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第38話:綾操光佑、実は偉い人

 

 ガチャ。

 

「巫女の骨出せや、コラ」

 

 ドアが開くなり、光佑(こうゆう)は第一声でそう言った。

 

 太陽はとっくに頭上にある頃。

 目の下に隈を作った光佑が部屋にやってきた。昨晩、横須賀で別れた時とは違い、今は白い作務衣のようなものを着ている。

 光佑が乱雑にカーテンを開けると、室内が明るい陽光に照らされる。

 

「こっちが徹夜で怪異と格闘しとる間に、乳繰り合いやがって、ええご身分やな、クソ弟子」

 

 いきなり掛け布団をはぐられて、恒一は目が覚めた。

 

「わわっ、えっあっ? あ、……ああ、光佑さん、おはようございます」

 

 突然の目覚めに、一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。

 

「うす」

 

 思いっきり不機嫌そうな顔で拓海も起き上がる。

 

「巫女の骨は、“念入り”に仕舞っとけって、龍二に言うたはずやけど?」

「俺は聞いてないっすよ。今までずっと寝てましたし?」

 

 険悪なムードに、恒一が慌てて間に入る。

 

「あの、2人で拓海をこの部屋に連れてくるのに精一杯だったんです。それに、龍二さんも俺一人を残して、部屋を出れなかったって言ってました」

「ふはははっ、語るに落ちたなスズキコウイチ! その龍二がおらんってことは、拓海が起きたってことやろ?」

「あっ」

 

 思わず、恒一は口に手をやる。

 

「大体なんや、その寝不足そうなツラ。どうせ、隣に愛しの旅人ちゃんがいて、興奮して寝れへんかったんやろ」

「人聞きの悪いこと言うなよ。このクソ師匠」

「えっ」

 

 恒一は驚いたあと、おろおろし始める。

 

「あ、興奮って、そういうことだよね? あの、俺、邪魔しちゃった? 帰った方が良かったかな?」

「どうせなら、手伝ったりーな。ふへへ」

「セクハラだ。おっさん」

 

 拓海がのっそりとベッドから立ち上がって、風呂敷包みを手に取った。

 

「あの、手伝った方がいいのか?」

 

 ゴンッ!

 

 恒一に上目遣いで聞かれて、拓海は盛大に頭を壁に打ち付けた。

 

「すごい……須々木くんって、意外と……」

「手伝ったことあんの……?」


「えっ! ナイナイっ! えっと、そのっ、……施設だと、なかなか一人になるのが難しかったから。その、お互いに外に出たりとか……」

 

 モゴモゴ言ってるうちに、光佑は拓海の持つ風呂敷包みを奪い取った。

 

「ええから、さっさとついてこい」

 

 そう言われて、恒一は急いで上着を身につけた。拓海も部屋着の上から、制服の上を羽織った。

 そして、早足で廊下を行く光佑のあとを追いかけた。

 

 

 

 

「おはようございます。若様」

「「おはようございます」」

 

 エレベーターが地下1階に到着した途端、ずらりと並んだ複数の従業員が頭を下げた。藍色の作務衣のような制服は、修行僧のような印象を受ける。

 恒一は、ひと目で彼らが只者ではないのに気が付いた。表面的には静かなのに、内なる霊圧とでも言うのか、揺るぎない存在感を感じる。

 

「おはようさん。こっちの若いのは、コレを見つけてくれた功労者や。覚えといて」

「畏まりました」

 

 中では年嵩の男性が恒一に向き直り、改めて頭を下げてきた。

 

「こちらで管理を担当させていただいております。何かございましたら、遠慮なくおっしゃってください」

「あ、はい。お構いなく……」

 

 緊張しながら、思わず頭を下げた。

 

(光佑さんって、そんなに偉い人だったんだ……?)

 

 光佑は奥に向かって平然と歩き出した。その後を慌てて追いかける。

 

(あ、この奥から、すごい……神聖な気配がする……?)

 

 格調高い日本建築を思わせるシンプルな内装の廊下が続いている。華美ではないが、それが清廉な空気と調和している。いくつかの扉を過ぎ、そのうちの一つの前で光佑は立ち止まった。

 取っ手を回すと、鍵がかかっていないのか、ドアは簡単に開いた。

 

 光佑について入ると、中は20帖ほどの部屋になっていて、独特の清廉な空気が満ちていた。

 そこには、床から立ち上がる形で御影石の台が、部屋を囲むように18個。さらに中央に、横並びで3個の台がきっちりと配置されていた。

 光佑は、その中央の台に風呂敷包みを置いて、中に入ってあった桐箱を取り出した。

 

「ふっ!」

 

 軽く霊気を送っただけで、桐箱に貼られていた呪符が弾けるように消えた。

 その途端、箱から覚えのある気配を感じた。

 

「わかるか?」

「はい。……でも、巫女さんはもういませんね。……残り香……みたいな? 同じ気配は感じます」

「特級呪物て言うたやろ。怪異からしたら、おそろしく心惹かれてしまうヤツや。放っといたら、またあそこに大量の怪異が集まってまう。まあ、ここやったら大丈夫や。何重にも結界が張ってあるからな。……ほな、行こか」

 

 光佑に促されて部屋を出る。見たところ、他の台にもいくつかの箱や不定形の袋が置かれている。

 

(あれが全部、特級呪物というモノなのか?)

 

 そう考えながら、恒一は再び廊下に出た。

 このまま部屋に戻るのかと思いきや。光佑は更に奥へと足を進めていく。

 

「師匠ー、どこまで行くんですか」

「ふふふ、俺はお前と違って、チャンスは絶対に見逃せへんのや」

「え、まさか」

 

 拓海が何かに気付いたが、光佑はさっさと次の目的地の扉を開けた。

 

「ここは?」

 

 室内には、簡易な祭壇のようなものがあった。真新しい白木のそれは、神棚に似ているが、どこかが違っている気がする。

 

 その祭壇の前に一枚板の机と背もたれのない椅子。どちらも白木造りだ。

 

「師匠まさか……」

「はいはい、須々木くん、こっちに立って」

 

 光佑は祭壇に背を向けて、机の前に立つ。恒一は言われるがままに、その反対側に立った。

 

「はい、これ持ってや」

「これは?」

 

 手渡されたのはハガキ大くらいの和紙。裏表を見てみたが、何も書かれていない。

 

「これに霊力を送ってみて」

「え、やり方がわかりません」

 

 試しに和紙を睨みつけて意識を集めるが、何も起きない。

 

「拓海、見本見せたって」

「待った! 師匠、せめてちゃんと説明してやってくれ。いくら師匠でもルール違反もいいとこだ」

「……お前、急に細かいやん……いつも龍二と適当なことばっかしとる癖に」

 

 光佑はぶつぶつ不満そうにしながらも、恒一に説明を始めた。

 

「これはな、霊力を測る試験紙や。霊力を送ったら、そこに出てくる文字や色で、どれだけの能力があるかがわかんねん」

 

 そう言うと、光佑がキュ、と短く紙に霊力を込めたのがわかった。

 

「こんな風にな」

 

 見せられた紙には、墨字のように真っ黒な文字がいくつも浮かび上がっていた。文字は漢字に似ているが、恒一には読めない。

 

「うわ、えぐ……」

 

 それを見た拓海がげんなりとした顔をする。

 

「今のでやり方、わかったか?」

「いえ、一瞬だったんで……」

 

 強い霊圧が紙に掛かったのは感じたけど、同じことができるはずもない。

 

「師匠。やり方の話じゃない。なんで、恒一に試験させるのかと、結果が出たらどうするつもりなのか、ちゃんと説明しろって」

「ちっ、説明なんか、あとでええやん。どうせ結果は同じなんやし……」

 

 光佑はもう1枚紙を出して、拓海に手渡した。

 

「須々木くん、俺はあんたをうちの会社にスカウトする。残念ながら拒否権はないで」

「え、ええっ?」

 

 どういうこと?と拓海の顔を見ると、複雑そうな顔をしている。

 

「俺は反対だ。恒一が霊媒師に向いてるとは思えない。危険なだけだろ」

 

 その言葉に恒一がカチンときた。

 

「やっぱり危険なんだな? 拓海こそ、会社員してるなら霊媒師なんかする必要ないだろ? 俺を止めるなら、お前も辞めろよ」

「ま、待てっ! 霊媒師は万年人手不足なんや! 辞めるの推奨するの止めてんか!」

 

 口喧嘩を始めそうになる2人を、今度は光佑が慌てて止めに入る。

 

「まあ、落ち着け、2人とも。別にウチに入社したからって、戦わへん職種かってあるやろ。さっきの施設従業員かて、霊媒師の資格は持っとるで。でないと、ここじゃ働けへん」

「そりゃ、まあ……」

「……なるほど」

 

 恒一は考える。この会社は規模こそ大きくないが、超優良企業として注目されている。そして、滅多に募集がない高嶺の花と認識していた。

 それがまさか、入社条件が『霊能力必須』とは知らなかったけど。

 

「拒否権がない、というのはどういう意味ですか?」

 

 まるで入社が決定事項のようじゃないか。

 

「それは、利害の一致や。ウチとしては須々木くんのような珍しゅうて、有用な霊媒師が手に入る。須々木くんかて、優良企業に入社して高給取りになれる。――それに、普通の会社に入るのはオススメせえへんで」

「どうしてですか?」

 

 光佑がにやりと笑う。

 

「これは須々木くんに限ったことやないねんけどな。霊能力持っとるヤツは、多かれ少なかれ怪異や悪霊と関わることになる。その時に一般人やったら、どうやって対処すんねん? そりゃ依頼されたら、なんぼでも霊媒師を派遣するけど、いくら金がかかると思う?」

「そんなのは、俺がいたら何とかする……」

「あほんだら。お前の手に負えんヤツが相手やったら、どうすんねん。あのバスの怪異にも勝てへんやろ?」

「ぐぐっ」

 

 図星だったのか、拓海が唸る。

 

「あの怪異、今は須々木くんが手懐けてるけど、解き放たれたらかなり厄介やで? 俺ら霊媒師は生きたまま霊道を通れん。そこで暴れられたら手も足も出えへん。それはつまり」

「あ……」

 

 ここで、恒一は光佑の言いたいことに気がついた。

 

「――須々木くんが、バスに命令したら、どうなると思う?」

 

(そんなこと、する訳がない! と言いたいけど、そこじゃないんだろうな……)

 

 人間の口約束が、どれほどいい加減なものかは知っている。だからこそ、紙の契約書が必要になったんだろうし、それですら破る人間はいる。

 霊的なことに無知な自分にはわからないが、きっと組織に縛る方法があるんだろう。

 

「ま、とにかく試験や。これをせんことには話が進まへん」

「チッ」

 

 拓海が和紙を手に取った。

 

「お手本になるんやから、ゆっくりやで」

「はいはい」

 

 拓海の手にゆっくりと霊力が籠もっていく。

 恒一は意識を集中して、その動きをなぞる。

 指の先に何かが、集まるのを感じる。

 

「できるやないか。上出来や」

 

 光佑の言葉に顔を上げると、2人の目が恒一の指を見ていた。

 

「あ……」

 

 ほんの僅か。

 けれど確かに、そこに霊力の塊が生まれていた。

 


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