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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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二十六の炎

二十六の炎

琵琶湖疎水に沿った哲学の道の散歩道を、足の向くまま、気の向くままに、そぞろ歩きで楽しむ観光客たちは多く、アララとエバの二人もその中にいた。

アララの服装は依然のままであったが、懸衣翁に派手なチャイナ服を指摘されたのが気に入らなかったのか、エバのファッションは大きく変化していて、アイボリー系のシャツの上に、レオパード柄(ヒョウ柄)のアウトジャケットとブラックのブーツカット姿であった。

一つ一つの上着とパンツは一般的なファッションだったが、完璧なSラインのボディのエバが着用すると、スタイルの良さとセンスがマッチして、カジュアル的にも他の女性たちと比べて一段とずば抜けた印象を与えた。

散歩道の小径こみちを散策する観光客たちの年齢層は、老若男女を問わずに幅は広く、一人旅を楽しむ女性だけでなく、カップルやグループの姿も多く見られ、アララは周辺の初秋の景色を目で楽しみながらエバに言った。

「静かで落ち着ける哲学の道もいいけど、私はどっちかと言えば多くの観光客がいて賑やかな清水寺の方が好きね」

「静かな名所の方が適しているのよ。待ち合わせをする時は……」   

「誰かと待ち合わせをしているの? ここで……」

エバはニッコリと笑って応えた。

「そうよ」

「とっても大事な人が現れるのよ。この場所に……」

「ま、まさか、快炎鬼と待ち合わせをしているんじゃないでしょうね?」

とその時、エバを呼ぶ声がした。

【どこにいるンだ? エバ】

【俺は水路閣だ】

地獄耳を持つ幽冥界の住人のアララとエバは、声の主に直ぐに気付いた。

「リュウじゃないの」

エバは小首を傾げながら、呟いた。

「なぜ、リュウは私がここにいることを知っていたのかしら?」

懸衣翁が「俺に任せろ」と言って、飛び去っていったことをエバは思い出した。

『もしかして、あの人がリュウをここに呼び寄せたのかしら?』

エバは自分の推測を確かめるために、リュウの呼びかけに応じた。

「私だったら、インクラインの近くにいるわ」

【よし、分かった。そっちへ行く】

穏やかだったアララの表情は一転して険しく変わり、そして、吐き捨てるようにして言った。

「こっちへ来るだって?」

「ったく、何を考えてんのかしら? あのバカは……」

―――

アララとエバが向かっている南禅寺・境内けいだい内のインクラインとは、傾斜に軌道レールを作り、船や荷物を昇降運搬する装置のことで、哲学の道近くのインクラインは琵琶湖疎水の大津から宇治川に至る20.2キロの船運ルートの途中に作られたもので、線路上の両端には桜の木や紅葉が数多く植えられていて、木々の枝葉がトンネル状を造っており、景観を楽しむためにここを訪れる観光客たちは多い。 

インクラインを歩いているアララとエバの前にリュウがスッと姿を現し、そして、アララに言った。。

「バカとは何だ?」

アララは臆することもなく、リュウに言い返した。

「バカだからバカと言ってんのよ!」

「な、なんだとォ?」

「頭のいい人にバカと言っちゃ失礼だけど、バカにバカと言って何が悪いのよ!」

「文句があるなら、言ってみなさいよ!」

「ウルセーッ!」

二人の口喧嘩に対して、エバは全く仲裁に入ろうとはせず、他人事のように近くの樹に背もたれながら、ただ傍観していた。

「あの人が言ってたわ。雨降って地固まる……って」

「この際、徹底的にとことん遣り合えばいいのよ。お互いに言いたいことが一杯あるはずだから……」

リュウは青筋立てて激怒した。

「大人しく聞いてりゃ、調子こきやがってッ!」

「調子こいてんのはどっちよ!」

「な、なんだとォ」

売り言葉に買い言葉ではあったが、年上で立派な体躯たいくの持ち主のリュウを前にして一歩もひるむことも無く、アララは物怖ものおじせずに、凄まじい剣幕で思いのたけを一気にまくし立てた。

「どういう風の吹き回しで戻ってきたのか知らないけど、少しは恥ってモノを知りなさいよ!」

「閻魔さんとの約束を反故にしただけでなく、私たちとはこれ以上付き合っていられないと捨て台詞ぜりふを残して、自分勝手にサッサと離れていったのは、一体、どこの誰よ!」

「恥ずかしくて私たちに会わせる顔がないって言うのが、裏鬼門を一手に束ねている男の言葉のハズなのに、恥も外聞もなく、よくも会いに来られたわね!」

「プライドがないの? 私だったら恥ずかしくって二度と二人の前に現れなわよ!」

リュウは一時的に立腹したが、懸衣翁に言われてエバたちに会いにきた理由も重ね合わせ、アララから浴びせられ続ける罵詈雑言を黙って聞いていた。 

それに、アララが怒るのは当然であって、リュウにしてみればある程度は予測できていた事柄でもあった。

アララはなおも言いかけた。

「それだけじゃないわ!」

とその時、頭上でアララを阻止する声がした。

「それくらいで勘弁してやれよ」

「ケンカがしたくて二人に会いにきたワケじゃねぇんだから……」

アララは声の主を辿って見上げると、近くの木の枝に懸衣翁が止まっていた。

アララは驚いた。

「な、何なのよ? この頭の白いカラスは……」

「まさか、このカラスが喋ったワケじゃないでしょうね?」

パッと枝から飛び立った懸衣翁はゆっくりと旋回して滑空すると、エバの背後から肩に飛び乗り、そしてアララに言った。

「西獄龍をここに来させたのは、この俺だ」

アララは怪訝な顔でエバに尋ねた。

「人懐っこいカラスだけど、腹話術でもやってんの?」

肩に懸衣翁を乗せたままで、エバは笑顔でアララに近づいて来た。

「ごめんなさいね。アララ……」

「ここで待ち合わせしてたのは懸衣翁で、このへんてこりんなカラスは、私の亭主の縣衣翁なの」

「ええーッ!」

懸衣翁はエバの肩の上から、アララに言った。

「久し振りだな。アララ……」

「そ、その声……」

「やっと判ってくれたか。この俺を……」

「う、ウソでしょ?」

「ウソじゃねぇ。俺は紛れも無く、三途の川の縣衣翁だ」

「縣衣翁がなぜ、そんなカラスの姿になっているのよ?」

「すべては魔餓鬼の仕業だ」

「詳しい事情は後で説明するが、それよりも西獄龍は自分の言動を大いに反省しているようだ。そこら辺で許してやったらどうだ?」

「冗談じゃないわ!」

「誰が許すものですか! 私たちを裏切るような言葉を残して去っていったのよ!私のはらわたは怒りと憎しみで今でも煮えたぎっているわ!」

懸衣翁は大きな声でアララを怒鳴りつけた。

「いい加減にしろッ!」

一瞬の戸惑いを見せるアララに対して、懸衣翁は畳みかけるようにして言った。

「今は仲間同士でいがみ合っている場合じゃねぇだろがッ!」

エバもアララを優しく諭すような口調で追随した。

「アララだってそのことはよく分かってるでしょ? 私たちに残された時間は、あと僅かだってことも……」

痛い所を突かれたアララは反論することも無く、黙ってエバの話を聞いていた。

リュウは笑顔で、無言のアララを誘った。

「俺たちリセットして、もう一度、一から、やり直そうぜ。快炎鬼と合流して、全員が一丸いちがんとなって怪物・魔餓鬼に立ち向かおう」

二人と一匹の全員に諭され、アララは渋々ながら納得をした。

「……仕方が無いわね」

「一致団結して魔餓鬼と闘うと、閻魔さんと約束をしたことだし……」

―――

エバの前をアララとリュウが横並びで歩いていた。

「アララたちと別れて、俺は思った」

「快炎鬼は後先を考えずに子供を助けたんじゃなくて、後先を考えて子供を助け出したのではないのか……ってね?」

「何が原因で、なぜそう思ったの?」

「繰り返し放映されているテレビを見てそう感じた。快炎鬼はマスメディアを上手く利用して、魔餓鬼の方から俺たちに近づくように仕向けてたんじゃないかと……」

「快炎鬼が取った作戦は、どこに潜伏しているか分からない魔餓鬼を釈迦力しゃかりきになって無暗むやみに捜し出すことより、手っ取り早い良策だと思わねぇか?」アララはリュウの意見を即座に否定した。

「それは無いと思う。リュウの考え過ぎじゃない?」

「断言してもいいわ。必死で子供を助け出そうとしている快炎鬼にそんな余裕なんて、これっぽっちもあるハズがないわ」

―――

アララとリュウの後ろを歩くエバに、肩の上に乗っていた懸衣翁が聞いた。

「西獄龍が言っていた。エバと呼ばれているそうだな?」

「そうよ。私はいとしのエバよ。奪衣婆からダツを奪えばエバが残っていたからエバにしたの」

「何が『愛しのエバ』だ。『いい歳のババァ』じゃねぇか?」

「あっらぁ〜~。言ってくれるわねぇ?」

「ここは猛烈に怒るところなんだけど、でもいいの。私はエバと言う名前はお気に入りよ。西獄龍もリュウと呼ばれてることだし、以前にも言ったと思うけど、あなたも私たちに合わせて懸衣翁からケントにしたらどうよ?」

「バカヤロー。検討してみる価値もねぇ。そんなチャラけた名前にできるかってんだ」「今の名前で十分満足しているぜ」

天高く、樹々の葉は秋風にそよぎ、先ほどまで険悪ムードだったアララとリュウは、親し気にインクラインを歩き、懸衣翁を肩の上に乗せたエバは二人の後に続き、三人と一匹はゆっくりと散策しながら進んでいった。

―――

政岡は、呆れた顔で聞いた。

「お前、マジで八坂神社の守護神を知らなかったのか?」

「そう言うお前は知ってたのか?」

「当然じゃないか。俺を誰だと思ってるんだ」

「だったら、教えてくれ」

「神様ってのは天国にいるんじゃないのか?」

政岡は少し得意げに言った。

「オーマイガーってのはな。キリストじゃなくて「おお、私の神さま」って意味だ。日本で言えば武士が勝ちを祈願する時や困った時の神頼みで南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつとなえるのと同じで、地獄だろうと天国だろうと地上であろうと、どこにでもいるのが神様だ。地獄に神様がいたって別に不思議なことじゃねぇよ」 

政岡の言っていることが正解なのかどうかは分からなかったが、快炎鬼は納得した。「なるほど」

「どこにでもいるんだなぁ。神様ってのは……」

政岡は真面目な顔で言った。

「丈二よ。本当のことを教えてやるぜ」

「三途の川の大海原でクルーザーに乗っていたのは、俺のジイちゃんとバアちゃんだ」サラリと受け流すようにして、快炎鬼は言った。

「へえ、そうなんだ?」

政岡は不満そうに言った。

「何だ。信じねーのか?」

「ウソならもっとマシなウソを言ってくれよ。誰が信じるんだ、そんな見え見えのウソを……」

「ウソだっていいじゃないか。面白いと思わないか?」

「想像してみろよ。もし、俺のジイちゃんとバアちゃんがホントに三途の川でクルージングを楽しんでくれてるとしたら、俺も楽しいし、格好いいじゃないか?」 

快炎鬼はぶっきらぼうに答えた。

「カッコいいと思うよ。理想的な老後の姿だな。だが余りにも飛躍しすぎだ。もっとリアリティーのあることを想像してくれよ」

「よし、分かった。話を元に戻そう」

「牛頭天王に金棒かなぼうで横腹をぶん殴られたのなら、骨も砕けたハズだ」

「どうなった? それからのお前は……」


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