め上空から滑空するように飛来した懸衣翁は、両翼を大きく広げてスピードを落とし、アララの左の腕にフワリと止まった。
―――
快炎鬼たちのテレビクルーの後方で、静かにロケを見学していた4人のグループは、どこからともなく飛んできた頭の白いカラスの出現に、思わず小さな声を出して驚いた。何か言おうとした3人に対しリーダーは、人差し指を自分の口元に立てて静かにするようにと伝えると、3人はコックリと頷いてリーダーの指示に従った。
―――
アララは左腕に止まった縣衣翁に訊ねた。
「あなたのお名前、なんてぇの?」
懸衣翁はアララの質問に淀みなくスラスラと人間の言葉で応えた。
「カラスのカーちゃんと申します」
―――
人語を話すカラスに驚いたグループは、後退りしてゆっくりとテレビクルーから離れ、アララと懸衣翁が会話しているのを見ながらヒソヒソ話しを始めた。
「マジかよ?」
「信じられないよ。オウムとか九官鳥だったら話は分かるけど、カラスがあんなに話せるなんておかしいよ?」
スレンダーな女の子が言った。
「へんてこりんなカラスは本物かもしれないけど……」
「あれは腹話術なのかもよ?」
リーダーは女の子の言葉に納得した。
「あれが腹話術だったら、あの女性レポーターは凄いよなぁ。マジでカラスが話しているように見えるのだから……」
4人のグループは納得すると、再びゆっくりとクルーの背後に近づき、ロケの続きを見学したのだった。
―――
アララは怪訝な顔で懸衣翁に聞いた。
「カーちゃんは鳥辺野に詳しいと伺いました。そうなんですか?」
「そうだよ」
「では、その理由を教えてくれないかしら?」
「この付近一帯が鳥辺野と呼ばれるようになったのは、平安時代からの風習からきているんだ。当時は火葬されるのは、一部のお金持ちの人たちだけで、それ以外の人たちは埋葬されずに、死者を木に吊るしたり野ざらしにしたりして、死者の肉を野鳥に啄ばませて鳥葬の野辺送りにしていたんだ」
懸衣翁は嘴で、アララの肩を軽く突ついた。
「ツン、ツン、ツン……」
「こうやって、死葬鳥たちが死肉を美味しそうに食い漁ったんだよ」
ぶりっ子ぶったアララはわざとらしく、必要以上に怯えた。
「うわあ~ッ! こわ~い!」
「残酷な死体の処理方法だったと思うけど、当時はそれが普通の弔い方だったんだ」
「京都には『三大風葬地』というのがあって、北の蓮台野、西の化野、東の鳥辺野で、鳥辺野のように地名に『鳥』と言う文字が付けば、そこが鳥葬された場所という意味。鳥葬の地で捨てられ遺体を、風雨にさらして風化するのを待っていたのが風葬と言い、『野』と言う字が付くのは野ざらしにされていた死体置き場を表す」
「この近くの六波羅蜜寺が髑髏町に存在しているのも、野ざらしにされた髑髏が転訛したからだとも言われているんだ」
「鳥辺野の近くで建立されているお寺で、もっとも有名なのが清水寺で、それに次ぐのが高台寺と建仁寺と六波羅蜜寺なんだけど、知る人ぞ知るお寺がこの近くにあるのをキミは知っているかな?」
「知りません」
「教えてください。何と言う名のお寺ですか?」
「六道珍皇寺って言うんだよ」
「ロクドウチンノウジ……ですか?」
「清水寺から西に向かって坂道を下って行くと六道珍皇寺があって、六道珍皇寺は別名を『六道の辻』とも言われている。六道の辻はこの世とあの世の境目であり、六道珍皇寺の境内には、平安時代に遣隋使だった小野篁が、夜な夜なそこを通って冥途の閻魔大王の許に赴いていたと言われる『あの世への入り口の井戸』があるんだ」
アララは仰け反るようにして、オーバーアクションで驚いた。
「エエ―――ッ!」
「地獄へ通じる井戸があるのですか? そのお寺に……」
「そうなんだ。小野篁は昼間は朝廷に仕えていながら、夜になると六道珍皇寺の井戸を通って冥界へ行き、閻魔大王の補佐を終えて朝になると、別の井戸からこの世に戻って来ていたんだ」
「なぜ、二つの井戸が必要だったのですか?」
「一つではダメなのですか?」
「どこかの国の女性議員のような質問だね」
「出口専用の井戸は、嵯峨にあった福正寺と言う寺なんだけど、今は嵯峨薬師寺となって場所も移行されて、残念ながら今はもうその井戸は無く、小野篁が地獄へ行った六道珍皇寺の付近を『死の六道』、地獄から戻ってきた福正寺の付近を『生の六道』と当時は呼ばれていたんだ」
「あの世とこの世を自在に行き来できる小野篁を通して、六道輪廻や輪廻転生を説きたい人にとっては『死と生』の二つの井戸は必須アイテムだったのかもしれないね?」
水を得た魚のように懸衣翁の説明はとどまることもなく、尚も流暢に続いた。
「二つあった井戸は現在は一つだけになってしまったけど、今でも残っているのが『幽霊子育飴』なんだ」
「……ユウレイコソダテアメですか?」
「そう。幽霊に纏わる飴の話だ」
「この鳥辺野が今でも京都で屈指の魔界エリアとか魔界スポットと呼ばれる原点はそこにあると言ってもいい」
「今回のテーマは京都・魔界スポット巡りです。ですから、そこのところをもう少し詳しく教えて下さい」
アララは左腕の懸衣翁に軽く頭を下げて依頼した。
「お願いします。おカーちゃん」
「若くて可愛い女性の依頼は無敵だねえ。だから特別に『京都・昔ばなし』を教えてあげることにするよ」
懸衣翁は勿体ぶるように一呼吸置いてから、徐に話し始めた。
「昔、夜な夜な一文銭を持って飴を買いに来る女性がいて、七日目の夜は羽織を差し出し『お金が無くなったので飴と交換して下さい』と店の主に頼んだ」
「不思議に思った店の主が女性の後をつけて行くと、鳥辺野の墓で姿が見えなくなったんだ」
「主はお寺の住職にこれまでの経緯を話すと住職は思い出した。七日前に若い女性の棺の中に、三途の川の渡し賃の六文と羽織を入れたことを……」
「店の主は、翌朝に住職とともに墓へ行くと、赤ん坊の泣き声が聞こえたので掘り返してみると、棺の中で赤ん坊が泣いていたんだ」
「母親幽霊が、お乳の代わりに赤ん坊に与える飴を、夜毎にお墓の中から出てきて買っていたんだね」
「その後、その赤ん坊は高名な僧侶になったそうだ」
「そのお寺の名前が『子を大事に』から『高台寺』と名付けられたそうだよ」
「ホ、ホントですか?」
「嘘だと思うよ。まるで落語のように、よく出来たストーリーだから……」
「そんなぁ。北政所の高台院のお話よりも面白かったのにぃ……」
「だけど、飴のことは本当だ」
「現在でも松原通りの『みなとや』というお店で『京名物・幽霊子育飴』として売られているよ」
エバがアララに大きな声を掛け、ロケをストップさせた。
「カーット!」
「はい。お疲れ様で~す」
終了の声と同時に、懸衣翁はアララの腕からパッと飛び立ち去っていった。
カメラマンのリュウはアララを労うエバを、からかうようにして言った。
「先生。撮り直しは?……」
エバはとんでもないと言った表情で、片手を目の前で左右に大きく振って否定した。
「要りませんよ!」
「充分ですよ。これで……」
リュウは後ろで見学しているグループたちに片手を上げ、大きな声で知らせた。
「ロケ終了。ケッテ―――ッ!」




