二十九の炎
二十九の炎
「俺の話はここまでだ」
丈二の言葉に、一瞬、呆気に取られた政岡は、直ぐに憤怒の形相に切り変わり、強い口調で言った。
「バカな事を言ってくれるンじゃねぇ!」
「4人で羅獄殿へ行ったんだろ? そこでどうなったのか最後まで話せよ! 中途半端な終わり方をするなよ!」
「それからのエピソードと言えば、誰よりも早く走れる方法を韋駄天に教えられたことと、不動明王から灼熱に耐えられる身体にして貰ったことぐらいだ。大した話じゃない」
政岡は怪訝顔で聞いた。
「何で韋駄天が地獄にいたんだ?」
「その理由も教えろよ」
「韋駄天が地獄にいたからと言って別に不思議なことではない」
「帝釈天が阿修羅の娘を凌辱して地獄で闘っていたことがあれば、三途の川の大河でクルーザーに乗ったスサノオノミコトの牛頭と、馬頭の神様だって地獄にいた。韋駄天は四天王の中の増長天の八将の一神だったんだから、地獄にいたからと言っておかしくはない。人は天と地ほどの差があると思って物事を計っているが、もしかすると、天と地は時空間を超越して、表裏一体になっているのかもしれないと……俺は思っている」
政岡は弾むようにして身を乗り出し、そして言った。
「ハッキリ言って俺は天国よりも地獄の話の方が好きだ」
「だから頼む。地獄のことをもっと詳しく話してくれ」
とその時、二人が乗っている貸しボートに左右から同じ色の貸しボートが音も無く横付けするほどまでに近づいてきた。
政岡は怪訝な顔で、右側のボートに乗っていた若いカップルに聞いた。
「……何か御用でしょうか?」
女性の方が笑顔で政岡に応えた。
「初めまして……」
「私たちは貴方たちに会いにきました。私の名前はアララです」
「俺の名はリュウだ」
反対側のボートの艫に懸衣翁を乗せていたエバが、政岡の背後から声をかけた。
「私はエバって言うの。よろしくね」
振り返った政岡は直ぐに三名の正体に気付いた。
政岡はエバに軽く会釈をしながら、自己紹介をした。
「丈二の同僚で政岡って言います。丈二から話を聞かされて大方の事情は把握しているつもりです。こちらこそよろしくお願いします」
ボートの艫側で大人しくしているカラスを見た快炎鬼は、政岡がビックリするほどの大きな声を上げた。
「思い出したぞ!」
「あの時のカラスだ!」
政岡は怪訝な顔で快炎鬼に尋ねた。
「知っているのか? このヘンテコリンなカラスを……」
快炎鬼は興奮気味に言った。
「知っているも、何も……」
「真央と一緒に珍皇寺の参道で目撃したカラスだ!魔餓鬼が出現した時も境内の木に止まってた!」
懸衣翁は鋭い眼光で、快炎鬼を見据えるようにして言った。
「よく覚えていたな。俺のことを……」
政岡は人語を話せるカラスに仰天した。
「マ、マジかよ?」
「しゃ、喋ったぜ?」
快炎鬼は懸衣翁を睨みつけるようにして言った。
「エバと一緒にいるカラスだ。人間の言葉を自在に話したとしても不思議ではない」快炎鬼は白頭ガラスの懸衣翁に聞いた。
「……なぜだ?」
「なぜお前はここにいるんだ?」
艫からトントントンとひょうきんにボートの中央までやって来た懸衣翁は、快炎鬼の問いに答えた。
「俺の名前は懸衣翁」
「三途の川の畔の番人で、仲間たちからエバと呼ばれている奪衣婆の亭主だ。だからここで一緒にいるってワケだ」
「な、なんだって?」
懸衣翁は話を続けた。
「エバから事情を聞かされ、羽根が抜けるほどに驚いたぜ」
「自ら地獄の穴に飛び込んだ大バカ者が、閻魔の使者として快炎鬼と名乗り、打倒・魔餓鬼が目的で現世に舞い戻ってくるとは、夢にも思わなかったぜ」
エバは目の前の懸衣翁を愛おしそうに見ながら、事の真相を快炎鬼に話した。「夫はこのような惨めな姿に成り代わってしまったけど、元をただせば魔餓鬼が浄玻璃の鏡の部屋で「六道輪廻」を悪用してしまったからなの」
快炎鬼はエバの説明を聞きながら、納得するように頷いた。
「そうか、そうだったのか」
「エバが現世に来た目的は、打倒・魔餓鬼だけではなかったってことだったのか?」エバは政岡に言った。
「地獄に興味をお持ちのようだから続きを聞かせてあげたいのだけど、私たちに残された時間は残り僅かしか無いの」
政岡は不思議に思ってエバに聞き返した。
「僅かな時間って、どういう意味でしょうか?」
「魔餓鬼退治に与えられた時間です」
政岡はボートが大きく揺れるほどに身を乗り出して、エバに聞いた。
「ど、どうなるのですか? 魔餓鬼を退治することが出来なければ……」
エバは自嘲気味に言った。
「地獄に戻ることも叶わず、現世に留まることもできず、『六道輪廻』どころか霊魂さえも存在しない、それはそれは恐ろしい『無の世界』へ送り込まれる約束になっているの」
「割の合わない仕事だってのに、なぜそんな恐ろしい仕事を引き受けたのですか?」エバに代わって、リュウが答えた。
「地獄に長年いると、それだけ現世って物が超の字が付くほどに魅力だったってワケだ。獄卒なら一度は行ってみたいと願う桃源郷だ。魔餓鬼が現世へ来た理由が少しは理解できるってことだ」
リュウの言葉を聞いていた快炎鬼が、血相を変えて反論した。
「冗談じゃねーッ!」
「魔餓鬼が現世へ来たから、真央は奈落の底に投げ落とされてしまったんだ!冗談でも俺の前でそんなことを口走るな!気を付けてモノを言え!」
リュウは素直に謝った。
「済まねぇ。お前の気持ちも知らねぇで……」
エバが全員を促した。
「自己紹介は終わったわ」
「さっきも話したように、私たちには残された時間が少ないの。打倒・魔餓鬼に向かって少しでも早く行動に移しましょう」
エバが笑顔で政岡に言った。
「あなたも私たちとともに行動するのよ。仲間だから……」
政岡は驚いた。
「えッ?」
「こ、この俺も仲間なんですか?」
驚く政岡に、快炎鬼が笑顔で言った。
「当然じゃないか」
「俺の友達はみんなの友達だってことだ」
政岡は快炎鬼たちの誘いには乗らなかった。
「俺は無能力だ。キミたちのようにパワーなんて何一つ持ち合わせてはいない」
リュウが笑顔で政岡に言った。
「それでもいい」
「闘うのは俺たちだ。パワーなら心配せずに俺たちに任せていればそれでいい」
快炎鬼もリュウと同様に、政岡を誘った。
「お前は俺たちと違って、この世に存在している唯一無二の人間だ。お前の存在自体が、俺たち4人のパワーの源になってくれているんだ。それだけじゃない。魔餓鬼をこのまま現世で野放しにしておくってことは、この世を地獄と化してしまう恐れがある。現世で幸せに生きている人たちを、お前はお前なりのやり方で身を挺して守ってやってくれ。守って欲しいんだ」
政岡は快炎鬼の話に納得した。
「分かった」
「無力な俺だが、俺は俺なりに頑張ってみるよ。協力させて貰うよ」
パッと飛び立ちエバの肩の上に乗った懸衣翁が、命令口調で快炎鬼たちに言った。「魔餓鬼に地団駄踏んで悔しがらせてやれ!」
「先に俺たちに見つけられ、寝首を掻かれて地獄へ引き摺り戻されてしまったことを後悔させてやるのだ!」




