極上のハンバーグと、元英雄たちのプライドを賭けた『待て』の限界バトル
「お待たせ! 今日のランチは『特製マナ牛のハンバーグ・とろ〜り魔熱チーズのせ』よ!」
お披露目会を終え、お洋服を脱いでブラッシングも済ませたモフモフたち。彼らの前に、私は焼き立て熱々の銀皿を並べた。
ジュー、と小気味よい音を立てて肉汁を噴き出しているのは、幻の聖獣『マナ牛』の極上ひき肉。
前世の私が絶滅寸前の社畜だった頃、給料日(年2回のお小遣いレベル)にだけ行った高級鉄板焼き店のハンバーグを思い出し、魔女のチート火力で黄金比率の肉汁を閉じ込めた逸品だ。その上には、火属性の魔乳山羊から作った『魔熱チーズ』が、まるでマグマのようにとろ〜りと溶け落ち、香ばしい焦げ目をあちこちに作っている。
「「「「ッッッ!!!!!」」」」
四匹の鼻腔が同時に限界まで開いた。
お部屋の中に満ちる、圧倒的な「肉、脂、そしてチーズ」の暴力的なアロマ。
レオンハルト(な、なんだこの立体的な匂いは……! 肉をあえて細かく刻み、再び成形して焼くだけで、これほどの肉汁が溢れ出るというのか!? チーズの焦げた匂いが、俺の狼としての破壊衝動を刺激してやまない……!)
シオン(……はしたないですが、今すぐにでもあの黄金の肉塊に顔を埋めたい。軍師としての冷静な大脳皮質が、今、完全にチーズの油分によってコーティングされようとしています……!)
「はい、みんなお座りして! よし、食べていいわよ!」
「ガウッ!(いただきます!)」
「コォォン!(いただきます!)」
「ニャァッ!(肉ッ!)」
「きゅあーーーっ!(おいしそー!)」
四匹は一斉に、それぞれの銀皿に突撃した。
レオンハルト(黒狼)は、大きな口でハンバーグをガブリと半分ほど一撃で噛みちぎった。
「ガウッ!?(な、なんだこの柔らかさは! 噛んだ瞬間、肉の繊維がほどけ、中から極上のスープのような肉汁がドバドバと溢れてくる……! そこに絡みつく濃厚な魔熱チーズのコク……美味い、美味すぎるぞ魔女め!!)」
彼は尻尾をちぎれんばかりにブンブンと振り回し、絨毯をバタバタと叩きながら猛然と食べ進める。
一方、シオン(白狐)は、高貴なプライドをギリギリで保ちつつ、上品に小さく肉を切り分けて(前足の爪で器用に)口に運んでいた。
「……っ! コ、コンッ……(このソース、ただのデミグラスではありませんね……? 数種類の魔草ワインを煮込み、隠し味に世界樹の蜂蜜が使われている……。甘みと酸味、そして肉の旨味の三位一体……あぁ、脳が、私の明晰な頭脳がとろけていく……)」
上品に食べていたはずのシオンだったが、気づけば九本のしっぽを扇状にパタパタと激しく揺らし、最後にはお皿を「レロレロレロ……」と大きな音を立てて舐め回していた。
クロード(雪豹)は無言。しかし、その灰色の瞳は完全に据わっており、フゴフゴと鼻を鳴らしながら、チーズを髭にくっつけて猛烈な勢いで完食した。
ルカ(カーバンクル)は、自分の顔と同じくらいのサイズのハンバーグに文字通りダイブし、顔中をデミグラスソースで真っ茶色に染めながら「もぐもぐ、ぷはっ、もぐもぐ」と幸せの絶頂にいた。
ものの数分で、全ての銀皿がピカピカに磨き上げられた。鏡のように光るお皿を前に、四匹は満足げな、しかし同時に「まだ物足りない」という、ひどく飢えた目で私を見上げてきた。
「ふふふ、みんな綺麗に食べてくれて嬉しいわ。……実はね、キッチンに、あと『一個だけ』、お肉が余ってるのよね」
私が空間収納から取り出したのは、先ほどの二倍の厚みを持つ、超巨大な『特大おかわりハンバーグ(トリプルチーズのせ)』。
「「「「ッッッ!!!!!」」」」
四匹の目に、かつて戦場でしか見せなかったような、本物の『殺気』が宿った。
これまで、魔女の福利厚生(おやつ、お風呂、お洋服)に対しては、ある種の「不可抗力」としてお互いに傷を舐め合ってきた元英雄たち。しかし、この『ラスト一個の最高級ハンバーグ』を前にして、彼らの間の共闘戦線は完全に崩壊した。
レオンハルト(……あれは、俺のものだ。俺は騎士団長、つまりこの中で最も体格が良く、最も多くのカロリーを必要としている! どけ、狐に暗殺者、そして珍獣! あの肉は俺が狩る!)
シオン(ふん、野蛮な狼ですね。カロリーを必要とするなら、私のこの九本のしっぽを維持するための魔力消費量の方が上です。あの肉は、知性ある私がエレガントにいただくべきです!)
クロード(……殺す。肉を奪う者は、誰であろうと、殺す……)
ウゥゥゥゥ……、シャァァァ……、と、部屋の中に低い威嚇の音が満ちていく。
王国の最高戦力たちが、たった一個のハンバーグ(チーズのせ)を巡って、一触即発のガチバトルを展開しようとしていた。
「こらこら、お部屋の中でケンカしちゃダメよ。そんなに欲しいなら……私の出す『クイズ』に一番早く、正解した人にアゲちゃう!」
クイズ。
その言葉に、知性派の軍師であるシオンの耳がピクンと跳ね、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
シオン(フッ……勝った。脳まで筋肉でできている騎士団長や、文字も読めない暗殺者に、この私の頭脳が負けるはずがありません。どんな難解な古代魔導言語の問いだろうと、一瞬で解いて見せましょう!)
「それじゃあ、第一問! 前世の私が、一番好きだった『犬の犬種』は何でしょうか!?」
「「「「……………………は?」」」」
四匹は揃ってズッコケた。
古代魔法? 歴史? そんな高尚な問題ではない。ただの「魔女の個人的な前世の好み」という、世界で一番どうでもいい理不尽なクイズだった。
シオン(知るかぁぁぁぁっ!! なんだ『犬種』とは!? この世界の魔獣の話か、それとも前世の異世界の生き物の話か!? 計算できない、私の頭脳をもってしても、データがゼロすぎる……っ!)
天才軍師が頭を抱えてパニックに陥る中、野生の本能と、私の今までの行動を極限まで観察していた一匹の『狼』が、閃きと共に一歩前に出た。
レオンハルト(……待てよ。この魔女は、俺の毛並みを洗う時、いつも『黒真珠みたい』と褒めていた。そして、大きくて黒い俺を、怖がるどころか、一番熱心にワシャワシャと抱きしめてくる……。ということは、答えは……!)
「ガウッ! ガウガウッ!!(大きな黒い犬! 例えば、ラブラドール・レトリバー的なやつか、あるいはシェパード的なやつだろ!!)」
レオンハルトが、必死に犬の鳴き声で力説した。当然、私には「ガウガウ」としか聞こえないが、彼の言いたいことはその『真っ直ぐな瞳』で伝わってきた。
「あ、レオンちゃん正解! 私は前世、黒のラブラドール・レトリバーを飼うのが夢だったのよ! すごいわ、なんで分かったの!?」
「ガウッ!(よっしゃァァァァァァッッ!!!)」
近衛騎士団長は、人生で最も大きな勝利を収めたかのように、前足を高く突き上げて遠吠えを上げた。
シオン(お、おのれ駄犬……! ただの勘で、世界樹のハンバーグを掠め取りおったな……っ、屈辱……!)
クロード(……(静かにナイフのような視線でレオンハルトの喉元を睨んでいる))
「はい、正解したレオンちゃんには、特大ハンバーグをおかわりね!」
「ガウッ!(美味い! 美味すぎる! 勝利の味がするぞぉぉぉ!)」
レオンハルトは、二匹の血走った視線を浴びながら、特大ハンバーグをこれ見よがしにバクバクと平らげた。その顔は、完全に「群れのボス」としての優越感に満ち溢れていた。
ランチが終わり、お腹がいっぱいになった四匹は、リビングの巨大な絨毯の上で、仲良く(?)川の字になって行き倒れていた。
特に、ハンバーグを二枚半食べたレオンハルトは、お腹がポンポコリンに膨らんでおり、完全に野生を失って「ふにゃぁ……」と気の抜けた寝息を立てている。
「ふぅ、今日もたくさん食べてくれて良かったわ」
私は彼らの丸いお腹を順番にポンポンと叩きながら、ふと考えた。
(クイズの時、レオンちゃん、私の好みを完全に言い当ててきたわね……。あの子、もしかして、私のことをすっごくよく見てくれてるんじゃ……?)
脳裏に浮かぶのは、人間の姿の、超絶イケメンで硬派な近衛騎士団長レオンハルト。
もし、彼が人間の姿に戻って、あの真剣な目で私を見つめながら、「貴殿のことは、すべてお見通しだ」なんて言ってきたら――。
(……いやいや、待って。彼が私のことを見てるのは、私が『餌をくれる飼い主』だからであって、恋愛感情とかじゃ絶対にないわよね!?)
我に返る私。
足元を見る。そこには、お腹を出して仰向けになり、後ろ足をピクピクとさせながら、私の手に向けて無意識に「お手」のポーズを求めてくる黒狼の姿。
レオンハルト(むにゃ……魔女……次のハンバーグは……目玉焼きを……のせてくれ……ガウ……)
「……うん、やっぱりただの食いしん坊なワンコね」
私はクスッと笑い、彼のふかふかのお腹に顔を埋めた。
人間に戻った時の黒歴史(今度は『たった一個のハンバーグのために、部下を威嚇して魔女の好みを必死に当てにいった』が追加)を本人が思い出した時の恐怖はさておき、今のこの平和な時間が、私はたまらなく愛おしかった。
「さーて、明日の朝ご飯は『特製マナ豚の厚切りベーコンエッグ』にでもしようかしらね」
私の呟きに、眠っているはずの四匹の耳が、一斉にピクン!と綺麗にシンクロして動いたのだった。




