第27話:霊障管理士。天儀の資格
ニヶ月間意識不明だったが、目覚めてからの回復は医師が驚くほど早かった。
予定していたより短い期間でリハビリを終わらせ、拓海が退院する頃には、外はすっかり秋の景色となっていた。
異界の村での異様な経験を、警察と霊媒師の夕暮、一般人で言えば龍二だけに話して、それ以外には話さなかった。
信じないだろうという確信があったし、無駄な時間を費やす気にもなれなかった。そういう意味では、話した人選は間違っていなかったと思う。
少なくとも、“鈴木コウイチ”を探そうとはしてくれたからだ。
長期間に渡る異界での生活は、俺自身を変えた。
退院後、以前のような自堕落な日々を送ることは、もう無理だった。
復学した途端、これまでの自分を取り巻く環境がリアルに押し寄せてきた。
相変わらず荒れきった底辺校。自分で自習した方がマシなレベルの授業に、時間を浪費するだけの遊び。見た目と金に引き寄せられて、ベタベタと絡んでくる女たち。
全て、もう俺には必要のないものだった。
だから、俺は高校を中退した。
俺という財布がなくなって、龍二は残念そうだったが、たまに遊ぶ時に奢ってやれば、それはそれで良かったらしい。それに、コウイチを探すバイトは続けてくれた。
その後は真面目に勉強した。俺に甘い母が家庭教師を雇ってくれたし、静かな環境で集中できた。気付けば、最初は意味不明だった問題が理解できるようになっていた。
あの村で過ごした途方もない停滞を思えば、勉強すら生きている実感となった。
それもこれも、旅人のためだ。
再会した時に、つまらない男だと思われないために。
そうして、俺は大検を取って、大学に入学した。
霊媒師の夕暮はその後もずっと霧守村を探しているようで、時々俺に連絡を入れてきた。収穫こそなかったが、もう一人の生還者である“鈴木コウイチ”も引き続き捜索してくれていた。
そんなある日、夕暮から「霊媒師のテストを受けてみないかい?」と誘われた。曰く、俺にはそれなりに霊能力があるそうだ。
霊能者になることには魅力を感じなかったが、“資格”がないと守秘義務の関係で話せないと言われた内容が気になった。試験は1日で終わるというらしいし、気軽な気持ちで受けてみた。結果、アッサリと霊媒師の資格が取れた。(ただし、業務を行うためには所定の訓練を履修する必要がある)
霊媒師というのは通称で、霊障管理士というのが正しい名称だそうだ。その中で、綾操流の霊障管理士を“天儀”と呼ぶ。他の流派はまた違うらしい。(俺が試験を受けたのが、綾操流の施設だったのだ)
俺の推薦人(試験を受けるためには霊障管理士の推薦がいるらしい)になっていた夕暮は、作ったばかりの資格証を持つ俺に、彼の知る全てを教えてくれた。
彼の本当の名前は、綾操光佑というそうだ。
「へえ……? どうして偽名なんか?」
「もうちょっと驚いてや。これでも業界では有名なんやで」
「俺、業界人じゃないし」
「合格したら、もう業界人や。いろいろ冊子とかあるから、もろて帰るんやで」
「というか、何? その関西弁は?」
「夕暮は仕事する時の顔や。光佑やといろいろと不都合な時があるねん」
そう言って手刀で空を切ると、空気が歪んだように揺れて、夕暮の姿が別人に変わった。
「は? え、なに、マジ? すご……!」
「これは綾操流、天儀の術や。かなりの高等テクなんやで。この姿が正真正銘の俺の姿や。どーや、カッコいいやろ」
自慢そうに胸を張られて、マジマジと見る。
夕暮は中肉中背の人の良いおじさんといった感じだったが、目の前にいる男は自分とそう歳が変わらないように見える。高身長に引き締まった体躯。顔は彫りが深く野性味のある、まあ……イケメンだ。
自分も退院したあとに成長期が来て随分と背が伸びたが、それでも170センチに手が届くかといったところだ。目線と同じところに顎がある。悔しいがいろいろとカッコいいとは思う。
「まあ、カッコいいです……」
「せやろ」
低身長コンプレックスが刺激され、苦々しい気持ちになる。
大丈夫、まだ成長期は続いてる!
「そんな顔しなや。規則で一般人に変化できることがバレたらマズいんや。だから、会う時にいちいち変化せなあかんかってん。面倒やろ?」
「そのために、俺に資格を取らせたのか……」
「それもあるけど、そろそろ本格的に俺の探索に付き合ってもらおう思て」
夕暮改め、光佑は神社の受付のような窓口に行って、たくさんの小冊子をもらってきた。
「普通は、誰かについて修行してから受けるから、細かい説明とかはないんやけどな。完全に初心者や言うたら、いっぱいくれたわ」
「ここや、見てみ」
カラーの紙面は、神社のような建物の画像が上部にあった。
その下に、顔写真と人物紹介が載っている。その3人目に光佑の姿があった。まだ見慣れない顔なので、冊子と本人を交互に見比べた。
「綾操流宗家……」
「そう、順番はそのまま能力順位や。俺は霊障管理士のナンバー4」
ふふん、と鼻で笑う光佑を横目に素直な疑問を聞く。
「3番目に載ってますけど」
「1位は冊子に載せられへんねん。だから実質4位や」
(載せられないというのは、最終兵器のような人とか? それか、永久欠番とか?)
疑問が顔に出ていたようで、光佑が説明する。
「1位は綾操家の宗主なんや。俺の嫁さんになる予定の人やけど」
「へ、へえ」
(この人より強い奥さん? ちょっと想像できないけど、すごいカップルなのでは?)
「ここだけの話やけど、俺、綾操の血筋やないねん」
「ちょっと待って。それ、絶対に聞いたらヤバいヤツだよな?」
言われるままに試験を受けてしまったが、このままだと厄介ごとに巻き込まれそうな気がする。
しかし、光佑はニヤリと笑うと、「誰にも言わへんかったら、いいだけや」とのたまった。
「俺の実家はな、呪いの代行みたいなことばかりさせられとってな」
軽い口調だが、恐ろしい内容だ。
「呪い返しで、一族は全員死んだ。生き残ったんは俺だけや」
「ひえ……」
想像以上に物騒な話だった。
合格したばかりの新人に言うことじゃない。
「それからいろいろあって。そんで縁あって、綾操の養子になったんや。霊力だけは強かったから、宗主の婿にって選ばれたんや。――な、スゴイやろ?」
「はい……」
そんな重すぎる話を聞かされて、どう反応しろと。
「で、そんなスゴイ俺が、ド新人の霊媒師の師匠になってやろうゆうんや。拒否はせえへんよな?」
「え、あ…………って、騙されるかっ! 試しだって言ってたじゃないか!」
危ない。
俺は旅人を探しているだけで、本格的に霊媒師の道に進むつもりはない。
「探し人は、霊媒師にならんと見つからへんとしても?」
「……卑怯だ」
それを言われると、俺が何も言えなくなることをこの人は知っている。
上目遣いで睨むと、光佑は困ったように眉を下げた。
「頼むわ。こっちもずっと手詰まりのままなんや。村の場所の目星は付いとるんやけど、何もない」
「なにもない? それは、村が解放されて、全部消えたってことですか?」
「違う。結界が解放されたんやったら、必ずその痕跡は残るんや。しかも、長い期間、村一つやで? 霊的な磁場が狂ってもおかしくないレベルや」
「それなら、目星を付けた場所が違うんじゃ……」
旅人はバスに乗るために巫女を解放した。
遺体が消えていくところまで見たんだから、間違いないはずだ。それまでが幻だったと言われたら、何とも言えないけど。
「いや、場所は合うてるはずや。霊的な磁場からしたら、あそこには様々な怪異がいるはずやのに、何もない。絶対におかしいんや」
「巫女を解放しても、村の結界は消えなかったってことですかね……」
「それも変やねん。お前の話を聞く限りやと、霊は天に還っとる。巫女の魂以外に核があったとは思えんし……」
プロの霊媒師がわからないことを拓海が考えても、正解が出てくるはずもない。
「でも、俺が行っても何の助けにもならないと思いますけど」
確かに長期間あの村にいた。
だけど、強烈な恐怖と孤独感を味わっただけで、光佑の役に立つような情報は持っていない。
「バスの運転手がいれば、何かわかるかもしれないけど……」
「またバスや。……村との間を行き来する怪異やったな」
光佑がチッと舌打ちをする。
「どこに現れるかもわからん怪異を捕まえて? 怪異に話を聞く? 無理やろ」
「もう暴風になっちゃったしなぁ……」
途方に暮れていると、光佑が厳しい顔つきになる。
「ええか。覚えときや。怪異に近付く時は絶対に油断したらあかん。例え言葉が通じても、そもそも存在からして違うんや。怪異を見つけたら祓う。無理そうやったら逃げる。これだけは絶対に守るんやで」
「……はい」
結局、有無を言えぬまま、拓海は光佑の弟子になり。
たっぷりとシゴかれ、少しずつ霊媒師の仕事を覚えさせられた。ぶっちゃけ、大学生のバイトとは思えないほど金になった。
光佑が目星を付けた場所にも行ってみた。
森になっているのでわかりにくくはあったが、確かに記憶の村と地形は一致した。長年歩き回ったから間違いないと思う。
本当に、人の手が入ったようなものは何一つ見つからなかった。そして怪異も。




