第26話:巫女の末裔、守宮の霊媒師
「あ、あんたが、……スズキコウイチ、なのか?」
霊媒師が目に見えて動揺している。
「……霊媒師さん、俺のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も……」
言いかけて、霊媒師は口を閉じた。
それからゆっくりと顔を上げ、正面から恒一を見た。
「俺は、守宮香珠浄。巫女・守宮澄の直系の子孫だ」
「え、あの巫女さんの?」
急な情報開示とその内容に、恒一は驚いた。
「そうだ。……その、巫女の子孫だ」
香珠浄は苦渋の表情を浮かべている。
何か事情があるんだろう。俺を知っていることと関係があるんだろうか。
「ああ……俺としたことが……」
「事情はわかりませんけど、なんで俺を……」
はあ、と一つ息を吐いてから、香珠浄は真面目な表情に戻った。
そして恒一に、ひとつの提案をしてきた。
「俺は探し物をしている。それを手伝ってくれたら、こっちが知っている情報を渡そう」
「ええ……」
霊媒師の手伝い。嫌な予感しかしない。
危険回避センサーが働いて、恒一は申し出を断ろうとする。しかし、先客の手がかりは死ぬほど欲しい。
「……具体的には何をすればいいんですか?」
「あんたは、守宮澄の霊魂に呼ばれて、霧守村にやってきた。これは間違いないか?」
頷くと、香珠浄もぐっと顎を引いた。
「澄の霊とコンタクトを取れたのは、俺の知る限り、あんたが初めてだ」
「そうなんですか……?」
「俺は澄の直系と言っても、何代も離れているからな。約300年前の霧守神社の巫女だということ以外は知らない。姿絵も残っていない」
祖先の話だからか、香珠浄の口調は真剣で、熱がこもっている。
「それで、あんたには、守宮澄の居場所を探って欲しい」
「居場所……って言っても、あの人は……」
(成仏した、と言っていいんだろうか?)
ギリギリまで躊躇したけど、バスに乗るためには、ああするより他になかった。
霊媒師だけに、守宮澄の魂と話したいとかだったら……マズイんじゃないか?
俺の顔色を見て察したのか、先回りして香珠浄が意図を説明してくれた。
「ああ、居場所と言っても、遺骨の場所って意味だ。守宮澄の魂は、もうここにはいないんだろ?」
「……はい」
さすがは霊媒師。そんなこともわかるんだ。
「そもそも300年前の魂が地上に存在してるのがおかしいんだ。あんたには感謝してるぐらいだ」
「あの、俺のこと、どこまで知ってるんですか?」
霊媒師だったら、巫女の魂がどうなったのかを理解しているのは不思議じゃない。
だけど、自分のことは別だ。
“俺”に感謝している。
守宮澄を成仏させたのが、俺だとどうして知っている?
「あの時、――巫女の霊が解放された時に、あの場にいたのは、先客だけだ」
どうして、俺の名前を聞いて驚いた?
「あの村で、俺が名乗ったのは怪異と巫女の前だけだ。怪異から聞きでもしない限り、俺の名前と繋がるはずがない」
「……そんな器用な真似ができるか」
「だったら……」
ゴク、と喉が鳴る。
「先客、……拓海から、話を聞くしかないじゃないか……」
「…………」
香珠浄は頭を掻いて、ため息を吐く。
「それも全部、後で話す。ここは場所が悪い」
「拓海が無事か、生きてるかだけでも……!」
香珠浄は拓海を知っている。
そう確信して、声が上ずる。
「俺は、拓海の手がかりを求めて、ここまで来たんだっ!」
「わかった。わかったから、そんな大声を出すな」
恒一の声に反応して、周辺にいる怪しげな気配がザワリと蠢いた。
「……遮音してんのに、……“音”やないんか」
香珠浄は呆れたように呟くと、渋々話した。
「拓海は無事だ」
「!」
パアッと心に光が差す。
先客を探し始めて、初めて得た明るい情報だ。
しかも、先客本人を知っているらしい。これは、確定情報じゃないか。
「それ以上のことはここから出てからだ。わかるな」
「……はい!」
聞きたいことは山のようにある。
ただ、一番欲しかった先客の安否はわかった。
それだけで、今は充分だ。
「続きが知りたかったら、さっさと遺骨を探すぞ。こんな場所、俺だって長居はしたくないんだ」
「わかりました」
香珠浄は右手を上げて、空中を何度か切った。
すると、遮音の幕が消えた。
「俺は、守宮香珠浄。守宮、守宮、守宮香珠浄だ」
(え、名前言うのはダメなんじゃ?)
「……血が薄いからな。名前で縁を強くして、気配を手繰ってたんだよ。なのに、寄ってくんのは雑魚ばっかりでな」
「なるほど。だから、守宮の名前に反応してるんだ」
「わかるか?」
香珠浄の問いに、周囲に意識を向ける。
「霊媒師さんが名前言ったら、何て言うか、……そわそわしてる。……嬉しい、みたいな?」
「嬉しい……」
香珠浄が複雑そうな表情を浮かべる。
「怪異の気持ちがわかるのか? それはそれで退治する時、やりにくそうだな……」
「敵意がないなら、倒す必要あります?」
今、周囲にいるのは、警戒する必要もないほど弱い怪異だけだ。
便宜上、怪異と呼んでいるが、自然霊なのかもしれない。
知識がない恒一には、区別がつかなかった。
「普通は怪異の気持ちなんてわからないからな。邪魔になりそうだったら祓うだけだ」
「それじゃあ、無駄に敵を作りません?」
素朴な疑問を口にすると、香珠浄はまたも複雑そうな顔になる。
「怪異は基本、敵だ。害がないヤツもいるが、味方じゃない」
「……でも、巫女さんは、仲間にしてましたよ?」
「仲間ぁ?」
香珠浄が頓狂な声を上げる。
ひょっとしたら、珍しいことなのかもしれない。
「まあいい。詳しい話はおいおい聞く。それより捜索だ」
「……わかりました。巫女さんの遺体を探すんですよね。……ちなみに、目星は付けてます? さすがに村全域となると広いですよ」
「……神社にあると思ったんだがな」
「なかったんですね……」
ただでさえ広いのに、村は森に沈んでいる。しらみつぶしにするには、たったの2人ではどうにもならない。
「だから、こうやって守宮の名前を出して怪異の反応を見ているんだ。おそらく守宮澄の遺体の近くには怪異がいる」
「それなのに、雑多な怪異がいて場所が特定できないんですね」
「そういうことだ」
憮然とする香珠浄に、恒一も考える。
目に見える白骨は、既に警察が回収しただろう。となると、残された遺骨は地中や森の中にあることになる。
歩き回るだけでも何日かかるかわからないのに、掘り返すとなると現実的じゃない。
それに。
「遺体を見つけたとして。どうやって巫女さんだと確認するんですか?」
恒一は村で発見された遺骨を見ていない。
どういう状態なのかは想像でしかないけど、普通は男女すらわからないものじゃないだろうか。香珠浄が血縁者だったとしても、江戸時代の人とのDNA鑑定って、血が遠すぎて難しそうだ。
香珠浄は一瞬、恒一を見た。
「……見ればわかる」
霊媒師にそう言われると、一般人の恒一は頷くしかできない。
「警察が押さえた遺体は146体。その中に守宮澄の遺体は含まれていなかった。僅かな残留思念が宿る遺体もあったが、全員、魂は抜けていた。綺麗なもんだったよ」
慣れた仕草で合掌し、香珠浄が黙祷する。
釣られて恒一もそれに倣った。
「……この場所は霊道がいくつも交差して、怪異や霊が溜まりやすい。昔から被害があったんだろうな。そこで村を守るために、この霧守神社が造られた。元々、守宮家はその神職の家系だ。当然、澄は霊力が強かっただろう」
香珠浄は気配を探るように、周囲を見渡した。
「その遺体が、300年も強力な結界の核とされていたんだ。過小評価しても、特級呪物になっているのは間違いないだろう。……触れば、ただじゃ済まないレベルのな」
「なるほど……」
頷きつつも恒一の頭には「?」が浮かぶ。“特級呪物”とは。
まあ、業界用語なんだろうと、自分を納得させた。
「神社の敷地内は探し終わったんですよね。じゃあ、別の場所に行ってみますか?」
「頼めるか。ここ以外は怪異の気配しかわからん」
恒一は鳥居を背に、改めて周囲を見渡してから目を閉じた。
あの村を思い起こす。
真っ直ぐ伸びる参道。木造の粗末な家が立ち並び――
距離は、これぐらい。
木が育っていても地形は変わっていない。平坦な道。
木の根に足を取られそうになりながら、到着したのは先客と過ごした小屋があった場所。
しかし、現実はただの森の一角だ。生い茂る木々と雑草以外、何もない。
「ここに何かあるのか」
恒一の足取りを追っていた香珠浄が、背後から声を掛けた。
「いえ、何もないです。ここに、先客……拓海の隠れ家があったんです」
「……何も感じないな」
「そうですね。でも、1年も前なのに意外と覚えてるもんですね。やっぱり強烈な印象が残ってるからかな……これなら、バス停まで行けそうだ」
「バス停?!」
香珠浄が驚きの声を上げる。
「江戸時代の村に、本当にバス停なんかあるのか?」
「俺がこの村に来たのも脱出したのも、そこからでしたよ」
「何度もバスの話が出るとは思ってたが、そういう形だとは思わなかった……時間を止めてる癖に、おかしなところだけ現代風を取り入れやがって……」
「迷い人が来るたびに、世界が更新されてるっぽいようなことを言ってましたね。実際、神社近くは古い建物ばかりでしたけど、周辺に行くほど新しい時代のもので……」
「俺の常識が更新されるわ……」
話しながら神社前に戻る。ここを基点にしないと道が思い出せない。
「こっちです」
恒一は記憶を頼りに、バス停への道を歩き始めた。




