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第30話:拓海の危機。霊道を行く

 

 暴風と会話をしているうちに、香珠浄かずきよが戻ってきた。

 

「待たせたな」

「いえ、……全部持ってこなくていいんですか?」

 

 手にした風呂敷包みは、人ひとり分の遺骨が入っているとは思えないほど小さい。

 

「ああ、どうせ周辺の土やら木やらも、処理する必要があるからな。周りに怪異どもが寄ってこないように守護札も張ったし、今日はこれで充分だ」

「そうですか。見つかって良かったです」

 

 そう言うと、香珠浄は姿勢を正し、きっちりとした作法で頭を下げた。

 

「助かった。この守宮香珠浄、心から礼を言う。これで亡き我が一族の悲願は達成できた」

「そんな、良いですよ。俺、バス停の場所を教えただけですし」

 

 香珠浄には拓海の居場所を教えてもらうつもりだ。

 少しでも役に立って良かった。

  

「守宮? へえ、澄の末裔ってか?」

 

 ぬっと顔を近付けて、暴風が話に割り込んできた。

 そうだった。こいつも巫女に惹かれて、この村に居着いた怪異だ。

 

「お前は澄に手懐けられた怪異だったか」

「あんま似てねぇな」

 

 暴風が香珠浄を値踏みするように眺める。

 人形のような無表情で目だけがキョロキョロ動く。……ちょっと怖い。

 

「……お前にも礼を言う」

「風は過ぎ去ったことにはこだわらねぇんだ」

 

 香珠浄は何とも言えない表情になる。

 

「ここで倒しておくのが正解か? ……しかし」

 

 ううむ、と一瞬考え込む。

 

「須々木くんの恩人……いや、恩怪異か」

 

「やりたきゃ、相手するがぁ?」

「もう、止めろってば!」

 

 不穏な空気になってきたので、慌てて間に入る。

 

「霊媒師さんって、怪異を見たら倒さないとダメなんですか?」

「そういう訳じゃないが。……だが、こんな強力な怪異、放っておいていいものか……」

「暴風って危険なのか?」

 

 暴風に目配せを送る。

(危険じゃないってアピールしろよ!……無理かな。無理だろうな)

 

「そりゃあ、ちょっとその気になれば、辺りのものは全部吹っ飛ばして、人間なんかまとめて……」

「その気になるなよ!?」

 

 じろっと睨むと、暴風は無表情で肩をすくめた。

 2人のやり取りを見ていた香珠浄が、ハッとした。

 

「ひょっとして、従属させて使役してるとか?」

「してませんっ」

 

 慌てて否定すると、香珠浄が首を傾げる。

 

「だよなぁ。怪異を使役している霊媒師は珍しくもないけど、もっと力の弱い怪異ばかりだもんな……まあ、須々木くんの仲間の怪異に手は出さないよ……」

 

 何とか、この場は収まったらしい。

 

「うんん、でも、もしもの場合……須々木くんを呼び出してもいい?」

 

 収まってなかった。

 

「いや、俺、呼び出しても役に立ちませんよ?」

「いや、このバスの怪異の責任者ってことで。でないと俺の管轄になるから……」

「保身ですか」

 

 恒一が呆れていると、暴風が馴れ馴れしく肩を抱いてきた。

 

「いいじゃねーか。呼び名を付けてもらった仲だしな」

「それも、お前から言い出したことだったよな……」

「怪異に名付け……」

 

 香珠浄は愕然としたあと、深く長い息をついた。

 

「――さて」

 

 しかし、すぐに目的を思い出したのか、話題を変えた。

 

「目的も果たしたし、俺は一度戻ろうと思うんだが、須々木くんはどうする?」

「俺も帰ります。でも、まずは拓海の居場所を教えてもらえませんか?」

「ああ、わかった。ただ、ここは場所が悪い。せめて森を抜けるまで待ってくれ」

「じゃあ、急いで戻りましょう」

 

 ちらっと暴風を見る。

 

「久しぶりだけど悪いな。急いでるんだ」

 

 俺は暴風に一言告げて、来た道を歩き出した。

 一度通ったことで折れた草が、道を示している。来た時よりは楽に帰れそうだ。

 

「気にするな。まあ、割といつもお前の周りにいるし」

 

「いつからっ!? 気付いてなかったぞ!?」

 

 先を歩く香珠浄のあとについて行くと、暴風も俺についてきた。

 強い風が吹いて、邪魔な草や細い枝が道を開けるように倒れていく。「おお」と香珠浄から感心したような声が聞こえた。

 

「じゃあ、俺が先客を探していたのは知ってたんだな? 声ぐらい掛けろよ」

「バスの姿だと迷惑だろう。暴風になると、窓が割れるし」

「意外と人間に気を使ってんだな……」

 

 ちょっと感心しつつ、歩いていると、暴風が脚を止めた。

 

「あ、ちょっとヤバいな……」

 

 暴風が、珍しく視線を遠くに向けた。

 

「あのタクミとかいう小僧、死にそうになってる」

「はあっ? なんで??」

 

 突然もたらされた探し人の危機に、冷や水をぶっ掛けられたような衝撃が走る。

 

「暴風っ! 何が起きてるんだっ!?」

 

 無言で先を歩いていた香珠浄が振り返る。

 

「それはないだろ。あいつ、今日は仕事のはずだ」

 

 香珠浄は着物の合わせからスマホを取り出す。

 

「うわ、やば、本部からの連絡が溜まってる。今日は非番なのに……そうか、臨時招集が……ふむ」

 

 スイスイと操作しながら、香珠浄は頷いている。

 

「仕事?」

 

(先客は17歳って言ってたから、今は18歳。高校生だよな? 中退したのか?)

 

 疑問に思いつつも、香珠浄の声に聞き耳を立てる。

 それがわかっているのか、香珠浄も声に出して簡単に説明してくれる。

 

「なるほど、横須賀か。別の場所にも怪異が出て、手薄になって……ふむ。じゃあ、今は拓海と龍二、ふたりだけが横須賀で、あとは箱根方面に総動員か。確かにちょっとマズイかもな」

「どうしたんですか?」

 

 スマホを懐に戻した香珠浄に尋ねる。

 

「霊媒師の連絡網。指紋認証ならぬ、霊力認証なのが優れモノ」

「そっちじゃなくて、拓海です」

 

 話を聞こうとすると、暴風に肩を叩かれた。

 

「場所はわかる。連れてってやるから乗れ」

 

 振り向くと、森の中にバスが止まっていた。

 

 ガッチャン!

 乗降口が開く。

 

「わかった。頼む!」

 

 俺は頷くと躊躇なく乗り込んだ。 

 それを見た香珠浄が驚きの声を上げる。

 

「え、乗るの!?」

「怖いならいいですよ。先に行きます」

「ああっ、もう、乗る!」

 

 ガッシャン。

 ゴゴゴ、プシュー、ゴトゴトゴト……

 

 乗り込むとすぐにバスは動き始めた。

 車窓から見える光景は、見慣れたバス停前に戻っている。

 

「おおお、レトロだ……」

 

 バスの内装に感動している香珠浄をよそに、バスはゆっくりとスピードを上げる。

 そして、カーブを曲がった。

 

「わあ……」

 

 段々と周囲が暗くなって、風景が消えていく。振動はあるのに、タイヤが砂を噛む音も消えた。

 車内が見えにくくなってきたと思ったら、ブーン、チカチカッという音とともに車内灯が点いた。

 

「脱出の時はちゃんと見れてなかったけど、ここどこなんだろ」

「お前、余裕だな……なんか、すげー不穏な気配が満ちてるんだが」

 

 霊か怪異か、よくわからないものが行き来しているのが見える。

 

「これが霊道だ。落っこちるなよ? 肉体を持ったままじゃ、原型を保てないぞ」

「原型って……」

 

 思わず窓の外に目を凝らす。

 道らしいものは見えないが、感じる気配は怪異か霊か。それらは確かにぐにゃぐにゃとした不定形だ。自分がああなってしまうと想像するだけで恐ろしい。

 窓から目を外すと、暴風が客席にいるのに気付いた。

 

「運転は?」

「バス自体も俺だから、これでもちゃんと運転してる。話せないと不便だろ?」

「そういうもんなんだ……。いいや、それで、どれぐらいかかるんだ?」

「しらん。時間の流れが違うからな。まあ他の乗り物を使うよりは早いだろうよ。信号もないし」

 

 真っ暗で道があるようには見えないのに、バスはゴトゴトと振動を伝えてくる。

 

「もうちょっと早く走れないのか? 例えばスポーツカーに変化するとかさ」

「なれなくはないが、スピードは変わらないぞ」

「ちえー」

「お前、本当に余裕だな……」

 

 そう言いつつ、香珠浄もちゃっかり座席に座っている。

 

「それより、もういいでしょう? 拓海の話を教えてください。」 

 

 恒一の言葉に、香珠浄は頷く。

 

「ああ、佐原拓海は俺の弟子なんだ」

 

 さらっと言われて、恒一は眉を寄せる。

 

「弟子? ってことは先客、霊媒師になったんですか? ……なんでそんなことに?」

「お前を探すためだ」

「え?」

「詳しい話は本人から聞くといい。実は俺もちょっと混乱してる」

 

 その時、周辺の気配が変わった。

 香珠浄が確認するように窓の外に目を向ける。

 

「そろそろ村の領域から抜けたか?」

「さっき別の支流に入ったからな」

「じゃあ」

 

 すう、と香珠浄が息を吸う。

 パンッ!と一回、柏手が響く。

 

「俺は、綾操光佑あやつりこうゆうだ」

  

 キン、と空気が鳴った。

 

 次の瞬間。

 ぶわっと、霊力が満ちて、香珠浄の雰囲気が変わる。

 

「はー、やっと戻れたわぁ」

 

 守宮香珠浄やもりかずきよと名乗っていた存在が、綾操光佑あやつりこうゆうという人物に“戻った”。

 それだけは、直感で理解できた。

 

 見た目は変わらない。だが、明らかに存在感が厚くなった。

 ――とても、強そうだ。

 

「悪いなぁ、ちょっと事情があって、元の名前使うててん。本名は光佑の方や」

 

 そして、何故か大阪弁だった。

 

「名前を使い分けて? 何の意味が?」

「今回は特別。俺、養子やねん。実家の因縁を片すために、村と巫女さんを探してたんや。で、旧名使ってたわけ」

 

 香珠浄改め、光佑は、いそいそと身に着けていた呪文の書かれた布や数珠のような首飾りを外していく。それらを雑にまとめて風呂敷の中に放り込んだ。

 

「俺が養子に行った先は、幻術系が得意な家でな。姿形だけやなくて、名前の持つ力にも詳しいんや」

「それって、変身ですか?」

「そういう術もあるけど、そうやなくて。身代わりやな。俺、綾操あやつり家の直系ってことになってんねん」

「それって、別人になったってこと?」

「うーん、まあ、そうやな。ちゃんと儀式もしたから、今の俺は綾操光佑で間違いないんやけど。まあ、血までは変えられへんからなぁ」

 

 説明してもらったが、いまいち納得できない。

 ちらっと暴風を見ると、光佑に剣呑な視線を向けている。

 

「腹をぶち破るんじゃねーぞ」

「せえへん、せえへん」

「あー、くそ、乗せる前に名前確認するの忘れてた……まさか、こんな“デカい”のを乗せちまうなんて……」

 

 言葉の途中で暴風が顔を上げた。

 

「そろそろ着くぜ」

 

 暴風の言葉に、恒一は腹に力を入れる。

 

「早っ! まだ30分も経ってへんやろ」

 

 光佑の言葉も、今は耳を素通りしていく。

  

 緊張で胸がざわつく。

 先客がこの先にいる。

 

 先客の身に何が起こっているのか。

 どうして、俺を探すことが霊媒師になることに繋がるのか。

 そして何故、危険にさらされてるのか。

 

 わからないことだらけだ。

 

 脳裏に先客の泣き顔が浮かぶ。

 

(今度こそ、俺は、先客を守ることが出来るのか……?)

 

 ゴゴゴ、プシュ、ゴゴゴ、プシュ、プシュ、ゴゴゴ……

 

 景色が一気に明るくなった。

 ネオンの眩しさに思わず目を細める。

 広いけど、ごみごみした都会の道路。

 

 気が急いて、不安が一気に押し寄せてくる。

 

(間に合うのか? もう遅いんじゃないのか?)

 

 さっきまでの闇が、嘘みたいに消えていた。

 

 そこをおんぼろバスが、ゆっくりと通過していく。

 


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