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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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二十一の炎

二十一の炎

大覚寺・境内の東側に広がる大沢池おおさわのいけは、平安時代に中国の淡水湖としては鄱陽湖はようこに次いで2番目に大きい唐の洞庭湖どうていこして造られた日本最古の庭池で、日本三大名月観賞地であることから観月かんげつの名所としても有名で、ここを訪れる大勢の観光客たちは、季節を問わずにひと時の静けさと風光明媚ふうこうめいびな池の景色を楽しんでいる。

大沢池の周りには、様々なお宝やほこらが祀られているが、その中でもあでやかな朱色に塗られた目を引く建物が「心経宝塔しんぎょうほうとう」で、樹々の緑とともに美しさを湖面の向こうに反映させて感動を呼ぶ。

大沢池の湖畔には、桜やかえでが約700本ほど植えられており、遊歩道の近くの大きな樹の傘の下には丸太ン棒を縦に二つ切りにし、切り口がUの字となったお椀型の横長ベンチが置かれていて、道端のところどころには伐採された大木の切り株が腰掛け用として残されている。

遊歩道を散策する人影は少なく、チラホラと見られる程度の池のほとりで、いかにもオタクっぽい感じの若者が、背凭れのない横長ベンチに独りで座り、タブレット画面に見入っていた。

タブレット画面には、快炎鬼が子供を助け出したことが「謎の出来事」のテーマとしてコメンテーターたちが論議を続けているスタジオ内のシーンが流されていた。

画面を見ている若者の背後に、何者かが音もなく立った。

若者は気にも止めずにタブレットを見ていたが、無言を続ける背後の人物が気になってきた。

『……何で無言なんだよ?』

二人の間に沈黙が流れる。

『キモイなあ……』

『イヤな予感がする。因縁でも付けられるのかなぁ?』

若者にとっては、脅迫や恐喝の方が対処し易かった。無言の圧力はこの若者にとって、耐え難いほどの苦痛だった。

『何か言ってくれよ。不気味だよ』

重圧に耐え切れなくなった若者は逃げようとしたが、蛇に睨まれた蛙のように身体が硬直して足が竦み、身動きすることができなくなっていた。

若者は血相を変えた。

『た、大変だ! 動けない!』

金縛かなしばりだ!』

後ろを振り返って正体を確かめることができなかった若者の顔面は蒼白となり、額に脂汗あぶらあせが滲み始めた。

『ち、チビりそうだ!』

若者は心の中で叫んだ。

『早く、どっかへ行ってくれ―ッ!』

若者の斜め後ろに立っていたのはリュウだった。

若者の肩越しからタブレットの画面を見下しながらリュウは思った。

『相変わらず「謎の救出劇」かよ?』

リュウは腕組みをして自問自答した。

『この映像を見た魔餓鬼は、どう思うだろう?』

『俺が魔餓鬼だったら、このまま快炎鬼を自由に泳がせておくだろうな。歯向かってきたワケでもないし、子供を助けたからといって痛くも痒くもないのだから、あえて始末しにいくことも無いな』

『魔餓鬼が快炎鬼をスルーするってことは、快炎鬼は勝手に一人で相撲を取っているってことになる』

『もし、そうだと仮定すれば早く4人が元に戻って一致団結し、魔餓鬼を捜し出してこっちから勝負を挑んでいくしか方法がないってことだ』

『かと言って喧嘩別れした仲だ。こっちからエバに頭を下げたくもないし、勿論エバからは何も言って来ないだろう』

『閻魔さんとの約束も反故になっちまったし、弱ったな』

サッと立ち上がった若者が、クルリと振り返ってタブレットをリュウに差し出した。「差し上げます!」

突然の若者の行為にリュウは驚いた。

「えッ?」

若者は頭を下げてリュウに言った。

「どうか、受け取って下さい」

リュウは即座に断った。

「要らねぇよ」

若者はタブレットをグイとリュウの前に突き出した。

「私も要らないのです」

タブレットをリュウに手渡した若者は、足早にその場から立ち去った。

リュウは立ち去る若者の後ろ姿を、怪訝な顔で見送った。

「おかしな野郎だぜ?」

―――

若者は涙を流しながら、遊歩道を歩いていた。

「買ったばかりなのに……」

「高かったのに……」

若者は振り返って、小さく見えているリュウに向かって言った。

「だから大っ嫌いなんだ。ヤクザは……」

―――

貰ったタブレットを困った表情でアレコレと操作しながらリュウは呟いた。

「使い方を知らなきゃ、猫に小判、豚に真珠ってやつだ」

戸惑いながらタブレットの操作を探っているリュウの背後で声がした。

「久し振りだな。西獄龍さいごくりゅう

リュウの表情が一瞬にして変わった。

「出たな! 魔餓鬼!」

リュウは振り向きざまに、タブレットをフリスビーのようにして投げつけた。

タブレットは鋭く風を切り、声の主に向かって物凄い勢いで飛んでいった。

木の枝に止まっていた縣衣翁は、猛スピードで飛んでくるタブレットに仰天した。

飛び立って逃げる間が無かった懸衣翁は、両足で枝を掴んだままで身を後ろに反らせ、体操の大車輪のようにグルリと一回転して危機をまぬがれた。

懸衣翁を掠めたタブレットは次々と小枝を切断し、太いかえでの幹にぶつかると、木っ端微塵に砕け散った。  

懸衣翁は烈火の如く、リュウを怒鳴りつけた。

「バカヤロ―ッ!」

「相手を確かめてから攻撃しろ!」

白頭ガラスの正体が懸衣翁だったとは、リュウはまだこの時は知らなかった。

「こいつぁ、驚いたぜ」

「魔餓鬼のクソ野郎が出たと思ったが、人語じんごを話せる妖怪ガラスだったとは……」

リュウが誤解していると瞬時に悟った懸衣翁は慌てて言った。

「よ、妖怪じゃねぇッ!」

「俺だ、俺だ、俺だ!」

「うっせーわ!」

「オレオレ詐欺のように言うんじゃねぇよ!」

怒れるリュウをなだめることが先決と思った懸衣翁は、落ち着いた口調でリュウに話しかけた。

「……西獄龍よ」

「俺が魔餓鬼だったら、声もかけずに問答無用でお前を始末してるぜ」

リュウの怒りが僅かに収まった。

「なるほど。そういわれれば一理いちりある」

リュウの怒りが、再度、ぶり返した。

「魔餓鬼じゃねーのだったら、テメーは誰だッ!」

「まだ分からねぇのか。俺のこの声を聞いて……」

リュウは小首を傾げた。

「ン?」

「ま、まさか?……」

懸衣翁は飛び立ち、リュウに近くの小枝に飛び移った。

「ようやく気付いてくれたか」

「俺が三途の川の縣衣翁だってことを……」

懸衣翁の正体を知ったリュウは素直に謝った。

「すまない」

「俺はてっきり、魑魅魍魎か妖怪のたぐいだとばかり……」

「詳しい事情は後で説明するが、要点だけを言えば俺は魔餓鬼によってこんなカラスに変えられてしまったってことだ」

「そうだったのですか」

「知らなかったこととは言え、危うく懸衣翁を始末するところでした」

懸衣翁は自慢げに胸を張ってリュウに言った。

「ま、俺の俊敏さが幸いしたってことだな」

リュウは怪訝顔で懸衣翁に聞いた。

「……ところで、俺の居場所が大覚寺の大沢池だということが、どうして懸衣翁に分かったのですか?」

においだよ。お前の……」

「……臭い?」

リュウは自分の腕を鼻に近づけ、クンクンといだ。

「そんなに臭ってますか。俺って……」

人間万事塞翁にんげんばんじさいおうが馬といって、何が幸いしてくれるか分からん。魔餓鬼によってこんなカラスにされちまったが、幸い嗅覚きゅうかくだけは超の字が付くほどに異常に発達してくれたようだ」

「俺の記憶が正しければ、犬の嗅覚ってのは人間の100万倍もあって、ガン患者の吐く息で肺ガンと乳ガンが判別することができ、血の匂いでは卵巣ガン。肌の匂いでは皮膚ガン。便の匂いで大腸ガンを識別することができるそうだ」

「凄いですねえ。犬の嗅覚ってのは……」

「感心するのはまだまだ早い」

「アフリカゾウの嗅覚は犬の2倍もあって、乾季になっても空中に鼻を高く上げると、水の匂いと水のありかが分る」

「す、凄いッ!」

「だが、そのゾウもカイコガには負ける」

「……カイコガ?」

「幼虫の時はかいこと呼ばれ、さなぎからまゆを抜け出して、成虫になるとになる『カイコガ』と呼ばれる昆虫のことなんだが、そのカイコガのメスが空気中に拡散させるフェロモンは、きわめて微量で数キロ先の雄を引き寄せることができるほどだ」

「それって、おかしな話ですよね?」

「何がおかしい?」

「だって、昆虫には象のように鼻なんてないじゃないですか?」

「虫には鼻は無いが、触覚の先端に匂いを識別できる受容体じゅようたいってのがあって、それで匂いを感知することができるってワケだ」

納得するリュウ。

「へえ、そうだったのですか」

「俺はそのカイコガよりも嗅覚が優れているからこそ、お前を簡単に捜し出せたってことだ」

リュウは喜んだ。

「それでしたら、魔餓鬼も簡単に捜し出せるってことですよね?」

縣衣翁は口を閉じてしまった。

今まで能弁だった懸衣翁が急に黙り込んだことを、リュウは不思議に感じた。

「……なぜ、黙っているのですか?」

「俺の居場所を探り当てたように、魔餓鬼の臭いを辿っていけば、クソ魔餓鬼の居場所も行動も、手に取るように判るってことじゃないですか?」

「無理だ」

「なぜです?」

「あいつは悪臭だらけで無理なのだ」

かども数が増えてくると丸く見えてくるのと同じで、魔餓鬼の身には余りにも多くの悪臭が魔餓鬼の身に染み付いている。ってことは無臭と同じことで、お前のようにそう簡単には辿り着けないってことなのさ」

不貞腐れたリュウは、はっきりと懸衣翁に言った。

「なんだよ。がっかりじゃないですか」

「バカヤローッ!、がっかりさせられたのはこっちの方だ」

「4人が一致団結して魔餓鬼と対決しなきゃならない大事な時だってのに、取るにらねぇことが原因で喧嘩別れなんかしやがって……」

「なぜ、俺たちが仲間割れをしたってことを知っているのですか?」

「俺は何でも知っている。知らないこと以外は何でも知っている」

リュウは苦笑した。

「エバと同じことを言ってくれますね」

「誰だ?」

「エバってのは?……」

「懸衣翁の女房の『奪衣婆』のことですよ」

「な、なんだとォ?」

「あの奪衣婆が『エバ』などと呼ばれているのか?」

「知らなかったのですか? 懸衣翁は何でも知っていると思っていたのに……」

「氷室丈二という男が閻魔さんによって『快炎鬼』と名付けられ、奪衣婆は奪を取って『エバ』となり、そして俺は西獄龍から西獄を取って『リュウ』と呼ばれています」「だったら、天邪鬼の娘の阿羅々(あらら)は……。ララか?」

「いいえ。阿羅々はそのままで『アララ』です」

懸衣翁は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

「何が『エバ』と『リュウ」だ』

「どいつもこいつも西洋かぶれしやがって……」

「今はそういう時代になっているのです。古いのですよ、懸衣翁の考え方は……」

「どうでしょうか。懸衣翁もケントとかにしすれば?……」

「バカヤローッ!」

「今は呼び名がどうのこうのと言っている場合じゃねぇ。お前たちに一番大事なことは、早く3人が合流し一致団結して、快炎鬼とともに怪物・魔餓鬼と対決することだ!」  

エバたちとの合流を望んでいたリュウは「渡りに船」とばかりに心の中で喜んだ。

リュウは困惑そうな顔で言った。

「俺は合流してもいいのですが、エバが受け入れてくれるかどうか……」

「お前の方から頭を下げるのがイヤなら、俺に命令されたと言え。奪衣婆も俺の命令だと言えば受け入れてくれるだろう」

「奪衣婆は水路閣にいる。魔餓鬼といかにして闘うべきかの作戦を練っているから、俺に言われたと言って、お前もその作戦に加わればいい」

リュウは渋々ながら承諾した。

「仕方がねぇなぁ。三途の川の懸衣翁にそこまで言われちゃ」

「俺はお前たちのように時空間を自由に移動する能力が無い。だから遅れて水路閣に行くことになる」

「分かりました。では、のちほど水路閣でお会いしましょう」

懸衣翁を残し、リュウはスッとその場から姿を消した。


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