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第40話:結界の聖域。霊媒師のボス

 

「まあ、返事は今度でええわ。家でじっくり読み込んどき」

 

 書類とにらめっこをしている恒一に、光佑は白旗を揚げた。

 本音は、今すぐにでも恒一にサインをさせて、就職の確約が欲しかったが、無理強いは良くないと判断した。

 倫理的な問題からじゃない。単純に恒一の性格を考えた時に悪手だと思ったからだ。

 

(それに、まあ、大丈夫やろ)

 

 用心深いことは悪いことじゃない。

 特に光佑の近くで働くとなれば、必須スキルではある。

 

 皮肉なことに、恒一の用心深さが、より有用な人物であるとアピールする結果になってしまってる。そのことに恒一本人は気付いていない。

 

「いいんですか?」

 

 書類から顔をあげた恒一が、きょとんとする。

 

「今すぐ決めるからこその、好条件だと思ってました」

「そんなセコいことするか。別に何日待ったってええねん。それだけの条件出したつもりやし」

「それは、そうですね」

 

 ほう、と恒一は息をつく。

 書類をいそいそと封筒に戻し、胸に抱えた。

 

「正直、夢みたいです。……まさか、縁故採用なんて……俺、身内がいないんで」

 

 恒一は自嘲気味に笑う。

 しかし、光佑は気にした様子もなく受け流した。

 

「そもそもうちの会社、一般募集なんかしとらんから、全部縁故みたいなもんや。この試験受けるのすら、紹介いるんやで」

 

 光佑は話しながら部屋の出口へ向かう。その後ろに恒一と拓海も続く。

 

「あれ、帰らないんですか?」

 

 光佑が更に奥へと向かっていくのを、拓海が怪訝そうに尋ねる。

 

「ついでや、ついで。次、いつ揃うかもわからへんやろ」

 

 光佑が手で「こっち」と合図しながら歩いていく。

 

「次はどこ行くんだろ」

「さあ?……この先は、俺も行ったことないな」

 

 後をついていくと、途中で2度、扉を通り抜けた。

 やがて、廊下はホールのような場所に出た。

 ホールの壁には皺一つない、大きめの呪符が整然と並んで貼られている。

 その正面に、大きな木製の扉がある。

 

(まるで、鳥居だ……)

 

 扉の上部には鳥居を思わせる形状の木材がはめ込まれ、扉の枠とともに、鮮やかな朱色に塗られている。

 清廉な空気も相まって、しめ縄と紙垂しでが掛けられた扉の向こうが、神聖な場所だとわかる。

 

 パンッ、パンッ

 

 光佑が柏手を打った。

 

「俺や」

 

 その瞬間、扉の向こうの気配が、わずかに動いた。

 

 扉はスウッと、音も立てずに内側に開いた。

 

 

「わあ……」

 

 そこは真っ白な円形の部屋だった。

 漆喰の壁に、無垢の柱が12本。柱には燭台が取り付けられているが、火は灯っていない。

 そして中央に数段高くなった場所があって、周囲は御簾で囲われている。

 

 フッと室内の照明が消えた。

 完全な暗闇だ。

 

「拓海っ」

「こっち」

 

 思わず手を伸ばすと、すぐに掴まれた。

 

 ポウ……ポウ……ポウ……

 

 青白い火が、ひとつ、またひとつと燭台に灯っていく。

 火は燃えているというより、そこに浮かんでいるようだった。煙も、音もない。ただ淡い光だけが揺れている。

 ゆらゆらとした光は、やがて御簾の向こうにも灯った。

 

「随分と演出過剰やな。姉上」

 

 シュリ、と衣擦れの音が聞こえた。

 

『ぬしは、まこと趣というものがわかっておらぬのう』

 

 鈴を鳴らしたような、音ではない“声”が聞こえた。

 

『さて、須々木恒一とやら』

 

 唐突に名前を呼ばれた。その瞬間、体の芯が掴まれたような衝撃を感じた。

 

「はい……」

 

 研ぎ澄まされた霊力だと、頭の奥で感じた。

 しかし、意識は全て御簾の奥にいる人物に釘付けになっている。

 

『わたくしは、綾操あやつり燦來さんらい。そこの愚弟の姉で、綾操の宗主をやっておる』

 

 “声”そのものに圧は感じない。

 圧倒的なのは、存在そのものだ。

 

『そちらの、佐原拓海とやらも。長い間、愚弟が世話になっておる。感謝するぞ』

「……はっ」

 

 拓海も同じ圧を感じているのだろう。

 苦しそうには見えないが、微動だにできないほど緊張して見える。

 

『ふたりとも、わたくしの名前を呼ぶのじゃ』

 

 ふわり、と風もないのに、御簾が外側にめくれ上がっていく。

 白い着物に朱色の糸。

 光沢のある白い帯。

 幾重にも重ねられた薄衣。

 

「……あ、」

 

 現れたのは、神々しいまでに美しい女性だった。

 魂ごと、惹かれるような……

 

「綾操燦來、さま……」

 

 先に拓海が燦來を呼んだ。

 恒一の頭に警鐘が響く。この状況において、“名前”を呼ぶのに、なんらかの意味があるのだけはわかる。

 

「あ……」

 

 美しい……。

 

 たおやかな笑み。透き通る肌。長い睫毛。艶やかな赤い唇。

 

 この方の力になりたい……。

 

「あ、あやつり……さ……」

 

 何もかもを見透かすような、澄んだ瞳――

 

 燦來の輪郭が、ゆらりと僅かに揺れた。

 その向こうに、誰か……?

 

「ん、……らい……」 

 

 ふわっと、体が暖かいものに包まれる感覚がした。

 

 

 

 

 

「……はっ」

 

(え? 今、俺、何を?)

 

 きょろきょろと周囲を見渡すと、室内は煌々と照明がついていた。

 燦來がいた中央の場所には、きっちりと御簾が掛かっていて、もう中は見えない。

 

「拓海?」

 

 真横にいる拓海は前を向いたまま呆然としている。

 

「ご苦労さん。そんじゃ帰るで」

 

 光佑に声を掛けられて、拓海がハッと我に返る。

 

「あれ、俺……?」

 

 恒一と同じように周囲を見回すと、不思議そうな顔をしている。

 

「大丈夫か? 拓海」

「ああ、うん。何だったんだ、今の」

 

 2人で御簾の向こうに目を向ける。

 

(誰もいない……)

 

 気配はない。霊気ももう感じない。

 

「ほら、早よし。もう行くで」

 

 先を歩く光佑とともに部屋を出ると、扉は閉まった。

 同時にガチッと強い結界が閉じられたのを感じる。

 

「あの、師匠、今のは……」

「あの人が宗主や。拓海も“視る”のは初めてやろ」

「メチャクチャ美人でしたね……」

 

 拓海が歩きながら確認するように、手をグーパーする。

 

「ひょっとして、これが“加護”ですか」

「そうや。本来バイトにはもらえへん。ありがたいやろ」

「加護……?」

 

 話を聞いて、恒一も確認してみる。

 

(さっきの暖かい感覚のことだよな……?)

 

「あれ? 宗主ってことは……」

 

 拓海がふと気付いて、光佑を見る。

 

「そう、俺の姉であり、嫁さんや」

「嫁さん? あの綺麗な人が? ……あれ、でも、姉上って?」

 

 驚いた恒一に、光佑が付け加える。

 

「血は繋がってへん。養子や言うたやろ」

「……いや、でも。あの人、人間じゃないですよね?」

 

 恒一の言葉に、拓海がギョッとする。

 

「え? そうなのか? 確かにヒトとは思えないくらいに美人だったけど」

 

 プッと光佑が笑う。

 

「本物は京都や。さっきのは霊体だけが飛んできてたんや。演出が過剰やったやろ? ああやって目眩ましで誤魔化しとんねん」

 

(本体が京都……ホログラム通話みたいな?)

 

「お役目があって、なかなか本殿から出られへんから、用事のある時だけな」

 

 3人は話しながらエレベーターホールに戻ってきた。

 

「俺はまだやることがあるんで、今日はここで。須々木くん、入社の話、真剣に考えておいてや」

  

 恒一と拓海がエレベーターに乗り込むと、光佑は手を振った。

  


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