第十四話 龍哭平原の激突
夜が明けた。
東の空を赤く染める朝日が、龍哭平原を照らしている。
広大な草原。
その中央で二つの軍勢が向かい合っていた。
黒峰軍二千五百。
朝倉軍三千。
無数の旗が風に揺れる。
槍の穂先が朝日に輝く。
兵たちの緊張が空気を震わせていた。
「始まるな」
悠真は馬上から平原を見渡した。
喉が渇く。
心臓が速い。
真正面からの総力戦。
数千人がぶつかり合う本物の合戦だった。
「怖いか」
宗景が隣で笑う。
「怖いです」
正直に答える。
宗景は満足そうに頷いた。
「それでいい」
そう言って前へ出る。
黒峰軍の先頭。
全軍から視線が集まる。
「聞け!」
宗景の声が平原へ響いた。
兵たちが顔を上げる。
「敵は朝倉!」
「我らの土地を奪わんとする者どもだ!」
怒号が上がる。
宗景はさらに続けた。
「だが恐れるな!」
刀を抜く。
白刃が朝日に輝く。
「勝つのは我らだ!」
歓声が爆発した。
二千五百人の雄叫び。
大地が震える。
悠真は思った。
カリスマだ。
これが戦国大名。
人を率いる者の力だった。
◇◇◇
対する朝倉軍。
本陣。
朝倉義康は巨大な槍を握っていた。
四十代半ば。
歴戦の武将。
豪勇で知られる男だった。
「伏兵は失敗しました」
家臣が報告する。
義康は鼻で笑った。
「構わん」
最初から保険だった。
本命は正面突破。
それだけである。
「黒峰宗景」
槍を肩へ担ぐ。
「今日こそ決着をつける」
義康の目に闘志が燃えていた。
◇◇◇
戦の始まりは矢だった。
ヒュウッ!
空を埋め尽くす矢。
黒峰軍。
朝倉軍。
互いの弓隊が一斉射撃を行う。
矢が降る。
悲鳴が上がる。
兵が倒れる。
それでも軍勢は止まらない。
「前進!」
怒号。
足音。
槍の列が動き出す。
そして。
ドォン!!
両軍が激突した。
金属音。
悲鳴。
怒号。
血飛沫。
戦場が一瞬で地獄へ変わる。
「うわ……」
悠真は息を呑んだ。
想像以上だった。
歴史書では分からない。
映像でも伝わらない。
人が死ぬ音。
人が叫ぶ声。
命が消える瞬間。
それが目の前で起きていた。
「これが戦か……」
胃が重い。
だが目を逸らせなかった。
◇◇◇
中央戦線。
黒峰義隆が暴れていた。
「押し返せ!」
大太刀が振るわれる。
朝倉兵が吹き飛ぶ。
強い。
圧倒的だった。
若武者とは思えない。
黒峰軍の士気を支える柱である。
「義隆様に続け!」
兵たちも勢いづく。
朝倉軍が押され始めた。
しかし。
「敵騎馬隊!」
叫び声。
朝倉軍の右翼から騎馬隊が突撃してきた。
数百騎。
土煙を上げながら迫る。
「来たか!」
義隆が歯を食いしばる。
これが義康の狙いだった。
中央で押し込み。
騎馬隊で側面を砕く。
王道だが強力な戦術。
黒峰軍右翼が揺らぐ。
◇◇◇
本陣。
伝令が飛び込む。
「右翼危うし!」
宗景が地図を見る。
予想通りだった。
義康は必ずそこを狙う。
問題は。
どう返すか。
その時だった。
悠真が地図を見ていた。
違和感がある。
騎馬隊。
中央。
地形。
ふと気付く。
「宗景殿」
「何だ」
「右翼の後ろに川がありますよね」
宗景が頷く。
小さな川だ。
普段なら気にしない。
「それがどうした」
「敵騎馬隊」
悠真は指差した。
「勢いが付きすぎてませんか」
沈黙。
宗景の目が細くなる。
意味を理解した。
騎馬は止まりにくい。
勢いに乗ればなおさら。
もし誘導できれば――。
「なるほど」
宗景が笑う。
獰猛な笑みだった。
「面白い」
すぐに伝令を呼ぶ。
「義隆へ伝えろ!」
命令が飛ぶ。
「右翼を後退させろ!」
家臣たちが驚く。
撤退命令。
だが宗景は笑っていた。
「罠だ」
◇◇◇
黒峰軍右翼。
命令が届く。
「下がれ!」
兵たちが後退する。
朝倉騎馬隊は歓喜した。
「崩れたぞ!」
「追え!」
勢いそのままに突撃する。
そして。
川。
「なっ」
気付いた時には遅かった。
前方の地面がぬかるんでいた。
馬が滑る。
転倒。
後続も突っ込む。
大混乱。
「今だ!」
義隆が吠えた。
待機していた槍隊が飛び出す。
朝倉騎馬隊へ突撃。
完全な横撃だった。
「しまった!」
朝倉軍が崩れる。
騎馬隊壊滅。
戦場の流れが変わった。
◇◇◇
朝倉本陣。
義康はその報告を聞いた。
「何だと」
騎馬隊壊滅。
あり得ない。
だが現実だった。
「黒峰宗景……!」
拳を握る。
あの男。
やはり強い。
しかし。
その時。
別の報告が飛び込んだ。
「殿!」
「何だ!」
「敵本陣に相良家当主の姿あり!」
義康が顔を上げる。
相良。
最近噂になっている若造。
黒峰と同盟した小領主。
「ほう」
義康の目が細くなる。
「ならば首を取れ」
伝令が走る。
新たな命令。
そしてその命令は――。
悠真の知らぬところで放たれていた。
戦場の運命を変える一手として。
その頃。
悠真はまだ気付いていなかった。
自分が朝倉軍の標的になったことを。
そして。
龍哭平原の戦いは、さらに激しさを増していく。




