表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/13

元英雄たちの失われた尊厳と、極悪魔女の異世界最高峰トリミング

 お散歩から帰り、美味しいおやつを堪能した日の午後。

 私は、まったりとソファでくつろぐ四匹のモフモフたちを前に、ある重大な宣告を下した。


「みんな、お外を歩いて少し毛が埃っぽくなっちゃったわね。というわけで……これから『お風呂』に入りましょう!」


 その言葉が響いた瞬間。

 四匹の魔獣たちの間に、かつてないほどの激しい動揺が走った。


レオンハルト(お、お風呂だと!? つまり、この女と一緒に入浴するということか!? ば、馬鹿な! 俺は騎士だぞ! いかに相手が悪辣な魔女とはいえ、未婚の女性の裸を見るなど、紳士として、いや騎士道に反する!!)

シオン(……水……! 水に濡れると、私のこの完璧なシルエットが崩れてしまう! あの『濡れネズミ』のような無惨な姿を他人に晒すなど、皇子としてのプライドが許しません!)

クロード(……水、嫌い。絶対に、嫌だ)


 犬科特有の「水浴びは嫌いじゃないが、女性と一緒なのは倫理的にヤバい」という照れと、猫科特有の「とにかく水が嫌い」という本能的恐怖。

 三匹の巨漢たちは、一斉に後ずさりを始めた。


「きゅ? お風呂? ボク、あったかいお湯すきー!」

 唯一、ルカだけは無邪気に喜んで私の足元にすり寄ってくる。


「あー、こらこら、逃げないの。レオンちゃんもクロちゃんも、毛の奥に森のダニとかついてたら痒くなっちゃうでしょ? 私がピカピカに洗ってあげるから!」


「ガウッ!?(よせ、やめろ魔女! 俺をその気安さで風呂場に連行するな!)」

「シャァァッ!(触るな! 私は自浄作用で――)」


 必死に抵抗し、部屋の隅へ逃げ込もうとする彼らだったが、私から逃げ切れるはずがない。

「『強制浮遊レビテーション』!」

 私が指を鳴らすと、三匹の巨体はポワァンと宙に浮き上がり、手足をバタバタと空掻きしながら、私の後ろを風船のようについてくることになった。


「にゃ、にゃあぁぁっ……(降ろせ、降ろしてくれ……!)」

 暗殺者のクロードが、本物の猫のように悲痛な鳴き声を上げているが、私は心を鬼にして大浴場へと向かった。

 ここで甘やかしてはいけない。ペットの清潔を保つのは、飼い主の絶対的な義務なのだから!


---


 魔女セルリアの城の地下には、火山脈から直接引き込んだ魔力温泉を利用した、ローマの公衆浴場のような巨大な大浴場が存在する。

 湯気と共に漂うのは、ほんのりと香るリラックスハーブの匂い。


「よし、みんなここで待っててね」

 私は彼らを洗い場のタイルに降ろし、脱衣所へ向かった。


(さて、私もお風呂に入るわけだけど……さすがに真っ裸で彼らを洗うのは、ちょっと恥ずかしいわね。中身は人間の男の人たちだし)

 彼らを完全に「ペット」として可愛がっている私だが、前世の貞操観念は一応残っている。

 私は空間収納から、魔力繊維で作られた『漆黒のワンピース型水着(露出少なめ)』を取り出し、それに着替えることにした。


「お待たせー! それじゃあ、順番に洗っていくわよ!」


 私が水着姿で意気揚々と洗い場に戻ると。


「「「「ッッッ!!!」」」」

 レオンハルト、シオン、クロードの三匹は、私の姿を見た瞬間、バッ!と一斉にそっぽを向いた。


レオンハルト(み、見ないぞ! いくら布地面積が多いとはいえ、女性のあのような姿を直視するなど……っ! 俺の騎士としての良心が咎める!)

シオン(……ふん、はしたない。私を誘惑しようとしても無駄ですよ。……ですが、その、意外とスタイルが……い、いや、私は何を見ているのだ!)


 彼らは必死に壁のタイルを見つめ、絶対に私と目を合わせようとしない。

 そんな彼らの(元人間の男性としての)葛藤などつゆ知らず、私は鼻歌交じりに『お風呂セット』を展開した。


「さーて、まずはレオンちゃんからね! お湯の温度、これくらいで大丈夫?」

「ガ、ガウゥゥ……(お、俺の身体に触れるな……っ)」

 私がシャワーヘッドから温かいお湯を出し、レオンハルトの背中から優しくかけていく。


「ふふふ、前世でトリマーの動画を見るのが趣味だったのよ。極上の泡立ちを見せてあげるわ」

 私が取り出したのは、エルフの森の奥深くで採れる『世界樹の若葉』と『清らかな精霊の涙』をブレンドして作った、魔女特製・最高級ボタニカルシャンプーだ。

 それを手のひらでモコモコに泡立て、レオンハルトの漆黒の毛並みにたっぷりと乗せる。


「それじゃあ、洗っていくわよ〜。ワシャワシャワシャ……」

「……ッ!!!」

 私の指先が、レオンハルトの分厚い毛皮の奥、地肌に到達した瞬間。

 黒狼の身体が、ビクゥッ!と大きく跳ねた。


「ガ、グルル……?(な、なんだこの指の動きは!? ただ撫でられているだけではない……筋肉の凝り固まったツボを、的確に、そして絶妙な力加減でもみほぐしてきているだと……!?)」


 当然である。

 前世の社畜時代、私は肩こりと腰痛のあまり、月に一度の整体に通うことだけが生きがいだった。「ここを押せば気持ちいい」というツボの知識と、魔女セルリアの指先の魔力コントロールが融合した『究極のマッサージ・シャンプー』。

 激務に追われていた騎士団長の凝り固まった身体に、これが効かないはずがなかった。


「耳の後ろ、痒いところない? ここ、気持ちいいでしょ?」

 ワシャワシャ、キュッキュッ。

「ガウ……あ、くぅ〜〜〜〜ん……っ」


 レオンハルトの口から、ついに完全に情けない声が漏れた。

 彼の太い後ろ足が、気持ちよさのあまり「パタパタパタパタ!」と勝手に床を蹴り始めている。犬特有の反射運動だ。


レオンハルト(だ、だめだ……意識が、溶ける……っ。これほどまでの至福が、この世に存在したというのか……。王都の最高級スパの熟練マッサージ師でも、この女の足元にも及ばない……っ。もっと、もっとそこを……あぁ、そこだ……)

 目を固く閉じていたはずの彼は、いつの間にか恍惚とした表情で床に寝そべり、私の手に完全に身を委ねていた。


「はい、お湯で流すわよー。……わぁ、毛並みがツヤツヤ! 黒真珠みたい!」

 泡を洗い流されたレオンハルトは、もはや抵抗する気力もなく、ふにゃふにゃになってお湯を浴びている。


「さて、次はクロちゃんね! 水が嫌いなのはわかってるから、手早く済ませるわよ」

「シャァァッ!(く、来るな! 私は猫だ! 風呂など必要ない!)」

 威嚇するクロードだったが、私が泡立てたボタニカルシャンプーの『マタタビ・アロマ成分』が鼻をかすめた瞬間、彼の動きがピタリと止まった。


「にゃ……?」

「ほら、怖くないでしょ? 温かくて気持ちいいわよ〜」

 私は彼を優しく抱き寄せ、首元から丁寧に泡でマッサージしていく。

「……ゴロゴロ、ゴロゴロゴロ……」

 数秒後、大浴場に響き渡ったのは、雪豹の巨大なモーター音(ゴロゴロ音)だった。


クロード(……水は憎悪すべき敵のはずだ。だが、この泡の弾力と、マタタビの香り……そして、地肌を滑るこの指先の、神がかった心地よさ……。私は、暗殺者……いや、もう何でもいい……この永遠に続くかのようなマッサージを……もっと……)

 暗殺者の彼は、自ら私の手に顎を擦り付け、「もっと撫でろ」と要求してくる始末だった。


「はい、クロちゃんも完了! 次はルカちゃんね」

「きゅっ! あわあわ、楽しいー!」

 ルカはシャボン玉のように泡を飛ばして遊びながら、あっという間に洗い終わった。


「さあ、最後はシオンちゃんよ。おいで」

「……」

 シオンは、部屋の隅で前足を交差させ、震えていた。

「コ、コンッ!(私は遠慮します! 私の毛は非常にデリケートで、特殊な香油でしか洗ってはならないと帝国法で定められて――)」


「はいはい、捕獲」

「コンッ!?」

 私は有無を言わさずシオンを抱き上げ、シャワーのお湯を容赦なく浴びせかけた。


 シュゥゥゥゥゥ……。

 お湯を含んだ瞬間、シオンの自慢のフワフワな九本のしっぽと、豊かな毛並みが、見事にぺちゃんこになった。


「あ」

「…………」


 そこにいたのは、威厳ある白狐ではなく。

 毛のボリュームが消え失せ、骨と皮だけのようにヒョロヒョロになった、まるで『巨大な白いフェレット』のような、なんとも情けなく貧相な生き物だった。


「ぶっ……ふふっ、あはははは!」

 私はたまらず吹き出してしまった。

「シオンちゃん、濡れるとそんなに細かったのね!? なんか……チワワみたいで可愛いわ!」


「コォォォォォンッ!!!!!(笑うな!! 見ないでください! この無惨な姿だけは、誰にも見られたくなかったのにぃぃぃっ!)」

 シオンは前足で必死に自分の顔(と細くなった身体)を隠し、大粒の涙をこぼした。高貴な皇子のプライドは、ここに完膚なきまでに粉砕されたのである。


「ごめんごめん、でも本当に可愛いわよ。さあ、シオンちゃんはトリートメント多めで洗ってあげるからね」

 私はヒョロヒョロになったシオンを優しく洗い、最高のトリートメントを擦り込んだ。


---


「よし、みんな綺麗になったわね! 最後はこれよ!」


 洗い終わり、脱衣所に戻った私たち。

 三匹の巨漢たちは、全員が「濡れネズミ」状態になり、自分たちの細くなった身体を見てはショックを受けて震えていた。


「風魔法『極上温風乾燥アルティメット・ブロードライ』!」


 ゴォォォォォォォッ!!

 私が魔法を発動すると、四方八方から、熱すぎず冷たすぎない、完璧な温度の心地よい温風が彼らを包み込んだ。

 それと同時に、私は両手に持った『幻獣の猪毛ブラシ』で、凄まじいスピードで彼らの毛を解き、乾かしていく。


 ブワァァァァッ!

 水分が飛ぶにつれ、彼らの毛並みは、元の状態の三倍ほどのボリュームを持って膨れ上がっていった。


「わあ……っ!」

 乾燥が終わった彼らの姿を見て、私は思わず感嘆の声を上げた。

 レオンハルトの黒毛は、闇夜の星空のように深い艶を放ち。

 クロードの灰色の毛は、高級なシルクの絨毯のように滑らかに。

 ルカの毛は綿あめのようにフワフワになり。

 そしてシオンに至っては、発光しているかのように真っ白で、九本のしっぽが神々しいほどに膨らんでいた。


「コンッ……!(な、なんというボリューム感……! それに、毛の一本一本にまで魔力が満ち、信じられないほどの弾力と手触りを実現している……! これが、私の究極の美……っ!)」

 シオンは備え付けの大きな鏡の前でポーズを取り、うっとりと自分の姿を見つめている。濡れネズミの屈辱はすでに忘れたらしい。


「みんな、お疲れ様! お風呂上がりはやっぱりこれでしょ!」

 私は空間収納から、キンキンに冷えたビンを取り出した。

 魔力山羊のミルクに、エルフの森の果実をたっぷりブレンドした『特製フルーツ・マナ・ミルク』だ。


「さあ、腰に手を当てて……あ、みんなは四つ足だから無理か。とにかく、一気に飲んでね!」


「「「「…………ゴクッ」」」」

 全員がビン(の代わりのボウル)に顔を突っ込み、フルーツミルクを一気飲みした。


「ぷはぁぁぁっ!」

 レオンハルトが、風呂上がりのオッサンのような完璧な溜め息を吐いた。


レオンハルト(……もう、駄目だ。俺はもう、あの野営の泥水と硬いパンには戻れない……。温かいお風呂、極上のマッサージ、そして冷たいフルーツミルク……。これが、これが真の平和というやつなのか……!)


 すっかり骨抜きになった彼らは、寝室の巨大なソファにドサッと倒れ込み、信じられないほど無防備なヘソ天(仰向け)のポーズで、完全に脱力してしまった。


「ふふっ、みんなフワフワでいい匂い〜」

 私はソファに寝転がる彼らの隙間に潜り込み、シオンのしっぽを毛布代わりに被りながら、クロードのお腹に顔を埋めた。

 漂ってくるのは、世界樹のボタニカルな香りと、お日様のような温かい匂い。


(あぁ……最高。やっぱりペットのケアは、手間をかければかけるほど癒やされるわね)

 前世で疲れ果てていた私の心は、この究極のモフモフセラピーによって、完全に浄化されていた。


 一方、元英雄たちは、もはや抗う気力を完全に喪失し、ただただ「気持ちいい……」と半目で虚空を見つめていた。

 もし仮に今、彼らの呪いが解けて人間の姿に戻ったとしたら。

 騎士団長も、皇子も、暗殺者も、全員が「魔女にヘソ天で腹を撫でられ、フルーツミルクを飲んで昇天している全裸のイケメン」という、地獄のような大惨事になっていたことだろう。


「……絶対に、人間に戻してはいけないわね」

 私は彼らの平和な顔を見つめながら、改めて心に固く誓うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ