第45話:ずっと一緒に。俺の居場所(完結)
「お先に失礼します」
修練が終わり、事務所に戻ってから、今日の見積もりと報告書を提出した恒一は会社を出た。事務担当の女性社員(もちろん霊障管理士資格持ち)がいるだけで、今日も同僚を見かけることはほとんどなかった。
会社の正面玄関を出ると、ヒュウッと風が吹き、視界の端に古びた緑色のバスが映った。
「今日はどうしたんだ?」
視線の先に、さっきまでいなかった人影がいた。
「ここなら停めていいって、あの男が言ってたからな」
端に停めてあるとはいえ、近代的なビルとの対比は違和感を通り過ぎて、オブジェにすら見える。まあ、外から見える位置じゃないからいいのか。霊媒師が驚くとも思えないし、霊力のない人間には見えないらしいし。
「何か用?」
「ああ、ちょっとな」
駅に向かって歩く恒一の横を暴風も歩く。
今日の格好は、整備士のようだ。
「それにしても、すっかり囲い込まれちまったな」
「まあ、それは俺も思う」
あれよあれよと言う間に、もうすっかりとこの会社に馴染んでしまっている。
条件で怯んでいたのが嘘のように、仕事内容も向いている気がする。
自分で自分の順応力の高さに感心してしまうぐらいだ。
「あの男だけでも忌々しいのに、この、気配。うざってぇな……」
「気配?」
新人霊障管理士として、大きなミスでもやらかしているんだろうか?
思わず暴風に顔を向けると、人形のような顔が眉間にだけ皺を寄せた。
「お前、俺というものがありながら、別のヤツの加護受けただろ」
「加護?」
講習で学んだ項目に“加護”というのは確かにあった。
しかし、それは呪符の一種で、霊的な存在から身を守るものだ。流派と威力、形状、金額も様々で、かなりの種類があったはずだ。
(それとも、光佑さんのお姉さんかな……?)
確かに、あの不思議な体験のあとに、言われた気がする。
「チッ、今も“視て”やがる……」
「ええ?」
恒一も慌てて周囲の気配を探る。しかし、わからない。
「気のせいじゃないか?」
「怪異のセンサー舐めんなよ」
不意に暴風が恒一の腕を掴んだ。
「良いもの見せてやる」
「えっ?」
ブツン、と一瞬で意識が途切れた。
ゴゴゴゴゴゴ……、プシュ、ゴゴゴ……
ハッと気付くと、バスの中だった。
周囲は闇だ。しかし、いろんな気配が蠢いているのはわかる。ここもまた霊道なんだろう。
「ちょっと、暴風。せめてひとこと断ってくれよ」
一瞬、ヒヤッとしたが、暴風の気配は変わらない。
なんの気紛れかはわからないが、“良いもの”とは何だ?
「もうすぐだ」
恒一の苦情を無視して、暴風はバスを走らせる。
ゴゴゴ、プシュ、ゴゴゴゴ……
霊道をいろんな気配が行き来している。
壁にあたる部分は世界の境目になるのだろうか。表面しか見えなくても、その奥がずっとずっと先まであるのが気配でわかる。
「あ……」
「わかるか?」
なんとなく。
呼ばれた気がした。
「霊道から外れていたから気付くのが遅れた。お前の縁者だろう」
黒い壁の向こうで、見えない。
だけど、いる。
意識の向こうで、繋がっている。
暖かい想い。
俺を心配している……
ぶわっと、自分の中に、感情の波が生まれた。
懐かしくて、暖かい……これは……
「……お父さん……お母さん……?」
声も聞こえない。
気配も遠い。
でも、間違い、ない。
「お父さん……、お母さん、俺……っ」
いきなりのことで、胸がいっぱいになる。
「元気でやってるから……、友達もいっぱいできたし、就職もしたよ……」
返事はない。
だけど、ゆらゆらと、気配が揺れる。
「こうやって、ここまでつれてきてくれるバスもいるし。……恋人もできたんだ……」
おそらく、言葉は通じない。
でも、きっと想いは……
「だから、心配しないで。俺は、大丈夫だから……」
微かな気配が、笑った気がした。
ゴゴゴ……、プシュ、ゴゴゴゴゴゴゴ……
バスはゆっくりと黒い闇の中を進んでいく。
恒一は遠ざかっていく気配に向かって、精一杯手を振った。
気配を感じなくなっても、それでもずっと振り続けた。
「……あ」
気付くと最寄り駅の近くに立っていた。
人気のない裏側の、空き店舗の多い一角だった。
「……あいつ、ちょっとは説明しろって言うんだ」
何の覚悟もなく、不意に訪れた、再会とも言えない再会。
でも、それで良かったのかもしれない。
あの村に呼ばれなければ、暴風に出会わなければ、――生きていなければ。
こんな機会は訪れなかった。
もう随分と遠くなってしまった記憶だ。
何も考えず、ただ両親の愛情を受け入れて守られていた頃。
あれからいろんなことがあった。
随分と変わってしまったような気がするけど、意外とそうでもないのかもしれない。
(ありがとう。お父さん、お母さん)
思い出すと辛いから、できるだけ考えないようにしてきた。
だけど、今はそんなに心が痛まない。
それは、成長したからなのか。
自分にも居場所ができたからなのか。
ふわっと風が前髪を揺らす。
(……きっと、あの壁の向こうには、生きたままじゃ行けないんだろうな)
そんなに急ぐことはない。
きっとあっちの世界は、ここと時間の流れが違う。
またいつか、会える日がくるかもしれない。
「あっと、いけない」
スマホを見ると、結構な時間が過ぎている。
拓海からのメッセージが届いていた。
「やば、返信しないと……。ええ? 頼子さんに高級弁当持たされた? もう、家に着いてる?」
恒一は慌てて、家の方向へ歩き出すが、一瞬立ち止まる。
「もう、駅、と……」
手短にメッセージを送って、スマホをポケットにしまう。
すう、と息を吸って、家に向かって駆け出した。
「……遅いな、恒一。メッセージも既読にならないし……」
拓海は予定より随分早くに帰宅していた。
いつものごとく、母の突発的なアイデアで、既存店の内装が変更になってしまい、急遽、デザイナーとの打ち合わせになった。こうなった時の母は、誰の言うことも聞かない。拓海はやれることもなく、ただじっと打ち合わせの内容に耳を傾けていた。
夕食の時間が迫る中、届けられた高級弁当。拓海は弁当を2つ持たされ、早々に追い出された。きっとまた夜中まで、ああでもないこうでもない、と激論を戦わせるのだろう。
子供だった頃は、帰ってこない母親に寂しい思いもした。でも、今の立場に立ってみると、仕事人としての熱量とセンスを尊敬するようになった。
だからといって、母と同じようになろうとは思わないけど。
ダイニングテーブルの上に弁当を置いて、スマホを確認する。やはり既読にならない。
(恒一って、今の生活をどう思ってるんだろ……)
再会した喜びのまま、勢いで恋人関係を確定させて、同居に持ち込んだまでは良かった。
恒一も満更でもなさそうだったし。
朝の弱い俺を起こしてくれるし、疲れている時は察してくれる。
子供の頃から一人暮らしみたいなもんだった俺は、家事全般がそこそこ出来るし、恒一もそうだ。ハウスキーパーを定期的に入れているので、家はいつも快適だ。
なによりも、「ただいま」「おかえり」が言い合える。この安心感はなにものにも代えがたい。
まさに拓海にとって、理想的な“同居”生活だ。
(ただなぁ……どうしたもんか……)
囲い込むのを優先するあまり、騙し討ちのように同棲に持ち込んだのが悪かったのか。
当たり前のように、恒一が持ち込んだシングルベッドに何も言えなかった。恒一が俺の部屋だと思っている寝室にあるのがクイーンサイズのベッドだというのに。
(恋人だと認めさせた勢いで、先に既成事実を作っておくべきだったか?)
一緒に暮らすようになってから、さすがに年齢差には慣れた。
生きてさえいてくれれば、それでいい。その気持ちに嘘はなかった。
――とはいえ。
恋人だと言うからには、もうちょっとこう、……あってもいいんじゃないか?
過去の環境のせいか、恒一は他人と一緒に過ごすことに慣れている。反対に俺は一人でいる時間が長過ぎた。
同じ空間にいることに満足して、急ぐ必要はないと思ってしまったのが災いしたのか。……さり気なく空気を作ろうとしても、上手くかわされている気がする。
(大体にして、どっちが嫁なんだよ……)
同性同士では結婚できない。“嫁”というのが冗談交じりの比喩だったのもわかってる。
落ち着いた年上の男性というイメージは「22歳の若々しい青年」に置き換わった。
ただ、「嫁に来るか?」の言葉だけが、11年の時間を掛けて、じっくりと熟成されてしまって、なかなか払拭できない。
(再会した時に、勢いに任せてヤれば良かった……)
昔のままの姿に衝撃を受けて、その若さと体格の逆転に可愛いと思った。
あの時、勢いのまま一歩踏み込んでいれば、きっと恒一もそういうものだと受け入れてくれた気がする。
しかし、無理強いはしたくないという建前で、囲い込むことを優先してしまった。
その間に経過した時間で、村では知ることのなかった恒一の深いところを知ることになり、今度は安易に手が出せなくなってしまった。
そして年齢ではない、本人の資質が持つ包容力に更にノックアウトされての、今ここだ。
(つーか、22歳だろ。性欲とかないのか?)
恒一が望むなら抱かれる側に回ってもいい。
そうじゃないなら、ぜひ抱きたい。
――そもそも、望まれていなかったら……
若い頃に爛れた生活を送ってきたせいで、恋愛ごとの常識に自信がない。
ふと、サイドボードに置かれたリーフレットが目についた。
拓海が担当しているプロジェクトの広告で、刷り上がったばかりのサンプルを持ち帰ったものだ。恒一も拓海とともに、モデルに起用されている。
「粗のない平凡顔って、美形なんだがな」
拓海だけをモデルに使った広告は女性受けは良かったが、肝心の男性客の反応はイマイチだった。今回は恒一をメインに使って、親近感を全面的に出す方向を試している。
そのつもりだったが。
施術中の未加工の画像とは違って、表紙画像は多少手を加えてある。とはいえ、見比べなくとも本人とはっきりわかる。スタッフの技術の高さは自慢だが、それでも元の素材が良くないと、こうはならない。
惚れた弱みで良く見えるだろう点を差し引いても、色気のある良いキービジュアルだ。
(やべーな。これ、女が結婚相手に選ぶドンピシャ顔だよな)
まだ22歳の恒一は知らないだろうが、適齢期の女は刺激よりも安定を望むようになる。
もし、恒一が自分と同じ年月を過ごしていたなら32歳。しかも、知る人ぞ知る超優良企業の社員だ。押しに弱いことを考慮に入れると、とても独身でいるとは思えない。
恒一が昔の姿のままでいてくれて、そしてこのタイミングで囲い込めて良かったと、リーフレット片手にしみじみと実感した。
「……しかし、遅いな」
既読の付かないスマホが手に重く感じる。
(……もしかして、逆ナンとかされてねーよな)
経営者の目で、恒一を客観的に見ていたのが良くなかった。
素の自分に戻った途端、激しい焦りを感じてしまう。
サロンのトリートメントや日々の手入れ、着るものも拓海が一新させたことで、恒一は一気に垢抜けた。
好きな相手が自分の手で綺麗になっていく。そこに職業的満足を得ていたが。
(ヤバい。自分の手で、モテ男にしてしまったんでは……?)
そもそも恒一は同性愛者じゃない。
女子に告白して断られたと言っていた。
俺を好きになったのだって、“小さくて可愛いから”だったはずだ。
(いやいや、落ち着け)
今の俺が嫌なら、さすがに同棲に同意しないだろう。
友人にも恋人と紹介されたし、大丈夫なはずだ。
たぶん、……きっと……。
でも、あいつ、押しに弱いしな……。
「あー……」
スマホを見る。まだ、既読は付かない。
じわじわと不安が迫ってくる。
恒一と同居するまでは無視できていたそれが、今は無性に怖い。
ずっとずっと孤独に耐えてきた。
もう、膝を抱えて、帰ってこない誰かを待つのはイヤだ。そこから逃げて、ひとときだけの享楽に耽るのもイヤだ。
ブブブ……
「わっ」
手にしていたスマホが振動して、咄嗟に声が出てしまった。
見ると、恒一からのメッセージだった。
――もう駅 すぐ帰る
それだけの短い文章に、拓海からふうっと力が抜ける。
「はは……」
俺を安心させるのも、不安にさせるのも、恒一だけだ。
それを依存というのだろうか。他に経験がないのでわからない。
ふう、と息を吐き、拓海は椅子から立ち上がった。
「さて、お茶でも淹れるか……」
心を落ち着かせるために、シンクに行って湯を沸かす。
貰い物の良い茶葉があったはずだ。
「早く、帰ってこい」
大事なものに対して、グダグダと考えるのは悪い癖だ。
後悔するような生き方はしないと、決めたはずだ。
そろそろ覚悟を決めよう。
(絶対にシングルベッドを粗大ごみに出してやる……!)
湯が沸くまでの短い間に、拓海は恒一をどうやって籠絡しようかを考えた。
(急げ、急げ)
恒一は自宅への道を走る。
別に慌てなくても、家も拓海も逃げはしないのに、妙に気が焦る。
両親の気配を感じたからだろうか、無性に帰る場所があることの幸せを思い出した。
ずっとあり続けると思っていた自分の居場所。
でも、それが唐突になくなってしまうことがあると、今は知っている。だからこそ、大事にしないといけない。
(拓海……)
拓海の顔が見たい。
毎日、見ているのに、それでも、一瞬でも早く。
「はぁ、はぁ、はぁ」
マンションの下に着いて、自分たちの住む部屋を見上げる。
他にもたくさんの部屋の灯りが目に入る。
だけど、その中でも一番暖かく見える、俺たちの家。
恒一は息を整えて、エントランスに入った。
エレベーターのボタンを押して、乗り込んだ。
家のある階に到着して、扉が開く。
通路をゆっくりと歩いて部屋の前に立つ。
鍵を開けて扉を開き、玄関で靴を脱ぐ。
廊下の向こうで、リビングが柔らかい色に輝いている。
そこに映る長身のシルエット。
「ただいま!」
拓海はちょうどお茶を淹れてくれていたようだ。
顔を上げて、にっこりと笑ってくれる。
いつもながらイケメンで、やっぱり羨ましい。
「おかえり。ほら、早く手を洗ってこいよ。俺、腹減っちまって」
「あ、はーい」
恒一は上着をハンガーに掛けると、バタバタ洗面所に向かう。
その胸には、暖かい気持ちが溢れていた。
「……うし!」
拳を握りしめ、拓海は決意を固めた。
高級弁当を楽しみに、恒一は嬉しそうに手を洗っている。
拓海がリビングで気合いを入れていることには、まだ気付いていない。
END
これにて完結です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
きっと、このあとも周囲とドタバタしながら、二人は仲良くやっていくでしょう。
関係の発展は亀の歩みかもですがw
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また別のお話でお会いできますように。




