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36.《精人》

 精人種は、感情を植え付ける。

 【守らなければならない】【助けなければならない】【救わなければならない】人間相手のみならず、ある程度の知性がある生物ならそう感じるらしい。

 それは私も例には漏れず、この少女に対して庇護しようという情動が芽生えている。


「精人種は、何者にも襲われません。 だから強いんです」


 確かに怖い。 多少はイリファの影響で親切ないい奴になったつもりではあったが、初めてみる子供を守りたい欲求に駆られるなんてことはないだろう。

 元々守る気満々なイリファとかルルの場合は、どうなるのだろうか。

 イリファの方を向けば、心配そうに見ている横顔が私の瞳に映るがそれには違和感を覚えない。


「じゃあ、なんでこいつはボロボロなんだ?」


 二人は口を閉じる。 まぁ分かるわけもない知り合いというわけでもないのだから。

 ルルはほんの少しだけ間を置いて、可能性の一つを話す。


「よほど強い、それこそ精人種の生態を越えるほどの恨みを買っていた。あるいは巻き込まれただけ。 それか、心中しようとして流れ着いたとか、無理に海を渡ろうとして遭難ーー」


 ルルの言葉を聞いていると、少しだけ別の音が聞こえた。


「ーー助け、呼ばないとーー」


 イリファとルルの顔を少しだけ見る。


「どうやら、一番後者らしいな」


 面倒事と呼ぶには切羽詰まっていそうだ。

 イリファに暖かくさせるからと、外に出るように言われる。 せっかくなら私も女の子の着替えが見たかった。


 神剣を手に取り、外にある木に向かって振るう。 前後から何度か振るって木をへし折り、木の細く枝が多くなっている部分は切り落として太い幹だけを残す。


 丸太の真ん中の部分にだけ剣を当てて、砕くやら折るのではなく、出来る限り削るように振るう。


 極々単純な形の船(真ん中に穴の開いた丸太)が完成し、それをその場に置いて家に戻る。


「あ、ライア……」


 浮かない顔をしたイリファの横には、ルルに輪をかけたほどにひ弱そうな華奢な少女がルルにもたれかかりながら座っていた。


「話は聞けたのか?」

「……はい、聞けました。 けど」


 ルルは小さく俯いて、イリファが代わりにその言葉の続きを言った。


「助けるのは、難しい」


 少女の生命の話ではないだろう。 頭を軽く掻いて、その場に座り込んだ。


「精人種、お前は何のために、ここにいる」


 私の言葉に弱々しく少女が口を開く。


「仲間が、家族がーー死んじゃう」


 頷いて、旅支度を始める。

 必要な物はそう多くない。 重人からもらった神剣、幾つかの保存食、それだけで十分だろう。


「ライアくん、でも、船が……」


「今作った。 何人も乗るのは無理だろうが、そいつを乗せて、俺が後ろで押すぐらいなら出来る。

二人には残ってもらうが、事が済めば戻ってくる」


 力技も過ぎるが、この島に来たのも似たようなものだったのだから無理ではないだろう。

 少女の体調が回復し次第ーーいや、それだと間に合わないかもしれないか。


「とりあえず私は寝る。 いつでも出れるから、そこの精人種ーー」


 少女が私に深々と頭を下げながら名を名乗る。


「ヨロです。 ヨロ=カジョウライ=メヘルといいます。

ありがとう、ございます。 本当に、本当に」


「礼はそこのイリファにでも言っておいてくれ。

私がお前を助けるのは、そいつにカッコつけたいからという理由だから」


 イリファは顔を顰めていて納得したわけではなさそうだが、私が少女と共に大陸に向かうことには文句があるわけではないようだ。

 ルルはどうだろうか。 少し見てみるが、あまり気にしているようには見えない。 むしろ好意的に見られている。


「ライアくん、大陸は奥に行けば行くほど水がなくなりますから、気を付けてください。

あと、人と戦いになった時は出来る限り逃げてください。 相手が、ライアくんの苦手な猿人種だったとしても」


 何かを見透かしたような言葉に顔を顰める。


「分かった。 必要のない戦いはしない」


 まぁ、少女、ヨロの仲間を助けるために行くのだから戦闘にはなるだろうが。

 ヨロを掴みあげてベッドに置く。


「寝ておけ。 私も人ひとり背負いっぱなしで動くのは無理だ。 目が覚めて疲れが取れているようなら私を起こせばいい」


 ベッドのすぐ横で目を閉じる。 ふわりと布がかけられる、ルルかイリファか分からないが、ありがたい。


 目を閉じてもなかなか眠ることは出来ずにいた。

 よく考えてみれば、イリファのこともよく知らないが、それ以上にルルのことは何も知らないでいる。

 いいところのお嬢さんで、私にホの字で、頭がいいというぐらいか。

 聞いてみればいいのか、いや、意図的に隠している節があるので意味はないか。 それに信頼や好意というもので脅すような真似になるのは、気に入らない。


 結局、話してくれるのを待つしかないのか。 そもそも、話す必要があるのかも分からない。


「おはよう、ライアくん」


 考えている途中で寝ていたのか、あるいは一睡もしていなかったのか分からないが、ルルに揺り起こされた。


「おはよう。 ……よく考えたら、今私の服ないんだけど、どうしたらいいだろうか」


「似合ってるからそれでいいんじゃないですか?」


 起きながら軽く身体を伸ばす。 ベッドにねているヨロはまだ目を覚ましていないらしい。


「どうしたんだ?」


「シンユさんが、ライアくんに頼みたいことがあると」


 おっさんが? あの無口そうなおっさんが自分から頼みごととは。

 まぁ、世話になっているので出来ることならした方がいいだろう。 ルルに連れられて家の中の他の部屋に入り、軽く頭を下げたおっさんに会釈をし返す。


 イリファもいて、落ち着いた様子で茶を飲んでいたのでそれほど大変なことでもなさそうだ。


「ライアくん、私はヨロちゃん見てきますね」


「ああ」


 勧められるままに椅子に座り、もう一度頭を下げたおっさんに声を掛ける。


「私に何が頼みなんだ?

少しは腕も立つだろうし、力もあるが、まだ子供だから大したことは出来ないぞ。 それに、大陸に向かう予定だ」


「その大陸に、獣人の傭兵部隊がある」


 部屋に掛かっていた大仰な剣を一瞥してから頷く。 だいたい察しの付く話だ。


「隊の名は王狼という。 猿人以外に雇われ、基本的に猿人を追い払うことが多い」


「追い払う……か」


 シンユは軽くイリファの方に目を向けてから顔を顰めながら頷いた。


「俺とイユウは番になったのと共に抜け、ここで隠居しているが……。 出来ることならば、大陸に行ったときに様子を見てきてもらいたい」


「別にいいが……行く方向が分からないうえに、私の容姿は猿人に近いだろう? 獣人のように尾っぽや耳があるわけでもない。 髪は染めれば猿人と変わらない」


 最悪、その傭兵団に近付いたらヨロも巻き込まれかねない。 私は問題ないが。

 その受け答えは考えていたのか、すぐに何かを私に手渡した。


「紋章入りの籠手?」


 七芒星の模様入りの、小汚い籠手を渡されたが、どうにも私には大きすぎて小さな盾のようですらある。


「それを見せたら俺の知人であることが伝わるだろう。

元々、猿人が憎いわけではないので、それがあれば俺の仲間からは襲われることはまずない」


「了解。 どこにいるかとか分かるのか?」


「いや、もう移動してるだろうから分からないな。 小さな団でもない、近くにいたならば人に聞けば分かるだろう」


「それも了解。 まぁ通り道にいそうならパシられてくる」


「ああ、ありがたい」


 またシンユは頭を下げた。 気分は悪くない。

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