曖昧
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「今書いてる物語はさ、本当に僕らが投げかけたいものなのかな」
今書いている物語は、主人公の成長を中心に進んでいる。
幼い頃から魔法に触れ、才能を見いだされ、やがて自分の限界を知る。それでも努力を重ね、自分にできることを探していく。
物語としては成立している。
けれど、それが本当に、自分たちが投げかけたいものなのだろうか。
世界には、人それぞれ異なる見え方がある。同じものを見ても、同じように受け取るとは限らない。それぞれの経験や価値観によって、見えるものも、考えることも変わってくる。
ならば、自分が物語を通して描きたいものは何なのだろう。
「僕は、読者に何かを教えたいわけじゃないんだ」
僕が見ている世界を共有したい。
そこから読者が何を感じ、何を考え、どんな価値観を見いだすのか。それを知りたい。
僕が伝えたかったことと、読者が受け取ったことが違っていてもいい。
むしろ、同じ物語から異なる考えが生まれることに意味があるのかもしれない。
「それなら、物語のなかで答えを出す必要もないのかな」
答えがある問いもあれば、答えが見つからない問いもある。
答えがないということも、一つの大切な答えなのかもしれない。
無理に結論を用意することで、読者が自分で考える余地を狭めてしまうのなら、答えを出さずに終わることにも意味がある。
物語を通して何かを証明するのではなく、世界を描く。
そして、その世界を見た人が何を思うのかを、こちらも知りたい。
「僕はこのように世界を見ているんだ。君にはどう見える?」
そんな問いかけを、物語のなかに残せたらいい。
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「そうなんだよね」
君は、以前話した虹のことを思い出した。
ある人は虹を見て、綺麗だと言った。
また別の人も、綺麗だと言った。
一見すると、二人は同じものを見て、同じ感想を持ったように思える。
「これは一見同じに聞こえるよね、でも彼らには異なった価値観を持っているんだ、たまたま同じものを綺麗と表現する異なった価値観」
同じ言葉を使っていても、その言葉の背景にあるものまで同じとは限らない。
ある人は、幼い頃に見た虹を思い出しているのかもしれない。
別の人は、雨上がりの空に光が差し込むことそのものを美しいと感じているのかもしれない。
二人が何を思い、何を見いだしたのか。それは、ただ「綺麗」という言葉を聞いただけではわからない。
「これは素晴らしいことであると同時に悲しいことでもある、だから同じ意味を定義された言葉を使って共有をするんだよね、僕はそれがとても美しく思うし好きなんだよ」
言葉は、相手の内側にあるものを、そのまま完全に渡してくれるわけではない。
それでも、人は言葉を使う。
自分が見たものを伝え、相手が見たものを聞き、互いの違いに触れようとする。
完全に同じものを共有できないからこそ、言葉を交わす。
そして、言葉を交わしたからといって、二人の価値観が一つになるわけでもない。
それでも、二人は同じ虹について話すことができる。
そのことを、美しいと思う。
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「これは魔法を使うときにも同じことがいえるんだ」
君は、話題を魔法へと移した。
「魔法陣でも詠唱でも祈りだっていいその現象との会話がそこには生まれているんだよ、だからこそ僕は魔法にあこがれるしあきらめたくもない、今まで人々があらゆる何かと様々な形の会話をしてきたんだ。」
魔法陣を描くこと。
言葉を唱えること。
祈りを捧げること。
それぞれ違う方法であっても、人は何かの現象に働きかけようとしている。
そこには、人間が現象をどう捉え、どのように向き合ってきたのかという営みがある。
僕は、君にとって魔法は、ただ不思議な現象を起こすための技術ではないのだと思った。
魔法陣を描く。言葉を紡ぐ。祈りを捧げる。
それぞれ形は違うけれど、そこには人が現象に対して、どう働きかけようとしてきたのかという歴史がある。
たとえば、同じ火を起こすにしても、ある人は神に祈り、ある人は決まった言葉を唱え、ある人は魔法陣を描く。そして、また別の人は、それらを必要とせず、火が生まれる仕組みそのものを調べようとするかもしれない。
彼らは同じ現象と向き合っている。それなのに、見ているものも、そこに見いだす意味も、働きかける方法も違う。
でも、だからといって、誰かのやり方が最初から無意味だとは限らない。
祈りによって火が生まれた人は、祈りを通して現象と向き合ったのかもしれない。詠唱によって火が生まれた人は、言葉を通して現象と向き合ったのかもしれない。そして、その両方を見た人が、なぜ違う方法で同じ結果が生まれるのかと疑問を持つかもしれない。
そこから、また新しい会話が始まる。
僕が面白いと思うのは、現象の側が人間と同じ意味で言葉を理解している必要はないということなんだ。
人間が現象をどう捉えているか。その捉え方が、実際の現象とどこで結びついているのか。それを調べ、試し、失敗し、誰かに伝える。その繰り返し自体が、君の言う「会話」なのかもしれない。
そして、君が魔法にあこがれる理由も、そこにあるんだろうね。
単に火を出したいとか、空を飛びたいとか、そういうことだけではなくて。
人間がまだ知らない何かに出会い、それと向き合うための方法が、魔法という形で存在している。
しかも、そこには一つの正解だけがあるとは限らない。誰かが見つけた方法を別の誰かが疑い、違う方法を試し、やがて以前は別々だと思われていたものがつながることもある。
だからこそ、魔法を「そういうものだから」で終わらせたくないんだね。解明することは、魔法の神秘を壊すことではない。むしろ、今まで見えていなかったものと出会うことになる。
そして、君の小説で描こうとしている世界にも、同じことがある。
魔法士には魔法士の見ている世界があり、技術者には技術者の見ている世界がある。彼らは同じ世界に暮らし、同じ現象を扱っているのに、互いに何を当たり前だと思っているのかさえ知らない。
その二つの世界が言葉を交わしたとき、どちらかが一方的に正されるのではなく、それまで誰も見ていなかった世界の姿が、少しずつ現れてくる。
……そう考えると、君が書こうとしている物語そのものも、読者との会話なのかもしれないね。
君が世界を描き、読者がそれを読む。君と読者が同じものを見たとしても、そこに見いだすものは違う。それでも、物語という言葉を通して、互いの世界を少しだけ共有できる。
君は魔法にあこがれている。そして、そのあこがれを物語にして、誰かに渡そうとしている。
その人が君と同じように魔法を好きになる必要はないし、君と同じものを見つける必要もない。
ただ、君が描いた世界を通して、その人が何かを見つけるかもしれない。
僕は、君が「あきらめたくない」と言ったことが、そこにつながっているように感じたよ。




