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第28話:イケメン専務、バイト霊媒師

 

 平日は学生、授業のない日と休日は霊媒師。二足の草鞋を履きながら、拓海は大学を卒業した。

 

 卒業後の進路は、母の経営する会社に入社した。

 将来的に後を継ぐなら、最初からでもいいと思ったからだ。 

 その代わり、社会人になっても、霊媒師の仕事は続けた。光佑の言う通り、霊媒師でないと入ってこない情報が多すぎたからだ。その全てが空振りだったとしても。

 霊媒師の方はバイト扱いのままだったので、仕事との両立は可能だった。緊急時に会社の方を休まざるを得ないこともあったが、そこは許可をもらっていたので問題はなかった。

 

 母の仕事は美容サロンの経営だ。それ以外にもスキンケア商品開発や美容セミナーも手掛けている。

 入社当初は、とにかく母について回った。営業をするにも、将来経営に携わるにしても、顔を覚えてもらうのは必須だった。

 女性の多い業界だが、母からの遺伝で見た目だけは良かったのが幸いした。美魔女が美形の息子を連れて営業先を回るというのは、サロンの良い宣伝になったようだ。

 そうやって、少しずつ仕事を覚え、一人で出来ることも増えていった。

 

 

 こうして日々は流れていく。

 あの異界の村での記憶も日常に流されていく。

 旅人のことも、こうやって忘れていくんだろうか。

 

 十代の頃の女遊びが嘘のように、女に興味はなくなっていた。

 じゃあ、男かというとそうじゃない。

 恋愛事に全く気持ちが向かなくなってしまったのだ。

 仕事仕事仕事、霊媒師霊媒師、旅人を探す。これだけで日々が忙しく過ぎていく。

 

 

 

 

 そして更に歳月は流れ、俺は28歳になった。

 会社では、早々に専務という地位を与えられた。

 完全に分不相応だと思うが、程よい緊張が日々を充実させていた。

 

 ガチャ、と扉が開く。

 

「おう、いたか。ちょうどいい」

 

 ノックもせずに入ってくる秘書に向かって、拓海が苦笑する。

 

「来客がいないからって、適当すぎんだろ」

「人がいる時はちゃんとやってんだろ」

 

 専務付き秘書、――山田龍二はDMの封筒が入った箱をテーブルの上に置くと、1セットを手渡してきた。

 

「サンプルが出来たってよ」

「さすが、早いな」

 

 俺が担当になって始める新しい企画。

 メンズラインのスキンケア用品のリーフレットだ。

 

「……しかし、やっぱ、このデザインが採用か……」

 

 苦々しく言えば、龍二がプッと吹き出した。 

 

「そりゃ、若い社員がいたら使うだろ。なんたってタダだぞ。俺は社長の方針を指示するぜ」

「他人事だと思いやがって……」

 

 そのリーフレットの裏面には、デカデカと拓海の顔が印刷されている。

 これまでもモデルとして使われたことはあったが、ターゲットは女性だったから、あくまで添え物のようなポジションだった。しかし、今回はメンズラインということで、遠慮なく前面に押し出されたデザインだ。

 

「けけっ、有名税みたいなもんだろ。母ちゃんが有名人だったことを恨め」

 

 そういう龍二の服装は秘書らしく、堅苦しそうなスーツを着ている。

 ガタイがいいので似合っているが、中身を知ってる人間としては微笑ましく思ってしまう。気を抜くと、柄の悪さが出るが、お互い様だ。これでいて、客先では礼儀正しいのだから文句はない。

 

(こうやって見ると、立派な社会人になったよなぁ)

 

 まるで父親みたいな気持ちになりながら、柄の悪い秘書の背中を見る。

 

 数年前、会社が倒産して無職になっていた龍二を秘書として雇った。完全に縁故採用だ。

 採用した一番の理由は、長時間一緒にいても疲れないから。それに龍二は要領がいい。秘書に運転手と、教えれば何でもこなしてしまったのだ。

 龍二は俺が退学したあと、思うところがあったのか、不良を返上して真面目に勉強したらしい。そして、あの底辺校から大学に進学していた。

 

 美容業界に、未熟な専務と態度の大きい秘書。

 ベテランなら簡単に作れる事業提案書を、資料を漁りながら初めて作った。

 龍二にもがっつりと手伝わせた。高校時代でも、こんな風に何かを一緒に作ったことなんてなかった。

 その時作った提案書は、母の手によって、けちょんけちょんに赤ペンで修正された。

 しかし、その後は額に入れられて、リビングの壁に飾ってある。初心忘れるな、という戒めだろうか。

 

 うちの会社は、母が独身時代に一人で立ち上げたものだ。美容マニアだった母は、自分が使ってみて良いと思うものだけを使い、自らが広告塔となって、事業展開をしていった。そのスタイルは従業員が増えた現在も変わらない。

 俺が成長し、双発エンジンとなって活躍するには、まだまだ力が足りない。それまで母には元気に頑張ってもらいたい。

 

 この会社には、母と一緒に頑張ってきた古株の社員がいる。俺のような若造が、息子というだけで重要なポジションに就くなんて思うところはないのか、聞いてみたことがある。

 しかし、ミドル世代の女性社員はあっけらかんと答えた。

 

「頼子さんが、この会社を全身全霊を掛けて守ってきたのを知ってるから。だから、一人息子の拓海くんが入社した時はみんな安心したわよ。家に帰らなくても、会社で会えるわねって」

 

 俺は母だけでなく、会社の人からも心配されていたらしい。

 

「ここは女性社員が多いでしょ? 出世よりも、安定や休日が充実している方がありがたい人が多いの。おかしな人に乗っ取られるより、頼子さんの身内が入ってくれて良かったと思ってるわよ」

 

 そして女性社員は含みのある笑いを浮かべた。

 

「頼子さんは、そりゃあ癖のある人だけど、彼女でなければこの会社は発展できなかったと思ってるの。誰も真似できないわ。だから、拓海()()も頑張ってね」

 

 嫌な汗をかきそうなエールを送られて、当時の俺は、深く頭を下げるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

(まあ、男性社員がほとんどいないからなぁ。息子の俺はともかく、龍二ですら子供扱いで可愛いがられてるからな。よくお菓子もらってるし……)


「あ、そういや、これ、来てたぞ」

 

 DMの確認を済ませた龍二が紙を手渡してくる。 


「なんで紙? 予定ならPCで……」

 

 手渡されたA4の紙を見ると、場所を示す地図と、その下に手書きの文字で【至急!天8、結7、破9、極小多数】と書かれている。

 

「はあ? なんで、こんな平日に祓いの仕事が入ってんだ。俺、今日は上がるつもりで……」

「いや、横須賀の連中が困っててよー」

 

 龍二がへらっと笑う。

 その顔で察した。

 霊媒師の召集は、個人宛に専用のアプリで連絡が来る。そうでないということは、金目当てで龍二が他の霊媒師にコンタクトを取ったということだ。

 

「止めろよ、マジでー……仕事終わってから、怪異と戦わせんのかよー」

「いいだろ。明日は休みじゃねーか」

「人間、休まないと死ぬんだぞ?」

 

 拓海はもう一度、紙を見る。

 

(雑魚か……多数って、どれぐらいいるんだろ)

 

 わざわざ召集するぐらいだから、かなりの数がいるんだろう。“極小”と言われる怪異は、怪異と言っていいのかわからないぐらい、人間に影響はない。

 

「くっそ、俺、来週までに企画書の手直しと、サンプルのデザイン考えたいんだけど!」

「さっさと終わらせりゃあ、いいだけだろ」

 

 渋々、ノートPCを閉じて立ち上がると、龍二がスマートな仕草で“仕事用”の制服を手渡してきた。

 

「この守銭奴め」

「感謝してます。専務サマ。霊媒師サマ。お財布サマ♡」

 

 制服を受け取ると、龍二が車のキーを持って部屋を出ていく。

  

「先に行きます。車を回しますので、正面でお待ちください」

 

 キリッと表情を作り先を急ぐ龍二の背中を見送り、手早く制服へと着替えた。引き出しから仕事道具入れを取り出し、中身を確認して首から下げると、正面玄関へと向かった。

 


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