第十二話 初めての冒険
テンプレは、皆さんご存じだろうか。
そうだ。そのテンプレだ。
異世界のテンプレと言えば、ギルドに行ったら先輩冒険者に絡まれる展開。
俺、何かやっちゃいました展開。
だが、その中でも擦られまくっているのに、なぜか何度見ても少しワクワクしてしまう展開がある。
移動の途中、貴族の娘が襲われている。それを助けた主人公は、領主に感謝され、なぜか重要人物と仲良くなる。
そういうやつだ。
まさか、この俺がそのイベントに遭遇するとは思わなかった。
まあ、助けたのは俺じゃなくて、幼馴染だったんだけどな。
「レン様は、私の勇者様です」
「そ、そうかなあ」
少女はレンの肩にぴったりとくっつき、遠慮なく腕に触れている。
さっきまで盗賊に襲われていたとは思えないほど、目を輝かせていた。
いや、正確に言えば違う。
笑ってはいる。けれど、その手はまだ少し震えていた。
恐怖が消えたわけではないのだろう。
だからこそ、自分を助けてくれた相手に縋っている。
そう考えれば、まあ分からなくもない。
分からなくもないが。
……なぜレンなんだ。
「かかかか! レン、お前なんて運だ!」
ジャンは膝を叩きながら、心底楽しそうに笑っていた。
まったく、こいつは弟子のことを何だと思っているのか。
「レン君も、なんだね」
サラがぼそりと呟いた。
その声は笑っているのに、なぜか空気が少し冷たい。
いや、待て、俺を見るなよ。俺は関係ないだろ。
「ち、違うぞサラ。これはレンが勝手に」
「ルークス君、私は何も言ってないよ」
「何も言ってない顔じゃないんだよなあ」
なぜこうなったのか。
それは、少し前に遡る。
◇
冬が明け、春が訪れた。
俺たちは、ついに十歳になった。
少し前まではぶかぶかだったアーチさんの服も、今では少し窮屈に感じる。
背が伸びたのだ。身体も前より動くようになった。
一人で森へ行けるようにもなった。
まあ、奥には行けないままだけどな。
武器も、今では木剣ではない。鉄のショートソードを腰に下げている。
うーん、異世界の少年感がすごい。
だが、それ以上に重要なことがあった。
「今日が何の日か、分かりますか?」
「洗礼の日だろ!」
「そうです、レン君。今日は町の外へ出て、洗礼を受けに行きます」
「おお! ついにほかの町に行くんだな!」
優しく説明してくれているのは、村長のグリムさんだ。
そして、元気よく答えている少年こそ、俺の幼馴染であるレン。
相変わらず声が大きい。それを聞いたサラは、目をきらきらと輝かせた。
「楽しみだね」
この世界では、子供は十歳になると教会で洗礼を受ける。
洗礼を受けることで、魔術回路があるのかどうか。
どんな魔術に適性があるのか。そういうものが正式に分かるらしい。
サラはすでに聖魔術のような力を扱える。
レンは不明。そして俺も、不明。
いや、正直に言えば分かっているつもりだった。
俺には魔術回路がない。魔想を扱う感覚はある。
魔力炉を鍛えてきた実感もある。けれど、魔術回路らしいものは感じたことがない。
だから俺は、魔術師にはなれない。
そのはずだった。そのはずなのに、心のどこかで、まだ期待している自分がいた。
もしかしたら、正式に調べれば、何かあるかもしれない。
そんな都合のいいことを、まだ考えてしまっている。
人間とは本当に愚かである。特に俺が。
「グリムさん、どうやって行くの?」
「馬車で向かいます」
「魔導列車とか魔導車とかは?」
俺がそう聞くと、グリムさんは苦笑いを浮かべた。
「うちの町は、昔の勇者様がこの土地を安息の地としました。そのため、この町にどの国も何も干渉できないのですよね」
「な、なるほど」
「ですが、そもそもこんな辺境の町まで列車を引けば赤字ですけどね」
この町は安息の地でもあったのか、初耳だ。
それにしてもどこの世界も田舎は悲しい。いや、俺はこの町が好きだけど。
好きだけど、魔導列車くらい見たかった。
「これから向かうのは、この町から一番近い大きな領地です」
グリムさんはそう言って、地図を広げた。
「キャンウィング領という場所です」
「キャンウィング?」
俺たち三人は、そろって首を傾げた。
グリムさんは嬉しそうに笑う。
「この場所は大きな町でね。ここにはない最先端のものがたくさんあります」
「す、すげえ! 列車とかか!」
「そうです。魔導列車もありますし、魔導車もあります」
魔導列車、魔導車。
ようやく、この世界に来てから初めて、アレス・ジョーンズの発明を直に見られるのかもしれない。
俺は今まで、田舎でゆっくり生活してきた。
もちろん、それはそれで悪くなかった。
父さんも母さんも優しい。ルーシーは可愛い。
レンとサラもいる。ジャンは、まあ、いる。
だが、俺はこの世界で主人公になると決めた。
アレスを超えると決めた。
そのためには、世界を知らなければならない。
この目で見て、この頭で考えなければならない。
「と、説明はこのくらいでいいでしょう」
グリムさんは地図を閉じると、少し申し訳なさそうな顔をした。
「本来なら私や、君たちの父親が同行したいところなのですが、今回は行けません」
「え、父ちゃんいねえのか?」
「お父さんたち、来ないの?」
レンとサラの純粋な視線がグリムさんに突き刺さる。
グリムさんは、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「そ、その代わり、君たちになじみ深い人を連れてきましたから」
「へへへ。皆さん、よろしくお願いします」
そこに立っていたのは、大柄ながらも優しそうな青年だった。
ガードナーさんだ。
「あ、ガードナーさんか」
「ガードナーさん、よろしくお願いします」
「お願いします」
「みんな、ガレンさんやダラスさんほどではないけど、今度はしっかり守るからね」
「もちろんだぜ、ガードナーさん!」
ガードナーさんは、以前俺たちが森に入った時に騙してしまった門番の人だ。
あれから父さんたち警備隊にもまれたらしく、今ではかなり実力を上げているらしい。
この人は妙な安心感がある。たぶん、人の良さが顔に出ているからだろう。
「あー、それから」
グリムさんが、少し言いづらそうに続けた。
「どうしても行きたいとお願いされたので、この人も同行します」
「よう、ガキども。お前らの大好きな師匠もついて行ってやるよ。かかかか!」
そこにいたのは、この数年間、俺とレンを修行という名目で何度も地面に転がしてきた師匠。
ジャンだった。
本来いないはずの、忌々しい男である。
「な、なんで師匠がここに!」
「せっかくサボれると思ったのに!」
レンはジャンを見た瞬間、しりもちをついた。
「なんだよレン。寂しかったならそう言えよ」
ジャンは笑顔でレンの肩を掴む。
そして、じわじわと力を込め始めた。
「痛い痛い痛い! ち、ちげーよ師匠!」
「まあ、ジャンさんがいれば遠征は安全が決まったようなものですし」
「それとこれとは違うんだよ、グリムさん!」
レンの叫び声が町に響いた。
うん。今日も平和だ。
いや、これから洗礼に行くんだけどな。
◇
「気をつけろよ、ルークス」
「いくらジャンさんがいるとはいえ、危ないことはしちゃだめよ」
父さんと母さんが、俺を心配そうに見つめていた。
この世界で生まれて十年。二人は俺を育ててくれた。
前世では何者にもなれなかった俺を、当たり前みたいに家族として受け入れてくれた。
俺の目的は、この世界で主人公になる。つまり、アレスを超えることだ。
けれど、それ以上に、この人たちに親孝行もしたい。
「安心してよ、父さん、母さん。ちゃんと帰ってくるからさ」
「お兄ちゃん、どこに行くの? いやだ」
愛しの妹、ルーシーが俺にしがみついた。
その小さな手は、絶対に離さないと言わんばかりに服を掴んでいる。
くっ、破壊力が高すぎる。
魔王より強いかもしれない。
俺はルーシーの頭を優しく撫でた。
「ルーシー、俺はすぐ帰ってくる」
「本当?」
「ああ。本当だよ」
「お兄ちゃん、気をつけてね」
「ルーシーこそ、父さんと母さんの言うことを聞くんだよ」
「うん」
そうして、それぞれの家族とのしばしの別れが済んだ。
馬車は思ったより揺れないまま、ゆっくりと進み始める。
父さんと母さんが手を振っている。
ルーシーも小さな手をぶんぶん振っていた。
その姿が見えなくなるころ、馬車の中は少しだけ静かになった。
みんな、寂しいのだ。
「かかかか。俺がいるじゃねえかよ」
ジャンが俺たちを覆うように両腕を広げた。
「なんか違うんだよなあ」
「失礼なガキめ」
ジャンに頭を小突かれた。
痛い。だが、いつもの痛みだった。
◇
遠征は順調だった。
キャンウィング領までは、数日もかからないらしい。
町までの道路が舗装されていることと、馬車自体の性能がいいこともあって、かなり快適だった。
ガードナーさんに話を聞くと、これもアレスの発明による影響が大きいらしい。
「これはね、アレス様が広めた構造を使った馬車なんだ」
「だから揺れないの?」
「そうそう。振動が抑えられているから、酔いにくいし、長旅でも体が楽なんだよ」
「昔は違ったの?」
「似たようなものはあったけど、昔は値段が高かったんだ。今ではかなり普及したんだよ」
ますます、世界がどうなっているのか知りたくなった。
町にある本で知れたのは、簡単な情報だけだ。
文章では分かる。でも、実際に見ないと分からないこともある。
俺が知っているのは、アレスとゼインという勇者が魔王を倒したこと。
そして、思っていた以上にこの世界が進んでいること。
だが、それだけだ。
師匠や両親に聞いても、あまり重要な情報は得られなかった。
もしくは、まだ俺たちには早いと思われているのかもしれない。
窓の外を流れる景色に、俺はしばらく目を奪われていた。
森は、町の近くで見るものよりずっと深い。
草原は、風が吹くたびにざわざわと音を立てる。
遠くの山は、まるでこの先へ進む俺たちを試すみたいに、どっしりと構えていた。
これが、外の世界か。
たったそれだけのことなのに、胸が少しだけ高鳴った。
俺がいた町の外には、当たり前だが世界が広がっていた。
それを知っているつもりだったのに、実際に見ると胸が高鳴る。
「あー、早く町を見たいぜ!」
「いつもよりテンション高いな、レン」
「そりゃそうだろ。魔導列車は男のロマンだろ!」
「まあ、それは否定しないけど」
冷静なふりをしていたが、俺もさっきからワクワクが止まらない。
それがバレるのは恥ずかしいから、クールぶっているだけだ。
「かかかか。何クールぶってんだよ、ルーク。うずうずしてるくせに」
「う、うるせえ!」
なぜこの男は毎回俺の心を読んでくるのか。
レンにバレたら絶対うるさいだろ。
「なんだよ、ルーク。お前も楽しみなんじゃねえか」
ほらな、こいつが調子に乗ると、すぐだる絡みしてくるんだよ。
レンは俺の頬を指でつんつんしてきた。
「やめろ」
「いいじゃねえかよ」
「やめろと言っている」
「照れるなって」
「照れてない」
そんな馬鹿みたいなやり取りをしていた時だった。
レンが急に首を傾げた。
「……ん?」
「どうした?」
「なあ、ルーク。なんか聞こえないか?」
「は? 何も聞こえないぞ」
「いや、いる。何かいる」
レンは真剣な顔になった。
さっきまでの馬鹿みたいな空気が、一瞬で変わる。
俺も意識を集中した。魔粒子の流れを読んで、気配を探る。
けれど、何も感じない。そもそも、俺の感知技術はまだそこまで高くない。
特に遠くの気配を探るのは苦手だ。
「レン、何が聞こえるんだ」
「分かんねえ。でも、誰かが呼んでる」
「呼んでる?」
「助けてって」
その瞬間、レンが立ち上がった。
「ルーク! みんな! やっぱり俺、行ってくる!」
「おい、待て!」
レンは馬車の扉を開けた。馬車はまだ動いている。
それなのに、レンは迷わず飛び出した。
「馬鹿!」
地面に転がりながら衝撃を殺したレンは、そのまま森へ向かって走り出す。
開けっぱなしになった扉の前で、俺は呆然と立ち尽くした。
「お、おい! レン! どこ行くんだよ!」
「ルーク」
背後から、ジャンの声がした。
嫌な予感がした。
「お前も行ってこい」
「は?」
次の瞬間、ジャンの足が俺の背中を押した。
いや、押したというか蹴った。
俺は馬車から転げ落ちた。
「あば、あばばばば!」
情けない声を上げながら、何とか受け身を取る。
地面を転がり、土の匂いが鼻に入った。
痛い、普通に痛い。あの野郎、突然何しやがる。
立ち上がると、馬車は少し先で止まりかけていた。
だが、ジャンのことだ。
戻ったところで、どうせまた蹴り出される。
俺は、馬鹿真っ直ぐ野郎と暴力師匠に深いため息を漏らした。
ため息は、春の森に溶けていく。
「くそ野郎ども。絶対しばく」
俺はレンを追って、森へ向かって走り出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
さてさて、新章突入。なぜ、こうなったのか?ルークスは無事レンに追いつけるのか?
7月20日の月曜日からは一日一回の朝八時投稿です!
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。




