第32話:時を超えた再会
ゴゴゴ、プシュ、ゴゴゴ……プシューーー……
ガッチャン、
(? バスの扉が開いた?)
夢現の中、拓海は薄目を開けた。
怪異の気配が霧のように辺りに漂っている。
それを切り裂くように光の帯が走る。
ヘッドライトを灯したバスが止まっている。
そして逆光の中、人影が立っていた。
見間違えるはずがない。
心臓が跳ねた。
「先客っ!」
ああ、懐かしい旅人の声だ。
(まだ夢が続いてくれてるのか……)
バスに乗って登場なんて、演出が効いてるなぁ。
まるで俺のピンチに駆けつけてきてくれたみたいで、心がじんわりと温まる。
「しっかりしろっ! 死ぬなっ!!」
ガッ、と肩を捕まれ、激しく揺さぶられる。
その指先が震えているのがわかった。
(ちょっと夢にしては激しくないか?)
「俺、ずっと先客を探してたんだっ! ……なのに、やっと見つかったと思ったのに、こんなところで死ぬなっ!」
それに、感触まで……ある?
そのことに気付いた瞬間、拓海の目がガバっと開いた。
「旅人っ!?」
「うわあっ!」
いきなり上半身を起こした拓海に、恒一が驚いて尻もちをついた。
「…………旅人? ほんもの……?」
呟いた拓海に、愕然とした表情の恒一が叫ぶ。
「いや、誰だっ? 先客はこんなデッカイ男じゃない!」
その声に、拓海もハッとする。
「いや、若いっ! やっぱ幻かっ!?」
ささっと体を離してお互いを見る。
あまりのことに、拓海は遠慮することなく恒一の姿を観察する。
曖昧な輪郭が、記憶と重なっていく。
(本当に、旅人……だ。……まさか、『道渡る暴風』が過去から連れてきてくれたとか?)
恒一の背後には、ヘッドライトを輝かせた古いバスがどっしりと停まっていた。
拓海はゴクリと喉を鳴らす。
そんな奇跡が起きているのだろうか。
「いや、誰?」
横から空気を読まずに龍二が声を掛けてきた。
「龍二にも見えてる……ってことは、幻じゃない……」
「訳わかんねーこと言ってないで、説明しろ。なんで、いきなり姿が現れたんだ? こいつも怪異? 倒していいのか?」
ぐっと拳を握る龍二を慌てて止める。
「ダメだっ! 殴るなっ!」
声は出たが、それ以上、力が続かなかった。
「ああ……もう、ダメかも……」
せっかく再会できたのに。
グラリと体が傾いていく。今度は意識もブラックアウトしそうだ。
それをグッと支えられた。
「……旅人……」
「やっぱり、……先客なんだな?」
至近距離にある顔は、やはり昔のまま。
「うん。俺も、ずっと探してた……11年……やっと、会えた……」
そう言うのが精一杯で。
意識がゆっくりと沈んでいった。
「先客、先客……っ!」
拓海が意識を失ったのを感じて、恒一は必死で揺さぶる。
(イヤだっ、せっかく会えたのにっ、まだ謝ってすらいないのに……っ)
見た目があまりに変わっていたから、最初はわからなかった。
だけど、目と目を合わせて、よく視ればわかった。
少し大人になって、渋みを増したような感情の色。でも、それは嫌な変化じゃなかった。そして、根っこの部分は、あの頃の先客と同じ、寂しさを抱えた子供のような。
「しっかりしろっ! 11年って、どういうことだよ……っ!」
間に合わなかったんじゃないか、という恐怖が全身を支配する。
なんとかして、先客の魂を引き留めようと、ただ必死に呼びかける。
「先客っ、……たくみっ、拓海っ!!」
「そっとしとき」
拓海に縋り付く恒一の背後から、光佑が声を掛けた。
「単に霊力不足や。2人で対応するような数やない。どうせ呪符も品切れやろ。無理そうやったら逃げろって、いつも言うてんのに、この馬鹿弟子が。……龍二は?」
「うす。俺、霊力使わないんで」
「体力バカやもんな……」
「霊力不足……」
特に焦った様子の見えない2人に、恒一は呆然とする。
「じゃ、……じゃあ、大丈夫なんですか?」
「まあ、丸一日は目を覚まさんやろうけどな」
ようやくホッとして、揺する手を止めた。
「良かった……」
ゴオッ!
周囲で突風が吹く。
その度に、黒いつぶつぶの小さな怪異たちが吹き飛んでは掻き消えていく。
それを見て、光佑が苦笑しているが、手伝うつもりはないらしい。
「本業も形無しやな。まあ楽できてええけど」
誰に頼まれたわけでもないのに、暴風は突風を繰り出し続けている。特に負担ではないのだろう。むしろ楽しそうだ。
「拓海はちょっとこのまま寝かせとくわ。こいつら片付けてからやないと、二度手間になるしな。悪いけど、側についといたって」
「それは構いませんけど、……あの、あとでいいので、少しだけでも説明してもらえませんか?」
「あー、本人に熱い気持ちを打ち明けてもらおう思てたんやけど……」
ゴオッ! ゴオッ!
まるで作業のように、怪異を吹き飛ばしていく暴風を見て、光佑はため息をついた。
「……しゃあないな」
光佑が頬をかきながら語り始めた。
「拓海があの村に迷い込んだのは17歳の頃、11年前なんや」
「え……?」
光佑の言葉を理解するために、必死で思考を巡らす。
11年って、そういう意味なのか?
先客にとって、俺と出会ったのは、そんな昔のことなのか?
「その時、事件に巻き込まれててな。2ヶ月間意識不明で入院中やったんや」
「意識不明……」
(じゃあ、その間に魂だけが村に? そんなことがあり得るのか?)
深く考えそうになるのを止める。異界の検証は今することじゃないし、俺の役目でもない。
「やっと目覚めたと思ったら、おかしな村の記憶があったんやて。拓海はそれを警察にだけ話した。当然、警察は半信半疑やった。でも、完全に否定しなかったのは、俺らの存在があったからや。あいつら、こういう厄介事はすぐに持ってきよる。拓海と俺は、その頃からの付き合いなんや」
光佑の話は11年前のものらしい。先客はもちろんだが、光佑だって随分と若かったはずだ。
恒一は、頭の中で状況を整理していく。
「村の跡地でも言うたけど、俺はずっと村と巫女の遺体を探しとってな。そんで、拓海はお前さんを探してた。村があったと思われる場所に連れていったこともある。お互い、探しているものの手がかりを求めて、情報共有もした」
はあ、と光佑が息を吐く。
長い時間を思い出しているのか、表情が暗い。
「せやけど、探しても探しても、村もお前さんも見つからへん。拓海の話やったら、巫女は天に還ったらしいし。それなら村も解放されてるはずやのに、見つからん。それが10年も経ってから、前触れもなく急に村が現れたんや。そんで、その場を調査してたら、お前さんが現れたんや」
「……そうだったんですか……」
理解が追いつかない。
自分にとって1年前の出来事が、先客や光佑にとっては11年前の話だなんて。
……その11年、先客はずっと俺を探し続けていたのか。
「お前さんも、驚いたやろうけど、それはこっちも同じなんや。……ただ」
光佑が苦渋に満ちた表情を浮かべ、口ごもる。
「……異界の時間の流れが特殊なことはわかっとったんや。こっちの世界で、時間のズレができることぐらい、想定しとくべきやった」
(それを怠ったツケを背負わせてしもた)
光佑は気絶したように眠る拓海をしばらく見てから、踵を返した。
「おう、暴風! 交代やっ!」
光佑は懐から呪符を取り出すと、上方に翳した。
途端、怪異たちの輪郭がぼやけ、ぐずぐずと存在そのものがほどけていく。
「ちっ」
舌打ちをして、暴風が恒一の近くに戻ってきた。
先ほどまでの暴風とは違い、周囲の空気がわずかに静まっている。
「気持ちの悪い呪だな。近寄りたくない」
恒一は暴風の言葉を受けて、光佑を見た。
怪異の気配と違い、光佑の術からは人の霊気しか感じない。
「あれを受けたら、風がもぎ取られそうだ。くそ、今日はこれぐらいで我慢しとくか……」
「暴れたいのか?」
助けてもらったから文句はないが、やはり楽しんでいたようだ。
「誰かさんが、オツな呼び名を付けてくれたからな。お陰でたまに暴れないとイライラするようになった」
「その名付けの恩人に、10年もズレた場所に送ったなら、ちゃんと教えてあげろよ」
探し続けてくれた先客が可哀想で、つい原因の暴風に苦言を言ってしまう。
「10年? 誤差だろ?」
しれっと言う暴風に怒りを覚えつつも、「ああ、これが怪異か」と妙に納得した。
そして、先客の11年を思って言葉を失った。
「よっしゃ! 終わりや」
ものの5分も経たないうちに、光佑が戻ってきた。
「俺はこのまま、箱根の方に向かうわ。あっちも苦戦しとるみたいや」
そう言うと、バスに乗り込み、奥から風呂敷包みを持って降りてきた。
「これ、事務所の方に届けといて。“念入り”に仕舞っといてや」
そう言うと、龍二に包みを手渡して、スマホで話しながら小走りで去っていく。
龍二はそんな光佑を呆然と見送って呟いた。
「……なんか、空中からいきなりこれが……わけわからん」
しばらく固まっていた龍二だったが、恒一と眠る拓海の近くにやってきた。
「ええと、あんた怪異じゃないんだな?」
「あ、はい」
眼光鋭い龍二に、恒一は思わず怯んだ。
(な、なんか怖い……あ、でも……)
いつもの、言語化できない感覚で“視える”。
(先客を心配してる? なんか、奥底があったかい……)
「まあ、拓海と師匠が大丈夫ってんなら、大丈夫なんだろうけどよ。で、あんた何者? 先客とか旅人とか聞こえたけど、……まさか11年前に拓海と逃げたとかいう男……じゃないよな?」
「はい。その男、ですけど……」
「はああ???」
急に睨みつけられて、ビクッとする。
「んな訳ねーだろ? それともなんだ、あんたメチャクチャ若作りか!? そうだ、名前、名前言ってみろ!」
ぐいっと、距離を詰められる。
「はっ、はいっ、須々木恒一ですっ」
怒鳴られて、反射的に背筋が伸びる。
「スズキコウイチ……」
すん、と龍二の圧が消えた。
「本当にいたんだな……」
「その、若作り? ですかね? 22歳ですけど……」
「あ”?」
龍二の顔が再び険を帯びる。
「んなわけあるかっ! 11年前って、お前11歳じゃねーかっ! どうやって、拓海かばって脱出してっ、恋人に……って、おい、恋人?」
今度はみるみる顔色が悪くなる。
「……いや、俺も大概遊んだクチだけどよ……さすがに小学生はマジぃだろ……いや、アウトだろそれ……」
龍二が明らかに混乱しているのを見て、恒一も焦りだす。
会話から察するに、彼は先客の友人か、同僚か、親しい間柄なんだろう。
まだ、10年のタイムラグを受け入れきれていない恒一にとっては、どういう態度を取るのが正解なのかわからない。
(ああ、そこからか……光佑さんがいてくれたら良かったのに……っ!)
助けを求めるように暴風に目線を向けると、
「こいつ俺もバスも視えてねーな」と笑いながら、考え込んでる龍二の前髪に微風を送って遊んでいる。
(とにかく、終わったなら早く移動させてあげたい)
「あの、どこか休ませてあげられるところはありませんか? このままじゃ可哀想です」
「あ、そうだった」
細かいことは後で考えることにしたのか、龍二はタクシーを拾おうと道路に向かって行った。
その背中を見送りながら、暴風が笑う。
「さすがに視えねーヤツは乗せられんからな」
「あの様子じゃ気絶しそうだから、止めてあげてよ」
暴風はニッと笑うと「用がある時は呼べよ」と言って、つむじ風のように消えた。




