表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/45

第42話:拓海ママの勢いに勝てない

 

「ま、まだですか……」

 

 恒一はぐったりとして、スタッフの女性にもう何度目かわからない問いを投げかけた。

 

「はい。あとちょっとですからねー」

  

 これも、もう何度目かわからない返答だ。

 香りの良いオイルを塗られ、むにむにと全身をマッサージされている。恥ずかしかったが、最初は痛気持ち良かった。

 何やら『筋膜リリース』とか『リンパドレナージュ』とか言うと説明されたけど、まな板の上の鯉って、こういうこと言うんだろうか? いや、鯉と言うよりは、タコ? 完全にぐにゃぐにゃである。スタッフのお姉さん、容赦ない……。

 ガウンのようなものを着ているとはいうものの、施術の場所が変わるたびにめくられて、慣れない恒一は気が気じゃない。

 

「調子はどーお?」

 

 カーテンで仕切られた空間に、この店のオーナー経営者である頼子が現れた。

 拓海の母親だが、そうとは見えない若々しさだ。美魔女として有名で、このサロンの広告塔として日々忙しく働いている。――という話を、さっき本人から一方的に聞かされた。

 

「若いって良いですよね~。こんなにツヤツヤですよ~!」

 

 スタッフの女性が一歩下がると、頼子は恒一の頬にそっと触れた。

 

「ああ、表皮のキメは整ってるし、内側からのパンプアップ感がある。見て、このオイルの浸透率! バッチリだわ!」

 

 頼子は恒一のエステ計画を、物凄い勢いで一方的に話し出す。

 施術内容は、門外漢の恒一にはさっぱりわからなかったが、どうやらこのサロンに定期的に通うことは既に決定済みらしい。

 

 パシャ、パシャ、とカメラの音が鳴る。

 

「あー、やっぱり思った通りだわ。このまま高濃度ビタミン導入まで続けてちょうだい。今日中にアフターの宣材写真まで押さえたいわ」

「……これ、あとどれくらいかかるんですか?」

 

 蒸しタオルを当てられたあと、泥のようなパックを塗られた。何だか、高級そうな香りが鼻をくすぐる。今の自分には分不相応だと感じて、非常に居心地が悪い。

 

「今は鎮静パック中ですからね。あと5分置いたら、仕上げの美容液を導入しますよ」

 

 正直、げんなりしたが、途中で止めるわけにもいかないだろう。

 頼子はスタッフの作業を見守っていたが、やがて、心を無にしたような顔で控えていた拓海を手招きした。

 

「拓海、ちょっと来て」

「なんでしょう?」

 

 頼子は拓海を恒一の側に寄せると、カメラを構えた。

 

「せっかくだから、記念撮影~!」

 

 パシャ、パシャ。

 

 2回、シャッター音が鳴ると、「じゃあ、あとは頼んだわ」とスタッフに言って、頼子は出て行った。

 

「ついていかなくて、いいの?」

 

 呆気に取られたまま、拓海に尋ねると「俺、今日休み……」とため息をついた。

 

「悪いな。母さんって、いつもあんな感じで……まさか、初対面の息子の恋人にまでやるとは思ってなかったけど。一度スイッチが入ると、肌が仕上がるまで解放されないんだ。俺も、撮影前はフルコースだし……はあぁ……」

 

 申し訳なさそうに言う拓海に、恒一は苦笑する。

 自分みたいな平凡なヤツに上等なエステなんて、無駄だとは思うけど。まあ、実験台でもなければ一生縁がなかったと思えば、いい経験だろう。

 そりゃ、事前に詳しく教えて欲しかったけど。

 

「あとは仕上げだけですから。その後で少しだけ撮影させてくださいね」

 

 女性はニコニコ笑いながら作業に戻る。

 

(そういや、さらっと恋人とか言っちゃってたけど、いいのか……?)

 

 ペタペタと美容液を塗りつけられながら、恒一は自分の流されやすい性格を後悔していた。

 

 

 

 

 

 そもそも、恒一がYORIKO(ヨリコズ)'s METHOD(メソッド)の本店に来たのは、拓海が受け取るものがあるというからだった。

 店内に入った拓海を、恒一は外で待っていた。

 しかし、ほんの数分もしないうちに自動ドアが開くと、中から派手な美人が姿を現した。

 拓海の母だ、と顔を見た瞬間にわかった。

 しかし、挨拶をする暇もなく、

 

「メンズラインがまだ軌道に乗ってないのよ。ちょっと練習台になってくれない?」

「え、……あ、はい」

 

 いきなりで驚いた上に、その口調が仕事を頼むようだったのも、また良くなかった。恒一は、反射的に頷いてしまった。練習台という響きが、カットモデルを想像させたのもある。

 しかも、相手は恋人の母である。良い顔をしたくなるのも仕方がなかった。

 

 男性のエステと言われてもピンとこない。せいぜい顔に何か付けてマッサージするぐらいしか想像していなかった。それが、こんなに大変だったとは。

 

 

 

 

 

「はい。お疲れ様でしたー」

 

 体中がぐにゃぐにゃになったような疲労感がある。

 

「あの、エステって、こんなに時間が掛かって疲れるもんなんですか……?」

「あはは。今回は特別。頼子さんの指示だったから。でも、すっごい効果よ? 見てみる?」

 

 手鏡を渡され、自分の顔をじっと見る。

 確かに肌は綺麗になった気がしないでもないけど、マッサージのせいで血行が良くなっているだけかもしれない。

 

「じゃあ、ちょっとだけ、仕上がりの写真撮らせてね」

 

(終わりじゃないのかよ……)

 

 パシャ、という音が鳴り止むまでは、まだしばらく掛かった。

 

 

 

 

 

 

 その日、疲れ切って自宅アパートに戻った恒一は、日課になっていたPCを立ち上げることもなく、ベッドの住人になった。

 

 その頃、YORIKO(ヨリコズ)'s METHOD(メソッド)のアカウントには、恒一と拓海のツーショット画像とともに、こんな記事がアップされていた。

 

『【重大発表】YORIKO'S METHOD 待望のメンズライン、ついに始動!

 

本日は新モデルのコウイチ様にご来店いただきました。徹底的なディープクレンジングとクレイパックで、本来の透明感が覚醒。専属モデルのタクミとのツーショットは、まさに「美の暴力」……! #メンズエステ #ジェンダーレス美容 #YORIKOMETHOD #先行予約受付中』

 

 ――恒一本人は、そのことに全く気が付いていなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ