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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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二十八の炎

二十八の炎

空は黒に近い雲に覆われ、大地は草木の一本も生えず道らしき道も無く、岩と小石ばかりでグレー一色の殺風景な中を、二人の女性が肩を並べて歩いていた。

裏鬼門に近づこうとしている二人の女性の正体はアララとエバだった。

エバのコーディネートはシンプルで、長い髪を隠すようにして真紅しんくの女優帽を被り、ベージュのロングのワンピースにチョコレート色のカーディガンを引っ掛けたラフな格好で、アララの服装は以前と同じでロングブーツもそのままであった。

荒れ地の中にポツンと建っている裏鬼門を遠くに見ながらアララはエバに訊ねた。

「私、ここに来るといつも思うんだけど、何だかおかしいわよね。荒れ地の中に塀の無い門だけがポツンと建っているなんて……」

エバは優しくアララを諭すようにして答えた。

「あれはあれでいいの」

「……どうして?」

「あれは門と言うよりも、あの位置が羅獄殿から見て裏鬼門に当たる方角を証明しているだけだから、単なる目印めじるし代わりだと思えばいいの」

―――

二人はいろどあでやかに塗られた裏鬼門を潜り抜け、狛犬の役目を果たしている石造りの2匹の白虎に近づいていった。

二人に背を向け、桃の大樹を見守り続ける石造りの2匹の白虎に近づきながら、アララは再びエバに聞いた。

「誰かが言ってたけど阿吽あうんの2匹の虎は、時々入れ替わっているそうだけど、右側の白虎は何虎かしら?」

「ここからだと判別できないから、近づいた時に臭いを嗅げば、どう?」

アララは右側の白虎に近づき、クンクンと臭いを嗅いだ。

「臭わないわ。何も……」

「じゃあ、その虎の名前は吽虎ウンコじゃなくて、阿虎アコの方ね」

―――

青龍偃月刀の長柄の先を地面に突き立て、何者が来るものぞと顔を強張こわららせて意気込んで待ち構えていたリュウだったが、二人の姿を見てガックリと失望の表情を見せた。

「……何でぇ。何者が襲ってくるのかと楽しみにしてたら、あいつらだったのか?」「ため息が出てくるぜ。ガッカリさせんじゃねぇよ」

近づいた二人に、リュウは不貞腐れた顔で言った。

「……何の用だ?」

エバは驚いた。

「あらまあ」

「久し振りの再会だっていうのに、随分なご挨拶をしてくれるわね?」

アララはエバと違ってリュウの言葉に反感を抱き、即座に食って掛かった。

「ざけんじゃないよ!」

「何なのさ。その言い方は!」

「ウルセーッ!」

「俺は今、メッチャ機嫌が悪いんだ!用があるならとっとと済ませて、早くここから出て行きやがれッ!」

エバは冷静な態度で一歩前に出て、優しくリュウに言った。

「あんた、偉そうにもの言ってくれてるけどさあ。あんたにその資格ってものがあんのかしら?」

「どういう意味だ?」

「おとぼけなら、した方がいいわね」

「あんたは『五欲の縄』の新バージョンの仕上り具合を確かめるために、羅獄殿の方角を教えると『五常の徳』を説きながら、純でウブな青年を騙してテストを受けさせるだけでなく、暇つぶしのように楽しみながら彼をもてあそんでたけど、あんたのやっていたことは立派な詐欺行為じゃないの」

「相手は人間だからって、いい加減なことをするんじゃないよ!」

「バカなことを言うもんじゃねー」

「モノのついでに教えてやるが、その男は牛頭と馬頭を怒らせ、ここまでブッ飛ばされてきた男だ。それのどこが純でウブだと言えるんだ?」

「妙なのはそれだけじゃねーぞ。俺が五欲の縄のテストをやってたことを、どうしてお前ら二人はしってんだ?」

エバは笑って答えた。

天網恢恢てんもうかいかいにして漏らさずと言ってね。誰も見ていないと思ってつまらないオイタをしてると、どこで誰が見ているか判らないってことなのよ」

「そんなことを聞いちゃいねぇんだ」

リュウは強い口調で言った。

「どうしてお前ら二人は俺の行動を知ってるんだ!誰が俺を見ているって言うんだ!カメラはどこだ!俺を監視する目的は何だ!全部言ってみろッ!」

エバの笑顔は一瞬にして消えた。

「おだまりッ!」

「汚いマネする男が、いっちょまえに被害者ヅラしてガタガタ言うんじゃないよ!テストが終わったんだったら約束通り、彼を元の状態にサッサと戻してやりなさいよ!それが裏鬼門を一手に束ねている男のやることでしょうがッ!」

リュウはニヒルに笑って答えた。

「手遅れだ」

「あいつは大蛇の腹ン中だ。とっくに消化されて消えて無くなっているぜ」

それまで黙って二人のやり取りを聞いていたアララがリュウに近づき、長柄を地面に突き立てていた青龍偃月刀を横取りするようにして、一気に奪い取った。

「あッ!」

驚くリュウを尻目に偃月刀を手にしたアララは、大蛇に向かって駆け寄っていった。偃月刀を上段に構えたアララは、何層にも巻いていた蜷局の中段から下段にかけて

気合とともに袈裟懸けにして斬りつけた。

スパッと斬り裂かれた蛇腹の切り口の肉は、鶏肉のように白く、鮮血は噴き出すこと無く、白い肉の奥から微かに空気の漏れる音がした。

微かな音と共に何層にも重なっていた蜷局は、風船が萎んで行くようにヘナヘナと萎えていき、普通のヘビの青大将へと急激に姿を変えた。 

大蛇の急変化は止まることを知らず、青大将のヘビから最後はズタズタに切断された元の荒縄に戻ってしまった。

アララは持っていた偃月刀を投げ出すようにして地面に捨てると、偃月刀は氷が解けるようにして棒になり、棒は枝葉の付いていない元の木の枝に戻った。

数本に切断されたみすぼらしい荒縄の輪の中で、丈二は仰向けになって寝ていた。

エバが近づき、寝ている丈二に声をかけた。

「いつまで寝てんのよ?」

丈二はエバの呼びかけに対して、微動だにしなかった。

怪訝顔で丈二の顔を覗き込んでアララが驚いた。

「あら、いやだ?」

「目を開けたままで気絶してるじゃん?」

エバはアララの言葉を確かめるようにして、丈二の顔を覗き込んだ。

「あらま。ホント」

エバは丈二をなぐさめるようにして呟いた。

「そりゃあ気絶の一つもするわよねえ。手足は阿吽あうんの白虎に喰われてしまい、頭は大蛇にブッ千切られて丸飲みにされたんだものねえ」

エバは丈二を背後からゆっくりと抱き起こして座位にした。

丈二の背中に片膝を当てたエバは、胸郭きょうかくを一気に広げて「活」を入れた。

息を吹き返したようにパッと目覚めた丈二は、手足を左右に動かして首を捻り、全ての部位が思いのままに動かせることを確かめながら絶叫した。

「戻ったッ!」

「戻っているぞ! 手も足もだーッ!」

エバはアララと一緒に丈二の前に立ち、そしてニッコリと微笑んだ。

「よかったわね。元通りになってくれて……」

アララが笑顔で丈二に言った。

「ようこそ。地獄へ……」

丈二は自分が置かれている立場を直ぐに理解することができなかった。

丈二は怪訝顔で二人を見上げた。

突然、目の前に現れた見知らぬ二人の女性に戸惑いと畏怖いふを感じ取った丈二は、問わずにはいられなかった。

「ど、どちらさま……でしょうか?」

「問われて名乗るのもおこがましいですが、私は三途の川の奪衣婆と言って、彼女は天邪鬼の娘さんで名前はアララ……」

アララは軽く会釈をしながら言った。

「私、アララ……。よろしくね」

丈二は仰天した。

「な、何だって?」

「キ、キミたちは、三途の川の奪衣婆と天邪鬼の娘だと言うのか?」

エバは笑顔で頷いた。

「ええ、そうよ」

今まで不満顔で二人の行動を見ていたリュウが、突然、ブチ切れた。

「ちょっと、待てッ!」

エバは険しい表情で、リュウを見返した。

「何よ?」

「……おかしいだろが」

「何がおかしいの?」

「お前たちは、なぜ知っているんだ? この男が大蛇に飲み込まれたってことを……」

「何度も同じことを言わせんじゃないよ!」

「あんたのやっていることは何もかもお見通しだと、さっきから言っているじゃないの!」

「だから、【誰が見ているのか】を俺は聞いているんだ!」

スッとリュウの前に立ったアララが、ブーツの先で弁慶の泣き所と言われる向うずねを思いっ切り蹴り上げた。

「いい加減にしなよ!」

リュウは怒りもせずに、アララを諭すようにして言った。

「俺には通用しねぇ」

「蹴るのはいいが、相手を見てから蹴るようにしろ」

アララとリュウを横目に見ながら、エバが丈二に言った。

「閻魔があなたを待っています」

「さあ、私と一緒に行きましょう。羅獄殿へ……」

エバの突然の誘いに、丈二は驚いた。

「ウ、ウソでしょ?」

「ホントよ」

エバは真面目まじめ腐った顔で言った。

「ウソを言えば、閻魔に舌を抜かれてしまうの」

リュウは苦笑しながら、エバに聞いた。

「閻魔だったのか。俺を監視していた張本人ってのは……」

「どうかしてンじゃないの? 今ごろ気付くなんて……」

丈二はエバの誘いの言葉を、直ぐに信用することができなかった。

今まで余りにも不思議な出来事が丈二の身に起こり過ぎた。極楽浄土行きの小舟のくいはカエルに変わり、人の好さそうな爺さん婆さんは牛頭と馬頭に変化へんげした。金棒かなぼうで牛頭に強打された丈二は吹っ飛ばされるようにしてここまで飛んできた。裏鬼門では、五欲の縄のテストを受ければ羅獄殿に案内すると約束した男が、丈二を気絶するほどまでにもてあそび、そして今度は、突然目の前に現れた美しい女性が羅獄殿に案内すると言っているのだ。この魅力的な誘いを断る理由は丈二には無かった。

今は藁にも縋る思いで決断するしか丈二に道は残されていなかった。

「一つ教えて下さい」

「なぜ、閻魔さんはこの俺を羅獄殿に招待してくれるのでしょうか?」

「私に聞くよりも、閻魔から直接聞けばいいじゃないのかしら?」

エバはリュウを見て、きっと険しい表情で言った。

「一緒に行くのよ!あんたも……」

リュウは不貞腐れた顔で聞いた。

「なぜ、俺がテメーらと一緒に羅獄殿に行かなきゃならねーんだ?」

「あんたのような男でも取り柄があるようね。地獄の十王と閻魔からお呼びがかかるくらいなんだから……」

アララがエバに同意した。

狡賢ずるがしこさが高く買われたのかも。だって、他に長所って無いじゃん?」

「黙れッ!」

「テメーらも似たり寄ったりの性格じゃねーか。てめぇらにどうのこうの言われる筋合いはねぇッ!」

エバはリュウを促した。

「彼と一緒に、あんたも閻魔に聞けばどうよ」

「……何を聞けと?」

「知りたいんでしょ?」

「監視されていた理由と、カメラが設置されていた場所を……」

「その必要だったら、もうねぇよ」

「あら、どうして?」

「相手は炯眼けいがんで地獄耳と千里眼せんりがんの持ち主だ。つまらねーことを聞くなと笑われてしまうのがオチだ」  

アララはリュウをからかった。

「あっらぁ、賢いわねぇ。そこに気付くなんてぇ?」

「ウルセーッ!」

「テメーはいつも一言、二言が多いんだ。横からしゃしゃり出てくるンじゃねぇッ!」アララはお道化どけるようにして答えた。

「ご免なさいね」

「私は天邪鬼の娘だから余計な一言二言だけでなく、三言も四言も言わなきゃ気が済まないのよ。ホントいやんなっちゃうわ。この性格自分でも……」

エバはリュウとアララの二人を促した。

「さあ、一緒に行きましょう。羅獄殿へ……」

―――

エバとリュウが横並びになって裏鬼門に向かい、その後ろを丈二とアララが会話しながら歩いていた。

「ダメだよ。あれは……。不意打ちですねを蹴り上げるなんて……」

「なぜ、ダメなのよ?」

「卑怯じゃないか。油断している時に……」

アララは笑いながら答えた。

「でも、通用しなかったじゃん?」

丈二は苦笑するしかなかった。

「通用したとかしなかったとか、そう言う問題じゃないと思うけどね」

狛犬代わりに桃の大樹を見守っている石造りの白虎に近づいたエバが、片方の虎に声をかけた。

吽虎うんこちゃん」

しばらく留守にするけど、アトはよろしくね」

吽虎はそのままの態勢で「ウン」と頷いた。

横一線になった4人は裏鬼門を潜り抜け、灰色の荒涼たる大地に颯爽と、揃って足を一歩前に踏み出した。


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