第十一話 肌寒い恋空模様
冬の空気が、少しずつ町に混じり始めていた。
吐く息は白い。
陽木の葉は赤から茶色へ変わり、風が吹くたび、町の道にかさかさと音を立てて転がっていく。
皆さん肌寒い冬と言えば何か分かるかな
鍋だったり、クリスマスだったり、俺は冬が大好きだ。
だが、この世界には鍋はあるかもしれないが、クリスマスという文化はない。
そこで、可愛い妹のために俺がこの世界初サンタになろうと思ってな。
問題は、妹が欲しいと言ったものだった。
「聖女様の冠がほしい!」
うーーーん無理だな。
それは絵本に出てくる伝説級の装飾品で、この国の女の子なら一度は憧れるらしい。
そこでだ、俺は専門家をお呼びした。
「サラ様、こういう事情なんでどうか俺に花の冠を教えてください」
「最初に呼ばれた時は何かと思ったけど、なるほどね」
サラは小さく笑った。
「うん、分かったよ。でも、サンタ?はどこで知ったの?」」
この子は、昔から妙なところで勘がいい。だが、こちらとて無策ではない。
「旅商人から買った本に書いてたんだ。魔導帝国のおとぎ話にあるそうだ」
「そうなんだ。前に本をたくさん買ってたもんね」
「あの中にはアレス様の発明品まで書いてあって最高だった」
「それはよかったね」
村長の手伝いで貯めたお金を持って、俺はこの前、旅商人から本を買った。
お金の価値は現世と同じだったのは助かった。
本自体は昔より安くなったらしい。けれど、田舎まで運ばれてくると、どうしても値段が上がる。
田舎はきついぜ、まったく。
「でも、ルークスなら冠ぐらい作れそうなのに」
「いや、形は何となく分かるけど、どの花がいいか分からなくて」
「ふふ」
「何で笑うんだよ」
「ルークス君って、何でも分かると思ってたから」」
「俺だって人間だぞ」
「そうだね」
なぜかサラには、それが面白かったらしい。
サラとは、なんだかんだ長い付き合いになった。
昔はおどおどしていて、レンに手を引かれるだけでも困った顔をしていた。
だが、赤眼熊の一件以来、サラは変わった。
大人しいところはそのままだ。
けれど、自分が嫌なことは嫌だと言うようになった。
自分がしたいことには、ちゃんと手を伸ばすようになった。
そのせいで、たまに少し怖い。見た目も、昔とはずいぶん変わった。
母親に似た綺麗な青髪は、まっすぐ背中まで伸びている。
同い年のはずなのに、俺より少し大人びて見える瞬間がある。
レンがあれだけ分かりやすく惚れるのも、まあ、分からなくはない。
ちなみに、レンとの恋模様は今のところ曇り空である。
俺たちは門を出て、草原に咲く花を二人で選んでいった。
「この白いお花は、朧草っていうの」
サラが指さした花は、細かく枝分かれした先に、小さな白い花をいくつも咲かせていた。
どこかで見たことがある。たぶん、前世でいうカスミソウに近い。
この世界にも、似たような花はあるらしい。
「冠に入れると、他のお花を綺麗に見せてくれるんだよ」
「へえ。主役じゃなくて、支える花か」
「うん。でも、私はこういう花も好き」
サラはそう言って、朧草をそっと摘んだ。
その横顔が、妙に印象に残った。
サラは他にも、いくつもの花を教えてくれた。
赤い花、薄紫の花、黄色い小さな花など。
そのどれもが綺麗だった。
サラが花を選んでいると、どこからか小さな蝶が寄ってくる。
太陽という自然のライトが照らす彼女はまるで伝承の聖女のように見えた
「綺麗だな」
「え?」
サラが顔を上げる。
その瞬間、俺は自分が何を見て言ったのか、少し遅れて理解した。
「あ、違う。その花だよ、花」
「そ、そうだよね」
サラの手にある赤い花。
俺たちはなぜか、その花に合わせるように、少しだけ頬を赤くした。
何を言っているんだ、俺は。
そもそもサラは、レンのことが好きなのだろうに。
「ねえ、ルークス君」
「な、なんだ」
「覚えてる? 熊と戦った時、私を助けてくれたこと」
「ああ。あれは身体が勝手に動いて」
「かっこよかったよ」
「そ、そうか。無事でよかった」
「ありがとうね」
サラは笑っていた。
けれど、その目だけは、いつもの穏やかなものとは少し違っていた。
冗談を言っている顔ではなかった。
「俺とレンは、お前の勇者様だからな」
「ふふ。そうだね」
サラは、摘んだ花を胸の前で抱える。
「でも、ルークス君って、そういうところあるよね」
「そういうところ?」
「助けてくれるのに、自分が助けたことはすぐ忘れるところ」
「別に忘れてるわけじゃ」
「それに、誰かの気持ちにも気づかないふりをする」
「え?」
サラが一歩近づいた。
思ったより近い。青い髪が風に揺れて、俺の頬をかすめる。
「ルークス君」
「は、はい」
「あんまり、女の子を勘違いさせてたら、痛い目にあうよ」
「ど、どういう意味だよ」
「自分で考えて」
サラはそう言って、すっと離れた。
俺の胸の奥に、妙なざわつきだけが残る。
サラが俺を見る目に、何かが混じっている気はした。
でも、それを認めてしまえば、レンの隣に立つ資格を失う気がした。
だから俺は、気づかないふりをした。
「さ、帰ろう。ルークス君」
「お、おう」
俺はその時、動揺のあまり気づいていなかった。
少し離れた木陰から、二つの影がこちらを覗いていたことに。
◇
「お、おい、師匠」
「なんだ、レン」
「あいつ、サラちゃんと何してたんだ」
「かかかか。やべぇぞ、レン。あれは完全に二人で花畑デートだな」
「で、デート……」
木陰の奥で、レンが木剣を握りしめていた。
その隣では、ジャンが心底楽しそうに笑っている。
「お前、このままでいいのか?」
「サラを取られるぞ」
「それは嫌だ!」
「なら、どうする」
「俺は……」
レンは唇を噛む。
「俺は、あいつに勝つ」
「あいつに勝てないままじゃ、サラに胸を張れない」
レンの声は、いつになく真剣だった。
「俺は、サラを守れる男になりたい。ルークに頼らなくても、ちゃんと自分の言葉で言える男になりたい」
「かか」
ジャンは少しだけ目を細めた。
「いい顔するじゃねぇか」
「師匠」
「理由なんざ何でもいい。嫉妬でも、見栄でも、惚れた女でもな」
ジャンはレンの頭を乱暴に叩いた。
「命張る時に足を前に出せる感情なら、それは立派な力だ」
「力……」
「行けよ、レン。今のお前なら、あいつに届くかもしれねぇぞ」
「うおおおおお!」
「馬鹿野郎、叫ぶなよ。気づかれるだろ」
「あ、ごめん師匠」
へへ、ちょうどいいイベントがあって助かったぜ
ルークスもレンも少し成長に停滞があった。
女を奪い合う時が男は一番強いのよ
俺様は天才だな。かかかかか。
◇
花の冠を翌朝に妹の枕の上に置いていると、ルーシーは目を輝かせた。
「お兄ちゃん、なんでこれがあるの!」
「これはサンタさんだ」
「やったーー!ありがとうサンタさん」
危なかった。
修行前の俺なら気絶していた。
妹とは、恐ろしい存在である。
それから俺は、サラに礼を言うため、村長の家へ向かうつもりだった。
だが、その前に。
「おい、ルーク」
道端にレンが木剣を肩に担いで俺の前に立ちはだかる。
「勝負だ!」
「またかよ」
「今日の俺は、本気だ」
レンの目が、いつもと違った。
怒っている。けれど、それだけではない。
焦りと、悔しさと、何かを決めたような覚悟が混じっていた。
「サラと何してたんだ」
「花の冠を作るために教えてもらってただけだ」
「そもそも、なんで知ってるんだよ」
「師匠が面白いことしてるぞって」
「あの馬鹿の仕業かよ」
レンは木剣を握り直した。
「今はどっちでもいい」
「話しを聞けよ」
「俺は、お前に勝つ」
「だから何でそうなる」
「お前に勝てないままじゃ、俺はサラに告白できない」
「さっさと告白しろよ」
「できるならしてる!」
レンは叫んだ。
その声は、思ったより痛かった。俺は何も言えなくなる。
レンは馬鹿だ。真っすぐで、単純で、何でも勢いで突っ込む。
でも、こいつなりに悩んでいた。
好きな子に好きだと言えない自分を、ずっと情けなく思っていたのかもしれない。
「ルーク」
「なんだ」
「俺はお前のことを友達だと思ってる」
「でも、今日はライバルとして勝つ」
「この真っすぐ馬鹿が、人の話しを聞け!」
「師匠が言っていた、こういうときは殴り合いだと」
「あの馬鹿のいうこと何でも聞くなよ!」
レンの魔想が高ぶる。
次の瞬間、レンの身体を薄い光が覆った。
オーラだ。あいつ本気で俺に勝つつもりかよ。
悪いが、まだ負けるつもりはない。
俺も同じように魔想を身体へまとわせる。
だが、分かっていた。俺とレンでは、明らかに違う。
俺のオーラはまだ不安定だ。
気を抜けば剥がれる。動けば乱れる。
攻撃に合わせると、すぐに薄くなる。
対して、レンのオーラは身体に馴染んでいた。
まるで最初からそういう鎧を着て生まれてきたかのように。
「行くぜ!」
レンが踏み込んだ。
速い。いつものように単純な突撃。
そう思った。俺は半歩横にずれ、木剣を合わせる。
今までなら、それで崩せた。レンは真っ直ぐすぎる。
勢いはあるが、読みやすい。だから俺は、いつもその隙を突いて勝ってきた。
だが。
「おらあっ!」
「ぐっ!」
重い。
木剣がぶつかった瞬間、腕が痺れた。
受け流すつもりだった一撃に、押し負ける。
俺は足に魔想を流し、何とか踏ん張った。
レンは笑っていた。
「どうした、ルーク!」
「調子に乗るな!」
俺は体勢を低くし、レンの足元を狙う。
だが、レンは跳んだ。
読まれた。いや、違う。こいつは読んだわけじゃない。
反応したのだ。 俺の動きに。俺の癖に。
俺が何度も勝つために使ってきた手に。
「くそっ」
今日のレンは格別に強い。
なのに、俺は、俺は、成長しているはずなのに。
前へ進んでいる感覚が薄かった。魔想の操作は上手くなった。
身体強化も前よりできる。魔想玉も、魔想弾も、魔想撃も使える。
でも。レンは、それ以上の速さで強くなっている。
勇者に憧れて、真っ直ぐに剣を振っているだけのはずなのに。
その真っ直ぐさが、今は眩しかった。
熊と戦った日から、俺には時々レンの背中が光って見えることがあった。
あれは気のせいだと思っていた。
だけど、今は違う。レンを覆う輝きが、はっきり見える。
まぶしいほどに綺麗だった。まるで、本当に勇者みたいに。
「ルーク!」
レンの木剣が俺の腹に突き刺さった。
「がはっ!」
息が抜ける。身体が後ろへ吹き飛ばされた。 地面を転がる。
土が口の中に入る。転がったせいで膝が擦れる
腕や腹に痛みが走る。視界が揺れた。
負ける。そう思った。初めて、はっきりと。
このままだと、俺はレンに負ける。
それだけならいい。いや、よくないけど、まだいい。
でも、負けたら。俺は、レンと対等ではなくなる気がした。
勇者に憧れて、前へ進むレン。
その横に立ちたいと思っていた俺。
でも、本当は俺だけが置いていかれるんじゃないか。
俺には特別な才能はない
現代知識だって、前任者に潰されている。
それでも努力すれば何とかなると思っていた。
でも。努力しているのは、俺だけじゃない。
「ぐ……かはっ」
空には雲がかかり、雨が降り注ぐ
足が滑りそうになる。
俺は木剣を杖にして、何とか立ち上がった。
「まだだ」
「ルーク、もう終わりだ」
「まだ、負けてない」
「サラに胸を張れる男になる!」
レンが木剣を天へ向けた。
太陽を背にするその姿は、ひどく似合っていた。
「これで決める!」
レンは本気だった。遊びではない。ごっこでもない。
それでも、技名はいつものレンらしかった。
「聖...滅...斬!」
いかにも勇者様に憧れた、レンらしい名前。
けれど、振り下ろされる一撃は、もう子供の遊びではなかった。
真正面から受ければ、俺は負ける。避ける余裕はない。
俺は全身を覆っていた魔想を、手元の木剣へ流し込んだ。
覆うのは苦手だ。でも、流すのは得意だ。木剣の内部へ魔想を流す。
壊さないように。爆ぜないように。
ただ、剣先へ向かう一本の流れを作る。
以前の魔想撃は、ただ内部に魔想を溜めて壊すだけだった。
あれでは武器が破損する。
でも、今回は違う。
解放する方向を決める。
剣先へ、一点へ。
レンの木剣が、俺の頭上から降ってくる。
俺は木剣の先を真上へ向けた。
刹那。
レンの一撃と、俺の剣先がぶつかった。
「魔想砲!」
木剣の内部に圧縮していた魔想を、剣先から一気に解放する。
衝撃が弾けた。俺の木剣が内側から裂ける。
だが、その代わりに、レンの木剣も砕け散った。
「うおっ!」
「ぐっ!」
互いに吹き飛ばされる。地面に転がった。頭がくらくらする。もう立ちたくない。
痛い。苦しい。眠い。
でも、まだ終われない。
「うおおおお!」
俺は拳に魔想を集めた。
レンも立ち上がる。
武器はない。だから最後は、拳だった。
「こい、ルーク!」
「行くぞ、レン!」
レンの拳が俺の頬に突き刺さる。
視界が白く弾けた。意識が飛びかける。
その瞬間、俺は無意識に魔想を拳へまとわせていた。
剥がれない。広がらない。拳にぴったりと張りつく。
これが、''オーラ''。
俺の拳が、レンの顎を打ち抜いた。
普段の身体強化に、拳を覆うオーラの硬さが重なる。
「やっぱ、強いな。ルークは」
レンが小さく笑った気がした。
レンのオーラを砕き、その身体をわずかに宙へ浮かせる。
そのまま、レンは地面に倒れた。
俺も、すぐに限界が来た。
倒れる直前、空を見た。
赤く染まり始めた陽木の葉が、風に揺れていた。
きれいだな。そんなことを思って、俺の意識は落ちた。
目が覚めた後は、地獄だった。
「ルークス」
「はい」
「あなた、何をしたか分かっているの?」
「はい……」
母さんに、ものすごく怒られた。
父さんにも怒られた。
レンもダラスさんに怒られた。
さらにサラにも怒られた。
「二人とも、やりすぎ」
「何で、争ったの」
「そ、それはその」
「あ、あれだよな」
「もう、ほんと男子ってバカ」
「はい……」
「はい……」
サラは普段大人しい。でも、怒るとかなり怖い。
母さんとは違う方向で怖い。俺とレンは、並んで正座した。
そしてその日、俺とレンの勝敗表に初めての数字が刻まれた。
引き分け、一。
「かかかか!」
後日、それを聞いたジャンは腹を抱えて笑った。
「おいおい、ルーク。ついにレンに負けたのか」
「違う。引き分けだ」
「負けかけただろうが」
「引き分けだ」
「そういうことにしておいてやるよ」
「そもそも師匠が、余計に炊きつけたんだろ」
「なんだ、互いに成長できただろ」
ジャンは悪びれもせず笑った。
「感情ってのは力になる。嫉妬でも、見栄でも、誰かに胸を張りたいって気持ちでもな」
「だからって煽るなよ」
「かかか。師匠の愛だ」
「最低の愛だな」
ジャンはにやにやしながら、俺の拳を見た。
「だが、上出来だ。この年でオーラを実戦中に掴むガキなんざ、そうはいねぇ」
「俺だってできてるぞ!」
「おう。レンは安定してる。ルークは不安定だが、土壇場で変なことをする」
「褒めてるのか?」
「半分な」
ジャンは俺たちを見下ろした。
「次はフロウだ。相手の行動を感じろ。感じた上で、制せ」
「今度こそ俺が勝つ」
レンが笑う。
「まだ譲らねぇよ」
俺も笑った。
「それでこそルークだ」
「ルークスだ」
「うるさい!」
それから、三年が経った。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来た。
俺たちは何度も剣を交えた。
何度も転び、何度も怒られ、何度も立ち上がった。
ジャンは相変わらず月に一度だけ現れ、口汚く指導しては、面倒くさそうに去っていった。
レンはさらに強くなった。
サラは俺たちが怪我をするたびに怒りながらも、手当てをしてくれた。
妹は少しずつ歩けるようになり、俺を見ると笑うようになった。
そして俺は、十歳になった。この世界では、十歳になると教会へ行く。
魔術回路があるかどうか。自分に魔術の才能があるかどうか。
それを調べるために。
俺はずっと、分かっているつもりだった。
自分には魔術の才能がない 魔術回路がない。
だから、魔想を鍛えてきた。
オーラを覚えた。フロウを学んだ。身体を鍛えた。
それでも、心のどこかで、期待している自分がいた。
もしかしたら。もしかしたら、俺にも。
そう思ってしまう自分が、確かにいた。
そして、洗礼の日が来た。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
11話までがエピローグとなっています。
本来エピローグと一章は合わせていたんですが思ったよりエピローグが長くなったので、分けさせてもらいました。
エピローグのテーマは異世界に対する適応です。
ここからエンジンがどんどんかかっていきますのでどうぞお楽しみに!
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。




