第18話 ポンコツ勇者さんは全肯定に涙し、お使い修行の弟子になりました
「うわあああぁぁぁんッッ!! ボクの聖剣がぁぁぁ! 全財産をはたいて買った自慢の虎の子が、コンニャクみたいにクニャクニャになっちゃったよぉぉぉッ!」
我が家の庭の真ん中で、金髪の自称・勇者リオンちゃんは両手両膝を地面につき、子供のように大号泣していた。
その胸元には、ふにゃふにゃと湯葉のように折れ曲がった長剣が抱きしめられている。
「どうせボクなんて……! 故郷の村でも、王都の冒険者ギルドでも、みんなに『チャラチャラしたアホ』『口先だけのポンコツ』って笑われて……! でっかい獲物を倒して、有名になって、みんなを見返してやりたかっただけなのにぃぃぃ……!」
大粒の涙をポロポロとこぼしながら、地面を叩くリオンちゃん。
どうやら、名声に目が眩んで無茶をしたけれど、根はただ認められたかっただけの寂しがり屋さんのようだ。
エプロン姿のキリカちゃんが「……やれやれ、これではまるで迷子の子犬だな」と呆れたように息を吐き、足元のポチも『うむ、威勢が良かったのは最初だけじゃったのう』と前足で耳を掻いている。
私はリオンちゃんの前に歩み寄り、スカートの裾を押さえてそっと膝をついた。
そして、泣きじゃくるリオンちゃんの目を見つめ、満面の笑顔で両手をぽんと肩に乗せた。
「あのね、リオンちゃん?」
「うぅ……な、なんだよ……! ボクの無様を笑いに来たのか……!?」
「笑うわけないじゃない! 私ね、すっごく感動したのよ!」
「……え?」
涙で濡れた金色の瞳を丸くするリオンちゃん。
私はさらにグッと身を乗り出し、心からの全肯定ビームを真正面から浴びせかけた。
「だって、よく考えてみて! 王都からこの最果ての村まで、女の子一人で旅をしてきたんでしょう? 途中で険しい山道もあったでしょうし、凶暴な魔物だって出たはずだわ。それなのに、かすり傷ひとつなくここまで辿り着いたなんて……それだけで、ものすごい勇気と行動力じゃない! 息をしてここまで冒険してきただけで、百億点満点の大天才よ!」
「ひゃ、百億点……!? だ、大天才……!?」
リオンちゃんは目をパチクリとさせ、金髪のショートヘアを揺らして固まった。
「そんなの……そんなこと、誰にも言われたことないよ……! みんなボクのこと、『お前なんかに勇者が務まるか』『身の程を知れ』って馬鹿にしてばかりだったのに……!」
「そんなこと言う人たちのほうが、節穴だわ! 自分の夢のために一歩踏み出して、実際にここまでやって来たリオンちゃんは、誰が何と言おうと立派な勇者さんよ!」
「お、お姉さん……っ!」
生まれて初めて、自分の存在と努力を真っ向から肯定されたリオンちゃん。
その瞳から、今度は悔し涙ではなく、心の底から溢れ出た温かな大粒の涙が滝のように流れ落ちた。
「うわあああああんッ! 嬉しいよぉぉぉ! ボク、生きててよかったんだぁぁぁッッ!」
リオンちゃんは私の胸元に飛び込んできて、わんわんと声を上げて泣いた。
よしよし、と背中を優しく撫でてあげる。
うんうん、頑張ってきた子が報われる瞬間って、本当に最高よね!
――ぐぎゅるるるるぅぅぅ……ッ!
その時、静かな庭に盛大な腹の虫が響き渡った。
リオンちゃんのお腹だ。
「ふふ、お腹が空いちゃったのね。ちょうどお昼ご飯にしようと思っていたところなの。一緒に食べていかない?」
「えっ……ご、ご飯……? ボク、お金ないよ……?」
「お代なんていらないわよ! すぐ準備するから、待っててね!」
私は立ち上がり、キッチンの調理台へと向かった。
さて、今日のお昼ご飯は、手軽に食べられて元気が出る軽食にしましょう!
取り出したのは、毎朝焼いている自家製食パンと、村のお肉屋さんからいただいた特製スモークハム。
厚切りのハムと、とろけるチーズ、そしてミーシャちゃんが朝採りしてくれた新鮮なトマトとバジルをパンにたっぷり挟み込む。
そして、愛用のホットサンドメーカーにセットして――。
「『生活魔術・サクサク黄金ホットサンド&均等熱伝導トースト』!」
パッと淡い光がホットサンドメーカーを包み込む。
ジュウウゥゥッ!と香ばしいバターの焼ける音が立ち上り、パンの耳はカリッカリ、中はもっちり、チーズはトロトロに溶け合う絶妙な仕上がりになった。
「お待たせ! 『特製ハムチーズとフレッシュハーブの黄金ホットサンド』よ!」
縁側のテーブルに、対角線で三角にカットした熱々のホットサンドを並べ、ミーシャちゃんが淹れたてのミントティーを添える。
「う、うわあぁぁ……! パンが黄金色に輝いてる……! チーズがとろけてるよ……!」
リオンちゃんはごくりと喉を鳴らし、両手でホットサンドを掴むと、大きく口を開けてかぶりついた。
――サクゥッッ!!
心地よい快音が庭に響き渡る。
「…………ッッッ!?」
リオンちゃんの全身が電流に打たれたようにピンと跳ね上がった。
香ばしいパンの軽やかな歯ごたえ。
噛み締めた瞬間、あふれ出す濃厚なチーズと、スモークハムの凝縮された塩気と旨味。
それを、ミーシャちゃんのジューシーなトマトと爽やかなバジルが完璧なバランスで包み込み、油っぽさをまったく感じさせない。
すかさずミントティーを一口飲むと、清涼感が口いっぱいに広がり、旅の疲労が一気に洗い流されていく。
「な、なんだこれぇぇぇ……!? 美味すぎる……! 外はサクサクなのに、中はふわっふわでジューシーで……こんな美味いもの、王都の一流店でも食べたことないぞ……!」
リオンちゃんは無我夢中でホットサンドにかじりつき、あっという間に三枚のサンドイッチを平らげてしまった。
「ふふ、たくさん食べてくれて嬉しいわ! 良い食べっぷりも百点満点よ!」
私が微笑みかけると、隣に座っていたミーシャちゃんが、そっとリオンちゃんの手元へハーブのキャンディを差し出した。
その紫色の瞳が、穏やかにリオンちゃんを見つめている。
「リオンさん。……有名になりたかったのは、故郷のみんなに『すごいね』って言ってもらいたかったからなんですね」
「え……?」
「リオンさんの心の中には、悪いモヤなんて全然ありません。……すっごく真っ直ぐで、純粋な光が見えます。リオンさんは、本当はとっても優しい人です」
邪眼で見抜いた、リオンちゃんの心の奥底。
リオンちゃんは目を丸くし、胸を押さえてぽろりと涙をこぼした。
「そっか……ボク、ただ……褒めてもらいたかっただけなんだ……。ありがとう、ミーシャちゃん……!」
「まあ! ミーシャちゃん、相手の心の純粋さを見抜いてこんなに温かい言葉をかけてあげるなんて、やっぱり世界一の天使だわ! 息をしてキャンディを渡しているだけで一兆点満点よ!」
私がたまらずミーシャちゃんを後ろからぎゅうううっと抱きしめると――。
頭の奥で、ポンッッッ!!と心地よい音が弾け、消費した魔力が一瞬で満タン&限界突破した。
ふふっ、やっぱりミーシャちゃんを愛でるのが一番の活力源ね!
その時、涙を拭ったリオンちゃんが、ガバッと立ち上がって私の前に平伏した。
「お姉さん……いえ、お師匠! ボクをお師匠の弟子にしてください! ボク、お師匠のような本当の強さと優しさを学びたいです!」
「ええっ!? で、弟子!?」
目を白黒させる私。
すかさず、腕を組んだキリカちゃんが一歩前に出た。
「待て小童。我が主とお姉様の平穏な暮らしを乱す居候は、断固として認めんぞ。ここに住み着く気なら、我がフライパンの錆にしてくれる」
「ひぃっ、元四天王様、怖い……! で、でも、居候なんて図々しいことは言わないよ! ボクは村の宿に泊まるから、修行をつけてほしいんだ!」
必死に頭を下げるリオンちゃん。
うーん、熱意は本物みたいだし、放っておくとまたどこかで無茶をしそうね。
「それじゃあ、リオンちゃん。修行の第一歩として……足腰を鍛えるために、村の種苗店までお使いに行ってきてくれるかしら? 家庭菜園用の土を二袋、買ってきてほしいの」
「お、お使い修行……!? 基礎体力を鍛え、村の人々と交流して世間を知るための高等訓練ですね!? 分かりました、お師匠! このリオン、命に代えても土を運んでまいります!」
リオンちゃんは目をキラキラと輝かせ、ビシッと敬礼した。
……うん、ただのお使いなんだけど、本人がやる気ならそれでよしとしましょう!
「はい、お使い賃とメモよ。転ばないように気をつけて行ってらっしゃい!」
「はいっ! 行ってきます、お師匠、ミーシャちゃん!」
リオンちゃんは元気に手を振ると、風のように軽やかな足取りで村の広場へと駆け出していった。
こうして、我が家にまた一人、ちょっとアホで憎めない「お使い修行中の弟子」が増えたのだった。
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