第二十七話 海賊王ガロン
「面白ぇじゃねぇか!」
黒牙のガロンの声が海へ響く。
巨大な戦斧を肩へ担ぎ、船首に仁王立ちしている。
その姿はまるで怪物だった。
二メートルを超える巨体。
鍛え上げられた筋肉。
眼帯の下、身体に刻まれた無数の傷。
戦場を生き抜いてきた男の顔だった。
「若様」
楓が一歩前へ出る。
短刀へ手を掛ける。
「下がってください」
「出来ればそうしたい」
本音だった。
だが逃げるわけにもいかない。
相手は港を狙う海賊王。
ここで退けば士気に関わる。
◇◇◇
その頃。
ガロンは船上から港を眺めていた。
新しい桟橋。
倉庫。
市場。
そして多くの人間。
「なるほどな」
笑う。
「噂の港か」
実は彼も聞いていた。
相良領。
港町建設。
大坂屋。
海の向こうの交易。
最近この海域で急速に存在感を増している勢力だった。
だから来た。
略奪のためではない。
確認のためだ。
「面白い匂いがする」
獣の勘だった。
◇◇◇
旗艦が接岸する。
海賊たちが続々と降りてくる。
数は百以上。
だが。
港側にも人が集まっていた。
元盗賊たち。
工事人夫たち。
相良兵。
黒峰兵。
決して少なくない。
緊張が走る。
一触即発だった。
その時。
「止まれ」
悠真が前へ出た。
全員が驚く。
「若様!」
源左衛門が青ざめる。
だが悠真は歩みを止めない。
ガロンの前まで行く。
見上げる。
近くで見ると本当に大きい。
怖い。
普通に怖い。
「お前が領主か」
ガロンが笑う。
「そうだ」
「若いな」
「よく言われる」
沈黙。
周囲が固唾を呑む。
そして。
突然。
ガロンが笑い出した。
豪快な笑いだった。
「気に入った!」
全員が固まる。
何が?
という顔をしている。
悠真も同じだった。
◇◇◇
「普通の領主ならわざわざ前に出てくるマネはしねぇ」
ガロンは言う。
「兵の後ろにな」
確かに。
その通りだった。
「だがお前は出てきた」
「そうだな」
「だから話をしてやる」
ガロンは港を見回した。
そして。
意外なことを言った。
「俺は港が欲しい」
静寂。
宗春が目を見開く。
「何だと」
「正確には拠点だ」
ガロンは肩を竦める。
「海賊にも補給がいる」
なるほど。
言われてみれば当然だった。
船も人も維持費がかかる。
海賊も飯を食う。
◇◇◇
その夜。
緊急会談が行われた。
出席者は。
悠真。
宗春。
楓。
権蔵。
リシア。
そして海賊王ガロン。
とんでもない顔ぶれだった。
「反対です」
源左衛門が即答した。
当然である。
海賊を港へ入れるなど普通はあり得ない。
だが。
ガロンは笑った。
「俺もだ」
「は?」
全員が固まる。
「俺も港に海賊がいるのは嫌だ」
意味が分からない。
ガロン自身が海賊である。
「じゃあ何がしたい」
悠真が聞く。
ガロンは真面目な顔になった。
そして。
「海賊家業を終わりにしたい」
沈黙。
部屋が静まり返る。
誰も予想していなかった。
◇◇◇
「……は?」
宗春が聞き返す。
「今何と」
「海賊家業を終わりにしたい」
ガロンは繰り返した。
本気だった。
その顔を見れば分かる。
「理由は」
悠真が尋ねる。
ガロンは少し笑った。
「正直飽きた」
全員が頭を抱えた。
理由が雑だった。
だが。
続く言葉は真剣だった。
「海賊やっても金は増えねぇ」
「仲間は死ぬ」
「夢もねぇ」
部屋が静かになる。
それは。
ある意味で本音だった。
◇◇◇
ガロンは港の図面を見る。
市場。
倉庫。
船着場。
未来の港町。
「こっちの方が面白そうだ」
その目は輝いていた。
新しい玩具を見つけた子供のように。
「若造」
「何だ」
「俺を雇え」
沈黙。
また増えた。
悠真は思った。
本当に増える。
人材。
学者。
忍び。
商人。
外国人。
そして今度は海賊王。
どうなっているのか。
「若様」
宗春が小声で言う。
「面白いですね」
「他人事だと思ってるだろ」
「少し」
正直だった。
◇◇◇
その夜遅く。
悠真は一人で考えていた。
海賊王ガロン。
危険人物なのは間違いない。
だが。
船を持っている。
海を知っている。
海路を知っている。
そして。
港町には海の人材が必要だった。
「若様」
楓がやってくる。
「どう思う」
「信用できません」
即答だった。
だが。
少し考えてから続ける。
「ですが」
「ですが?」
「利用価値はあります」
悠真は苦笑した。
結局そこだった。
相良家はまだ弱い。
使えるものは使う。
そうしなければ生き残れない。
「決まりだな」
窓の外を見る。
月明かりの港。
停泊する海賊船。
そして。
未来の港町。
相良家はまた一歩先へ進もうとしていた。
陸の人材は揃った。
次は海。
港町はさらに大きくなっていく。
そしてその頃。
遠く東方では。
朝倉家と東雲家の軍勢が静かに動き始めていた。
本当の戦争は。
確実に近づいていた




