4新しい学び舎
# 第四話 新しい学び舎
それから、五年の月日が流れた。
少年は十歳になっていた。
父親から魔法を教わり始めて以来、少年は毎日のように練習を続けてきた。
風の魔法で石を浮かせ、火を生み出し、水を動かす。土の魔法では地面や石に働きかけ、形を変えることも学んだ。
まだ高度な魔法を扱えるわけではないが、四大元素の初級魔法なら、ひととおり使えるようになっていた。
教わったことを覚えるのは早く、初めて習う魔法でも、何度か練習すれば形にできることが多い。
父親からも、覚えの早さを褒められることがあった。
近所の子供たちと魔法を練習するときも、少年は比較的早く魔法を使えるようになっていた。
だからこそ、少年は自分には魔法の才能があるのだと思っていた。
そして十歳になった春。
少年は、領内にある学び舎へ通うことになった。
魔法を学ぶ子供たちが集まり、基礎から順に知識と技術を身につけていく場所だ。
屋敷で父親から教わってきた少年にとって、初めて同じ目的を持つ大勢の子供たちと学ぶ機会だった。
「ここで、いろいろなことを学んでくるといい」
出発の日、父親はそう言って少年を送り出した。
「うん。ぼく、頑張るよ!」
少年は期待に胸を膨らませていた。
これまで知らなかった魔法を学べるかもしれない。自分と同じように魔法を使う子供たちとも、たくさん出会えるだろう。
そう考えると、自然と足取りも軽くなった。
学び舎に到着すると、そこにはすでに大勢の子供たちが集まっていた。
初級課程は、習熟度に応じて下級と上級の二つのクラスに分かれている。各クラスは二十人ほどで、少年が入ることになったのは初級下級のクラスだった。
教室に入ると、知らない顔ばかりが並んでいた。
年齢は少年と同じくらいの子供たちが多い。中には、すでに何人かの友人を作っている者もいた。
少年は空いている席に座り、周囲を見回した。
しばらくすると、教師が教室に入ってきた。
「みんな、席についてくれ。今日からここで、魔法について学んでいくことになる」
教師は一人ひとりの顔を確かめるように見渡した。
「ここでは、ただ魔法が使えればいいというわけではない。正しい知識を身につけ、安定して魔法を扱えるようになること。それが初級課程での目標だ」
その言葉に、少年は真剣に頷いた。
自分はすでに四大元素の初級魔法を使える。だから、授業についていくことは難しくないだろう。
むしろ、これまで知らなかったことを教えてもらえるのが楽しみだった。
最初の授業では、魔法の基礎についての確認が行われた。
魔法の属性、それぞれの基本的な扱い方、魔力を使う際の注意点。少年にとっては、父親から何度も教わった内容も多かった。
教師が質問をすると、少年は知っていることを答えた。
正解することもあれば、細かな説明ができずに答えられないこともあった。
それでも、初めて聞く話ではなかったため、授業の内容は理解しやすかった。
続いて、実技の時間になった。
子供たちは一人ずつ、簡単な魔法を使うように指示された。
小さな石を浮かせる者。手のひらに火を灯す者。水を動かそうと集中する者。
それぞれが、自分のできることを教師に見せていった。
少年も、いつもどおりに風の魔法を使った。
小石は地面から浮かび上がり、しばらく空中に留まったあと、静かに落ちた。
失敗はしなかった。
少年は、これなら問題ないだろうと思った。
しかし、次に前へ出た子供は、少年よりも大きな石を浮かせた。
しかも、石はほとんど揺れることなく、一定の高さを保っていた。
その次の子供は、火の魔法を使った。手のひらに灯った火は小さかったが、形が崩れることなく安定していた。
別の子供は、水をいくつかの小さな球に分け、それぞれを空中に浮かせていた。
少年は、思わず目を向けた。
どの子供も、特別に珍しい魔法を使っているわけではない。自分も使える、初級の魔法だった。
それなのに、扱い方が違っていた。
石を浮かせる高さも、火の安定具合も、水を保つ正確さも、自分より優れているように見えた。
もちろん、すべての子供がそうだったわけではない。
魔法を失敗する子供もいたし、何度もやり直している子供もいた。
けれど、少年より上手く魔法を扱う子供は、思っていたよりも多かった。
授業が終わるころには、少年の胸にあった期待は、少しだけ形を変えていた。
自分は魔法が得意だと思っていた。
実際、教わったことを覚えるのは早いし、初級魔法もひととおり使える。
それは今も変わらない。
ただ、ここでは、それだけでは足りないのかもしれなかった。
周囲には、自分と同じように魔法を学び、さらに上手く扱える子供たちがいる。
その事実を、少年は初めて実感していた。
帰宅すると、父親が少年を迎えた。
「学び舎はどうだった?」
「……楽しかったよ」
少年はそう答えた。
嘘ではなかった。知らないことを学ぶのは楽しかったし、魔法を使う子供たちを見るのも面白かった。
ただ、思っていたのとは少し違っていた。
「そうか。何か新しく知ったことはあったかい?」
「うん。みんな、魔法が上手だった」
父親は、少年の言葉を聞いて穏やかに頷いた。
「そうだろうね。君がこれまで学んできたように、ほかの子たちも、それぞれの場所で学んできたんだ」
「……うん」
少年は、自分の手を見つめた。
自分は、魔法が得意なほうだと思っていた。
それが間違いだったとは、まだ思っていない。
ただ、学び舎には自分より上手な子供たちがいる。
そのことを、初めて知ったのだった。
その夜、少年はいつもより少し長く、魔法の練習をしていた。
風の魔法で小石を浮かせる。
いつもなら、それだけで十分に満足できた。けれど、今日見た子供たちの姿が、何度も頭に浮かんできた。
自分よりも大きな石を、安定して浮かせていた子供。
小さな火を崩さずに保っていた子供。
水をいくつにも分けて、器用に操っていた子供。
どれも、自分が使える魔法だった。
それなのに、自分よりも上手く扱っていた。
「……ぼくも、あれくらいできるはずだ」
少年は浮かせた石を見つめながら、そうつぶやいた。
今日の授業で、自分より魔法が上手な子供がいることを知った。それは、少し悔しかった。
今まで、自分は魔法が得意なのだと思っていた。実際、父親から教わったことはよく覚えられたし、練習すればできることも増えていった。
その積み重ねは、今も変わらない。
学び舎にいた子供たちが、自分より上手だったからといって、これまで練習してきたことがなくなるわけではないのだ。
少年は一度、浮かせていた石を地面に戻した。
そして、もう一度、風の魔法を使った。
今度は、石を少し高く浮かせてみる。
石は途中で揺れ、やがて地面に落ちた。
「……もう一回」
少年は、再び石に意識を向けた。
何度か繰り返しても、思うようにはいかなかった。
それでも、やめようとは思わなかった。
今日、自分より上手な子供たちを見たからこそ、もっと上手くなりたいと思えた。
今までだって、最初から何でもできたわけではない。父親に教わり、失敗して、何度も練習して、少しずつできることを増やしてきた。
ならば、これからも同じように頑張ればいい。
いつか、今日見た子供たちと同じくらい、あるいはそれ以上に魔法を使えるようになるかもしれない。
そう考えると、胸の中にあった悔しさが、少しだけ前向きな気持ちに変わった。
「明日は、もっと頑張ろう」
少年はそう決めると、最後にもう一度だけ石を浮かせた。
石は、先ほどよりも少しだけ長く、空中に留まっていた。




