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35.《遭難》

 夕飯を食べ終えれば、もう夜のために起きていてもやれることはない。

 せいぜい、鳥を取るための道具について話す程度のことが限界である。

 主人のいたところだと、幾ら灯を点していてもなんら問題なかったのだが、ここではそうもいかないらしい。


「イリファは、何か鳥を取るのにいい方法知りませんか?」


 月明かりしかない暗い部屋だと、ルルの黒い髪や眼は目立たない。

 落ち着いていて、細かな動きや呼気の音も小さい彼女はその容姿もあって暗いところではよく見えないために、隣に寝ていたことに気がつかずに驚かされる。


「ん、何だかんだ言っても町暮らしだったから、大した知識も技術もないな。

一応知っているのは、細い縄の両端に分銅を付けたような道具を投げて脚や翼に絡めて取るといった道具があるらしい」


「やっぱり投擲具か。なんか難しそうだな」


 そう言ってから、脚を伸ばしたらイリファの頭らしき物を蹴ってしまった。 三人とも床に寝転べば、ベッドや荷物があることもあってかなり手狭だ。

 一人か二人かベッドに上がった方がみんな快適になると思うのだけど、自分が上がるのは少し気が引ける。


「あ、すまん」


「いや、問題ない。本当に、全然、問題、ない」


 少し泣きそうな声になっていて、問題ないという言葉が嫌に罪悪感を誘う。

 脚も伸ばせないとなると、座って寝るか、誰かを生贄にベッドの上にやるかか。


「なぁ、ルル。 疲れてるだろうし、ベッドの上で寝たらどうだ?」


 座って寝れば、寝返りが打てないせいか身体がガチガチに固まってしまったのは記憶に新しい。 というか今朝の出来事だ。


「いえ、いいです。 イリファはまだ疲れが取り切れていないでしょうし、イリファがベッドを使うべきだと思います」


「私はもう元気だからな。 シンユの手伝いで力仕事や、魚釣りで疲れてるだろうライアがベッドを使ったらいいんじゃないか?」


 イリファが頭を軽く押さえながら言う。


「いや、私はいい。 なんか一人だけベッドで寝るのは申し訳なくて。 だからルルかイリファ頼む」


「私も申し訳なくてちょっと……」


「二日連続では……罪悪感が……」


 けれど、このままでは全員脚を伸ばしたり、寝返りをうったりなどができないような場所で寝ることになる。

 私の場合はルルが少し移動すれば寝返りは打てるようになるけど。


「なら、ルルとイリファとでベッドを使えば申し訳なさもないんじゃないか?」


「いや、一番働いていたライアを下で寝かせるのも。

ルルとライアで寝たらどうだ?」


 イリファがそう言って寝返りを打とうとするが、狭いせいでうまく体勢を変えれないらしく、モゾモゾと動く。


「いえ、調子の悪いイリファにそんな仕打ちは出来ません。

それに、ライア君とベッドで寝るなんてドキドキして寝れませんから。

ライア君とイリファで寝るのがいいと思います」


「それはちょっとな。 ルルには世話になってるし、私は猿人種よりも丈夫だから気を使わなくとも問題はないから。

もういいからベッド使ってくれよ。 私は申し訳なくなるから使いたくない」


「私も使いたくないのですが……」


「私もだ。 頼む二人とも」


 譲る気が全くない譲り合い。 最終的には私が譲られ……というか譲ってベッドに寝転がる。

 少し下にいる二人を見れば床から伝わる冷たさを誤魔化すためにか多少だが引っ付いて寝ている。 羨ましい。


 まぁ仕方ないと目を瞑って、眠る。




 肩が少し揺れる。 誰かに身体を揺すられたことにより目を覚ます。

 黒色の髪が私の頬を擽り、小さい吐息が唇を撫でる。


「おはようございます、ライア君」


 ベッドの横から覗き込む彼女は、真っ直ぐと私の目を見ていて瞬きの一つすることすら戸惑う。

 年齢の割にしても幼さを残している顔だと思っていたが、丸い目や柔らかに笑う表情はその印象を強めた。


「おはよう」


 見惚れそうになるのを誤魔化すように言い、手でルルを退かせながら起き上がる。

 軽く伸びをしながら部屋を見るが、既にイリファは行動しているのか、姿が見えない。


「イリファなら、だいぶ前に魚釣りに行きましたよ。 なんでも、早朝の方がよく釣れるらしいです。

そろそろ戻ってくると思いますよ」


 新たな知識を頭に詰め込んだあと、時間を確認するために窓から空を眺める。

 時計がないために具体的な時間は分からないが、なかなか遅く8時頃だろう。


 昨日寝たのも8時までいってないだろうから、1日の半分寝て過ごしたらしい。

 主人の元で過ごしていた頃では珍しいことではなかったが、旅に出てからは朝日と共に起きていた。


 そういえば重人の村でも起きるのが遅かったか。 安定した居住地があれば寝過ぎるタチなのかもしれない。


 今からおっさんの手伝いをしに行くのも少し遅いような気もするが、文句を言われることもないだろう。 イリファが帰り次第出ることにするか。


 ルルが何かを製作しているのを見ながら、神木の剣で素振りをする。 剣術の方など分からないので適当に振るうだけだが、やらないよりかはマシか。


「絵になりますね」


 ルルも私の方を見ながら製作を進めていて、自然と口が開いた。


「まあ、ライアくんは何をしていても絵になりますけど」


 そんなに言われる程美形ではないのだが、ルルからしたらそう見えるらしい。

 旅仲間に好意的に見られるのは嫌な話ではないが、褒められるむず痒さは慣れない。


 嫌がらせにルルのことも褒めてみようかと思い口を開いたところでイリファが帰ってきたらしく扉の開閉の音が聞こえる。

 少し急ぎ気味なのかドタドタと忙しない足音。

 息を切らせながら入ってきたイリファの背には、濡れた人らしきものが見える。

 生きているのなら助けなければならない。


「ルル、浜で子供を拾ったんだがどうしよう」


 子供をゆっくりとベッドの上に降ろし、不安の篭った目でルルを見る。

 ルルは落ち着いた様子で子供の服を捲りべたべたと触りまわす。

 イリファが私の視界を遮るように一歩動いたので、おそらくは少女だろう。


「生きてますね。 少し体温が低いですが、心拍、呼吸共に概ね正常です」


 イリファがまた一歩ずれて見えるようになった子供を見る。 子供と言えど、私より幾つか小さい程度に見える。

 ルルよりも一回り以上小さく、9歳ぐらいか。 色のない長い白い髪と白い肌は生きているという言葉の説得力を欠けさせる。

 イリファに降ろされ、ルルに触り回されたのに身動きの一つもなく、思わず人形みたいなんてけったいな言葉が頭に浮かぶ。

 得体がしれないが、絶対に助けなければ。


「この子、精人属(メヘル)ですね。

この頭の中に「助けなければならない」と感情と思考を植え付けてくるのは精人属だけなので、間違いないです」


「感情を植え付ける?」


「はい。 精人属は、近くにいる人の感情や思考の一部を改変してしまうので。

子供ですし寝ているので、生態をちゃんと制御出来てないんだと思います」


 精人属と言えば、イリファが前に信仰していた神が精人神だったか。

 確か正義と平等が好きな……どうでもいいか。


 ルルが着替えさせてあげるので席を外してくださいと言い。 私はそれに従って外に出る。


 そういえば、イリファが釣った魚はどこだろう。

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