表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
米と塩で天下を獲る ~滅亡寸前の戦国領地を立て直したら、なぜか天下人と呼ばれていました~  作者: 釣鐘銅鑼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/50

第四十五話 落日の彼方へ

静寂が港原を支配していた。


つい先ほどまで響いていた怒号も、鉄と鉄がぶつかる轟音も消えている。


誰も動かない。


誰も声を出さない。


ただ一つの結末を見届けるために。


戦場にいる全ての者が息を呑んでいた。


◇◇◇


宗景の薙刀。


義康の刀。


二つの刃は交差したまま止まっていた。


時間が凍り付いたかのようだった。


風だけが吹いている。


血と土の匂いを運びながら。


◇◇◇


やがて。


カラン――


乾いた音が響いた。


義康の刀が地面へ落ちる。


その手から力が抜けたのだ。


◇◇◇


「……見事だ」


義康は笑った。


穏やかな顔だった。


敗者の顔ではない。


長い旅路を歩き終えた老人の顔だった。


◇◇◇


宗景は何も言わない。


ただ薙刀を握っていた。


その刃は義康の胸を深く斬り裂いている。


誰の目にも分かる致命傷だった。


◇◇◇


「負けたよ」


義康は空を見上げた。


青空だった。


どこまでも高く。


雲一つない。


まるで戦など存在しないかのような空だった。


◇◇◇


「昔から」


義康が苦笑する。


「お前には勝てなかったな」


宗景は鼻で笑った。


「嘘をつけ」


若い頃。


何度も負けた。


何度も苦しめられた。


互いに死線を潜り抜けた。


だからこそ分かる。


勝敗だけで語れる相手ではなかった。


◇◇◇


義康も知っている。


だから少しだけ嬉しそうだった。


宿敵に認められることが。


最後の最後で悪くなかった。


◇◇◇


「宗景」


「何だ」


「時代が変わるぞ」


その言葉に宗景は黙った。


◇◇◇


義康の視線は遠くを向いていた。


相良軍本陣。


その中央。


相良悠真。


◇◇◇


「俺たちじゃない」


義康は静かに言う。


「これからは」


血が口元から流れる。


呼吸も苦しい。


それでも言葉を止めない。


◇◇◇


「ああいう奴の時代だ」


宗景も振り返る。


悠真がいた。


若い。


武勇では劣る。


兵も少ない。


だが。


ここまで来た。


◇◇◇


港を作った。


商人を集めた。


海賊を味方につけた。


異国と繋がった。


そして戦そのものを変えた。


武力ではなく流れを支配した。


それが相良悠真だった。


◇◇◇


宗景は笑った。


豪快に。


だがどこか寂しそうに。


「そうかもしれんな」


初めてだった。


黒峰宗景が素直に認めたのは。


◇◇◇


義康は満足そうだった。


聞きたかった答えだったのだろう。


◇◇◇


「最後に一つ」


「何だ」


義康が笑う。


若い頃の悪友を見るように。


◇◇◇


「たまには酒を奢れ」


宗景は吹き出した。


本当に。


最後まで変わらない男だった。


◇◇◇


「向こうでな」


そう答えた。


◇◇◇


義康はゆっくり目を閉じる。


静かに。


穏やかに。


朝倉家当主。


朝倉義康。


その生涯はここで終わった。


◇◇◇


風が吹く。


誰も声を出せない。


敵も。


味方も。


ただ沈黙だけがあった。


◇◇◇


やがて宗景は薙刀を掲げた。


高く。


空へ向けて。


「朝倉義康は討ち取った!」


咆哮が港原全体へ響き渡る。


◇◇◇


黒峰軍が歓声を上げる。


勝鬨。


雄叫び。


長年戦い続けた宿敵がついに倒れた。


誰もが勝利を叫ぶ。


◇◇◇


だが。


その歓声の中で朝倉兵たちは泣いていた。


武器を落とす者。


膝をつく者。


空を見上げる者。


誰もが涙を流していた。


敗北だった。


完全な敗北だった。


そしてそれ以上に。


主君との別れだった。


◇◇◇


「終わったな」


宗春が呟く。


悠真は答えない。


ただ戦場を見つめていた。


◇◇◇


確かに終わった。


朝倉家は滅んだ。


長年続いた争いも終わる。


だが本当に終わりなのか。


悠真にはそう思えなかった。


◇◇◇


東の空を見る。


その向こうには東雲家がある。


東雲信綱がいる。


そして景隆がいる。


さらにその先にはまだ見ぬ大名たち。


知らない国々。


海の向こうの世界。


◇◇◇


戦国は終わらない。


むしろ。


ここから始まる。


古い時代が終わり、新しい時代が動き出そうとしていた。


◇◇◇


その時だった。


遠くから一騎の馬が駆けてくる。


異様な速度だった。


馬は泡を吹き、騎手は今にも落馬しそうなほど疲弊している。


尋常ではない。


◇◇◇


「報告!」


戦場へ飛び込んできた伝令が叫ぶ。


顔色は真っ青だった。


宗景も。


悠真も。


宗春も。


全員が振り返る。


◇◇◇


「何だ」


宗景が問う。


伝令は息を整えることもなく叫んだ。


◇◇◇


「東雲景隆様が――」


言葉が詰まる。


誰もが続きを待った。


◇◇◇


「逝去されました!」


静寂。


◇◇◇


誰も理解できなかった。


あの東方最強が。


つい昨日まで戦場に立っていた男が。


死んだ。


◇◇◇


「馬鹿な……」


宗景が呟く。


その顔には純粋な驚愕が浮かんでいた。


宿敵だった。


だからこそ信じられなかった。


◇◇◇


伝令は震えながら続ける。


「撤退途中――長年患っていた病が悪化し……」


「そのまま……」


最後まで言う必要はなかった。


◇◇◇


風が吹く。


港原を。


朝倉義康の亡骸を。


そして時代そのものを。


吹き抜けていく。


◇◇◇


朝倉義康。


東雲景隆。


乱世を支えた二人の英雄が同じ時代に消えた。


それは偶然ではないのかもしれない。


古い戦国が終わったのだ。


◇◇◇


そして。


残された者たちの時代が始まる。


相良悠真。


黒峰義隆。


東雲信綱。


新たな世代が乱世を動かしていく。


港原の空はどこまでも青かった。


まるで、新しい時代の訪れを祝福するかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ