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異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件  作者: ベルナルド
エピローグ

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第五話 小さな小さな勇者様 前編

 

 うちの町の近くにある森では、陽木の葉が赤色に変わり始めていた。


 この世界にも季節はある。

 春には柔らかな風が吹き、夏には陽木の葉が濃い緑に染まり、秋になるとその葉は赤くなる。

 そして冬が近づくころ、森の奥では月灯草がよく育つらしい。


 ちょうど去年、母さんが倒れた。

 最初は病気かと思った。

 俺は泣きそうになるくらい焦ったし、父さんも顔を真っ青にしていた。

 あの時の家の空気は、今でも思い出すだけで胃がきゅっとなる。

 だが、町の何でも屋であり、産婆でもあるアーチさんは、母さんを診るなり笑った。


「おめでただね」


 最初、俺は何のことか分からなかった。

 頭の上に疑問符を浮かべていると、父さんが母さんを抱きしめた。

 それでようやく気づいた。俺に、弟か妹ができるのだ。


 そこからの一年は、父さんと二人で慣れない家事を手伝いながら過ごした。

 母さんは笑っていたが、やはり身体は重そうだった。

 父さんはいつも以上に張り切っていたが、料理だけは壊滅的だった。

 俺も俺で、前世の記憶があるくせに五歳児の身体では大したことはできなかった。


 それでも、少しずつ準備は進んでいった。

 そして、今年。アーチさんが、妹だと教えてくれた。

 めちゃくちゃ嬉しかった。

 前世では一人っ子だった俺に、妹ができる。

 今世の母さんと父さんの子であり、俺の妹。


 それだけで、胸の奥が温かくなる。

 さらに驚いたことに、サラの母親である村長の奥さんのルサリアさんも妊娠していた。

 しかも、生まれる時期はほとんど同じらしい。


 俺に妹が生まれる。サラにも弟が生まれる。なんたる奇跡。

 町の大人たちは喜び、父さんと村長グリムさんは妙にそわそわし、レンは「俺が兄貴分になってやる」と謎の宣言をしていた。

 そんな中で、ひとつだけ問題が起きた。

 月灯草が足りないらしい。

         ◇

 月灯草(げっとうそう)

 それは魔力を多く含んだ草が変質した植物で、夜になると淡く光る。

 俺が読んだ『大陸植生 ゴルゴン王国編』にも載っていた。

 初心者向けの本だが、町の周辺で採れる薬草や植物を知るにはちょうどいい。

 月灯草は錬金術で加工すると、魔力回復薬の材料になる。

 この世界の出産では、母体にかなりの負担がかかる。

 場合によっては、魔力が枯渇して危険な状態になることもあるらしい。


 もちろん、アーチさんは代用品も用意している。

 だが、効き目は月灯草には遠く及ばない。

 必要なものは大体そろっていた。なのに、肝心の月灯草だけが心許ない。

 月灯草は森の奥、湖の近くに生えている。

 ただし、アーチさんはもう歳で、そこまで取りに行くのは難しい。


 父さんたち警備隊は、生まれてくる子供たちのためにも、最近活発化している魔物の間引きで忙しい。

 大人たちは「代用品があるから大丈夫」と言っていた。

 でも、俺はそれを聞いて、どうしても落ち着かなかった。

 もしもの時があったら。その時、何もできなかったら。

 俺はきっと、後悔する。


「レン、これは一大事だ」

「何がだ?」


 俺はレンを呼び出した。

 レンは木剣を肩に担ぎ、いつも通り偉そうにしている。


「お前も知ってるだろ。月灯草(げっとうそう)の数が足りていないこと」

「もちろん。でも、アーチさんが代用品を持ってるから大丈夫だって聞いたぞ」

「馬鹿、もしもの時があるだろ」

「お前、そんなキャラだったか?」

「可愛い妹に何かあったらどうするんだ」

「それは分かるけど、森には入れないだろ」


 レンの言う通りだ。

 俺たちはまだ子供だ。町の外へ出るには、大人の許可がいる。

 それに、町の外には魔物がいる。

 普通なら、子供だけで森に行くなんて許されるはずがない。

 だが、俺は引けなかった。


「レン」

「なんだよ」

「もしもの時があったら、サラの弟も危ないんだぞ」

「む」


 レンの顔つきが変わった。分かりやすいやつである。


「サラの弟も……」

「ああ」

「それは、まずいな」

「森に行くぞ」

「バレたら大目玉だぞ」

「百も承知だ」

「いつものお前はどうしたんだよ」

「俺たちで勇者になるんだ」

「勇者……」


 レンの目が輝いた。

 こいつは単純だ。だが、その単純さが今は頼もしい。


「分かった。俺も行くぜ!」

「行くぞ、レン」

「おう、ルーク!」

         ◇

 次の日の昼間。

 俺とレンは、町を抜け出そうとしていた。


「おい、ルーク。門の前まで来たが、どうやって抜けるんだ?」

「ふふ。そこは警備隊長の息子であるお前の権利を使う」

「え、そんな権利ないぞ」

「は?」

「それに俺、前に抜け出そうとしてから、門を開けてもらえないんだ」

「何やってるんだ、お前」

「えへへ」


 この馬鹿、それでも警備隊長の息子か。

 まずい。俺の必殺技である権力頼みが使えない。

 どうしたものかと物陰で悩んでいると、俺たち二人の影に、もう一つの影が重なった。


「ねぇ、お二人さん」

「何してるの?」

「わっ! サラ!」

「な、なんでここに」


 俺たちは物陰に隠れていたはずだ。なのに、なぜサラがここにいる。

 サラは両手を腰に当て、俺たちをじっと見つめた。


「二人とも、何かやるとき顔に出るもん」

「そ、そうか?」

「出てる」


 その顔は、母さんが父さんを怒る時と同じだった。

 この子、普段は大人しいのに、怒ると怖いタイプだ。


「それで、二人は何をしたいの?」

「いや、その」

「仲間外れなんて、ひどいことしたんだもん」


 俺たちは、月灯草のことや計画を洗いざらい話すことになった。

 サラは黙って聞いていた。そして、話を聞き終えると、少しだけ頬を膨らませた。


「なおさら、私を頼ってくれないのがひどいよ」

「でも、危ないし」

「私だって、かわいい弟のために何かしたいもん」


 その言葉に、俺もレンも黙った。

 そうだ。サラだって同じなのだ。

 俺が妹のために何かしたいように、サラも弟のために何かしたい。

 守られるだけで満足できるはずがない。


「でも、サラ。俺たちは町の外に出られないんだぞ」

「ふふ」


 サラは小さく笑った。


「私は誰の娘か、忘れたのかな?」

「「はっ!」」


 忘れていた。サラの父親は、この町の村長グリムさんだ。

 これぞ本物必殺技級の権力である。


         ◇


「ね、ガードナーさん」

「おお、これはサラちゃん。レン君とルークス君も一緒か」


 門番のガードナーさんは、俺たちを見るなり優しく笑った。

 人の良さそうな大人だ。だが、腰にはしっかり剣を差している。


「どうしたんだい?」

「町の外に用事があるの」

「外に?」


 ガードナーさんの眉がぴくりと動いた。

 やはり簡単にはいかない。


「お父さんが、町の外にある街灯が壊れたから見てほしいって」

「むむ。グリムさんからは、そんな報告は受けていないのですがね?」

「ごめんなさい。嘘ついちゃった」

「な、なぜ?」

「町の外にあるお花が欲しくて」


 サラはしゅんとした顔でそう言った。

 この子、強い。何て恐ろしい戦法を。


「お花……?」

「うん。門の近くに咲いてるお花。私じゃないと、どれか分からないと思う」

「な、なるほど」


 ガードナーさんは明らかに揺れている。

 そこへ、俺は一歩前に出た。


「安心してください。村長さんから、サラを俺たちが守るように言われています」

「え、あ、そうだぜ! 俺たちが守るぜ!」


 レンも慌てて合わせる。

 よくやった、レン。お前なら分かってくれると思っていた。

 ガードナーさんは少し悩んだあと、深くため息をついた。


「分かりました。ただし、門の近くまでです」

「はい!」

「森の奥には絶対に入らないこと。最近は魔物が活発ですからね」

「はい!」

「夕方までには必ず戻ってください。あなたたちに何かあったら、俺が殺されます」


 冗談のように言っているが、顔は少し本気だった。

 それからガードナーさんは、腰の袋から小さな鈴を取り出した。


「あと、これを」

「これは?」

「魔よけの鈴です。この鈴の音を、弱い魔物は嫌がります」


 俺は鈴を受け取る。微細な魔力を感じた。ただの鈴ではないらしい。


「ただし、万能ではありません。強い魔物には効かないこともあります。いいですね。森の奥には絶対に入らない」


「「「はい!」」」


 こうして俺たちは、権力と口先と少しの罪悪感によって、町の外へ出ることに成功した。


         ◇


 門の先には、広大な草原が広がっていた。


 思わず足が止まる。町の外の景色を、俺は初めて見た。

 草原の向こうに、森が青黒く揺れている。

 風が草を撫でるたび、緑の波が遠くまで広がっていく。

 空は、腹が立つくらい広かった。

 地球で見たどの景色よりも、遠く、澄んでいて、現実味がなかった。

 ああ。俺は本当に異世界に来たのだ。そう思った。


「おい、ルーク。それでどうするんだ?」


 レンの声で、俺は現実に戻された。

 そうだ。見とれている場合ではない。


 俺たちの目的は、森の奥にある湖だ。

 ここまでは権力頼みだった。だが、そこから先は俺に考えがある。

 俺はカバンの中から、折りたたんだ紙を取り出した。


「これは父さんが持っていた、この町周辺の地図だ」

「地図?」

「ここが現在地。左に行けば森に入る。湖はその少し奥にある」

「すげえな、ルーク」


 地図によれば、森自体はそこまで遠くない。

 湖も、子供の足でも十分たどり着ける距離に見えた。

 俺が読んだ初心者向けの本には、月灯草は森の湖の近くに生えると書かれていた。危険については、せいぜい「森では音を立てないこと」とか「一人で行かないこと」くらいだった。


 もちろん、森に魔物がいることは分かっている。

 だが、父さんたち警備隊が間引きをしている。

 それに、魔よけの鈴もある。昼間なら、そこまで危険ではないはずだ。

 そう判断した。今思えば、その判断は甘かったのかもしれない。


         ◇


 俺たち三人は森へ向かった。


 森の中は、町の中とはまったく違う匂いがした。

 湿った土。木の皮。青い草。どこか甘い花の香り。

 頭上では枝葉が重なり、陽の光が細かく砕けて落ちてくる。

 森自体に魔物はいる。

 だが、入口近くに出るのは小型の魔物が多く、そこまで危険ではないと聞いていた。


 問題は湖の周辺だ。そこは魔力が少し濃く、薬草も多い。

 だから虫や小動物も多く、それを狙う魔物も集まりやすい。

 初心者向けの本にはそこまで詳しく書かれていなかったが、父さんの話や村長の家の資料を拾い読みして、俺はそれくらいは知っていた。

 だから、できる限り音を立てずに進む。

 ……つもりだった。


「うわっ!」


 レンが木の根に足を引っかけて転んだ。


「きゃっ」


 サラが大きな虫を見て、悲鳴を上げかける。


「しーっ!」

「ご、ごめん」

「レンも静かに」

「木の根が悪い」

「お前の足元確認が悪い」


 そんな調子で何度か心臓を冷やしながらも、俺たちはなんとか湖にたどり着いた。


         ◇


「こ、ここが湖……」


 サラが小さく呟いた。

 湖は森の奥に静かに広がっていた。水面は夕陽を受けて、淡い金色に揺れている。

 風が吹くたび、湖のふちに生えた草が一斉にそよいだ。

 その中に、月灯草があった。

 昼間は青白い葉をした普通の草に見える。

 けれど、魔力に反応すると淡く光ると本には書かれていた。


「試してみる」


 俺は少しだけ魔力を外へにじませた。

 全身から薄く魔力を放出する。生まれてから六年。

 絶えず魔力炉を鍛えてきたおかげで、日常的な魔力の消費くらいなら、生産量が上回るようになってきた。

 魔術として外に出すことはできない。だが、魔力そのものをにじませることはできる。


「相変わらずすげー魔力だな、ルーク」

「私も多いって褒められたのに」

「これが取り柄なんでね」


 俺の魔力に触れた一本の月灯草が、淡く光った。

 その光が隣の草へ移る。また隣へ移る。

 青白い光が、湖のほとりをゆっくりと広がっていく。

 やがて、周囲一面の月灯草が光り始めた。


 まるで、地面に星を撒いたみたいだった。

 夕陽の赤。湖の金色。月灯草の青白い光。

 それらが混ざり合い、森の奥だけが別の世界のように輝いている。

 俺たちは、しばらく何も言えなかった。


「綺麗……」


 サラがぽつりと呟く。


「この光景、お母さんにも見せてあげたい」

「カメラがあればな」

「カメラ?」

「あ」


 しまった。

 思わず前世の言葉が出た。


「カメラって何だ?」


 レンが首を傾げる。


「あー、景色をそのまま絵にできる道具、みたいな」

「そんなのあるのか?」

「いや、ない……のか?」


 電球はある。便利な発明もある。守護神アレスが世界を変えた。

 だから俺は、この世界には地球の発明がかなり広まっていると思っていた。

 けれど、カメラは知られていない。

 つまり、アレスが作ったものと作らなかったものには差がある。

 技術的に無理だったのか。必要とされなかったのか。もしくは王国にはあるのかもしれない。

 やはり、アレスが何を発明し、何を発明しなかったのかは徹底的に調べる必要がありそうだ。


「ルークス?」


 サラの声で、俺は思考を戻す。

 そうだ。今は月灯草だ。

 サラが月灯草をそっと手に取る。


「これ、どれくらいあればいいのかな?」

「アーチさんは十本くらいあればいけるって言っていた」

「なら、少し余分に集めようぜ」

「そうだね。十三本くらいにしよう」


 俺たちは、光る月灯草を丁寧に摘み取り、俺のリュックに入れていった。

 その時の俺は知らなかった。


 俺が読んだ『大陸植生図鑑 ゴルゴン王国編』は、あくまで初心者が読む本だった。

 そこには、月灯草の基本的な見分け方や、簡単な効能は書かれていた。


 だが、専門書にはこう書かれている。

 月灯草は、錬金術によって加工することで魔力回復薬の材料になる。

 ただし、月灯草が群生する場所には、魔力が濃く溜まりやすい。

 魔力が濃い場所には、魔物も集まりやすい。

 そのため、月灯草の採取は、農民ではなく冒険者や王国公認の採取隊が行うべきである。


 そして、月灯草に集まる小さな魔物を狙う、大きな魔物も存在する。

 それが、一番効率よく獲物を得られるからだ。

 森の木々の奥。大きな影の中に、赤い眼光が灯った。


 その赤い眼は、月灯草ではなく、湖のほとりで揺れる三つの小さな(エモノ)を見ていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ガードナーさんはまだまだ新米です。元冒険者なのでそれなりに腕は立ちます。

特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。

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