第二十四話 黒峰からの急報
「戦になるぞ」
黒峰の忍び――風間隼人の言葉に、楓は眉をひそめた。
夜の港は静かだった。
完成したばかりの桟橋。
新設された倉庫群。
海の向こうには漁火が揺れている。
だが二人の間には緊張が漂っていた。
「詳しく話せ」
楓が低く言う。
隼人は周囲を確認する。
誰もいない。
それを確かめてから口を開いた。
「朝倉が動く」
楓は黙った。
予想通りだった。
問題は規模である。
「兵を集めている」
「どれくらいだ」
「五千」
楓の顔色が変わった。
五千。
龍哭平原の時より多い。
明らかに本気だった。
「目的は」
「まだ不明だ」
隼人は首を振る。
「だが黒峰家は動く」
当然だった。
朝倉家最大規模の軍備。
放置できるわけがない。
「殿から伝言だ」
隼人は笑った。
「相良の若殿に伝えろ」
嫌な予感しかしない。
「『面倒事が来たぞ』」
楓は頭を抱えたくなった。
確かに宗景らしい。
◇◇◇
翌朝。
評定の間。
朝から重い空気が流れていた。
「五千……」
源左衛門が呟く。
報告を受けた重臣たちも顔色が悪い。
朝倉家五千。
黒峰家三千。
相良家四百。
数字だけ見れば絶望的だった。
「若様」
山内が言う。
「戦になりますか」
悠真は答えなかった。
代わりに地図を見る。
朝倉領。
黒峰領。
相良領。
そして海。
静かに考える。
「宗春」
「はい」
「朝倉家は今どうなってる」
宗春は少し考えた。
「龍哭平原で敗北を期し」
「経済戦も失敗」
「かなり苦しいはずですよ」
そこまでは分かっていた。
なら。
なぜ動く。
「追い詰められているからですね」
宗春が答えた。
悠真も同意見だった。
余裕があるものは待つ。
力を蓄える。
だが朝倉家は動いた。
つまり。
待てない理由がある。
◇◇◇
その日の午後。
港へ一隻の船が入港した。
黒峰家の使者だった。
「若様!」
使者は息を切らしていた。
「黒峰様より書状です!」
悠真は受け取り、封を切る。
中身を見る。
そして苦笑した。
「何と?」
源左衛門が尋ねる。
悠真は読み上げる。
「暇なら来い」
沈黙。
宗春が吹き出した。
楓も呆れた顔をしている。
「それだけですか」
「それだけだ」
だが。
宗景らしい。
そして。
続きがあった。
「追伸」
悠真は読む。
「酒を持って来い」
評定の間が吹き出す。
戦争前の手紙ではない。
◇◇◇
三日後。
悠真は再び黒峰城へ向かっていた。
同行するのは楓と宗春。
源左衛門は留守を守る。
港町計画も止められない。
忙しい。
本当に忙しい。
「若様」
宗春が馬上で言う。
「宗景殿は何を考えていると思います」
「分からん」
正直だった。
最近の宗景は読めない。
豪快なのか緻密なのか。
どちらも正解だから困る。
「ですが」
宗春は空を見た。
「今回は本当に危険かもしれません」
悠真も頷く。
五千の軍勢。
その数字は重い。
龍哭平原とは規模が違う。
◇◇◇
黒峰城。
到着した悠真たちはすぐに宗景の元へ通された。
大広間。
そこには見慣れた顔が並んでいる。
義隆。
重臣たち。
そして。
宗景。
だが。
空気が違った。
笑っていない。
いつもなら豪快に笑う男が真顔だった。
「来たか」
低い声。
それだけで重みがある。
「何があったのですか」
悠真は聞いた。
宗景は地図を広げる。
そこには朝倉領だけではなく。
さらに東の領地が描かれていた。
見慣れない家紋。
見慣れない勢力。
「朝倉だけではない」
宗景が言う。
その一言で全員の表情が変わる。
「朝倉は同盟を組んだ」
静寂。
「相手は」
義隆が答えた。
「東雲家」
その名を聞いた瞬間。
重臣たちがざわついた。
宗春ですら顔色が変わる。
「有名なのか」
悠真が聞く。
宗春は苦い顔で頷いた。
「東方の最大勢力です」
嫌な予感。
非常に嫌な予感。
「石高は」
「三十万石」
評定の間が静まる。
朝倉二十万石。
東雲三十万石。
合わせて五十万石。
黒峰家と相良家を足しても遠く及ばない。
宗景は腕を組んだ。
そして。
獰猛な笑みを浮かべる。
久しぶりだった。
戦国最強と呼ばれる男の顔。
「面白くなってきた」
誰も面白いとは思わなかった。
だが宗景だけは違う。
巨大な敵を前にして。
むしろ楽しそうだった。




