第四話 剣と剣
町にいる同年代の子供は、俺を含めて三人だけだった。
うちの町はかなり小さい。
それでも、普通ならもう少し子供がいてもよさそうなものだが、この年は珍しいくらいに少なかったらしい。
結果として、俺が関わる相手は自然とその二人になった。
「おい、サラ! 遊ぼうぜ!」
「私は……」
家の前で、元気すぎる声が響いている。
声の主はレン。見るからに陽キャで、いつも木剣を持ち歩いている少年だ。
レンは、父さんの同僚であり、永遠のライバルらしい警備隊長ダラスさんの息子である。
だからなのか、レンは俺を見るたびに妙に張り合ってくる。
そして、レンの前で困ったように立っている少女がサラだ。
サラは村長グリムさんの娘で、レンのいとこにあたる。
母さんとサラの母親であるルサリアさんが親友なので、俺も昔からよく顔を合わせていた。
サラは大人しくて、人見知りする性格だ。
外で走り回るより、家の中で絵本を読んだり、勇者様ごっこをしたりする方が好きな子だった。
つまり、今の状況はどう見てもよくない。
「やめてやれよ、レン。サラが嫌がってるだろ」
俺が声をかけると、レンはすぐにこちらを振り向いた。
「む。またか、ルーク! 俺の邪魔をする気か!」
「俺の名前はルークスだ」
「ルークはルークだ!」
「違う。ルークスだ」
「うるさい!」
レンは木剣を握りしめたまま、俺を睨む。
別に俺は、サラと遊ぶことを邪魔したいわけではない。
ただ、サラが困っているのに、腕を引っ張って連れて行こうとするのはよくない。
それに、俺には分かっている。
このレンという少年は、サラのことが好きなのだ。
本人は必死に隠しているつもりらしい。だが、たぶん町中が知っている。
好きだから遊びたい。でも恥ずかしいから素直に誘えない。
結果、強引に連れて行こうとする。分からなくもない。
だが、俺は中身だけなら成人男性だ。
幼い恋心の暴走を見て、何も言わずに放置するほど子供ではない。
このまま育つと、レンは典型的な面倒くさい男になる。
その展開を期待している人には悪いが、ここは俺が矯正させてもらう。
「あのな、レン」
「なんだ!」
「いいのか? サラが嫌って言ってるのに引っ張ったら、サラに嫌われるぞ」
「なっ! 別にいいし!」
その瞬間、サラの眉が少しだけ下がった。
「そ、そうなの、レン君?」
「ち、ちげえよ! いや、その……」
サラにそう聞かれたレンは、目に涙を浮かべた。
好きだと認めるのは恥ずかしい。けれど、嫌いだと思われるのはもっと嫌。
そんな顔だった。まったく、面倒くさいやつだ。
「なあ、サラは何して遊びたい?」
「わ、私は、お家で勇者様ごっこしたい」
「好きだもんな、サラ」
「うん。勇者様、大好き」
サラは勇者様の話が大好きだ。
勇者ゼイン。魔王を倒した英雄。ゴルゴン王国が誇る、物語の中心に立つ存在。
サラはその勇者様の絵本を読むときだけ、少しだけ声が明るくなる。
「ほら、レン。早く行くぞ」
「ふぇっ!?」
「勇者様役、俺がやってもいいのか?」
「だ、ダメだ!」
「じゃあ、乱暴にしたこと謝っておけ」
「うー……ごめん」
「うん、いいよ」
サラは小さく頷いた。
「でも、急に手を握られて、ちょっとびっくりしちゃった」
「う……」
レンは分かりやすく落ち込んだ。悪いやつではない。
ただ、真っすぐすぎて、自分の感情の扱い方が分かっていないだけなのだ。
「あとレン。俺の名前はルークスだ。毎回スが抜けてる」
「ルークはルークだ」
「違う。ルークスだって」
二人のやり取りを見て、サラはくすりと笑った。
まあ、いいか。
この町で同年代が三人しかいない以上、俺たちはたぶん、これからも何度も顔を合わせることになる。
レンは面倒くさい。サラは放っておけない。
そして俺は、なぜかその二人の間に立つことになる。
これが、俺たち三人の日常の始まりだった。
◇
それから二年が経った。
俺たちは五歳になった。
小さかったレンも、いつの間にか身体が大きくなっていた。
木剣を持つ手も、前よりずっとごつごつしている。
そして、相変わらず俺のことをルークと呼ぶ。
「おい、ルーク!」
「ルークスだ」
「この前は流されたが、どっちが強いか勝負だ!」
「いいって。お前の方が強いよ」
「違う!」
レンは木剣を俺に向ける。
「お前に勝てば、俺はこの町最強の男だ!」
「五歳児の中でな」
「うるさい!」
レンは顔を赤くしながら、ちらりとサラの方を見た。
「そ、そうすれば、きっと……」
「はぁ。情けない男だ」
「なんだと!」
レンが俺に勝ちたがる理由は分かっている。
サラにかっこいいところを見せたいのだ。
自分で素直に告白する勇気はない。だから、俺に勝つことで自信をつけたい。
実に子供らしい。そして面倒くさい。
「こい、ルーク!」
「だからルークスだ。いい加減覚えろ」
俺は木剣を前に構えた。父さんと一緒に身体を鍛え始めてから、二年が経った。
まだ父さんのようには動けない。だが、最低限の素振りと足運びくらいはできるようになっている。
そして、レンとはこれまで何度も戦ってきた。
初めて勝ってしまったのが運の尽きだった。
いや、俺も若かった。中身は大人だが、負けたくなかったのだ。
そのせいで、レンから完全にライバル認定された。
それから来る日も来る日も、レンは俺に勝負を挑んでくるようになった。
現在、15勝0敗。
うーむ。大人げない。だが分かってほしい。
サラに告白する勇気がないから俺に勝とうとしているような、不純な心構えのやつに負けるわけにはいかない。
これは使命感である。
悪いな、レン。俺はリア充が嫌いなんだ。
「ぶっ飛ばす!」
レンが地面を蹴った。その瞬間、足に魔力が流れたのが分かる。
踏みしめた足が地面を強く押し、レンの身体が五歳児とは思えない速度でこちらへ迫ってくる。
レンも、少し前から魔力を扱えるようになった。
戦法は単純。先手必勝。魔力を足に流して一気に距離を詰め、勢いのまま木剣を振り下ろす。
分かりやすい。
あまりにも分かりやすい。
だが、レンの馬鹿力でやられるとたまったものではない。
当たれば普通に痛い。
たぶん泣く。いや、絶対泣く。だから、当たらない。
俺は目に魔力を流す。
世界が少しだけゆっくりになる。
レンの肩。肘。手首。踏み込む足。
一つ一つがくっきり見える
剣が振られる軌道を読む。
レンの木剣が迫る。
俺は後方へ小さく地面を蹴った。
剣先が鼻をかすめた。あと一歩遅ければ、俺の負けだった。
だが、その一歩が届かない。
レンの剣が空を切る。
この距離なら、レンの次の動作より俺の方が早い。
俺は木剣を軽く振り下ろした。
ごん。
レンの頭に直撃する。
「あだっ!」
「勝負あり」
「くそーーー!」
レンは頭を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。
「また負けた!」
「レンは分かりやすいんだよ」
「なぜだー!」
レンはこの戦法以外をあまり得意としていない。
まあ、本来ならそれだけでも十分強い。
五歳児同士なら、速度と力だけで大抵は押し切れる。
だが、俺は魔力による身体強化に関しては二年のアドバンテージがある。
それに、レンの動きは真っすぐすぎる。
今ならまだ勝てる。今なら、だ。
レンは単純だが、弱いわけではない。むしろ、成長が早い。
もしこいつがちゃんと剣を覚えて、突っ込む以外の選択肢を持ったら、その時はかなり面倒な相手になる。
だからこそ、今のうちに勝っておく。
俺に頼らず、自分で告白するのだな。
「修行だー!」
レンは立ち上がると、そのまま家の方へ走っていった。
本当に真っすぐで元気なやつだ。
「終わったの?」
木陰で見ていたサラが、俺の方へ歩いてくる。
「ああ。今日も勝ちだ」
「ふふ。強いね、ルークスは」
「あいつが単純すぎるだけだよ」
「でも、レン君もすごかったよ」
サラはレンが走っていった方向を見つめる。
「二人とも、勇者様みたいだった」
「勇者様、ね」
サラは何気なく言っただけなのだろう。
だが、その言葉は少しだけ胸に残った。
レンは分かりやすい。真っすぐで、感情のままに走って、剣を振る。
物語の中に出てくる勇者というのは、きっとああいう奴なのだろう。
俺は違う。相手の動きを見て、隙を探して、ぎりぎりで避けて、頭を叩く。
勇者というより、嫌な大人の戦い方だ。
「ルークス?」
「いや、なんでもない」
俺は木剣を肩に担ぐ。
「今日もお手伝いするの?」
「もちろん。本を読みたいからね」
◇
今の俺は、サラの父親であり、この村の村長でもあるグリムさんの手伝いをしている。
きっかけは、少し前のことだった。
いつものようにサラの家へ遊びに行った俺は、村長宅の本棚に並べられた一冊の本を見つけた。
革張りの表紙には、剣を掲げる大男の姿が描かれている。
「うん?」
「ルークス君。みんなと遊ばないのかい?」
声をかけてきたのは、村長のグリムさんだった。
穏やかな顔をした人で、村人と話す時はいつも笑っている。
けれど、村長として仕事をしている時だけは、少し疲れたような顔をしていた。
「遊ぶけど、この『アレス伝記』が気になって」
「そうか。君は守護神様派だったね」
「本が欲しいんです」
俺は本棚から視線を外さないまま、素直に言った。本が欲しい。
守護神アレスのことを知りたい。勇者ゼインのことを知りたい。
そして、この世界に存在する魔術について知りたい。
前世の知識だけで無双できるような世界ではないのなら、まずはこの世界の知識を集めるしかない。
何をするにしても、知らなければ始まらない。
「昔に比べれば、本も安くなったんだけどね」
グリムさんは本棚から一冊を取り出し、表紙についた埃を指で払った。
「それでも、普通の村人が気軽に買えるような値段ではない。紙も、文字を書き写す人も必要だからね」
「そうですよね……」
この世界には印刷技術らしきものが存在するらしいが、それほど広く普及しているわけではない。
本はまだ貴重品だ。
ましてや、五歳の子供が自由に使える金などあるはずもなかった。
「なら、僕のお手伝いをしてくれたら、お駄賃をあげよう」
「ほんと!」
思わずグリムさんを見上げる。
「ああ。まずは明日、家の庭の草むしりを手伝ってほしい」
「もちろん!」
最初に任されたのは、本当にただの草むしりだった。
庭に生えた雑草を抜き、集めた草を籠へ入れる。小さな手では一度に多くの草を運ぶこともできず、大人がやればすぐに終わる仕事に随分と時間がかかった。
それでも俺は、一度も途中で投げ出さなかった。
本を買う。その目的のためなら、草むしりくらい何度でもやってやる。
それから俺は、グリムさんに頼まれるたび、少しずつ村長の仕事を手伝うようになった。
最初は庭仕事や掃除だけだった。
だが、俺が年齢の割に数字を扱えることに気づいたグリムさんは、簡単な事務仕事も任せてくれるようになった。
もちろん、五歳児にできることなど限られている。
箱に入った品物の数を確認する。
村へ運び込まれた荷物と、帳面に書かれた数が合っているかを調べる。
書類を内容ごとに分け、机の上に並べる程度だ。
前世では当たり前にできたことでも、今の俺の手は小さい。文字を書くのにも時間がかかるし、重い荷物を運ぶこともできない。それでも、この村はいつも人手が足りていなかった。
大人たちは畑や狩り、家畜の世話に追われている。村長であるグリムさんも、村人同士の揉め事から領主へ提出する書類まで、何でも一人で処理しなければならない。
子供の手であっても、ないよりはずっと助かるらしい。
そうして俺は、手伝いのたびにもらった銅貨を、小さな袋の中へ一枚ずつ貯めていった。
目的は本だ。時折、村を訪れる旅商人から、魔術について書かれた本を買うために。
それが、今の俺の日常だった。
それからしばらくして、俺はついに一冊の本を買うことができた。
何度も貯めた金を数え、旅商人の前で震える手を伸ばして手に入れた、魔術に関する入門書だった。
表紙は擦れ、端は少し破れている。新品ではない。それでも、俺にとっては宝物だった。
家に帰ると、俺はすぐに本を開いた。魔術とは何なのか。どうすれば使えるのか。
どんな訓練をすれば強くなれるのか。
胸を高鳴らせながらページをめくり――最初に目へ飛び込んできた一文を読んだ。
『魔術を扱うためには、身体に魔力炉ないし、魔術回路を有している必要がある』
魔力炉とは体内で魔力を生み出し、蓄えるための器官らしい。
「まじかよ」
偶然だが俺は同じ名前を付けていたようだ。
そして魔術回路とは、魔力を魔術へと変換するための道筋だ。
魔力炉だけを持つ人間は珍しくない。
だが、魔術回路を生まれながらに持つ者は少なく、そのほとんどが貴族の血筋に集中していると書かれていた。
「貴族しか……使えない?」
俺はしばらく、その一文から目を離すことができなかった。
転生者として生まれたのだから、いつか魔術を使えるようになる。
心のどこかで、そう信じていた。特別な才能があるかもしれない。
前世の知識を生かし、誰も知らない魔術を作り出せるかもしれない。
そんな期待は、たった数行の文章によって簡単に打ち砕かれた。
俺は貴族ではない。父さんも母さんも、普通の村人だ。
ならば、俺に魔術回路がある可能性は低い。
かなりの衝撃だった。けれど、本を閉じることはできなかった。
「いや……まだ分からない」
俺は転生者だ。
普通ではないことが、すでに一つ起きている。
それなら、もう一つくらい普通ではないことが起きてもいいはずだ。
わずかな可能性にすがるように、俺は再びページをめくった。
この世界の魔術は、思っていた以上に体系化されていた。
魔術は、魔力を決められた形へ変換することで発動する。
その設計図となるものが、魔術式と呼ばれている。
魔術回路を持つ者であれば、魔術式を正しく理解し、必要な魔力を流すことで魔術を発動できる。
ただし、誰もが同じ魔術を同じように使えるわけではない。
魔術回路には属性があり、その属性によって得意な魔術と不得意な魔術が決まる。
火属性の回路を持つ者は火の魔術を扱いやすく、水属性の回路を持つ者は水の魔術を扱いやすい。
相性の悪い属性でも魔術を使うこと自体は可能らしいが、威力が落ちたり、必要な魔力が増えたりするという。
そして魔術式には、難易度と規模によって階位が定められていた。
一階位は、火を灯したり、少量の水を生み出したりする程度の生活魔術。
二階位、三階位と上がるにつれて、戦闘で用いられる魔術が増えていく。
五階位ともなれば、一人で戦況を変えられるほどの力を持ち、国家が保有する最高戦力に数えられるらしい。
それより上の魔術については、この本には詳しく書かれていなかった。
『一般に知られている魔術体系の範囲を超えるため、別の専門書を参照せよ』
そう記されているだけだった。
その一文を読んだ時、俺の胸は再び高鳴った。
まだ先がある。俺が知らない魔術が、この世界にはいくらでも存在する。
それを知りたいと思った。もっと本を読みたい。もっと、この世界について知りたい。
そのためには、まず金を貯める必要がある。
そして何より、自分に魔術回路が存在することを願うしかなかった。
だから俺は、今の自分にできることを続けた。
魔力炉を鍛える。身体を鍛える。レンと木剣で勝負する。
サラと勇者様ごっこをする。村長の仕事を手伝い、本を買うための金を貯める。
平和で、穏やかで、それでいて少しだけ騒がしい毎日。
こんな日々が、これからもずっと続いていくのだと思っていた。
少なくとも、あの日までは。
その日も、俺はいつものように朝から身体を動かしていた。
訓練を終えたら朝食を食べ、それからグリムさんの家へ向かうつもりだった。
けれど、いつまで待っても母さんが俺を呼びに来なかった。
「母さん?」
不思議に思い、家の中へ戻る。
返事はなかった。嫌な予感がした。
胸の奥が、理由もなくざわついた。
台所にも、寝室にも母さんの姿はない。
そして家の奥へ続く廊下で、俺は母さんを見つけた。
「母さん……?」
母さんは床に倒れていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この世界の魔術は基本的に貴族しか扱えず、平民はたまに現れる程度で質は完全に貴族に負けています。
なぜ、貴族に多いのでしょうか。魔術回路とはどこにあるのか?
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。




