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第44話:囲い込まれ……てる?

 シャッとカーテンを開けると、朝の光が室内に差し込んできた。

 

「拓海、朝だぞー」

「ううーん……」

「たーくーみー! おきろー」

 

 優しく起こしても起きてこないのはわかっている。ゆっさゆっさと布団の上から揺さぶると、苦しそうな声が上がる。ちょっと楽しい。

 

「ふわーー……」

「夜ふかしするからだ。今日は出張って言ってただろ? 早く朝メシ食べろよ。迎えが来るぞ」

「んーんん……、別に、夜ふかししたからじゃ……ふあああ……」

 

 眠そうに目を擦りながら、拓海が洗面所へと向かっていく。

 ピタリ、とその足が止まった。

 

「……なんで、お前がここにいる。ましてや、なぜ恒一の手作り朝飯を食ってんだ?」

 

 広いリビングのダイニングテーブル。座っているのは、この家の住人……ではなく、拓海の友人兼、秘書である龍二だ。

 

「仕事に行くからに決まってんだろ」

「今日の送迎はお前じゃないだろ。なんで来てんだよ」

「あ、俺、今日は出張付き合わないんで」

「あ?」

「コウイチと、一緒に営業することになってるんで」

「おま、なんだそれ、誰が許可……!」

「師匠と社長。どっちからも、しっかり守れって言われた」

「はあああああ? なんで、それ、お前? フツー、それ俺の仕事じゃねーの?」

 

 ギンッと拓海が龍二を睨む。

 しかし、龍二は我関せずと言った風体でメシを食っている。

 

「ほら、拓海、遅刻するってば」

「恒一、どういうことだよっ!」

「どうもこうも? 会社から指示が来ただけだよ?」

「朝飯食わせろって!?」

「あ、いや、それは、龍二さんが食べてないって言うから……」

「りゅうじぃ~~っ!」

 

 拓海がガルガル言っている間にも、恒一が手早く料理をテーブルに並べて行く。

 

「あ、俺、午前のアポが終わったら、修練場で鍛錬してから帰るよ」

「俺も一緒に鍛錬したかった……」

「ほら、味噌汁が冷めるよ。さっさと顔洗っといで」

 

 しょんぼりと洗面所に向かう拓海を見て、龍二が可笑しそうにクク、と笑う。

 

「拓海のヤツ、すっかり尻に敷かれてんじゃねーか。あ、俺もコーヒー」

「朝はねえ。こればっかりは仕方ないよ」

 

 龍二と自分のカップにコーヒーを注ぎ、恒一も席に着く。

 

「そういや、駅貼りみたか?」

「ゔ、……見た」

 

 龍二がニヤニヤしながらコーヒーに口をつける。

 

「あれ、社長がスゲーこだわってたもんな。俺もサンプルは見てたけど、どアップはさすがの迫力だったな!」

「うう……言うなって」

 

 拓海が責任者となって打ち出したメンズラインの大キャンペーン。そこでキービジュアルのメインモデルとして恒一が採用された。肌のキメまで見える高精細な画質のB0(ビーゼロ)2枚分の巨大ポスターを前に愕然としてしまった。

 いまだに「なんで???」という気持ちが拭えない。

 

「親近感が湧いていいって言われたけど、にしても、あんなに大写しである必要ある?」

「そんなこと言って、悪い気してないんだろ? 肌の手入れ欠かさないらしいじゃん」

「だって、拓海が……」

 

 洗面所にズラリと並んだ美容用品の数々。拓海の仕事を考えれば当たり前の光景だが、それらで毎日、甲斐甲斐しく世話を焼かれている。

 モデルの義務だと言われたら、そうかもしれないが。……俺、いつモデルに正式採用されたんだ?

 

「そんな心配しなくても、女性客にも好評らしいぞ」

「ええー……嘘だぁ」

 

 コーヒーを飲みながら話していると、拓海が戻ってきた。

 顔を洗って目が覚めたのか、心なしかスッキリとしている。

 

「くそ、俺も恒一と仕事したい……」

 

 不貞腐れた態度で朝食を食べ始めた拓海に、龍二が追い打ちをかける。

 

「おいおい、専務さんよぉ。メンズラインのプロジェクトマネージャーを任されたばっかじゃねーか。そんな余裕ねーだろ?」

「うるさい。裏切り者」

 

 拓海は急いで、でも残さずに恒一の作った朝食をかき込んだ。

 

「げ、やば、もうこんな時間か」

 

 食器をシンクに入れ、拓海は手早く身支度をした。

 それでもさすがはモデルだ。迎えが到着したと連絡が入る頃には、隙のない完璧な美男子が出来上がっていた。

 

「じゃあ、行ってくるわ!」

「いってらっしゃーい」

 

 拓海を見送ってからリビングに戻ると、ニヤニヤ笑いの龍二が見ていた。

 

「お見送りとは、微笑ましいねぇ」

「変に拓海を煽らないでよ。龍二さん」

「師匠と社長に許可もらってるのは嘘じゃねえぞ?」

「規定の研修受けてないから、ほぼ強制で呼び出されただけじゃん」

「そこは、ほれ、ヘタレのケツぶっ叩いてやろうと」

 

 ふん、と龍二が鼻で笑う。

 

(目の色変えて一気に囲い込むから、どうするつもりかと思ったら、仲良くオママゴトみてーな同居生活とは。泣けるねぇ)

 

 そう。

 現在、恒一と拓海は同棲している。

 

 2人が再会して、怒涛のように恒一の就職が決まった。

 その次の週には、一緒に暮らし始めることになった。

 

 当初、恒一は社員寮に入るものだと思い込んで、引っ越し準備をしていた。

 しかし、いざ荷物を運び込もうとして、そこが分譲マンションだと気付いた。

 いくら優良企業でも、都会のど真ん中にあるコンシェルジュ付きの真新しいマンションが、社員寮のはずがない。

 

「新居って、言わなかったっけ?」

 

 唖然とする恒一の後ろで、小綺麗なエントランスに不似合いな段ボールを持った拓海が首を傾けていた。

 その場で問い詰めると、マンションは拓海の母が用意したものだと言う。

 唖然とする恒一に、拓海は照れたように話した。

 愛情表現が苦手な母が、息子が長年探していた想い人が見つかったことを、とても喜んでいる。その証拠がこのマンションだと。

 

 そんなことを言われて納得できる訳がない。

 実際は投資だったり、モデルの美容的な生活環境管理とスキャンダル防止の意味もあったらしいが、それにしたって常識では考えられない。

 

 しかし、住んでいたアパートは、既に退去の手続きを終えていた。

 慌てたところで、いろいろと後の祭りだった。

 

 

 

 それから約半年。

 つい先日、恒一は大学を卒業した。既に『日本都市基盤研究所』の正社員となっていたが、光佑の言う通り会社は深刻な人手不足で、卒業までの間も、講習、修練、実務と、忙しく働いた。

 お陰で卒業と同時に、半年の実務経験者である。 

 

 何度かの修練のあと、恒一は営業職に適正があるとわかり、営業部に配属となった。とはいえ、ビルの3階にある事務所に営業職の人間がいることは滅多にない。

 主な仕事は依頼のあった怪異や幽霊への対処相談と、その見積もりだ。営業をかける必要はない。なので、ノルマもない。

 

 それ以外では、普段は京都本部にいる光佑が、関東に出張してくる時に呼び出される。

 時には怪異と向き合うこともあったが、そこは日本で4番目の実力者だという光佑の側にいて、危ない目に遭うことは全くなかった。

 

 することと言えば、怪異がどんな状態かを光佑に教えるだけ。

「敵意があります」「元の場所に帰りたいみたいです」「取り憑いた人間が死んだみたいです」「……え、エッチな女の人が好きだそうです」……とにかく、気付いたことを全部言えと言われ、その通りにするだけで、光佑は便利だと喜んでいた。

 どうやら、怪異の状態、特に何を考えてるかがわかるのは、希少な能力だったらしい。

 

 

 

 

「あー……確かにいらっしゃいますね……」

 

 今日は見積もり依頼のあった客との面談だ。

 先に軽く事情は聞いていた。依頼主は若い女性の幽霊に取り憑かれていて、除霊を希望とのことだった。

 

 依頼人の男は38歳。それなりに名の通った中堅企業の部長職だそうだ。

 情報を思い出しながら、恒一は名刺を出した。男はそれを受け取ったが、胡散臭いと顔に書いてある。そりゃあ、藁にも縋る気持ちで依頼したのに、大学を出てすぐの青二才がやってきたのだから、気持ちはわかる。

 

「どうですか。除霊できそうですか?」

 

 男性はひとまず俺の話を聞くことにしたらしい。切り替えの早いタイプだ。

 

「そうですね。可能だと思います」

「それは、……良かった」

 

 あからさまにホッとした様子の男は、すぐに表情を戻す。

 ぼったくられるんじゃないかと警戒する気配を感じる。

 

 男性と面談しているのは、事務所にいくつかある相談室と呼ばれている個室だ。

 広い部屋ではないが、机を挟んで椅子が4脚置かれている。その男が座っている席の横に、セミロングの女性が項垂れて座っている。男が話すたびに、ゆらゆらと反応を見せている。

 

(これ、痴情のもつれってヤツだな……)

 

 女性の霊からは強い怒りが伝わってくる。

 

「あの、見積もりをしたいので、霊と話してみていいですか?」

「話す……?」

 

 男がギョッとする。

 

「無理やり祓うこともできますが、そうなると強めの術を使うことになるので、どうしても高額になってしまいます。より効果的な術を用いることで適正な金額を算定できます」

「……なるほど。わかった。やってみてくれ」

 

 男が許可したので、恒一は女性に向き直る。

 

「はじめまして。霊障管理士の須々木と申します。あなたの名前を伺ってもよろしいですか」

 

 隣の空席に向かって話しだした恒一に、男は思わず腰を浮かせて距離を取った。

 

「あなたの怒りは霊力のない人間には伝わりません。言いたいことがあるなら、俺に言ってくださったら、お伝えします。お名前は?」

 

――シンタニ、ユカ……

 

 霊はあっさりと恒一の呼びかけに応えた。

 

(多分、最近亡くなったばかりの霊だな。感情が読みやすい)

 

「どうして、こちらの男性に憑いているんですか? 恨みや未練などがありますか?」

 

――ワタシ……カナシクテ、……ハラガタッテ……

 

 恒一は女性の霊としばらく交信して、必要な情報をまとめ、それを元に見積もりを作った。

 

 

 

 

 

「約420万かー、ゾッとしねーな」

 

 昼食を施設の食堂で食べ、恒一と龍二は講習と鍛錬の行われる階へと移動した。

 

「呪符を使うとなると、どうしても高額になるんだよなぁ……あの男の人、真っ青な顔になってたし」

「真っ青になってたの、金額のせいじゃねーだろ。あのオッサン、女の名前を出した途端に震えだしたぜ」 

 

 キシシ、と笑う龍二を横目に恒一は言う。

 

「女性の霊にしてみれば、これまでの恨みつらみがその程度の金額で、って思うんじゃない?」

「そう考えたら、ぜってーに生きてやり返す方が得だな」

「ほんと、そう思う」

 

 はあ、と恒一はため息をつく。

 

「ひでー言い草だったな。あの男。」

「……まあ、不倫なんてするのにロクなヤツはいないと思うけど。それでもケジメをつけようと思ったんだろうね。裏目には出たけど」

「発注するかな?」

「どうだろ。でも、子供生まれるって言ってたから、そっちに行ったらマズいってわかってたみたいだし」

 

 女性の霊の話では、男に捨てられてやけ酒して、気付いたら霊体になっていたらしい。なので、恒一には自死か事故死かの判別まではつかない。

 明らかに犯罪の場合は警察に通報義務があるが、今回は見積もりと報告書の提出で終わる。

 

「安らかに旅立ってくれたらいいんだけどなぁ」

 

 霊は強い思いを持ったまま現世に残ると変質化する。そうなると現世に囚われて、行くべき場所に行けなくなってしまう。

 そして、人の魂を食らう怪異に見つかってしまったら食べられる。だから、現世に留まるのは適した期間内にしないといけない。――と、講習で教えてもらった。

 

「さーて、クソ眠い講義受けてくっか……あー俺も呪符の修練受けてぇ」

「あはは、書けるようになったら、お金になるもんね。だったら、ノルマを頑張らないと」

「うへー」

 

 恒一と龍二はエレベーターホールで別れ、それぞれ反対方向にある部屋へ向かった。

 

明日で完結です。

残り1話、よろしくお願いします。

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