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第35話:脱出後の二人の話

 

 拓海はバスタオルで体を拭きながら、鏡の中の自分をじっと見つめた。

 疲れ切った顔だ。だが、ハードな仕事の後なので、これは仕方ない。

 

 時間がないのでスキンケアは化粧水だけに省略するとして。

 だが、髭の剃り残しはいただけない。

 

(よし)

 

 しっかりと確認を終えると、拓海は備え付けの部屋着に袖を通した。

 

 

 

「ごめん、お待たせ」

 

 ベッドルームに戻ると、テーブルの上に料理が並んでいた。

 

「ごめん。勝手に。龍二さんが何も食べてないって言ってたから、軽いものを適当に頼んだよ」

「あ、いや。助かる……」

 

 サンドイッチにスープ、フルーツの小皿が並んでいる。

 

「すっきりしたか? 霊力切れって、完全に落ちるんだな。何しても起きないから、びっくりした」

「ああ、普段はああなる前に撤収するんだけど……あの雑魚怪異」

 

 話しながら、拓海が気付く。

 

「旅人、あの怪異が見せてる幻覚ってことは」

「ないよ。ほら」

 

 先客の手を取る。

 シャワーから出たばかりで、水気を帯びてしっとりとして温かい。

 

「幻覚に感触はないだろ?」

「うわ……」

 

 拓海は思わず膝から崩れそうになる。

 それを気合いだけで堪え、平静なふりで席についた。

 手が離れる瞬間、心まで引っ張られそうだった。

 

「旅人は? 食べないのか?」

「寝る前に龍二さんと食べたから、今は大丈夫」

 

 恒一は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して拓海の前に置くと、対面のソファに座った。

 

「いやー、すっかり育っちゃったなぁ。もう俺よりずっとデッカいな!」

「そりゃ、年も取ったし……」

 

 拓海は落ち着くために、水を飲んだ。

 自分で思っていたより喉が乾いていたようで、半分ほど一気に飲んでしまった。

 

「旅人は? なんで年取ってないんだ? まさか、あれからずっと異界にいたとか……?」

「違うよ。俺の方こそびっくりしたんだけど、そもそも俺が村に呼ばれたのは1年前だったんだ」

「は? どういうことだ?」

「先客は11年前に村に行って、2ヶ月後に戻ってる。俺は、1年前に行って、2時間で戻った。光佑さんの話だと、異界ではあり得る話だって」

「そんなことが、あるのか……」

 

 先客が真剣な顔で考えている。

 

「……俺程度の霊力じゃ、自力で異界に行って戻って来るなんて真似はできないけど、まあ、師匠なら……」

「『道渡る暴風』は、元の場所に戻したって言ってたから、そういうことなんだと理解するしかないんだけど。……ごめんな。長い間探してくれたみたいで」

 

 恒一が頭を下げようとするのを拓海が止める。

 

「いや、旅人が悪いわけじゃないだろ」

「それでもさ。重さが違うだろ。俺、たった1年でも気が狂いそうだった」

 

 ハッと恒一が思い出す。

 

「そうだ。あの赤いジャンパー!」

「ああ、村で俺が着てたやつのこと?」

「俺、あれをYuutubeで見て、……てっきり先客が死んだかと思って……」

 

 ぎゅうっと胸が苦しくなる。

 あれを見たから、もう一度、あそこへ行こうと思ったんだ。

 

「ああ、あれ。あれも柳ケ瀬さんにもらったんだ。だから、きっと俺が脱出したあとに、元の持ち主の元に帰ったんじゃないかな」

「そういうことか……」

 

 今はもう先客が目の前にいるからいいけど。

 廃村跡に向かった時は、本気で先客の持ち物を探すつもりだった。

 

「でも、俺、まだ夢見てるみたいだ。あの時と変わらないままの旅人がいるなんて……」

「本物だって」

 

 恒一はポケットから財布を取り出して、学生証を見せる。

 

「ほら、須々木(すずき)恒一(こういち)。偽造じゃないぞ」

 

 受け取った学生証を見て、拓海の顔が強張る。

 

「須々木……鈴木じゃなかったのか。しかも、年齢が10も違ってたら、そりゃ、見つからないわ……」

「あーそっか、名乗ったけど、漢字まではわかんないよな。よく間違われるんだよ」

「そりゃあ、龍二も怒るよな。……俺、間違った情報で、あいつを11年もこき使っちまった……」

「うわあ……」

 

 がっくりと肩を落とす拓海に、恒一は申し訳なさそうに話す。

 

「でも、もし正確に名前と年齢がわかってたとしても、多分、探せなかったと思うよ。その頃、俺は施設にいたから」

「施設……?」

 

 うん、と恒一は頷くと、全然減らないサンドイッチを1つ摘んだ。

 

「個人情報がどうとかで、血縁者か養子縁組を希望する人にしか俺の名前は出なかったはずだよ。もちろん、小学校を調べたら、名簿には載ってただろうけど。それも誰かが不法に流出させない限りはバレないんだろ?」

「その……」

 

 空気に緊張がはらむ。

 恒一は、敏感に拓海の表情の変化を感じ取った。

 

(あー、そういう顔をさせるつもりはないんだけどな)

 

 施設にいた、という言葉が他人にどう聞こえるのかはわかってる。

 だから、高校でも大学でも、誰にも言わなかった。

 どれだけ相手と親しくなったとしても。

 それは自分なりのバリアだったのかもしれない。

 

(自分では、そんな重いことだとは思ってないけど、……言えなかったってことは、そういうことなんだろうな)

 

 でも、先客になら言える気がする。

 あの村で出会って、絶望を共有した相手だから。

 

(そりゃ、恋人なんてできるはずないよな)

 

 心のうちを見せられない相手に想いを寄せるなんて、少なくとも自分には無理だったんだろう。

 友達はどこにいても、たくさんできた。

 みんな優しくしてくれた。

 ヤバそうなヤツには近付かなかった。近付いてきても、誰かが守ってくれた。

 それらは全て、処世術だった。

 

 そうしないと、生きづらい人生だった。

 でも、先客になら。

 

「なあ、先客、俺の話を聞いてくれるか?」

 


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