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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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十五の炎

十五の炎

大型家具専門店のインテリア・コーナーには、高級感溢れる多種多様のテレビ専用のボードが数多く展示されていて、超高級な収納付き壁面テレビボードの前には、革製の豪華な四人掛け用のソファが設置されていた。

ゆったりとした高級なソファの中央にリュウがどっかと座ると、展示ボード内に設置されていた大型テレビの画面がパッと明るくなって映像を映し出した。

―――

客のいないカウンターレジに立っていた中年の男性店員が、リュウの様子を見ていて小首を傾げた。

「おかしいなぁ?」

傍にいた若い男性店員が、中年男性の主任に聞いた。

「どうかしたのですか? あのお客さんが……」

「ソファに座ると同時にテレビに電源が入って、放送を始めたんだ」

「リモコンで電源をオンにしたのじゃないのですか?」

「電池が入ってないんだよ。よく持って帰られるから……」

「それでしたら、テレビが見られませんよね?」

「電池だけじゃない。コンセントも抜いていて、テレビを見たいと希望するお客さんだけに電源を入れてテレビを観て貰っているんだ」

「おかしいですよねぇ? チャンネルを切り替えられるなんて……」

主任はリュウを見ながら、もう一度、小首を捻った。

「う~む。なぜだろう?」

―――

リュウが見ているテレビ画面にはスタジオの中で三人のゲストコメンテーターたちと、快炎鬼に助け出された翔太とその母親の二人が映っていた。

スタジオ内のモニター画面には、爆発したマンションの部屋から火の玉が表に飛び出している映像と、爆発した部屋の真正面から撮られた人影らしきシルエットなどのシーンが次々と切り替えられて映し出されていた。

テレビキャスターが三人のゲストコメンテーターたちに聞いた。

「どういうことなのでしょうかね?」

「同じマンションから撮られた爆発の投稿動画なのに、片方では火の玉が部屋から飛び出し、片方では黒い人影のような形が映っているのですから……」 

三人は異口同音のことを言った。

「そうなんですよ。不思議ですよね?」

「常識ではあり得ない話です」

「本当にこれは同じ火災現場で撮影された動画なのでしょうか?」

―――

大人しくテレビの画面を見ていたリュウが、舌打ちをしながらボヤき始めた。

「……バカか、こいつら?」

「高いカネを貰ってるコメンテーターなら、もっとマシな返答をしろ!」

「爆発した部屋から火の玉が飛び出したのを見たのだったら、それは太陽を側面から見たフレアと同じだ。いくら明るい火の玉でも正面から撮ればシルエットになるってことくらい理解しろってんだ。バカタレどもめが……」

―――

リュウの様子を伺いながら、若い店員が主任に言った。

「主任」

「何だ?」

「あの男、不思議なだけでなくて、何だか少しヤバそうですよ?」

「今度はテレビに向かって、何か文句を言い始めましたから……」

「余りジロジロと見ない方がいい」

からんできたら、後が面倒な客のようだ」

―――

カメラに向かって、テレビキャスターが視聴者に問いかけた。

「問題は風呂場に置いてあった洗濯機です」

「翔太クンが嘘を言っているようには思えません。では、誰がどうやって、燃え盛る炎の中から翔太クンを洗濯機の中に入れ、裏の路地に軟着陸させて無事に助け出したのでしょうか。そして、誰がお母さんに翔太クンは無事で、マンション裏の路地にいると知らせたのでしょうか。私たちはこの謎を解き明かすことができません。謎は益々深まるばかりです」

―――

リュウの目はテレビ画面を見ているだけで、頭の中は別のことを考えていた。

【捜し出すよりも捜させろ】

【快炎鬼が魔餓鬼を捜し出すのではなく、魔餓鬼が快炎鬼を捜し出すように仕向けたのに違いない。限られた期間なんだから、そうでもしないことには魔餓鬼を捜し出すのは不可能だ】

「そう読み取った俺の推理が、当たりかハズレなのかを確かめにこの店に立ち寄ってみたが、こうして連日連夜のように、各チャンネルで事件を放映していれば、俺たちが現世にやってきたことを快炎鬼は意識して、魔餓鬼に『お知らせ』しているのだと断言してもいいだろう」

リュウは頭を抱えた。

「……マズい展開になってきたな」

「魔餓鬼に知られるのを承知で快炎鬼が子供を助け出したのであれば、後先考えずに行動したのは快炎鬼ではなく、この俺ってことだ」

リュウは険しい表情でテレビ画面を見つめ直した。

「いずれ遅かれ早かれ、魔餓鬼は俺たち4人の存在を知ることになるだろう。そうなれば魔餓鬼は俺たち4人を楽しみながら一人ずつ消しにくるハズだ」

「早く4人が元に戻って一致団結して魔餓鬼と闘わなけりゃならないと判っちゃいるが、啖呵たんか大見得おおみえを切って別れたばかりだ。どのツラ下げてエバとアララに会えと言うんだ?」

険しい表情のリュウの前に、小学一年くらいの男の子が立った。

―――

リュウの前に立ちはだかり、何やらクレームをつけている子供を目撃した若い店員は青ざめた。

「だ、大丈夫でしょうか? あの男の子……」

「相変わらず心配性だな。キミは……」

「大丈夫だ。心配するな」

「近頃のガキは礼儀知らずだから、テレビを独り占めにするなと文句を言っているだけだよ。殴られたワケでもなく、怒鳴られたワケでもないのだから、見て見ぬ振りをしていろ。それが一番無難で利口なやり方だ」

若い店員は執拗に主任に食い下がった。

「何かがあってからでは、遅いじゃないですか?」

「相手はヤバイ男ですよ。警察沙汰になって店の名前とか主任の名前が出たらどうするのですか?」

主任は若い店員をなだめた。

「よし、分かった」

「近くまで行って何かが起きそうになったら、二人で阻止そしすることにしよう」

カウンターレジを出た主任と店員は、リュウに近づいていった。

―――

テレビを見ているリュウの前に立ちはだかり、子供が話しかけた。

「おじちゃん」

「……何だ?」

「……迷子にでもなったのか?」

「違うよ」

「パパとママはボクの机を選んでるよ。ボク、アニメを見るからと言って来たんだ」

「そうか」

リュウは卓上のリモコンを掴んで少年に聞いた。

「何チャンネルだ?」

「ボクがやるよ」

「わかった」

リュウは席を立って子供にリモコンを手渡し、子供がリモコンを操作して画面がアニメ動画に切り替わったのを確かめてから、静かにその場から立ち去っていった。

足早にリュウに近づいてきた主任と若い店員は、ピタリと揃って足を止め、立ち去っていくリュウの後ろ姿を安堵の表情を浮かべながら見送った。

「よかったなぁ。何事も無くて……」

「ええ、一時はどうなるかと心配しましたが……」

リュウの後ろ姿を笑顔で見送る二人に、通りかかった若い女店員が聞いた。

「何だか楽しそうですね?」

「何かいいことでもあったのですか?」

リュウを見送りながら、主任は女店員に答えた。

「楽しいことは無かったけど、不思議な出来事があってね。さっきのお客さんがイスに座ると同時に、テレビに電源が入って映像が映し出されたんだ」

若い店員も主任に続いて、女店員に言った。

「不思議な出来事はそれだけじゃない。お客さんが子供に手渡した電池の入っていないリモコンが作動して、チャンネルを切り替えることができたんだ」

女店員は口を押さえて、クスリと笑った。

主任は怪訝顔で女店員に聞いた。

「……何がおかしい?」

「不思議でも何でもないわ」

「入り口近くであのお客さんがテレビを見たいと仰ったので、私がボードの近くまで案内して、ボードの後ろに回ってコンセントを差し込んだからテレビが映ったのです」「じゃあ、電池の入ってないリモコンはどう説明しれくれるんだ?」

「電池が入ってないのに気づき、先日、私が電池を入れておきました」

二人はその場で大きくずっこけた。

「アッヘーッ!」

「ウッソだーッ!」

―――

ハンカチでひたいの汗を拭いながら、和田と伊藤の二人の刑事が刑事部屋に戻ってきた。

「たまらんなぁ。今年の暑さは……」

「たまりませんねぇ。私の財布の中身と一緒ですわ」

「もう死語ですよ。財布の中身なんてのは……」

「そうですよね。今はペイカードかクレジットの残高ですよね?」と談笑しながら、二人はデスクの遠藤課長に近づいていった。

「課長、行ってきました」

パソコンの画面を覗き込むようにして見ていた課長は、近づいてくる二人に気付いて、笑顔で両刑事をねぎらった。

「おう」

「暑いのにご苦労はんやったなぁ」

「……で、どうやった?」

デスクの前に立った和田が先に報告した。

流石さすが炯眼けいがんの持ち主の課長ですね。課長の推察通りでした。理解に苦しむ不思議な出来事の連続でした」

「ワシへのヨイショはせんでもええねん。それよりも、早よ聞き込みの結果を教えてくれ」

伊藤も和田を追うようにして報告した。

「私の方も完全にウラが取れました」

「マンションでの火事で何者かが洗濯機の中に子供を入れて、助け出したのは事実でした」

課長はバンとデスクを叩いて立ち上がった。

「よっしゃ!」

「これで丈二ら3人が失踪した事件と、今回の事件は関連性ありとして、これからは本腰を入れて徹底的に捜査ができると言うワケや」

和田と伊藤が自分の席に戻っていくと、イスに座った課長の表情が急に困惑顔となり、腕組みをしながら身を反るようにしてイスに背もたれた。

「……問題は政岡やな」

課長のデスク近くの東郷刑事が怪訝顔で聞いた。

「どうかしたのですか? 政岡が……」

課長は身を元に戻し、今度は乗り出すようにして東郷に言った。

「政岡と一緒に置き引き犯の調書を取っていた森野はんの話では、男は取り調べている政岡に対して、物凄い勢いで食ってかかっていったそうなんや」

「そりゃあそうでしょう」

「政岡に現行犯で逮捕されたのですから……」

「それがやな」

「置き引きの男は、取り調べている政岡に対して【あんたは人間と違う!バケモノや!】と叫んだそうなんや」

「こっちから【お前は人間やない】と容疑者に言うことはあっても、犯人から言われたのは初めてやと森野はんはビックリしとった」

「どういうことですか? それは……」

「自分とぶつかった子供は、八坂神社の石階段を吹っ飛んでいったのにケガの一つもせんと助かり、倒れた自分の手首と足首には逃げられんように手錠が掛けられていて、それに逮捕されたという自覚がまったく無かったという話や」

東郷は笑った。

「置き引き犯のたわごとですよ。別に気にするほどのことも無いじゃないですか?」課長は席を立って、東郷に近づいてきた。

「それがやな」

「置き引きを追ってきた若い兄ちゃんだけでなく、子供を連れた夫婦と、政岡と一緒にいた若い男も政岡の納得できん動きを目撃してるハズやから、その人らに話を聞いてくれと森野はんに頼んだそうなんや」

「だったら、その場にいた連中に話を聞けばいいじゃないですか?」

「それがやな」

「子連れの夫婦はその場から立ち去っているし、男を追い駆けてきた若い兄ちゃんも、男が捕まったのを見てその場から立ち去ったようで、石階段の中央付近で政岡と一緒に座っていたという若い男も、騒ぎのドサクサに紛れて、姿を消してしもたそうなんや」

「全員がその場からいなくなったのでしたら、話のウラを取るのは難しいかもしれませんね?」

「置き引き犯が言うてるのはそれだけや無いねん」

「……と、言いますと?」

「手錠は手に掛けるものであって、手首と足首に掛ける物とちゃう。コケてる最中に一瞬で手首と足首に手錠を掛けるのは【人間業にんげんわざや無い】と言うてんねん」  

東郷も不思議がった。

「それが事実でしたら置き引き犯の言うように、少しばかり話が違ってきますよね」

「それだけや無いねん。おかしなことは……」

「まだ、あるのですか?」

「子供とぶつかっただけで逮捕するのはおかしい。ぶつかった時点では自分が置き引き犯だとは、政岡はまだ知らんハズやと言うてんねん」

「それもそうですよね?」

「逃げてきた置き引き犯を、政岡が事前に知っているハズが無いですよね?」  

「そこやねん」

「森野はんがウラを取りに行って数少ない目撃者から聞いた話によると、置き引きの男とぶつかって石階段をふっ飛んでいった子供は、ホンマにケガの一つもしてなかったようで、政岡と一緒にいた男の姿が一瞬で消えたと言うてるのも、どうやらホンマの話らしいんや?」

「一瞬で消えたと言うのはオーバーな話だと私は思ってますが、一体、誰だったのでしょうかねぇ? 八坂神社の石階段で政岡と一緒にいた男っていうのは……」

「誰やろな?」

「誰かは知らんけど、不思議な話の連続ばっかりや。そやからワシはちょっとだけ胃と頭が痛いねん」

話を聞いていた和田が課長に近づいてきた。

「課長、逆によかったじゃないですか」

「……何でや?」

「現場に残された遺留品は多かったですが、捜査対象となる様な有効な資料が無かった3名の同時失踪事件です。これで、丈二の調査がやり易くなってくれたじゃないですか」

伊藤も席を立って、課長に近づいてきた。

「そうですよ。これで謎が三つになったのですから……」

「何や。三つの謎て?……」

「始めは珍皇寺での丈二の失踪です。そして、二つ目はマンション火災の奇妙な子供の救出劇で、三つ目は八坂神社で政岡の逮捕時の謎です」

課長は和田と伊藤に言った。

「おまはんらは、軽く簡単にそない言うてくれるけどな」

「ワシは何か知らんけど、イヤな予感がして気が進まんのや。置き引きの男が政岡に【あんたは人間と違う!バケモノや!】と言うたことを森野はんから聞かされてから、政岡から話を聴くのがイヤになってきてるんや」

伊藤が課長に聞いた。

「課長が聞き難いのでしたら、私が代りに政岡に聞いてみましょうか?」

課長は即座に断った。

「いや、ワシが聞く」

「気は進まんけど、事のあらましを聞くのがワシの仕事やさかいにな」

課長の足取りは重かった。

ゆっくりと自分の席へ戻っていく課長の後ろ姿は、「困惑と不安」と言う名の荷を両肩に背負って歩いているようにも見えた。

―――

炎天下の中をハンカチでひたいと首の汗を拭いながら政岡が訪れた観光バス会社の「京都ミカド交通」の本社ビルは、5階建てのモダンなビルで、外壁は薄茶色をしたタイル張りの仕様だった。

本社ビルの横の大きな駐車場には、数え切れないほどの観光用の大型バスが、横一列に整然と駐車されていて、パステルカラーをモチーフに統一された車体の塗装は、優雅さだけでなく壮観を覚えるほどの光景だった。

本社ビルに近づいた政岡は、正面玄関近くで足を止め、ズボンの後ろポケットにスマホを差し込みながら心の中で呟いた。

『突然、俺の目の前に丈二が現れたのだ』

『丈二の恋人の真央ちゃんだって、先輩で親友でもある静香クンの前には姿を見せているハズだ』

一面がガラス製の玄関ドアを外に押し開け、建物の中からバスガイドの制服ではなく私服の伊藤静香が満面の笑みを浮かべて表に出てきた。

「ごめんなさい。お待たせしました」

「申し訳ないのはこちらです。近くにきたものですから、連絡させて貰ったというワケです」

静香は朗報を期待するような表情で、政岡に聞いた。

「やっと進展があったのですね? 真央に……」

「残念ながら、まだ、何も……」

政岡は静香の質問に失望した。

『……ってことは、真央ちゃんはここには姿を見せなかったってことか?』

『この世に姿を見せたのは、丈二だけってことなのか?』

とその時、政岡のスマホのバイブ音が僅かに鳴っているのが聞こえた。

政岡は「ちょっと失礼」と言って、ズボンの後ろポケットから取り出したスマホを耳に当てがった。

「政岡ですが……」

課長の大きな声がスマホから漏れた。

『おう、ワシや』

『今、話をしてもええか?』

「ええ、大丈夫です。何でしょうか?」

『ちょっと訊きたいことがあるよってに、用が済んだら早めに戻ってくれへんか?』「了解しました。直ぐに戻ります」

スマホを切った政岡は、頭を下げて静かに謝った。

「申し訳ないです」

「勝手に立ち寄っておきながら、こちらの都合で署に戻ることになりました」

「気にしないで下さい」

「いつでもいいですから連絡して下さい。私、待っていますから……」

「分かりました」

「用が済み次第、もう一度、連絡させて頂きます」

「いつでも連絡して下さい。私、ホントに待っていますから……」

政岡は静香に一礼すると、背を向けて立ち去っていった。

政岡を見送る静香の顔から笑顔が直ぐに消え、悲し気な表情へと変わっていった。 

「もちろん、真央は心配だけど……」

「私だけに用があって会いに来てくれたら、もっと嬉しかったのに……」


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