第二十六話 海賊旗
「海賊だと?」
軍議の間に重い沈黙が落ちた。
朝倉家と東雲家の同盟。
迫る大戦。
それだけでも頭が痛い。
そこへ海賊である。
「規模は」
悠真が尋ねる。
伝令は息を整えながら答えた。
「船六隻」
「沿岸の漁村が一つ襲われました」
源左衛門が顔色を変える。
「被害は」
「死者三名」
「負傷者十数名」
空気が冷える。
これまでの敵とは違う。
海賊は略奪を目的とする。
民を襲う。
村を焼く。
港を壊す。
港町建設を進める相良家にとって最悪の相手だった。
◇◇◇
その日のうちに悠真は相良領へ戻った。
宗春。
楓。
そして黒峰家から派遣された隼人も同行している。
黒峰側も無関係ではない。
もし港が潰されれば交易計画そのものが崩れる。
「若様」
馬を走らせながら宗春が言う。
「偶然でしょうか」
「何がだ」
「海賊です」
悠真も同じことを考えていた。
港町が完成目前。
大坂屋との提携。
海外交易。
そのタイミングで海賊。
出来すぎている。
「偶然じゃないかもしれないな」
楓が低く呟く。
「誰かが動かしている」
その可能性は十分あった。
◇◇◇
翌日。
港町。
港は騒然としていた。
避難してきた漁民。
不安そうな商人たち。
工事を中断した職人たち。
せっかく生まれ始めた活気が消えかけている。
「若様!」
村長が駆け寄る。
顔色が悪い。
「沖にいます」
「見えるか」
「はい」
悠真たちは高台へ向かった。
そして。
見えた。
水平線の向こう。
六隻の船。
黒い帆。
そして。
骸骨を描いた旗。
「あれは」
宗春が顔をしかめる。
「黒牙海賊団です」
聞いたことがあるらしい。
「有名なのか」
「この海域最大級です」
嫌な情報だった。
◇◇◇
その日の夕方。
港の仮役場。
緊急評定が開かれる。
出席者はいつもの面々に加え、大坂屋権蔵もいた。
「問題は船です」
権蔵が言う。
「こちらには軍船がございません」
全員が黙る。
その通りだった。
相良家は内陸勢力。
海軍など存在しない。
港も作ったばかり。
海賊と戦う準備がない。
「黒峰家は」
悠真が尋ねる。
隼人が首を振った。
「船は少ない」
期待できない。
黒峰家は陸戦国家だ。
海には弱い。
「厄介だな」
悠真は地図を見る。
海岸線。
港。
漁村。
もし上陸されたら。
被害は大きい。
◇◇◇
その時だった。
「方法はありますよ」
声が響く。
全員が振り向く。
リシアだった。
アルフェイド王国の特使。
港町に滞在している外国人である。
「あるのか」
「はい」
リシアは海図を広げた。
「海賊は海で戦うから強いのです」
「当たり前だな」
「なら海で戦わなければいい」
静寂。
宗春が目を細める。
興味を持ったらしい。
「続けてください」
リシアは笑った。
そして海岸線を指差す。
「ここです」
小さな湾。
岩場が多い。
浅瀬もある。
「ここに誘い込みます」
悠真は理解した。
「座礁させるのか」
リシアが驚いた。
「流石、理解が早いですね」
前世知識だった。
地形を利用する。
戦の基本である。
◇◇◇
翌日。
作戦が始まった。
漁船を数隻出す。
逃げるように見せる。
海賊を誘う。
単純だ。
だが効果的だった。
「引っ掛かるか?」
悠真が聞く。
リシアは笑った。
「海賊は欲張りです」
その予想は当たった。
昼過ぎ。
黒牙海賊団が動く。
漁船を追う。
速度を上げる。
そして。
湾へ入った。
「今です」
次の瞬間。
ゴゴォン!!
轟音。
先頭の船が岩へ乗り上げた。
続く船も衝突。
混乱。
悲鳴。
大混乱だった。
「かかった!」
宗春が叫ぶ。
海賊船六隻のうち三隻が動けなくなる。
完全な大戦果だった。
◇◇◇
しかし。
その時だった。
「若様!」
楓の声。
悠真が振り向く。
そこには。
一隻の船。
黒牙海賊団の旗艦。
座礁していない。
むしろ。
真っ直ぐこちらへ向かっていた。
そして船首。
一人の大男が立っている。
二メートル近い巨体。
片目に眼帯。
巨大な斧。
怪物のような男だった。
「黒牙のガロン」
リシアの顔色が変わる。
「海賊王を自称している男です」
海賊たちが歓声を上げる。
大男は豪快に笑った。
そして。
こちらを指差した。
「面白ぇじゃねぇか!」
声が海に響く。
「久々だ!」
巨大な斧を肩へ担ぐ。
「俺を出し抜いた奴は!」
悠真は思った。
また面倒なのが出てきた。
本当に。
次から次へと。
だが。
ガロンの目は本気だった。
獲物を見つけた猛獣の目。
海賊王との戦いが。
今、始まろうとしていた。




