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魔女特製の手作り高級おやつと、理性を忘れたモフモフ達の狂騒

「はぁ……はぁ……」

「にゃ、にゃあ……」

「コォォン……」


 およそ一時間に及ぶ「全力の朝活(という名のおもちゃ調教)」を終えた我が家の寝室には、実に哀れで、そして最高に愛くるしい光景が広がっていた。

 王国の最高戦力であるはずの黒狼レオンハルトは、ドラゴンの骨で作られたフリスビーを両前足でがっちりと抱え込んだまま床に突っ伏し、荒い息を吐いている。その目は「俺は一体何をしていたんだ……」という深い絶望の光が灯っていたが、私がフリスビーに手を伸ばそうとすると、無意識に「ウゥゥ……」と独占欲を剥き出しにして唸る。完全に犬のそれである。

 雪豹クロードは、世界樹の枝で作られた猫じゃらしの羽部分に顎を乗せ、完全に燃え尽きていた。白狐シオンに至っては、壁に照射されていた赤いレーザーの光が消えた後も、その壁を虚ろな目で見つめ続けている。


「みんな、本当によく頑張ったわね! 素晴らしい運動神経だったわ。前世の私が通っていた、一回一万円の暗闇フィットネスなんて比べ物にならないくらいの運動量よ」


 私は満面の笑みで彼らを称え、空間収納から冷たい水を呼び出した。

 魔女セルリアの城の地下深く、氷の魔力によって数百年磨かれ続けたという幻の湧き水『極寒の聖霊水』だ。ただの水を飲むだけで微量な魔力が回復し、細胞が活性化するという、人間が一口飲めば不老長寿の薬と崇めるレベルの代物である。

 それを四つの銀のボウルに注ぎ、彼らの前に置いてあげる。


「はい、まずは水分補給よ。しっかり飲んでね」


「「「「…………」」」」


 四匹は一瞬、プライドからか動きを止めたが、限界まで乾いた喉には勝てなかった。

 最初にルカが「きゅぷきゅぷ」と可愛い音を立てて飲み始めると、レオンハルトも、シオンも、クロードも、もはや躊躇することなくボウルに頭を突っ込んだ。

 ラプ、ラプ、ラプ、ラプ……と、部屋の中に心地よい水音が響き渡る。

 大型犬、大型猫、高級狐、そして珍獣が並んで水を飲む姿。これを動画に撮ってネットに上げれば、一晩で億万長者になれるだろう。まあ、今の私は世界一の富豪である魔女なので、お金なんて必要ないのだけれど。


「ぷはぁ……美味しかったぁ。……って、ボクは何を当たり前のように魔女の水なんて飲んでるんだ!?」

 一番に飲み終えたルカが、ハッと我に返って短い前足で口元を拭った。


「ふふふ、いいのよルカちゃん。美味しいお水の後は、もっと素敵なものがあるからね。……そう、運動の後は『おやつ』の時間よ!」


「おやつ……だと?」

 レオンハルトがピクンと耳を立て、私を鋭く睨んだ。その口元からは、先ほどのドラゴン肉のステーキのガリバタ醤油ソースの香りがまだ微かに漂っている。彼の胃袋は、すでに私の料理の奴隷になりかけていた。


「ええ。あなたたちのために、前世の私が一度でいいから愛犬や愛猫(※妄想)に作ってあげたかった、最高の『手作りマナ・スイーツ』を作ってあげるわ。ちょっと待っててね」


 私は楽しげにステップを踏みながら、再び地下の巨大厨房へと向かった。


---


「さて、何を作ろうかしらね」


 厨房に到着した私は、腕をまくり、食材の山と向き合った。

 魔女セルリアの記憶によれば、魔獣の姿になった元人間たちは、高純度の魔力を「美味しく」摂取することで、獣の身体のストレスが極限まで軽減されるらしい。ならば、前世の知識である「ペット用高級おやつ」のレシピを、この世界のチート食材で再現すればいい。


「メインはこれね。幻の聖獣『マナ・ゴート(魔力山羊)』から搾り取った、超濃厚マナ・ミルク!」


 黄金に輝くボトルに入ったミルクは、ただそれだけで甘く芳醇な香りを放っている。前世の私なら、一口飲むだけで鼻血を出して倒れるレベルの栄養価だ。

 これをベースにして、まずは『魔力山羊ミルクの特製贅沢プリン』を作る。

 コカトリスの最高級卵の黄身だけを贅沢に使い、マナ・ミルクと混ぜ合わせる。砂糖の代わりに、エルフの森の奥深くでしか採れないという『世界樹の蜂蜜ユグドラシル・ハニー』をたっぷりと投入。これを魔術の微細な火力調整で、均一に、じっくりと蒸し上げていく。


「それから、犬科のレオンちゃんとシオンちゃんのために、噛み応えのあるジャーキーも作りましょう」


 今度は、昨日も使ったドラゴンの最高級ヒレ肉を薄くスライスする。

 前世のペットショップで売られていた「国産無添加・牛もも肉ジャーキー(100グラム1500円)」という、当時の私には到底買えなかった高級品を思い出しながら、私は贅沢に魔力を込めていく。

 スライスしたドラゴン肉に、魔草のハーブでほんのりと香りをつけ、風魔法と火魔法を組み合わせて一気に『フリーズドライ&低温乾燥』を施す。

 サクッ、パリッとした、肉の旨味が限界まで凝縮された「特製ドラゴンジャーキー」の完成だ。


「仕上げは、猫科のクロちゃんのために、あれを作らなきゃね……。前世の全猫たちが狂喜乱舞し、飼い主たちをハメるための最終兵器……そう、『にゃ〜る』的なやつよ!!」


 私は不敵な笑みを浮かべた。

 新鮮な深海魚『マナ・サーモン』の身を魔法の風圧で極限までなめらかなペースト状にし、そこにマタタビの魔草のエキスを数滴、さらにタウリン(に似た強壮魔力成分)を配合する。これを長細い特製のマジック・パウチに詰め込めば――。

「魔女特製・モフモフにゃ〜る(サーモン味)』の完成である。


「よし! 完璧なラインナップね。骨くんたち、これをお部屋まで運んでちょうだい」

 カチャカチャと動くスケルトン・シェフたちに銀のお盆を持たせ、私は意気揚々と寝室へと戻った。


---


 ガチャリ、と寝室の扉を開けた瞬間。

 部屋の中に漂ったのは、世界樹の蜂蜜の甘い香りと、香ばしく乾燥されたドラゴン肉の匂い、そして猫科の理性を直撃するサーモンの芳醇なアロマだった。


「「「「ッッッ!!!!!」」」」


 床に転がっていた四匹の魔獣たちが、まるで電流が流れたかのように一斉に跳ね起きた。

 その瞳は、朝の運動の時よりもさらにギラギラと輝いている。彼らの鼻孔は激しくひくつき、口元からはダラダラと涎が垂れそうになっていた。いや、ルカはもう垂れている。


「お待たせ! 頑張ったみんなへの、魔女特製プレミアム・おやつタイムよ!」


 私はスケルトンたちからお盆を受け取り、ベッドの前のローテーブルに置いた。

 目の前に並べられた、金色に輝くプリン、完璧な乾燥具合のジャーキー、そして怪しげな細長いパウチ。


レオンハルト(く、くそっ……! なんだあの肉の匂いは……! ドラゴンの旨味が、あの小さな一切れにどれほど凝縮されているというのだ……! 胃袋が、胃袋が激しく活動を求めている……!)

シオン(……あのプリンから漂うのは、まさか世界樹の蜂蜜ですか!? 皇室の儀式でしか使われない伝説の至宝を、惜しげもなくおやつに使うなど……。あぁ、甘い物の誘惑には勝てない……!)

クロード(……あの、細長い袋から出る匂い……。身体が、魂が、あれを要求している……。理性が、溶ける……っ)


 四匹は今にもお盆へ飛びかからんばかりの勢いだったが、元人間の、そして超一流の英雄としてのプライドが、辛うじて彼らの足を床に縫い付けていた。


「みんな、すっごく食べたそうね。もちろん、全部あげるわよ?」

 私は意地悪くニヤリと笑い、ドラゴンジャーキーを一枚、指先で摘み上げた。

「でもね、ただあげるんじゃつまらないわ。前世の……ううん、我が家のルールに従ってもらおうかしら」


「ルール……だと? 魔女よ、これ以上我らに何を要求する気だ!」

 レオンハルトが、涎を飲み込みながら力強く吠えた。


「簡単なことよ。これを食べたい人は……私の前に座って、『お手』をしなさい」


「「「「……………………は?」」」」


 部屋の中の空気が、一瞬で凍りついた。

 四匹の魔獣たちの顔から、一斉に血の気が引いていく(毛皮に覆われているから見えないが、精神的に)。


レオンハルト(お、お手……!? 手のひらを、この女の手に重ねる、あの、犬がやる奴隷の儀式か!? 私はサンディレ王国の近衛騎士団長だぞ! 国王陛下にすら、そんな不名誉な真似はしたことがない!)

シオン(私を……帝国の高貴な皇子であるこの私を、獣のように調教する気ですか……! 何という悍ましい悪趣味! 屈辱、圧倒的屈辱……!)

クロード(……殺す。絶対に、殺す……)


 彼らの瞳に、かつてないほどの激しい怒りと、そして「でもおやつ食べたい」という凄まじい葛藤の嵐が吹き荒れた。


「あら、やらないの? じゃあ、この特製ジャーキーは、外で頑張って綿あめ食べてる討伐軍の皆さんに差し入れしちゃおうかしら。あ、ルカちゃんのプリンも、私が一人で食べちゃおーっと」

「きゅ、きゅあぁぁぁっ!?(待って! それはダメーっ!)」


 最初に限界を迎えたのは、やはり最年少のルカだった。

 彼は世界樹の蜂蜜の甘い香りに完全に脳を支配されていた。

「ボ、ボクは子供だから! エルフのプライドなんて、お腹が空いてたら何の役にも立たないんだからねっ!」

 トトトトッ、と私の前に走ってきたルカは、可愛い後ろ足で立ち上がり、小さな右の前足を私の手のひらに『ぽんっ』と乗せた。


「きゅっ!(お手! したからプリンちょうだい!)」

「きゃあああああ! ルカちゃん可愛い! はい、おかわりも!」

「きゅっ!(おかわり!)」

 左足もぽんっ、と乗せる。


「素晴らしいわ! はい、ルカちゃんにはプリン丸ごと一個あげるね!」

「わーい! もぐもぐもぐ……ふゃあぁぁ、甘くてとろけるよぉぉ!」


 ルカが幸せそうにプリンに顔を埋める姿を見て、残された三匹の巨漢たちの間に、凄まじい動揺が走った。


シオン(ル、ルカの奴……実にあっさりと魂を売りおった……。だが、あのプリン、本当に美味しそうだ……。世界樹の蜂蜜……一度でいいから、死ぬ前に口にしてみたかった……)

レオンハルト(くっ……しかし、騎士団長としての私が……犬の芸など……)


「さあ、次は誰かしら? レオンちゃん、このドラゴンジャーキー、すっごくサクサクでジューシーよ? ほら、匂い嗅いでみて?」

 私はジャーキーをレオンハルトの鼻先に近づけた。

 フワァ、と広がる、最高級の肉とハーブの香り。

 レオンハルトの大きな喉が「ゴクリ」と鳴った。彼の金色の瞳が、ジャーキーの動きに合わせて上下に激しく動く。


レオンハルト(……ああ、もうダメだ。私の身体は、すでに騎士のものではない。魔女の呪いによって、完全に『犬』になってしまっているのだ……。ならば、犬としての本能に従うのは、不可抗力……そう、不可抗力なのだ! これは敗北ではない、生存戦略だ!!)


 自身に都合のいい言い訳を脳内で爆速で組み立てたレオンハルトは、悲壮な決意を秘めた目で、私の前に一歩踏み出した。


「ガウッ……(……お手だ。これで満足か、魔女め……!)」

 ドスッ!!


 レオンハルトの太く逞しい、漆黒の前足が、私の手のひらに力強く乗せられた。

 大型犬特有の、ずっしりとした重みと、温かい肉球の感触。


「わぁ……っ! レオンちゃん、素晴らしいお手よ! じゃあ、おかわりは?」

「ガルッ……(おかわり……っ!)」

 ドスッ!!

 もう片方の前足も、完璧なフォームで私の手に乗る。


「じゃあ、伏せ!」

「グルル……(ふ、伏せだと……!?)」

 一瞬躊躇したが、彼は流れるような動作で床に身体を伏せ、上目遣いで私をじっと見つめた。その長い尻尾は、床を「バタバタバタバタ!」と激しく叩いている。嬉しさを隠しきれていない。


「はい、よくできました! ナイス・コンビネーション! ジャーキーどうぞ!」

「ガウッ!(美味い!!)」

 レオンハルトは私の手からジャーキーをひったくるようにくわえ、バリバリ、サクサクと豪快に咀嚼し始めた。その顔は、もはや国の命運を背負う騎士のそれではなく、ただの「ごちそうを貰って大喜びしている黒ワンコ」そのものだった。


「ふん、情けない男たちですね。ただの肉ごときに飼い慣らされて。私は彼らとは違います。帝国の皇子としての誇りは、何物にも代え難い――」

 シオンが軽蔑の目を向けてきたが、私はそんな彼を見もせず、お盆の上から『魔女特製・モフモフにゃ〜る』を一本、取り出した。


「さて、最後はクロちゃんね。クロちゃんには、この特別なペーストをあげるわ」

「……(ペースト?)」

 雪豹のクロードが、じりじりと近づいてくる。

 私はパウチの端をハサミで切り落とし、親指で下からグッと押し出した。

 中から、ピンク色のなめらかなサーモンペーストが、ニュルッと顔を出す。

 その瞬間、部屋の中に満ちたマタタビとサーモンの超高濃度アロマ。


「ッッッ!!!!!!!!」

 クロードの灰色の瞳が、完全に丸くなった。彼の瞳孔が最大まで開き、野生の血が、暗殺者の理性を一瞬で消し飛ばした。


「シャァァァァッ!!(それをよこせ! 今すぐ私にそれを与えろォォォッ!!)」

 クロードは私の前に猛ダッシュで突っ込んできた。


「はい、お座り! お手!」

「ニャァッ!!(お手でも何でもしてやる!)」

 バシッ!!

 彼の巨大な肉球が、私の手のひらに叩きつけられる。

「おかわり!」

「ニャァッ!!」

 バシッ!!


「はい、よくできました! どうぞ!」

 私がパウチを差し出すと、クロードはその細長い袋の先端に口をつけ、猛烈な勢いで「レロレロレロレロレロレロレロ!!!!」と舐め始めた。

 その目はいささか血走っており、マタタビの成分によって完全にトランス状態に陥っている。


「にゃ、にゃあ……美味い、美味すぎる……なんだこれは、脳が、脳が溶ける……レロレロレロ……」

 あの孤高で無口な死神が、私の手元で必死にパウチを両前足で抱え込み、必死にペーストを貪っている。その姿は、完全に「にゃ〜るに狂った猫」そのものだった。


「……あ、ありえない……」

 ついに、白狐のシオンが絶句した。

 周りを見渡せば、プリンを顔中にくっつけて喜ぶ魔導士ルカ、ジャーキーの旨味に涙を流しながら尻尾を振る騎士団長レオンハルト、そして怪しい袋を狂ったように舐め回す暗殺者クロード

 全員が、完全に魔女の軍門に下っていた。


「さあ、シオンちゃん。残ったプリンはあと一個よ? 世界樹の蜂蜜がたっぷり入った、高貴なあなたにぴったりの最高級プリン。……どうする?」

 私は金色のプリンをスプーンですくい、彼の鼻先に差し出した。


「く、くうぅぅ……っ」

 シオンは激しく身悶えした。彼の美しく賢い頭脳が、今、人類の歴史上最も無駄な高速演算を行っていた。

 プライドを守って飢えるか。

 プライドを捨てて天国を味わうか。

 ……答えは、最初から決まっていた。


「……こ、コン(……お手、です)」

 シオンは、これ以上ないほど屈辱に満ちた、しかし完璧に優雅で美しい動作で、白い前足を私の手のひらに『そっ……』と乗せた。

「おかわりは?」

「……コン(おかわり、です)」

 もう片方の足も、そっと乗せる。


「はい、大変よくできました! お上品で素敵よ、シオンちゃん!」

 私がスプーンのプリンを差し出すと、シオンは「はむっ」とそれを口に含んだ。

 その瞬間、彼の九本のしっぽが、ブワッと扇形に美しく広がった。


「コ、コォォォォォン……っ(美味、美味極まる……! エルフの蜂蜜のコクと、マナ・ミルクの濃厚さが、完璧な比率で調和している……あぁ、私は、私はこの魔女の奴隷になっても構わないかもしれない……っ)」

 上品な皇子様も、ついに陥落。

 彼はスプーンから直接、私の手からプリンを美味しそうに食べ進め、最後には私の指先についたクリームまで、ペロペロと名残惜しそうに舐め取るのだった。


---


 おやつタイムが終了した。

 部屋の中には、お腹も心も満たされ、完全に野生を失った四匹の魔獣たちが、絨毯の上でゴロゴロと転がっていた。

 ブラッシングによってピカピカになった毛並みに、高級おやつの栄養が行き渡り、彼らの放つ魔力は昨日とは比べ物にならないほど清らかで強力なものになっている。


「ふぅ……満足満足。みんな、喜んでくれてよかったわ」

 私は彼らの丸くなったお腹を順番に撫で回しながら、ふと窓の外へと視線を向けた。


 防音結界の向こう側では、先ほど綿あめクッションの上に落とされた五万人の討伐軍が、ようやく綿あめを食べ終えたらしく、ベタベタになった手や顔を魔法の水で洗いながら、撤退の準備を始めているのが見えた。

 第一王子らしき男が、遠くからこちらの城を睨みつけながら「覚えていろよ魔女め……! 次は虫歯予防の軍隊を連れてきてやる!」とでも言いたげな(※私の想像です)悔しそうな顔をして、浮遊戦艦に乗り込んでいく。


「あ、行っちゃった。意外と諦めが良いのね。まぁ、また明日来ても綿あめにするだけだけど」


 私はクスッと笑い、再び足元のモフモフたちに目を落とした。

 レオンハルトは、私の手枕で完全にスヤスヤと眠りについている。

 シオンは私の膝の上に頭を乗せ、九本のしっぽで私の腰を温めてくれている。

 クロードは私の背中にぴったりと寄り添い、ルカは私の髪の毛を布団代わりにして丸くなっていた。


(……あぁ、本当に幸せ。このまま、この子たちと一生、この城でモフモフスローライフを送るのって、最高の人生(二周目)じゃないかしら?)


 前世の社畜時代には存在しなかった、絶対的な安心感と、無条件の癒やし。

 最強の魔力があるから、外敵に怯える必要もない。美味しいご飯とおやつを作って、毎日彼らを可愛がるだけ。これ以上のスローライフがあるだろうか。


 ……しかし。

 私は、ふと冷静になって、自分の置かれている状況の「もう一つの側面」を思い出した。


(待って。彼らの呪いを解く条件って、何だっけ?)

 魔女セルリアの記憶。

『この呪いを解きたくば、私から真実の愛の口づけ(ディープキス)を引き出してみなさい!』


(……もし、万が一、億が一、私が彼らの誰かに本気で恋をして、その呪いが解けちゃったとしたら……?)

 脳裏に浮かぶのは、元の姿に戻った、超絶イケメンの騎士団長、皇子、暗殺者、魔導士の姿。

 そして彼らの記憶には、今日、私に「お手」や「おかわり」をさせられ、「にゃーる」を狂ったように舐め回し、「アヒルのおもちゃ」で遊んだという、人生最大の黒歴史がバッチリと刻まれているのだ。


(人間に戻った瞬間、彼ら、恥ずかしさと怒りのあまり、私のこと確実にミンチにするわよね……!?)


 逆ハーレムルートに進んだ場合、待っているのは「甘いロマンス」ではなく、「黒歴史を消去するための、元英雄たちによる決死の魔女暗殺クエ」である可能性が極めて高い。


「う、うーん……。やっぱり、人間に戻すのはリスクが高すぎるわね……。このまま、可愛い魔獣の姿のままでいてもらった方が、お互いのために安全なんじゃ……」


 私はゴクリと唾を飲み込み、眠っているレオンハルトの耳をそっと触った。

 ピクッと動く可愛い耳。


 呪いを解いて、命懸けの超危険なイケメン逆ハーレムを目指すか。

 呪いを解かずに、このまま絶対安全な至高のモフモフスローライフを永住するか。


 元社畜の極悪魔女の悩みは、彼らの胃袋を掴めば掴むほど、そして彼らが犬猫化すればするほど深まっていくのだった。


「まぁ……深く考えるのは、次のおやつの時間を決めてからにしましょうかね」


 私は彼らの温もりに包まれながら、明日のおやつメニュー(犬用マカロンか、猫用贅沢スープか)に思いを馳せるのだった。

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