第二十二話 商人戦争
港町建設は順調だった。
少なくとも表面上は。
大坂屋からの資金が入り、工事速度は一気に上がった。
新しい桟橋。
大型倉庫。
市場予定地。
職人たちは昼夜を問わず働いている。
海辺の小さな漁村だった場所は、日に日に港町の姿を見せ始めていた。
「順調ですね」
宗春が図面を見ながら頷く。
「予想より早い」
「金の力だな」
悠真は苦笑した。
前世でも今世でも変わらない。
結局、事業は資金がなければ進まない。
大坂屋の千両は絶大だった。
だが。
「若様」
源左衛門の表情は暗かった。
「問題が起きました」
やはり来たか。
最近は良い話より悪い話の方が先に来る。
「何だ」
「塩です」
悠真は顔を上げた。
塩。
相良領にとって重要な交易品だった。
「入ってきません」
評定の間が静まる。
「どれくらいだ」
「ほぼ全てです」
源左衛門が帳簿を差し出す。
南方から来るはずだった塩商が次々と取引を中止している。
理由は様々。
船が出ない。
在庫がない。
価格が高騰した。
だが。
悠真には分かった。
「朝倉か」
「おそらく」
宗春が答えた。
「商人への圧力です」
戦ではない。
経済封鎖だった。
◇◇◇
その日の午後。
大坂屋権蔵が港へやって来た。
いつもより表情が険しい。
「やられましたな」
開口一番だった。
「そっちもか」
「はい」
権蔵は頷く。
「取引先が次々に離れています」
朝倉家の影響力は大きい。
二十万石の大大名。
敵に回したくない商人も多い。
「損害は」
「二百両ほどかと」
権蔵が苦い顔をする。
「ですが」
そこで笑った。
商人らしい笑みだった。
「甘く見られましたな」
悠真も少し笑った。
同じことを考えていた。
◇◇◇
その夜。
評定が開かれる。
出席者はいつもの面々。
さらに大坂屋権蔵も加わっていた。
「方法は二つ」
宗春が言う。
「耐えるか」
「反撃するか」
源左衛門は即答した。
「耐えられません」
正直だった。
塩は生活必需品。
不足すれば民にも影響が出る。
「なら反撃だ」
悠真は腕を組む。
問題は方法だった。
朝倉家は大勢力。
正面から商売で殴り合うのは難しい。
しかし。
権蔵が笑った。
「若様」
「何だ」
「商人を舐めてはいけません」
その目が鋭くなる。
普段の好々爺ではない。
巨大商会の総代の顔だった。
「商売には商売の戦い方があります」
◇◇◇
三日後。
朝倉領。
城下町。
異変が起きていた。
「塩がない!」
市場が騒然となる。
在庫切れ。
価格高騰。
混乱。
商人たちも困惑していた。
「どういうことだ」
「船が来ない!」
「南方商人が取引を止めた!」
実は、権蔵が動いていた。
大坂屋の持つ広大な商業網。
南方。
西方。
海路。
全てを使い。
朝倉領への流通を絞ったのである。
完全な封鎖ではない。
だが十分だった。
市場は敏感だ。
少し不足するだけで価格は跳ね上がる。
「なるほど」
悠真は報告を聞きながら感心した。
「これが商人の戦いか」
「戦より怖いですよ」
宗春が笑う。
確かにそうだった。
剣は振っていない。
血も流れていない。
だが被害は広がる。
経済とは恐ろしい。
◇◇◇
朝倉城。
義康は報告書を机へ叩きつけた。
「大坂屋ァ……!」
怒りが滲む。
まさか反撃されるとは思わなかった。
しかも想像以上に痛い。
領民から不満も出始めている。
「殿」
家臣が恐る恐る言う。
「続けますか」
義康は沈黙した。
続ければ泥沼。
大坂屋も本気になる。
朝倉家も無傷では済まない。
「……やめろ」
低い声だった。
「商人への圧力は中止だ」
家臣たちは安堵した。
これは勝負にならない。
大商会を敵に回す危険性を改めて思い知ったのである。
だが。
義康は怒りを抑えきれていなかった。
「相良悠真」
静かに呟く。
「面倒な男だ」
黒峰宗景だけでも厄介だった。
そこへ宗春。
大坂屋。
さらに港町。
相良家は確実に力を付けている。
「覚えておれよ」
義康の目が細くなる。
諦めてはいなかった。
◇◇◇
一方。
相良領。
港町建設は再び勢いを取り戻していた。
塩も入る。
木材も届く。
商人も増える。
工事現場には活気があった。
夕暮れ。
悠真は完成し始めた港を見ていた。
桟橋。
倉庫。
市場。
まだ小さい。
だが確実に町になりつつある。
「若様」
楓が隣へ立つ。
「どうしました」
「いや」
悠真は海を見る。
前世ではただの会社員だった。
それが今は。
港を作っている。
国を変えようとしている。
不思議な気分だった。
「少し」
笑う。
「面白くなってきた」
楓も小さく笑った。
その頃。
港へ一隻の船が近づいていた。
見慣れない旗。
見慣れない船。
そして。
その船には、相良家の未来を大きく変える人物が乗っていた。
新たな出会い。
新たな才能。
港町は人を呼ぶ。




