第十話 黒峰同盟
「我が黒峰家と同盟を結べ」
黒峰宗景の言葉が訓練場に響いた。
誰もが耳を疑った。
黒峰家は十五万石。
相良家は二万石。
本来なら話にならない。
同盟ではなく従属ならまだ分かる。
だが宗景が口にしたのは対等な同盟だった。
「父上」
最初に口を開いたのは義隆だった。
「本気ですか」
「ああ」
宗景は即答した。
迷いはない。
家臣たちも動揺を隠せない。
「しかし相良家は……」
「弱い」
宗景が言う。
「今はな」
その一言で全員が黙った。
宗景ほど人を見る目を持つ者はいない。
黒峰家がここまで勢力を伸ばした理由の一つでもあった。
「相良悠真」
宗景は悠真へ視線を向ける。
「お前は武芸が弱い」
「自覚しています」
「兵も少ない」
「その通りです」
「金もない」
「否定できません」
家臣たちから失笑が漏れる。
だが宗景は笑わなかった。
「だが人が集まっている」
静かな声だった。
「民が従い」
「商人が金を出し」
「盗賊ですら働いている」
誰も反論できない。
それは事実だった。
「戦国で最も価値があるのは何だと思う」
宗景が周囲へ問いかける。
家臣の一人が答える。
「兵にございます」
「違う」
別の者が答える。
「金」
「違う」
沈黙。
そして宗景は言った。
「信用だ」
訓練場が静まり返る。
「兵も金も信用から生まれる」
「信用を失えば国は滅ぶ」
その言葉には重みがあった。
幾多の戦を生き抜いてきた男の実感だった。
宗景は悠真を見る。
「お前にはそれがある」
悠真は少し驚いた。
前世では言われたことがない。
むしろ会社では便利な歯車だった。
だが今は違うらしい。
「買いかぶりですよ」
「謙遜するな」
宗景は笑った。
「どうだ」
「同盟を結ぶか」
全員の視線が集まる。
悠真は少し考えた。
断る理由はない。
黒峰家との同盟は生存率を大きく上げる。
周辺勢力も手を出しにくくなる。
「ぜひ」
悠真は頭を下げた。
「よろしくお願いします」
その瞬間。
黒峰宗景は豪快に笑った。
「よし!」
こうして。
相良家と黒峰家の同盟が成立した。
後に『北方同盟』と呼ばれる歴史的な盟約である。
◇◇◇
会談はその後も続いた。
場所を城の一室へ移し、具体的な話し合いが始まる。
「まず交易だ」
宗景が地図を広げる。
「相良の新街道を使わせてもらう」
「歓迎します」
「代わりに黒峰領の関所を開放する」
源左衛門が目を見開いた。
それだけで利益は莫大になる。
物流量が一気に増える。
「さらに」
宗景は続ける。
「冬の食糧を融通しよう」
今度は山内が立ち上がった。
「本当ですか!?」
「ただし貸しだ」
「もちろんです」
悠真は即答した。
むしろありがたい。
最大の問題だった食糧不足がかなり改善される。
「助かります」
「返済はきっちりしてもらうぞ」
「商人より怖いですね」
宗景が笑う。
周囲も笑った。
空気が和らぐ。
会談は順調だった。
だがその時。
一人の忍びが駆け込んできた。
「殿!」
空気が変わる。
忍びの顔色が悪い。
宗景も表情を引き締めた。
「何だ」
「急報です」
「申せ」
忍びは跪く。
そして言った。
「東の朝倉家が動きました」
宗景の目が細くなる。
朝倉家。
黒峰家と長年対立している大勢力だった。
石高二十万石。
兵力四千。
決して侮れない相手である。
「どれほどだ」
「三千」
その数字に室内が静まり返った。
「国境へ集結しております」
義隆が舌打ちした。
最悪のタイミングだった。
同盟締結を察知したのだろう。
宗景はしばらく考える。
やがて笑った。
「面白い」
全然面白くない。
家臣たちはそう思った。
だが宗景はこういう男だった。
危機を前にすると笑う。
戦国を生き残る怪物である。
「父上」
義隆が問う。
「迎撃を?」
「当然だ」
宗景は立ち上がる。
その姿には圧倒的な存在感があった。
まさに戦国大名。
黒峰の虎。
「久しぶりに牙を見せるか」
家臣たちの目が変わる。
戦だ。
黒峰家は戦い慣れている。
だが。
宗景はそこで悠真を見た。
「相良殿」
嫌な予感がした。
「何でしょう」
「戦を見ていくか」
やっぱり来た。
悠真は心の中で頭を抱える。
前世は会社員。
今世は内政領主。
戦場見学など聞いていない。
だが宗景は楽しそうだった。
「勉強になるぞ」
断れる空気ではない。
悠真は深いため息をついた。
「……お手柔らかにお願いします」
宗景の笑い声が部屋へ響く。
こうして。
相良家と黒峰家の同盟は成立した。
しかし平穏は長く続かない。
東方の大国・朝倉家。
新たな脅威が動き始めていた。
乱世は待ってくれない。
悠真の戦国改革は、さらに大きな渦へ巻き込まれていくことになる。




