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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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二十二の炎

二十二の炎

亀岡市の保津川から下ってくる川下りの「嵐峡あらしきょうめぐり」の遊覧船には、大勢の観光客たちが乗り合わせていて、嵯峨・嵐山の渡月橋まで下がってくる。

名勝・渡月橋の大堰川のダム湖は川下りの終着となっていて、渡月橋から下流を桂川、上流を大堰川と呼び、大堰川から下流は鴨川、木津川、宇治川と合流して淀川となっている。

大堰川から保頭川一帯の嵐山の雄大な景観は、まさに山紫水明さんしすいめいと呼ぶにふさわしく、大勢の観光客たちが訪れるスポットになっている。

一艘の貸しボートだけが左右に大きく揺れ動いて、静かな湖面に小さな波を立てていた。

揺れ動く貸しボートには、政岡と快炎鬼の二人が乗っていた。

「真央ちゃんはどうした?」

「戻ってきているのか? お前と一緒に現世へ……」

オールを手離した快炎鬼は、両手の平を前に突き出して迫る政岡を止めた。

「バタつくな!」

「順を追って詳しく話すつもりだ。落ち着いてくれ」

「分かった」

政岡は後退あとずさりするようにして身を引き、元のともの方に戻った。

事件当時の出来事を思い出しながら、快炎鬼はおもむろに話し始めた。

「あの日、俺はお前と別れて真央のいる珍皇寺に駆けつけた。慌てて珍皇寺に駆けつけた理由は、珍皇寺の近くで逃亡中だった殺人犯が盗難車を乗り捨て、珍皇寺へ逃げ込んだ可能性が非常に大きかったからだ」

「幸い殺人犯はその場にいなかったが、珍皇寺の境内に突然出現した穴から、を噴く魔犬と『閻魔の息子』の『魔餓鬼』が飛び出してきた」

政岡は驚いた。

「な、何だって?」

「聞いたことがねーぞ? 閻魔に息子がいたなんて……」

快炎鬼は話を続けた。

「魔餓鬼は地獄に通じる穴の中に真央を投げ込み、俺は真央の後を追って穴の中に飛び込んだ」

「俺が穴に飛び込んだその理由ワケは、魔餓鬼にノックアウトされた時に、人語を話せる魔犬が魔餓鬼に『閻魔だったら女を現世に戻してしまうかもしれない』と話していたからだ」

「閻魔に依頼すれば真央を現世に戻してくれるかもしれないと思った俺は、後先を考えずに、地獄に通じている穴の中へ飛び込んだ」

政岡は、またも身を乗り出して、快炎鬼に聞いた。

「そ、それでどうした?」

「真央ちゃんと出会えたのか?」

「残念ながら真央とは出会うことができなかったが、緒方幸蔵と出会うことができた」身を元に戻した政岡は、小首を傾げた。

「聞いたことのある名前だ?」

政岡は深く思い出そうとはせず直ぐに聞いた。

「……誰だっけ?」

「マンションの地下で射殺された六道会の組長だ。俺たちが追っていた逃亡中の男に射殺された被害者の名前だよ」

不審を感じた政岡は聞いた。

「それは、ちょっとばかりおかしくないか?」

「何が、おかしい?」

「だってよぉ。射殺された組長には会えたってのに、直ぐに助けにいった真央ちゃんとは会えなかったのはおかしいじゃねぇか?」

「タイムラグが起こっていた」

「何だ? タイムラグってのは……」

「ある現象が起こった時、それに対する反応が直ぐには起こらず、ある時間を置いてから起きる現象のことだ」

「要するに、お前と真央ちゃんは同時に地獄に落ちたつもりが、僅かに時間の差が生じて、会えなかったってことか?」

「そういうことだ」

「俺と六道会の組長の緒方さんは、奈落の底の大海で偶然に出会うことができて、同じ舟に乗り合わせることになったのだが、俺はいきなり緒方さんに船を大きく揺すられて海に落ちてしまった」

「理由もなく落とすヤツはいねぇよ」

政岡は邪険に言った。

「お前のことだ。どうせ後先を考えずに余計なことを口走ったか、あるいは気にさわるようなことでもしたんじゃねぇのか?」

雄大な嵐山の景観を見ながら、快炎鬼は呟いた。

「それは無い」

「思い当たるふしはなかったンだ。その時は何も……」

快炎鬼は氷室丈二であった当時の状況を思い出しながら、ゆっくりと噛みしめるようにして話を続けた。

「ビックリしたよ」

「いきなり船を揺すられ、落とされたのだから……」


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