第42話:拓海ママの勢いに勝てない
「ま、まだですか……」
恒一はぐったりとして、スタッフの女性にもう何度目かわからない問いを投げかけた。
「はい。あとちょっとですからねー」
これも、もう何度目かわからない返答だ。
香りの良いオイルを塗られ、むにむにと全身をマッサージされている。恥ずかしかったが、最初は痛気持ち良かった。
何やら『筋膜リリース』とか『リンパドレナージュ』とか言うと説明されたけど、まな板の上の鯉って、こういうこと言うんだろうか? いや、鯉と言うよりは、タコ? 完全にぐにゃぐにゃである。スタッフのお姉さん、容赦ない……。
ガウンのようなものを着ているとはいうものの、施術の場所が変わるたびにめくられて、慣れない恒一は気が気じゃない。
「調子はどーお?」
カーテンで仕切られた空間に、この店のオーナー経営者である頼子が現れた。
拓海の母親だが、そうとは見えない若々しさだ。美魔女として有名で、このサロンの広告塔として日々忙しく働いている。――という話を、さっき本人から一方的に聞かされた。
「若いって良いですよね~。こんなにツヤツヤですよ~!」
スタッフの女性が一歩下がると、頼子は恒一の頬にそっと触れた。
「ああ、表皮のキメは整ってるし、内側からのパンプアップ感がある。見て、このオイルの浸透率! バッチリだわ!」
頼子は恒一のエステ計画を、物凄い勢いで一方的に話し出す。
施術内容は、門外漢の恒一にはさっぱりわからなかったが、どうやらこのサロンに定期的に通うことは既に決定済みらしい。
パシャ、パシャ、とカメラの音が鳴る。
「あー、やっぱり思った通りだわ。このまま高濃度ビタミン導入まで続けてちょうだい。今日中にアフターの宣材写真まで押さえたいわ」
「……これ、あとどれくらいかかるんですか?」
蒸しタオルを当てられたあと、泥のようなパックを塗られた。何だか、高級そうな香りが鼻をくすぐる。今の自分には分不相応だと感じて、非常に居心地が悪い。
「今は鎮静パック中ですからね。あと5分置いたら、仕上げの美容液を導入しますよ」
正直、げんなりしたが、途中で止めるわけにもいかないだろう。
頼子はスタッフの作業を見守っていたが、やがて、心を無にしたような顔で控えていた拓海を手招きした。
「拓海、ちょっと来て」
「なんでしょう?」
頼子は拓海を恒一の側に寄せると、カメラを構えた。
「せっかくだから、記念撮影~!」
パシャ、パシャ。
2回、シャッター音が鳴ると、「じゃあ、あとは頼んだわ」とスタッフに言って、頼子は出て行った。
「ついていかなくて、いいの?」
呆気に取られたまま、拓海に尋ねると「俺、今日休み……」とため息をついた。
「悪いな。母さんって、いつもあんな感じで……まさか、初対面の息子の恋人にまでやるとは思ってなかったけど。一度スイッチが入ると、肌が仕上がるまで解放されないんだ。俺も、撮影前はフルコースだし……はあぁ……」
申し訳なさそうに言う拓海に、恒一は苦笑する。
自分みたいな平凡なヤツに上等なエステなんて、無駄だとは思うけど。まあ、実験台でもなければ一生縁がなかったと思えば、いい経験だろう。
そりゃ、事前に詳しく教えて欲しかったけど。
「あとは仕上げだけですから。その後で少しだけ撮影させてくださいね」
女性はニコニコ笑いながら作業に戻る。
(そういや、さらっと恋人とか言っちゃってたけど、いいのか……?)
ペタペタと美容液を塗りつけられながら、恒一は自分の流されやすい性格を後悔していた。
そもそも、恒一がYORIKO's METHODの本店に来たのは、拓海が受け取るものがあるというからだった。
店内に入った拓海を、恒一は外で待っていた。
しかし、ほんの数分もしないうちに自動ドアが開くと、中から派手な美人が姿を現した。
拓海の母だ、と顔を見た瞬間にわかった。
しかし、挨拶をする暇もなく、
「メンズラインがまだ軌道に乗ってないのよ。ちょっと練習台になってくれない?」
「え、……あ、はい」
いきなりで驚いた上に、その口調が仕事を頼むようだったのも、また良くなかった。恒一は、反射的に頷いてしまった。練習台という響きが、カットモデルを想像させたのもある。
しかも、相手は恋人の母である。良い顔をしたくなるのも仕方がなかった。
男性のエステと言われてもピンとこない。せいぜい顔に何か付けてマッサージするぐらいしか想像していなかった。それが、こんなに大変だったとは。
「はい。お疲れ様でしたー」
体中がぐにゃぐにゃになったような疲労感がある。
「あの、エステって、こんなに時間が掛かって疲れるもんなんですか……?」
「あはは。今回は特別。頼子さんの指示だったから。でも、すっごい効果よ? 見てみる?」
手鏡を渡され、自分の顔をじっと見る。
確かに肌は綺麗になった気がしないでもないけど、マッサージのせいで血行が良くなっているだけかもしれない。
「じゃあ、ちょっとだけ、仕上がりの写真撮らせてね」
(終わりじゃないのかよ……)
パシャ、という音が鳴り止むまでは、まだしばらく掛かった。
その日、疲れ切って自宅アパートに戻った恒一は、日課になっていたPCを立ち上げることもなく、ベッドの住人になった。
その頃、YORIKO's METHODのアカウントには、恒一と拓海のツーショット画像とともに、こんな記事がアップされていた。
『【重大発表】YORIKO'S METHOD 待望のメンズライン、ついに始動!
本日は新モデルのコウイチ様にご来店いただきました。徹底的なディープクレンジングとクレイパックで、本来の透明感が覚醒。専属モデルのタクミとのツーショットは、まさに「美の暴力」……! #メンズエステ #ジェンダーレス美容 #YORIKOMETHOD #先行予約受付中』
――恒一本人は、そのことに全く気が付いていなかった。




