第二十三話 海の向こうから来た女
完成間近の港町は活気に満ちていた。
木槌の音。
職人たちの掛け声。
荷車の軋む音。
半年前には想像もできなかった光景だった。
「本当に町になってきましたね」
宗春が感慨深そうに呟く。
悠真も頷いた。
まだ小さい。
だが確かに未来が見える。
相良領は変わり始めていた。
その時だった。
「船です!」
見張りの声が響く。
港中の視線が海へ向く。
沖合。
一隻の大型船が近づいていた。
見慣れない船。
見慣れない旗。
商船だろうか。
だがどこか違う。
「楓」
「はい」
楓は目を細めた。
しばらく観察する。
そして。
「武装しています」
「海賊か?」
「違います」
即答だった。
船員たちの動きが揃っている。
海賊には見えない。
やがて船が港へ入る。
静かに接岸した。
港にいた人々が固唾を呑む。
そして。
一人の女性が船から降りてきた。
長い銀髪。
透き通るような白い肌。
深い青の瞳。
年齢は二十代半ばだろうか。
旅装束だが高級品だった。
立ち姿に品がある。
ただ者ではない。
「……綺麗ですね」
宗春が素直に呟く。
楓が無言で脇腹を蹴った。
「ぐふっ」
何故か被害を受ける宗春。
理不尽である。
◇◇◇
女性は真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
迷いがない。
完全に目的がある歩き方だった。
やがて悠真の前で立ち止まる。
「初めまして」
綺麗な声だった。
「相良悠真様ですね」
「そうだが」
女性は優雅に一礼する。
「リシア・アルフェイドと申します」
聞き慣れない名前だった。
少なくとも相良領の人間ではない。
「どちらの方で」
宗春が尋ねる。
女性は微笑む。
「海の向こうです」
全員が首を傾げた。
「海の向こう?」
「はい」
当然のように答える。
「海洋国家アルフェイド王国」
沈黙。
誰も知らなかった。
悠真を除いて。
「外国か」
思わず口から出る。
この世界にも国外があるらしい。
むしろ当然なのだが。
今まで意識していなかった。
◇◇◇
その日の午後。
急遽、会談が開かれた。
場所は港の仮役場。
リシアは落ち着いた様子でお茶を飲んでいた。
緊張感がない。
ある意味大物だった。
「それで」
悠真が尋ねる。
「なぜ相良領へ?」
リシアは笑った。
そして。
とんでもないことを言った。
「視察です」
「視察?」
「はい」
頷く。
「最近、海商人たちの間で噂になっております」
嫌な予感。
最近この流れが多い。
「民の為、税を下げた領主」
「商人を重視する領主」
「港町を作る領主」
全部自分だった。
「大変興味を持ちました」
リシアは率直だった。
「ですので私自ら見に来ました」
王国から。
わざわざ。
◇◇◇
会談は思った以上に盛り上がった。
特に。
経済の話になると。
「港が完成すれば南方交易も可能です」
宗春が言う。
リシアが目を見開いた。
「理解しているのですか?」
「ある程度は」
「驚きました」
今度は宗春が困惑する。
「何がです?」
「この辺りの領主で海上交易の重要性を理解している方は少ないので」
なるほど。
だから驚いているらしい。
「港は国を変えます」
リシアは真剣な顔で言った。
「海は道です」
その言葉に悠真は頷いた。
前世でも同じだった。
海運は物流の王様だ。
大量輸送ができる。
安い。
速い。
強い。
◇◇◇
夕方。
会談が終わった頃。
リシアは一枚の書状を取り出した。
「実は折り入ってお願いがあります」
悠真は天井を見た。
最近、本当に増えた。
「何だ」
「交易許可をいただけませんか」
静寂。
全員が固まる。
宗春が目を見開く。
源左衛門も絶句している。
つまり。
王国との直接交易。
そういう話だった。
「本気か」
悠真が聞く。
リシアは笑う。
「本気です」
迷いがない。
海の向こうの王国。
新しい市場。
新しい商品。
その価値は計り知れない。
宗春が興奮していた。
「若様」
「分かってる」
これは大きい。
とてつもなく大きい。
港町計画は。
思った以上の速度で成長していた。
◇◇◇
その夜。
楓は港を見回っていた。
月明かり。
静かな海。
その時。
ふと気付く。
人影。
倉庫の陰。
誰かいる。
楓は音もなく近づいた。
忍びの動きだった。
そして。
その人物の顔を見て固まる。
「……お前は」
男も驚いていた。
「楓?」
知り合いだった。
いや。
正確には。
かつての同僚だった。
黒峰家の忍び。
しかも宗景直属。
最精鋭の一人。
「何でここにいる」
楓が低く問う。
男は苦笑した。
「殿の命令だ」
嫌な予感。
非常に嫌な予感。
男は空を見上げた。
そして。
静かに言った。
「戦になるぞ」
海風が吹く。
港町の灯りが揺れる。
楓の表情が変わった。
戦。
その言葉が意味するものは一つだった。
乱世が。
再び動き始めようとしていた




