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魔女の特製スパ・リゾート(ただし猫科は水濡れ厳禁)

「さて、お腹もいっぱいになったことだし、次はいよいよアレね!」


 すっかりお皿を舐め回すように綺麗にしてくれた四匹の魔獣たちを満足げに眺めながら、私はパンッと柏手を打った。

 結界の外では相変わらず五万人の討伐軍が大魔法の雨を降らせているようだが、防音結界のおかげでこちらは完全な無音。小鳥のさえずりだけが響く、優雅な昼下がりである。


「お肉を食べたから、お口の周りもちょっと汚れちゃったし。それに、あなたたち、私の城に来てから一度もちゃんと洗ってないわよね?」

「「「「……ピクッ」」」」

 私のその言葉に、すっかりくつろいでいた四匹の耳が同時にピクンと跳ねた。

 彼らの視線が、警戒心でスッと鋭くなる。


「というわけで、お風呂の時間よー! みんな、ついてきなさーい!」


 私が鼻歌交じりに立ち上がると、四匹の間に明確な「動揺」が走った。


レオンハルト(お、風呂だと……!? 大鍋の間違いだろう。しかし、確かに騎士たるもの常に清潔を保つべきだが、今の私は犬(狼)の姿。この毛皮を水に濡らすなど、想像しただけで重いし不快だ……!)

シオン(冗談ではない! 私のこの美しい九つの尾が水を含めば、元のフワフワに戻るまでどれだけ時間がかかると思っているのですか!)

クロード(………………水。絶対に、嫌だ)

ルカ(きゅっ!? 魔女と一緒にお風呂なんて、ボクの純潔が奪われちゃう!)


 それぞれの思惑が交錯し、彼らはジリジリと後退りをして部屋の隅へ逃げようとする。

 特に、雪豹の姿をしているクロードの拒絶反応は凄まじかった。猫科の習性なのか、全身の毛を逆立て、「シャーッ!」と露骨な威嚇音を出して壁にへばりついている。


「ふふふ、駄目よ。逃げられると思ってるの?」

 私は魔女の特権である『空間転移魔法ショート・ワープ』を発動させた。

 指先をクルンと回すと、彼らの足元の空間がぽっかりと開き、四匹は「キャンッ!?」「シャァッ!?」という短い悲鳴と共に、下の階へと吸い込まれていった。


「ようこそ、セルリア特製・大浴場へ!」


 転移した先は、城の地下にある巨大な浴場だった。

 古代ローマのテルマエを思わせる、真っ白な大理石で造られた広大な空間。中央には、二十メートルプールほどの大きさがある湯船が広がり、そこには魔女の魔力によって常に適温に保たれた、淡いエメラルドグリーンの『魔力泉』がこんこんと湧き出している。

 天井からは柔らかな陽光(を模した魔法の光)が降り注ぎ、周囲にはリラックス効果のある魔薬草の香りが漂っていた。


「ここ、前世の私が死ぬほど行きたかった超高級スパ・リゾートそのものなのよね……。社畜時代は、ユニットバスで温泉の素とお気に入りのシャンプーでなんとか心を満たす生活だった……」

 私は一人で勝手に感動し、涙ぐんだ。


「さぁ、それじゃあ順番に洗っていくわよ。まずは……クロちゃんからね!」

「……ッ!!!!!(ふざけるな! 私に触るな、殺す、絶対に殺すぞ!!)」


 大理石の床に転がされたクロード(雪豹)は、必死に爪を立てて逃げようとした。猫科の彼にとって、広大な水辺など地獄でしかないのだろう。

 だが、大理石はツルツルと滑り、彼の巨大な肉球では上手く踏ん張りがきかない。ズサササッ、と空回りしているうちに、私は背後から彼をガッチリとホールドした。


「大丈夫よクロちゃん、怖くないからねー」

「シャァァァァァッ!!(離せぇぇぇっ!)」

 クロードの悲痛な叫びを無視し、私は彼を洗い場の大理石の台に乗せた。

 そして、空中に浮かぶ魔法のシャワーヘッドを召喚する。

「温度は三十八度。猫肌にぴったりの、熱すぎず冷たすぎない極上のぬるま湯よ。それっ」


 シャワーから、きめ細やかなミスト状のお湯が降り注ぐ。

「ビクゥッ!」とクロードの身体が硬直したが、私が彼のために調合した『マタタビ・エッセンス配合の特製オーガニック・シャンプー』を泡立てて背中に乗せた瞬間、彼の動きがピタリと止まった。


「ほーら、ゴシゴシ……じゃなくて、優しくモミモミするわよ〜。ここは暗殺稼業で凝り固まった肩甲骨ね。しっかりほぐして……」

「……ッ、……ッ(な……なんだ、この香りは……頭が、ぽーっとして……それに、この絶妙な指の力加減……っ。い、いかん、私は孤高の死神……こんな、温かくて気持ちいいだけの暴力に……屈して……)」

「頭皮(?)もマッサージするわね。耳の後ろとか、自分じゃ洗いにくいでしょ?」


 魔女の身体強化による絶妙な指圧が、巨大な雪豹のツボを的確に突いていく。

 さらにマタタビ成分の香りが彼の理性を完全に溶かしにかかっていた。

「…………ゴロ……ゴロォォォォ…………(もう、どうにでもなれ……)」

 五分後。そこには、すっかりお湯と泡にまみれ、だらしなく舌を出して「へにゃぁ……」と完全に骨抜きにされた凄腕暗殺者の姿があった。


「よし、クロちゃんクリア。次はシオンちゃんね」

「コ、コンッ!!(待て、話せばわかる! 私はルナリア帝国の皇子だぞ! いくらなんでも、女に身体を洗われるなどという恥辱――あぶっ!?)」


 逃げようとした白狐のシオンも、私の水流魔法に捕らえられ、強制的に洗い場へと引き寄せられた。

「シオンちゃんは毛が長くて細いから、絡まないように『最高級シルクプロテイン配合・ローズの香りのダメージケア・シャンプー』を使うわね」

「……ッ(ロー、ローズだと……? 皇室御用達の香油と同じ……いや、それ以上の芳醇な香り……っ)」


 私は泡立てたシャンプーで、彼の自慢の九本のしっぽを一本一本、丁寧に揉み洗いしていった。

 シオンは最初こそ「くっ……殺せ……!」みたいな顔で耐えていたが、魔力泉のお湯が彼の疲れを癒やし、極上のシャンプーが毛並みに染み込んでいくにつれ、その青い瞳がトロンとぼやけ始めた。


「しっぽの付け根、汚れが溜まりやすいからしっかり洗うわよー」

「あ……っ、こん……(そこは……そこは駄目だ、敏感な……あぁっ、魔力が、抜けていく……)」

 天才軍師の怜悧な脳髄は、ローズの香りと温かい泡によって完全に思考停止に陥った。彼もまた、大理石の上で「ふにゃぁ」とだらしなく伸び切ってしまった。


「さあ、お次はレオンちゃん!」

「ガウゥゥッ!!(私は騎士だ! 自分の身体くらい自分で洗える! 女の世話になど……っ!)」

 レオンハルト(黒狼)は最後まで武人としての矜持を保とうとしていたが、私が容赦なく浴びせたシャワーの前に、一瞬で「ただの濡れそぼった犬」になり下がった。

 黒狼の威厳ある姿は見る影もなく、毛がぺたんと顔に張り付き、元の半分くらいの細さになってしまっている。


「ぷっ……あははは! レオンちゃん、濡れるとすっごく細いのね! チワワみたい!」

「グルルルァァッ!!(笑うな! 屈辱だ、こんな姿を見られるなど……早く殺せ!)」

「はいはい、怒らないの。レオンちゃんは筋肉質だから、汚れをしっかり落とす『炭酸クレンジング・シャンプー(ミントの香り)』でガシガシ洗ってあげる!」


 大型犬を洗う要領で、ワシワシと力強く背中を擦る。

「……ッ!?(な、なんだこの爽快感は……! 毛穴の奥から汚れが吹き飛んでいくような……。騎士団の遠征帰りに浴びる水浴びとは次元が違う……! だ、駄目だ、勝手に右足が……!)」

 レオンハルトは必死に耐えようとしていたが、犬の悲しい本能か、私が首の辺りを掻くように洗うと、彼の右後ろ足が宙を蹴るようにパタパタと痙攣し始めた。


「あ、そこ気持ちいいのね。よしよし、いい子いい子」

「ク、クゥゥゥン……(あぁ……私が、崩壊していく……)」

 サンディレ王国が誇る最強の近衛騎士団長は、私の「ワシワシ洗い」の前に完全に白旗を揚げ、目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「最後はルカちゃんね!」

「きゅあぁぁぁっ! ボクはいい! ボクは自分で魔法で綺麗にするからぁぁ!」


 泣き叫ぶ小さなカーバンクルをひょいとつまみ上げ、私はあらかじめ用意しておいた、ベビーバス代わりの銀の洗面器に彼をぽちゃんと入れた。

 そこには、ふわふわのシャボン玉のような泡がたっぷり詰まっている。


「あ、あれ……? あったかい……。それに、この泡、イチゴの匂いがする……」

「ルカちゃんは子供だから、目に沁みないフルーツシャンプーよ。アヒルのおもちゃも浮かべてあげるわね」

「きゅっ!? ボ、ボクは子供じゃない! でも……このアヒル、ちょっと可愛いかも……えへへ、泡の帽子〜」

 ルカは一瞬で警戒を解き、洗面器の中でアヒルのおもちゃと一緒にぷかぷかと浮きながら、キャッキャと無邪気に遊び始めた。


 ……チョロい。前世でプロジェクトの炎上を鎮火させてきた私のマネジメント力にかかれば、イケメン魔獣四匹を手懐けるなど造作もないことである。


「はい、みんな綺麗になったわね! それじゃあ仕上げの乾燥よ!」


 たっぷりのお湯で泡を洗い流し、エメラルドグリーンの魔力泉の湯船に少しだけ浸からせた後(全員、温泉ザルのような顔で天国に行っていた)、私は四匹を脱衣所に並べた。

 彼らは濡れた毛のせいで一回りも二回りも小さく見え、どこか情けない姿だ。


「風魔法で一気に乾かすわよ。『熱風乾燥ドライ・ストーム』!」


 私が魔法を放つと、心地よい温度の温風が部屋全体を包み込んだ。

 強風に吹かれ、四匹の毛並みがワシャワシャと波打つ。

 そして――。


 ボンッ!!!!


「「「「………………」」」」

「…………ぷっ。あはははははははっ!!!」


 私は腹を抱えて大爆笑した。

 乾き上がった彼らの姿は、まさに『大爆発』だった。


 最高級のシャンプーとリンスっぽいもの。そして魔力を含んだ温風によって、彼らの毛並みは限界まで空気を含み、元の姿の三倍以上に膨れ上がっていたのだ。

 レオンハルトは巨大な黒い綿あめのようになり。

 シオンは九本のしっぽが絡み合って、一つの巨大な白い毛玉になり。

 クロードはまん丸な雪だるまのようなフォルムになり。

 ルカに至っては、毛の球体から小さな手足と顔だけがちょこんと出ているマリモのような状態だ。


レオンハルト(な、なんという姿だ……これではまるで、見世物小屋の珍獣ではないか……!)

シオン(私の……私の高貴な流線型のフォルムが……ただのデブ狐に……!)

クロード(……殺す。この屈辱、万死に値する……)

ルカ(きゅぅぅん……体が重くて動けないよぉ……)


 彼らは絶望的な目で自分たちの姿を見下ろし、ショックで身を寄せ合って震えていた。

 だが、私にとってはこれ以上ない最高のご褒美である。


「あああああ! もう、モフモフの限界突破じゃないの! 最高、最ッ高よ!!」

 私はたまらず、巨大な黒い綿あめ(レオンハルト)と白い毛玉シオンの間にダイブした。


「ふあぁぁぁ……っ! 沈む……モフモフの海に沈んでいくぅ……っ!」

「「「「(この魔女、狂っている……!)」」」」


 フローラルなシャンプーの香りと、極限まで柔らかくなった毛の感触。

 私はそのまま十分ほど、四匹の巨大な毛玉たちに顔を埋め、すりすりと頬ずりを繰り返した。彼らはもはや抵抗する気力すら失い、ただされるがままに「モフモフの海」の一部と化していた。


「さて、いっぱい食べて、お風呂にも入って、すっかり夜になっちゃったわね」


 時刻は夜の十時。

 再び寝室に戻ってきた私たちは、すっかりくつろぎモードに突入していた。

 窓の外を見ると、討伐軍の攻撃は夜になっても止んでいなかったが、魔法の光が花火のように結界で弾けているだけで、防音のおかげで非常に美しい夜景と化している。花火って、久しぶりね。

「外の人間たち、残業ご苦労様ね。私はもう寝るわ」


 私は、部屋のど真ん中に鎮座する、王族が使うような天蓋付きのクイーンサイズ・ベッドに潜り込んだ。羽毛布団は雲のように軽く、シーツは最高級のシルクだ。


「それじゃあみんな、おやすみなさーい」

 私がそう言って目を閉じようとした時。


「……クゥ〜ン……」

「コン……」

 ベッドの下から、何やら心細そうな鳴き声が聞こえてきた。

 見下ろすと、ブラッシングの甲斐もあって元のシュッとした(でも究極にツヤツヤの)姿に戻った四匹が、冷たい絨毯の上で丸くなろうとしていた。

 魔女の城は夜になると冷え込む。彼らは魔獣の姿とはいえ、元は人間。急な環境の変化と、今日一日のあまりにも劇的な「お世話」の連続で、精神的にも肉体的にも疲労困憊のはずだ。


 私は小さく息を吐き、布団をめくってベッドの横をポンポンと叩いた。


「しょうがないわね。特別に、一緒に寝てあげてもいいわよ?」


 その言葉に、四匹がビクッと反応した。


レオンハルト(魔女と同じベッドで寝るだと!? 断じてありえん! 騎士の誇りがそれを許さない!)

シオン(ふん、誰がそんな罠に引っかかるものか。寝首を掻かれるのがオチだ)

クロード(……警戒を怠るな。これは試練だ)

ルカ(……でも、あのベッド、すっごくフカフカで暖かそう……)


 彼らは互いに顔を見合わせ、無言のまま「絶対にベッドには上がらない」という固い意志を確認し合っているようだった。

 ……が。


「あーあ、せっかく私の体温でぽかぽかなのに。冷たい床で風邪引いても知らないからね。それに、このベッド、魔力回復効果のある特製マットレスなんだけどなぁ……」

 私がわざとらしく独り言を呟くと、四匹の耳がピクンと立った。

 特に、体力の消耗が激しいルカと、寒冷地出身とはいえ今は濡れて疲れているクロードの決意が揺らいでいるのがわかる。


「きゅ、きゅぅぅぅ……」

 最初に陥落したのは、やはり一番若いルカだった。

 彼は短い手足をジタバタさせながらベッドに飛び乗り、一直線に私の脇の辺りへと潜り込んできた。

「ルカちゃん、いい子ね〜」

「きゅっ!(べ、別に魔女と一緒に寝たいわけじゃないからね! マットレスの魔力が目当てなんだから!)」

 ツンデレな態度のまま、ルカは丸くなって私の体温にピタリとくっついた。


 それを見た残りの三匹の間に、「裏切り者め!」という視線と、「うらやましい……」という本音が交錯する。


「ほらほら、レオンちゃんたちも意地張らないで。今日は一日、私のワガママに付き合ってくれて疲れたでしょ?」


 私が優しく微笑みかけると、レオンハルトは小さく「グル……」と葛藤の唸り声を上げた後、諦めたようにベッドに飛び乗ってきた。

 彼は「あくまで護衛として監視するためだ」と言わんばかりの顔で、私の足元に陣取り、ドサリと横になった。黒狼の大きな体が湯たんぽのように温かい。

 続いて、シオンが優雅にジャンプし、私の頭の上のスペースに丸くなった。白狐の九本のしっぽが、ふわりと私の肩の辺りを包み込む。

 最後に、一番警戒心の強かったクロードが、音もなくベッドに上がり、私の背中側にピタリと張り付くように丸くなった。


「……ふふっ」

 気づけば、私は極上のモフモフ四匹に前後左右を完全に包囲されていた。

 重い。物理的にちょっと重いが、それ以上に、彼らの毛並みの柔らかさと、命の温もりが、前世で孤独に死んでいった私の心を深く満たしていく。


「おやすみ、みんな。明日も美味しいもの、いっぱい作ってあげるからね」

「「「「…………」」」」


 彼らからの返事はなかったが、かすかに聞こえてくる「スゥ、スゥ」という寝息と、クロードの喉が鳴らす「ゴロゴロ」という音が、何よりの答えだった。


 外では世界を巻き込んだ大戦争の真っ最中。

 しかし、私と彼らにとっては、このベッドの上だけが世界の全てだった。


 極悪魔女と、イケメン(元)英雄たちの、奇妙でフワフワな同棲生活第一夜。

 こうして、前世では決して手に入らなかった「最高の幸せ」を抱きしめながら、私は深い眠りへと落ちていったのだった。


 ――ただし、彼らがまだ心の中では「隙を見てこの魔女を仕留めてやる」と(微かに)思っていることは、幸せ絶頂の私には知る由もなかった。

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