第二十一話 大坂屋との盟約
「港の一角をお貸しください」
大坂屋権蔵の言葉に、その場の空気が静まった。
海風が吹く。
建設途中の桟橋。
忙しく働く職人たち。
その向こうで、大坂屋の巨大な商船が静かに揺れていた。
権蔵は笑みを浮かべたまま悠真を見ている。
試しているのだ。
若き領主の器を。
「若様」
源左衛門が小声で囁く。
「慎重に」
当然だった。
相手は大商人。
こちらは弱小領主。
一歩間違えれば主導権を握られる。
しかし悠真は慌てなかった。
前世で学んだことがある。
交渉で焦った方が負ける。
「話を聞こう」
権蔵は満足そうに頷いた。
◇◇◇
その日の午後。
急遽、海辺の村で会談が開かれた。
出席者は悠真。
源左衛門。
宗春。
楓。
そして大坂屋権蔵。
宗春が図面を広げる。
港町予定図だった。
「こちらが市場」
「こちらが倉庫区画」
「船着場は三か所」
源蔵が目を細める。
「良い図面ですな」
宗春が少し得意げになる。
分かりやすい男だった。
「港が完成すれば物流は大きく変わります」
宗春が説明する。
「南方交易の中継地にもなれる」
「黒峰領との交易路とも接続可能」
権蔵は何度も頷いていた。
商人の目だった。
利益を計算している。
「それで」
悠真が口を開く。
「大坂屋は何を望む」
権蔵は笑った。
「三つです」
指を立てる。
「一つ」
「商館建設権」
予想通り。
「二つ」
「倉庫使用権」
これも理解できる。
物流の拠点だ。
「そして三つ」
権蔵は笑みを深くした。
「優先取引権」
源左衛門が顔をしかめた。
強い条件だった。
だが。
悠真は少し考える。
悪くない。
むしろ予想より良心的だった。
港が完成する前から投資する以上、それくらいの見返りは必要だ。
「投資額は」
「千両」
全員が固まった。
源左衛門が椅子から落ちそうになる。
宗春も絶句している。
千両。
相良家にとっては天文学的な金額だった。
「本気か」
悠真ですら驚いた。
権蔵は頷く。
「本気です」
商人の目だった。
利益を確信している目。
「面白い」
悠真は笑った。
そして右手を差し出す。
「乗った」
権蔵も笑った。
二人の手が握られる。
その瞬間だった。
宗春がぽつりと呟く。
「歴史が動いたな」
誰にも聞こえなかった。
だが彼だけは理解していた。
この投資が持つ意味を。
◇◇◇
会談が終わった後。
楓は村の外れにいた。
夕暮れ。
人影が二つ。
旅人に見える。
だが違う。
朝倉の間者だった。
「やはりいたか」
楓は静かに呟く。
短刀を抜く。
音はない。
気配もない。
次の瞬間。
間者の背後へ回っていた。
「なっ――」
首筋へ刃が当たる。
完全に制圧されていた。
「話を聞こうか」
楓は笑わない。
冷たい声だった。
忍びとしての顔。
悠真の前では見せない顔だった。
◇◇◇
その夜。
城へ戻った楓は報告を行った。
「朝倉家間者が紛れておりました」
評定の間が静まる。
「うち一名拘束しました」
「目的は」
悠真が聞く。
「港町計画の調査」
予想通りだった。
朝倉家も馬鹿ではない。
相良家の成長を警戒している。
「若様」
宗春が地図を広げる。
「そろそろ来ますね」
「何がだ」
「圧力ですよ」
宗春の表情は真剣だった。
「朝倉家は放置しません」
龍哭平原。
黒峰同盟。
港町計画。
大坂屋との提携。
相良家は目立ちすぎた。
「戦か」
悠真が呟く。
◇◇◇
同じ頃。
朝倉城。
報告を聞いた義康は無言だった。
部屋には重苦しい空気が流れている。
「大坂屋まで動いたか」
低い声だった。
家臣たちは何も言えない。
「九条宗春」
「相良悠真」
「黒峰宗景」
全てが繋がっている。
そして。
全てが朝倉家にとって不都合だった。
義康はゆっくり立ち上がる。
「戦はまだ早い」
家臣たちが顔を上げる。
ならば。
何をするのか。
義康は冷たく笑った。
「商人を潰せ」
その一言に全員が理解した。
相良家を支えるのは人。
ならば人を断つ。
戦よりも陰湿で。
戦よりも厄介な方法だった。
「まず大坂屋を狙う」
朝倉家が動き始める。
港町建設は順調だった。
だが。
その裏では新たな戦いが始まろうとしていた。
剣ではなく。
金と情報による戦いが。




