第九話 試験
炎衛軍に入隊するためには、いくつもの試験を突破しなければならない。
筆記試験。
適性試験。
面接。
そして——最も重要とされる、炎力試験。
それらを総合的に判断し、合格した者のみが入隊を許される。
しかも、その難易度は国内でも屈指を誇る。
炎衛軍は三つの部隊に分かれており、
毎年の合格者数も、あらかじめ定められている。
赤炎部隊 四十名
橙炎部隊 四十名
緑炎部隊 四十名
一見すると少ないようにも思えるが、
そもそも試験自体が非常に難しいため、定員に満たない年も珍しくはない。
それでも——
炎衛軍を志す者が途絶えることはない。
炎衛軍。すなわち「守炎者」。
国を守るという使命に憧れる者も多いが、理由はそれだけではない。
福利厚生は手厚く、報酬も一般職の倍近い。
命を賭して戦う職である以上、それは当然の対価とも言える。
だが、入隊の方法は試験だけではない。
もう一つ——
「スカウト」という道が存在する。
炎衛軍幹部。
人質事件の際に現れた男——
王零牙。
橙炎部隊を率いる、軍隊長である。
軍隊長とは、各部隊の頂点に立つ存在。
それぞれの炎を操る者の中で、最も強い者がその座に就く。
すなわち——
三つの炎、それぞれの“最強”だ。
スカウトとは、その軍隊長が直々に推薦した者にのみ与えられる特例。
試験はすべて免除され、即座に入隊が認められる。
選ばれし者だけが辿り着く、もう一つの道だった。
「焔花でも、その青い炎を出せば即入隊できるだろう」
文蔵は腕を組みながら言う。
「だが、そうはいかないからな」
「普通に試験を受けるしかない」
指折り数えるように続けた。
「適性試験は問題ないだろう。面接も……まあ、適当に答えても何とかなる」
「炎力試験は言うまでもない」
一拍置く。
「一番厄介なのは——筆記試験だ」
(うっ……)
焔花の表情が固まる。
「焔花、勉強はできるのか?」
しかめっ面になる。
「……その顔、できないな」
「……生まれてから、一度も学校に行ったことがありません」
視線を落とす。
「十歳までは家族に教わっていましたけど……あの日以降は、一度も」
文蔵は、小さく息を吐いた。
「そうか」
「まあ、復讐に勉強は必要ないからな」
肩をすくめる。
「だが、この試験は別だ。相当やらないと厳しいぞ」
「せめて八割は取らないとな」
「八割!?」
思わず声が上ずる。
「五割も取れるかどうか……」
小さく呟く。
文蔵は、深くため息をついた。
「はぁ……焔花」
「僕が教える」
「えっ?」
顔を上げる。
「いいか、明日から試験日まで——二十日間」
「時雨堂は休業だ」
「えぇっ!?」
炎衛軍の試験は、一般的なものとは少し異なる。
三月後半に試験が行われ、
合格発表は入隊式当日——四月一日。
つまり、それまで結果は一切知らされない。
多くの企業の入社式も同じ日程で行われるため、併願は事実上不可能。
受かれば天国。
落ちれば——行き場を失う。
⸻
まさに、人生を賭けた試験なのだ。
「休業って……やりすぎなんじゃ」
焔花は呆れたように眉をひそめた。
「試験まで二週間と少し。別に僕は構わんがね」
文蔵は肩をすくめる。
「ここで不合格になって、焔花の目的がどんどん遠ざかり——」
わざとらしく間を置き、
「このまま古臭い本屋で働きながら、静かに死ぬ人生を選ぶか」
にやり、と口元が歪む。
「うっ……」
言葉に詰まる。
「あーもう!分かりましたよ!やりますよ!」
半ばやけくそ気味に声を張り上げた。
「……ふっ」
文蔵は満足そうに、不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ、そうと決まれば——」
指を立てる。
「明日、二週間分の服と荷物を持ってきなさい」
「えっ……服……?」
嫌な予感が走る。
「あぁ」
当然のように頷く。
「試験まで、僕の家で寝泊まりだ」
「泊まるんですか!?」
思わず一歩引く。
「なにか問題か?」
文蔵は呆れたようにため息をつく。
「わざわざ家庭教師みたいに、焔花の家まで通ってられないだろう?」
「さぁさぁ、明日の準備があるだろう」
ひらひらと手を振る。
「今日はもう帰りなさい」
「ちょっ……!」
背中をぐいぐい押される。
「おっ、雨も止んでるな」
扉を開けながら、何でもないように言う。
「じゃあ、また明日な」
バタンッ——
「……えっ」
焔花は外に出されたまま、しばらく扉を見つめていた。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
「なんか、大変なことになったな……」
肩を落とし、とぼとぼと歩き出す。
(まさか、炎衛軍に入ることになるなんて……)
夜道を見つめながら、ぼんやり考える。
(……まだ決まったわけじゃないけど)
(私には、一生縁のない場所だと思ってたのに)
足取りは、どこか重かった。
⸻
翌日。
カランッ
(……開いてる)
焔花は静かに店に入り、そのまま二階へと上がる。
コンコンッ
扉をノックする。
ガチャ
「おはよう」
「おはようございます」
軽く頭を下げる。
「ん?」
文蔵が視線を落とす。
「思ったより、荷物が少ないな」
焔花は手に持った荷物を少し持ち上げて見せた。
「私の家も質素なんでね。服と日用品くらいしか」
「そうか」
小さく頷く。
「ほら、入りなさい」
「……おじゃまします」
一瞬だけためらってから、足を踏み入れる。
「さぁ、暇してる時間はないぞ」
文蔵はすぐに机を指した。
「えっ、もう始めるんですか!?」
目を丸くする。
「まだ来て一分も経ってないですよ!?」
「焔花」
低い声で呼ばれる。
思わず、背筋が伸びる。
「炎衛軍の試験は、甘くない」
まっすぐ見据えられる。
「それを二週間で叩き込むんだ」
「一分一秒も無駄にするな」
「……はい」
小さく頷き、椅子に座る。
それから——
文蔵の指導が始まった。
朝から晩まで、ひたすら勉強。
普段の穏やかな姿とは別人のように、厳しかった。
少しでも気を抜けば——
パンッ!!
キッチンから、フライパンとおたまの音が響く。
「寝てたよ」
「……っ!」
びくっと肩が跳ねる。
最初は、その音と厳しさに、かなり——
いや、正直に言えば、少しイライラしていた。
(なんでこんな……)
だが——
(……こんなに、本気で向き合ってくれる人なんて)
手元のノートを見つめる。
(家族以来だ)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ふと視線を上げると、
文蔵は真剣な表情で問題を見ていた。
その横顔は——
どこか、嬉しそうにも見えた。
(……同じ気持ちなら、いいな)
自分でもよく分からない感情に、少しだけ戸惑いながら——
焔花は、再びペンを走らせた。
試験前日──────
「……うん、全部解けてるな」
答案を見て、文蔵が小さく頷いた。
焔花は、ほっと息を吐く。
張り詰めていた肩の力が、ゆっくりと抜けた。
「今日までよく頑張ったな」
穏やかな声で言う。
「ここまで覚えたなら、上出来だ」
そう言って、文蔵は焔花の頭を優しく撫でた。
「……別に、普通ですよ」
少しだけ視線を逸らす。
撫でられた頭に、そっと手をやった。
「ふっ」
文蔵が小さく笑う。
「あと気をつけるのは、問題をよく見ることだ」
「焦らず、な」
「はい」
真剣な表情で頷く。
少しの沈黙のあと——
「……ありがとうございました」
焔花が、小さく頭を下げた。
「構わんよ」
文蔵は軽く手を振る。
「僕の方こそ、少し厳しすぎたかな」
「少しどころじゃないですけどね」
ふっと息を漏らす。
「……でも、あれくらいの方がやる気は出ます」
「そうか」
満足そうに目を細めた。
「面接も一通りやったが、問題なさそうだな」
一拍置く。
「ただし——発言には気をつけなさい」
「炎衛軍の人間が試験官を務める」
「不用意な一言で、目をつけられることもある」
「……はい」
表情が引き締まる。
「焔花の一番の目標は——」
文蔵は静かに言った。
「自分がアインだと悟られないことだ」
「炎衛軍の中にも、“生き残り”を疑っている者はいるかもしれん」
「……そうですかね」
少しだけ肩の力を抜く。
「そう思ってるのは、文蔵さんくらいだと思いますけど」
「……でも、気をつけます」
「それでいい」
文蔵は、ゆっくりと立ち上がる。
「さぁ、明日は試験と面接だ」
「万全の状態で臨めるように——」
軽く振り返る。
「今日はもう、早く寝るとしよう」
「……はい」
焔花は、小さく頷いた。




