第43話:大学にスパダリが迎えにきた
拓海と再会して、かれこれ1週間が経過した。
その日、恒一はいろいろ世話になった友人たちに、就職が決まったこと、なにより拓海が見つかったことを報告しようと、大学に足を運んでいた。
単位は取得済みなので、大学に行く頻度はもう低い。
光佑の会社に入社が確定したことも、専用の内定報告フォームから大学には連絡を入れていた。とはいえ、直接言いたい相手もいる。
気候がよく、学内のオープンカフェは学生で賑わっている。
その中に、友人の町田を見つけて、恒一は駆け寄った。
「町田!」
「おう、なんか、久しぶり」
町田はスマホをいじっていた手を止めて、恒一の顔を見た。
「なんだ、元気そうだな。てっきり就活でげんなりして……」
町田の言葉が途中で消えた。
どうしたんだろうと思っていると、目をパチパチとして人の顔をガン見している。
「どうかしたか?」
「お前、なんか別人みたいに綺麗になってないか……? いや、綺麗ってのは語弊があるか……清潔感があるというか、垢抜けたというか……」
「ああ」
町田の言わんとしていることがわかって、恒一は笑う。
「わかるか? ちょっと、メンズエステの練習台みたいなことしてて」
「いやいやいや、わかるなんてもんじゃないだろ。……っていうか、なんだ、その服! よく見たらブランドじゃん!」
「ああ……」
恒一が今身につけているのは、有名なカジュアルブランドの服で、拓海に贈られたものだ。パッと見ではブランドとわからない、シンプルなデザインで、恒一でも抵抗なく着られるものだった。
曰く、『モデルは看板みたいなものだから、安モノを着たら怒られる』ということらしい。値段もわからないが、経費だそうだ。
ファッションには全く興味がなく、普段はファストファッションかアウトドアウェアを愛用していた。だから、似合っているかどうか、自分では今ひとつわからない。
「お、トメくんだ」
「トメくん?」
町田がカフェの反対側通路を歩く男子学生を見て呟いた。
「知り合い?」
「ああ、学部が違うと知らないか。あいつ、時々ふらっとサークルに来る幽霊部員なんだ」
「へえ……」
就活生らしいスーツ姿で、背筋を伸ばして歩く姿に見覚えはない。
――しかし。
(なんか、厄介そうなの、連れてるなぁ……)
遠目ではっきりとは見えないが、明らかに不穏な気配を身に纏っている。
彼の周囲だけ色が濁り、ぼんやりと影が二重に見えている。
「なんか、外資系の戦略ファームに就職決まったって聞いたぜ。……くっそ、すげーな」
「へえ、エリートだ」
素直に感心していると、話題の彼は建物に入って見えなくなった。
「あ、そうだ。髪は変じゃない?」
髪もカットもされた。長さはそのままで、梳かれてもっさりした印象が少し軽くなった気がする。
「変じゃない。というか、ちょっとのことで変わるもんだな……どこで切ったんだ?」
「あー、はは、ちょっと高い店、かも?」
「いいよ。これから会社研修とかあるし。ちょっとぐらい奮発しても……ってか、メンズエステって、そんな効果あるのか。いくらぐらいするんだ?」
町田が本気で悩んでいるのを見て、不思議な気がする。
(そんなに変わったか……?)
鏡で見た限り、そこまでの変化じゃないと思うけど。
確かに、高そうな導入液とUVクリームを毎朝塗るように言われて、その通りにはしているけど。
「恒一の友達だったら、割引しますよ」
突然頭上から声がした。
「あ、拓海」
見上げると、拓海が町田との間に立って、営業スマイルを浮かべていた。
なんだか、やけに気合が入っている。髪は流して自然な感じにセットして、肌も何だか瑞々しい。細身のスーツはスタイルの良さが際立って、今から撮影かと思うぐらいに決まっている。
元が美形なだけに、目が潰れそうだ。
「おわっ! 何だ、この美形……須々木の友達……って言うには、年上だよな。……そもそも、キャラが違うか……?」
「おい、町田、それ微妙に失礼だ」
ムッとすると、町田が「悪い、悪い」と頭を下げる。
「ひょっとして、須々木のエステ先の人? ひょえ~」
「ええ、そうです。YORIKO's METHODの佐原と言います。恒一の恋人でもありますが」
さらっと名乗って、名刺を差し出す。
それを両手で受け取ってから、町田がハッとする。
『YORIKO's METHOD 専務取締役 佐原拓海』
「えっ、この人、スタッフじゃなくて、役員なのっ!?」
「あはは、……そう思うよね~」
苦笑する恒一に、町田はさらにハッとする。
「恋人って、言った……?」
「ああ、うん。町田には言おうと思ってたんだけど、やっと見つかったんだ」
「見つかったって……例の美少年? あ、そういえば、佐原って」
町田が弾かれたように、拓海を見つめた。
「うん。……少年ではないけど、美形だ。須々木の審美眼の正しさが証明されたな。でも、10代には見えないけど?」
「うん、まあ。……俺の勘違いってことで」
「勘違いぃ? それにしちゃあ、……んまあ、いいか。良かったな!……あ、俺、須々木の友人で町田って言います。よろしく!」
町田の裏表のない挨拶に、拓海が肩透かしをくらったような顔をした。
しかし、すぐに普段の笑顔になった。
「こちらこそ」
「町田にも、拓海のこと探すの手伝ってもらってたんだよ」
「それは……お手数をおかけしました」
「しかし、あの似顔絵はない方が見つかったんじゃないか? 俺、女子にまで声かけまくって、ナンパに間違えられたりしたのに……」
「はは、ホントにごめん」
頭上で両手を合わせて、謝る恒一の横で拓海が怪訝な顔をする。
「似顔絵って?」
「ああ、これだよ。俺、合コンとかでも見せて、女子に顰蹙買ったんですよ。こんな可愛い子探してるの?って!」
「あ、ああ……それは……」
町田がためらいなくスマホの画面を拓海に見せた。
散々、聞き込みの時に使った17歳の拓海の似顔絵だ。ただし、恒一の脳内の。
町田が画面と目の前の拓海を見比べて言った。
「……意外と似てる?」
拓海は画像を見たまま、苦い顔になっていた。
「いや、ちょっと、なんか恥ずかしいな……」
脳内の妄想を覗かれた気分になって、どうにも気まずい。
その時、恒一の耳に女子学生の声が聞こえてきた。
「ちょっと、あれ、YORIKO's METHODのタクミじゃない?」
「え、うそ?」
バレたらマズくない?と拓海を見ると、声の方向に向かってニッコリと笑顔を向けた。
「キャンペーンもやってるので、よろしく」
キャアキャアと黄色い声が聞こえてくる中、町田がそっと耳打ちした。
「お前、大丈夫か? 刺されたりしねーよな……」
「怖いこと言うなよ」
ブルっと体を震わせていると、目の前に噂をしていた女子学生が来た。
「あの」
え、まさか、いきなり刺されるとかないよな。
咄嗟に相手を“視る”と、そこには鮮やかなピンク色が。
「ひょっとして、新モデルのコウイチくんですかっ」
「えっ?」
(何の話だろう? まさか、この間のエステのこと? でも、店舗で男性客に見せる用のサンプルとか、そういうのじゃなかったっけ?)
目線で拓海に助けを求めると、黙ってスマホを差し出された。
画面にはYORIKO's METHODのアカウントページが表示されていた。そこで新モデルの『コウイチ』として紹介され、記念撮影した画像も添えられていた。
「なんで?」
記事の内容が受け止められなくて、恒一は固まる。
何度も見返して、記事をスライドさせると、その下にたくさんのコメントがついていた。
絶句していると、女子学生の質問が続く。
「これって、女性用も同じですよね。うわ、画像で見た通り。毛穴、締まってて綺麗!」
近くで顔をじっと見られて、恒一はたじろぐ。
こんな経験したことない。
「はーい。モデルさんに近寄らないでー、って、ごめんね。まだ新人さんだから」
拓海が入ってきたことで、女子学生たちがキャーと頬を染める。
「お得な体験コースもいろいろあるし、学割も効くから、一度、お店の方にも来てみてね」
そう言って名刺を渡すと、彼女たちは楽しそうに去っていった。
「いや、すごいね。完全に別世界だ」
「何が起こってんだか、さっぱり……」
町田と顔を見合わせて途方に暮れる。
「……というか、いつの間に俺、モデルになってんの? 練習台じゃなかったっけ?」
「あー」
拓海が横から手を伸ばして上方向にスライドさせる。
さっきの記事の上に、さらに新着情報があった。
『昨日の投稿に大反響!ありがとうございます!実はタクミ&コウイチは、公認の「ビューティー・パートナー」。 2人のリアルな距離感が、メンズラインの新しいインスピレーションなんです。 運命の再会を果たした2人の美肌ストーリーに、今後も目が離せません!』
「……は?」
「そういう方向でも売り出すことにしたいらしい。……たぶん」
どうとでも取れる内容ではある。……あるけど。
俺、これモデル契約したことになってるのか?
しかも拓海と公認パートナー? そういう方向って、どういう方向?
「……美容サロンって、それでいいのか? というか、拓海のお母さん、どこまで知ってるんだ? まさか、拓海がゴリ押ししたんじゃ……」
あたふたする恒一を、まあまあ、と拓海が落ち着かせようとする。
「うちの母親が変わり者なのは、もうわかっただろ。はっきりとさせておくけど、俺が恒一を探してたのを知ってるし、協力もしてくれた。恒一が見つかったことも歓迎してるし、息子の恋人と仲良くしたいと言ってる」
立石に水のように言われ、恒一は黙って聞くしかない。
確かに、拒否できない空気を持った人だった。センサーにも悪い意味では引っかからなかったし。
(そっか、拓海のお母さん、男が恋人でも、本当に反対しなかったんだ)
「ただ……」
はあ、と拓海がため息をつく。
「恒一にちゃんと挨拶して、店の紹介とかするつもりだったらしい。けど、本人見たら、テンション上がって、……すまん。ああなった母は誰も止められない。さらに暴走するから……ただ、もしイヤだったら、俺が何とかする」
「たまに練習台になって、それを撮影されるぐらいなら別にいいけど……」
ふと、就職が決まったばかりだったのを思い出した。
「光佑さんの会社、大丈夫かな? バイトとか、副業禁止とかは書いてなかったけど」
「あの会社、そっち方面はぬるいから。本業持ちの俺のようなヤツがわんさかいるし。召集された時に行ければいいだけだから。あ、そんで、これ」
拓海に封筒を渡された。
「なにこれ?」
開けてみると、お札が何枚か入っていた。
「お金? なんで?」
「振込先がわからなかったから。この間のギャラだって」
「ええっ? こういうのって、お金がもらえないのが普通だろ?」
(カットモデルくらいしか、聞いたことないけど)
「おお、景気の良い話じゃん。もらっとけもらっとけ。そんで奢って」
「町田、うるさい」
恒一は席を立った。どうも女子学生の視線が気になって、居心地が悪い。
「なかなかスケジュールが合わなくて、他の連中には会う機会が少ないから、もし会ったら、伝えておいて」
「うーす」
恒一と拓海は、並んで大学の出口に向かって歩き出した。
背後から、黄色い声が聞こえてくるが、まあ仕方ない。
「あ、そうだ」
「うん?」
「新居決まったから、引っ越しいつにする?」
「んん?」
駅までの道すがら、拓海に当たり前のように言われた。
だから、恒一はてっきり会社の寮の話だと思っていた。




