第37話:暖かい心の色。新たな関係
「ごめん。俺も不安で、つい」
恒一は拓海に謝った。
口ではピンクと言ったが、ようするに暖かい色の感情だ。
嫌悪、嫉妬、軽蔑、怒り、暴力的なまでの拒絶……こういった悪感情に対しては敏感に察知して、分析――最初はあいまいだったけど、今ではそれなりの精度があると思う。そして、理解する。危険回避のために、必要だったからだ。
悲しい、悔しい、寂しい、……これも、周囲に多くあった感情だから大体理解できた。
ただ、暖かい感情。これはプラスの判断をするだけで、あまり考えてはこなかった。友人たちや周囲の人たちから感じてきた安心できる印。それと同じようで違う。もう少し鮮やかな色合いで、少しひりつく感じ。
どうしようもなく、胸がざわつく。
村にいた時にも感じたけど、その時とはまた違う。
(俺にとっては1年だけど、先客には11年。長いよなぁ……)
好意を抱いてくれているのは確かだろうけど、11年だ。
俺が「生きていてくれたら、それだけでいい」と思ったように、先客は過去に囚われて、執着しているだけじゃないだろうか。
「不安って、なんでだよ。全部、わかってんだろ」
拓海がジト目で恒一を見る。
(いや、それは可愛いだろう)
恒一は笑いそうになる気持ちをぐっと抑える。
まさか、11年も探してくれてたなんて、考えたこともなかった。
「その、こればっかりはどうしようもないんだけどさ。俺にとって先客と一緒にいたのは1年前なんだ。でも、先客には11年経ってるんだろ?」
「うん」
憮然とした顔で拓海が頷く。
「だからさ、あの。なんていうか。……その、びっくりが先に来て」
「それは俺も同じだ」
経過した時間は、途方もなく違うのに、同じ感情を共有している。
そんな状況に、ふたり同じように困惑していた。
「……ずっと探してたから。毎年、その年齢のヤツを見て想像してた。旅人はどんな大人になってるかなって」
「俺も、ずっと小柄の先客を探してた」
「あー、あれから、すっごい伸びたからなぁ」
「羨ましいな。何センチ?」
「181だったと思う。あれ、測る時間で誤差出るんだよな……旅人は?」
「うぐ、……172……もうちょっと欲しかったな。もう伸びないだろうなぁ」
拓海がふう、と吐息を漏らした。
「なんか、年取ってる姿を想像してたってのもあるけど、全く変わってないってのも衝撃だな。こんなことがあるなんて、今もまだ納得しきれてない」
拓海が机の上に出したままの学生証を、もう一度見る。
「1998年生まれって、平成10年だよな……俺、平成ヒトケタだ……」
「ぷはっ、変なこと言い出した」
くすくす笑っていると、拓海が身を乗り出した。
「……じゃあ、聞くけど」
「うん」
「あれから、1年しか経ってなくて、俺のこと探してくれてたってことは」
「うん」
「俺って、旅人の恋人なの、まだ有効?」
真顔で睨むように見つめられて、恒一は動揺する。
「そんな、いきなり直球を……」
「もう、じゅーーーうぶん、待ったから」
「それは……そう、だよね」
恒一は拓海から目を逸らした。
自分の気持ちは1年前から固まっている。
先客を探し出して、この現実世界で、一から関係を構築するつもりだった。
もちろん、恋人として。
いざ再会したら「思い違いだった」とフラれるかも。そう心配はしていたけど、生きていてくれるなら、それでも良いと思っていた。
それが、まさか年上になっているなんて。心配の種類が斜め上に変化してしまった。
11年という年月を、どう受け止めていいのかわからない。
自分は就活もままならない平凡な大学生。
片や、先客は社会人で、同時に霊媒師。見た目は美形で、可愛げもある。
(美少年の時からそうだったけど、ますます釣り合わない……)
村にいた時は、先客も頼ってくれたし、俺も守ってやりたいと思った。心細そうな様子に、現実に戻っても一緒にいたいと願った。
けど、現状、自分が先客に対してできることは何もなさそうじゃないか。
「……先客のことは好きだったから、ずっと探してたよ」
「過去形?」
うっ、と言葉に詰まる。
「俺もさ。ずっと旅人を探してて。……夢だったかもとか、死んだんじゃないかとか、いろいろ考えて、諦めようと思ったことだって、何度もあったさー」
拓海が投げやりな口調で語る。
「でもさーやっぱ気になるんだよ。だから、何度でも探しちまって、その度に空振りで、落ち込んで、でも、やっぱ気になって……あんたのことだから、きっとマトモな社会人やってるんだろうなーとか、まさか結婚してねーだろうな、とか。……でも、結局は」
「生きてて欲しかったんだろうなぁ」
しんみりと言う拓海に、恒一は胸がじんと痺れる。
同じ気持ちだ。
「先客だって、過去形じゃん」
「そこで、揚げ足取る?」
相手が想像していた状態じゃなかったのも同じだ。
どうしていいのか、わからないのも同じ。
きっと、俺のように地続きの感情じゃない。
――でも。
好意が確かなら、ここから関係を築けばいいのかもしれない。
「その、恋人ってのは、ちょっと……」
「はあっ?」
先客がガバッと顔を近付ける。美形の圧はやっぱり強い。
「だって、恋人なんて、いたことないから。……正直、どうしていいか、わかんないし」
「そりゃ、俺だって同じだけど」
ちっ、と拓海が舌打ちをする。
「でも、今更、オトモダチからなんて、どういう顔すりゃいいんだよ」
「え、できるんじゃない?」
むしろ、友達ならいろんなタイプがいる。
そこから始めて、2人の距離を探っていくのは、良いアイデアだと思う。
うんうん、と納得している恒一に、拓海は思いっきり不機嫌な顔を向ける。
「それ、他のツレと同格ってことだよな。それは認めらんねーな」
「あ、いや、先客は特別だよ。もちろん、」
「信用なんねー」
ずいっと距離を詰められて、恒一は仰け反る。
「どうせ、友達もすげー多いんだろ。あんた、愛想良さそうだもんな」
「あ、いや、多い、かな? 多い……かも」
「何人? ちなみに俺は龍二ひとり、以上」
「あ、え……あー……」
友達という線引きをどこでするのかは、人それぞれだと思う。うん。
「ご、5人、かな?」
「……その5倍はいそうだな……はぁ……わかった」
「あ、ははは、……先客は、カッコいいから、モテそうだよね」
(これじゃあ、先客の探索で100人以上に協力してもらったこと、言えないな)
「あーはい。モテてますとも。YORIKO's METHODの運営会社で重役やってて、モデルとしてもこき使われて、行く先々でチヤホヤされてますよ!」
「あ、やっぱり」
(つーか、さらっと重役って言った?)
「でも、そういうの全部、興味持てなかったの!誰かさんのせいで!」
「ええ……?」
(……あ、あれ? YORIKO's METHODって……)
「あ! あの美容サロンのモデル?!」
ネットで『佐原拓海』を検索して出てきた会社の、確か専務だった。その会社が経営している美容サロンの広告を、昨日も駅貼りのポスターで見た。
まさか、本人だったとは……!
確かに綺麗だったけど、もっと中性的な、……それこそ、アジア系には見えない感じだった。
「いや、美形だけど、別人だろ……」
「それぐらい変わんねーと、サロンの価値ないだろ。撮影前にどんだけ時間かけると思ってんだ」
ポスターの画像を思い出しながら、じっくり顔をみる。
いや、美形には違いないけど。
「おかげさまで、相変わらずモテてます。それでも俺は旅人が忘れられなくて、ずっと探してたの。11年も!」
「ええ、ああ、うん……」
「だから、俺は恋人でないと困る! 絶対に付き合うからなっ!」
「…………」
旅人は目を見開いて、固まっている。
そこまで断言されるとは思わなかったんだろう。
(まあ、随分盛ったけどな)
拓海はそっと苦笑する。
断言したのは勢いだったけど、言ってしまうと自分の中にスポッと何かが収まった。
「……あの、先客はいいの? 俺って……」
「拓海」
「え?」
「もう、村じゃないんだから、名前で呼んでよ」
恒一は目を瞬かせた。
「あ、うん。……拓海」
「よし、じゃあ、恒一と俺は恋人」
「ええ……?」
「いいよな?」
腹に力を入れて、ぐっと顔を近づけると、わかりやすく恒一が怯む。
「…………えと、………………ハイ」
「よし」
拓海は残りの食事に手を付けると、あっという間に平らげた。
恒一が呆気に取られていると、スッと目の前にスマホを出された。
「あー、なんか、やっと会えたって実感が出てきた」
連絡先を交換して、先客……拓海がにやにやとスマホを眺めている。
「今日の仕事は休みにしてくれたみたいだし。さすがは龍二」
「そうなんだ。もう一回寝る? 丸一日は起きないって聞いてたけど、まだ半日ほどしか寝てないよ?」
「そうだな。言われてみれば、まだ全快って感じじゃないな」
「わあ」
確認するように、拓海が2本の指で手刀の形にすると、スウッと霊気が指先に集まった。
「すごっ、それ、どうやんの?」
「訓練かな。この施設にも修練場があるぞ。恒一も霊力ありそうだから、できるんじゃないか」
「へえ、へえ、へえっ」
思わず、拓海の指先をじっと見る。
光佑も術を使っていたが、一瞬だけだったのでよく視えなかった。なるほど、霊気ってこうやって使うんだ。
「ふああ……安心したら、本格的に眠くなってきた……」
「あ、うん。寝て寝て」
「一緒に寝る?」
にやりと拓海が笑う。
「え、いいけど?」
「…………は?」
「……ば、っか、冗談だっ」
さらっと答えた恒一に拓海の方が動揺して、すごすごとベッドに戻った。
「あー、俺も今日はいろいろあって、疲れた……ちょっと寝るよ」
恒一はもうひとつのベッドへと向かった。
「シャワー浴びてないから悪いけど、龍二さんが寝たあとだからいいよね?」
その瞬間、ベッドで横になっていた拓海がガバッと飛び起きた。
「やめろ、龍二の使ったベッドなんか使うな」
「え、ダメ?」
「ダメに決まってんだろ。寝るなら、こっちで寝ろ」
「あ、うん?」
言われて、恒一は素直に拓海のいるベッドに近づく。
拓海は起き上がったまま、ベッドから出ようとはしない。
(一緒に寝ようってこと? 俺は施設で慣れてるからいいけど……)
セミダブルのベッドに男2人は狭いだろう。
だけど、龍二が使ったあとのベッドを使うのは、何か……マズいのかもしれない。だとしたら、仕方がない。
「狭くない?」
ベッドに乗り上げて聞くと、拓海がもそもそと端へ寄る。
「あんた、意外に大胆だな……」
「いや、以前はよくこうやって寝てたんだ。小さい子たち、昼間は元気でも夜になると泣いてたりしてたから」
よいしょよいしょ、と体のポジションを調整していると、拓海が難しい顔をしている。
「あ、ごめん」
「……小さい子」
不貞腐れたように呟かれて、思わず吹き出した。
「ふはっ、拓海のことじゃないって。もう俺より大っきいもんな」
(やっぱり可愛いよな)
拓海にバレないように笑いを噛み殺す。
そのまま、向けられた背中に近付いて、その頬にそっと口付けた。
「……はっ?」
「この前は、拓海からしただろ。お返し」
掛け布団を引き寄せ、そのまま仰向けになって目を閉じる。
「じゃあ、おやすみー」
「…………」
閉じられたカーテンから、早朝の光がうっすらと差し込み始めている。
拓海は背中を向けたままの姿勢で、固まってしまった。
(この前って、……あの村でのキスか? 11年経ってますが? おやすみーって、なに軽く言ってくれてんの?)
寝付きがいいのか、疲れていたのか、恒一からはすぐに寝息が聞こえてきた。
(寝れるかーーーーーーーっっ!!!!)
完全に目が冴えてしまった拓海は、それでもベッドから出ることが出来ず。
昼過ぎに光佑が部屋に押しかけてくるまで、悶えることになった。




