第四十五話「不穏」
自分の中に、自分ではない何かを、自覚した。
「カジユウキ」
その名を聞いた時、それが自分の名前なのだと、スッと認識できた。
じゃあ、今までの記憶――『霧式碧』としての思い出は何だ?
植え付けられた偽物の、記憶?
そもそも、何故今まで気づかなかった? この記憶の不自然さと曖昧さに。
両親の顔を思い浮かべれば、四つ顔が浮かんでくる。
…これじゃあまるで、俺が二人分の記憶を持ってるみたいじゃねぇか……。
さっきまで耳元で囁くように鳴り響いていた鼓動は消え、正気を取り戻せたが…。
「はは、…怖いなぁ…」
震える体を両腕で抱き締めながら、そばにあった倒木に腰を下ろす。
…ああ、もうそろそろ皆のいるキャンプ地に戻らないと。
「早く、帰ろう…」
そう呟いて俺は、自分の根本から逃げ出すように、一応だがア=ユを持って余りにも静かな森を後にした。
† † †
同時刻。学園『国立イデア総合学園』、男子寮。
「…くそっ、くそっ、くそっ!!!」
真っ暗な部屋の中、一人の男子生徒がそう叫んでいた。
部屋には『旧・霧式くんと付き合い隊』より、何らかの経路で流出した“霧式碧”を隠し撮りした写真が、おびただしい量でもって貼り付けられている。
ただしそれらは、黒いボールペンで顔が塗り潰されていたり、握り潰されてくしゃくしゃになっていたり、ナイフでぐずぐずにされていたりと、見るに耐えないおぞましい状態になってはいるが。
「ああああああああああぁぁぁぁぁあっっっっ!!!!」
奇声を発しながら、机上にある霧式の写真に、ナイフを突き立てる。深く、強く、周到に、満遍なく。
この男子生徒の名前は、滓我大騎。元Fクラスの霧式達に喧嘩を売りにいって、見事返り討ちにあった踏み台三流キャラの鑑のようなヤツである。
元Sクラスの生徒である大騎は、自分をFクラスにまで追いやった霧式碧という人間を驚くほどに憎悪していた。
この部屋を他人が見る事があれば、「狂っている」という感想を、なんの躊躇いもなく吐き出すだろう。
それほどに部屋には、ナイフの刺突跡と、惨憺な有り様の霧式フォトでとんでもない状態になっていた。
そんな彼の部屋に、ぼうっと佇む黒い影が。
「誰だぁッッ!!」
唾液を吐き散らかし、叫ぶようにしながら人影に向かってナイフを投げつける大騎。
それを人影は人差し指と中指で白刃取りする。
部屋の影になっている闇のような場所から、月明かりの照らす、少しだけ明るい位置に踏み出した人影は、黒いローブを纏っていた。
「…!!! その黒ローブ……、対抗戦の時の…!!」
それを聞き流しながら、フードで顔の見えない謎の人物は、おもむろに顔を露出させる。
そうして、露になった人物像。
「っつ?! 火崎…アリス、か…? …何で、ここに…」
暗闇に浮き出るように、ふっと突っ立っていたのは、火崎アリス。その後ろには、もう一人黒ローブの人物がいる。
霧式のいるキャンプ地から、後ろの黒ローブの魔法で転移してきたのだが、その事を知るすべは大騎にはない。
「……どうやって、入ってきた…。表にはムッキムキの警備員がいた筈だけど…?」
震える声で問う大騎。それにアリスは、嗤いながら答える。
「あはは。全員殺しちゃった~。この部屋にピンポイントで転移しようとしたんだけどさ? この子、行き成り男子寮目の前に誤送しちゃうんだもん~」
「アリス、いたい…」
後ろの黒ローブを片腕で、乱暴に抱き締めながらそう言うアリスに対し、大騎は目の前のこの人間が、自分以上に狂っていることに気付く。
「…人を簡単に殺せるなんて…お前、狂ってるよ…」
「いや、君が言うなし…」
ジト目で即答するアリス。アリスだって自分が常識的におかしい事は自覚している。
している上で、狂気的に愛する、本当の霧式碧を取り戻すためにヌゥェゴモル教団に入ったのだ。
「…で、大概狂ってる君に提案があって来たんだ~」
「これ本題ね~」と、なにやら重要そうな話を切り出すアリス。しかし、その顔は狂気と嘲笑で酷く歪んでいる。
それを侮蔑するような表情で見詰めながら、大騎は口を開く。
「…提案…? んだそれ?」
その返答にアリスは――――
「霧式碧を…いや、鍛路ユウキを殺そう!」
満面の笑みを顔面に張り付けながら、そう言った。
次回は雪奈が出て来るかもしれない。




