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第25話:名もなき廃村、物言わぬ白骨

 

 木々が生い茂る自然林の奥、朽ちた家屋の基礎が落ち葉の間に見え隠れしている。

 人の手が入っていないのがひと目でわかる自由に伸びた枝に、倒れたままの木が虫に食われて土に帰ろうとしている。地面は先日の台風でぬかるんだままだ。

 そんな中を人が踏み固めた真新しい道が通る。

 

「ふー、やれやれ。とんだ発掘現場だな」

 

 福島はポケットに入れていたタバコを取り出して火をつけた。

 

 目の前には張り巡らされた規制線。その向こうにブルーシートに囲まれた現場がある。その範囲が尋常ではない。見渡す限りとしか表現できず、それが見えない奥にまで続いていて、遺体の位置を示す番号札が、数えるのもイヤになるほど置かれている。

 その間を縫うように、紺色の捜査用ユニフォームを着た捜査員や鑑識が忙しく働いている。

 福島はその手前に置かれた簡易灰皿の前で、煙をふかしていた。

 

「こんなところにいたんですか」

「よう。どうだ、仏さんは」

「どうもこうもないですよ。何体あるのか、見当もつかねーよ」

 

 同期の鑑識がため息混じりに手袋をはめた手で顔に風を送る。気温は高くないが、とにかく湿度が高い。

 

「こいつはやっぱり“案件”だろ?」

「他に説明がつくなら、教えてくれ」

 

 パシャパシャと現場の写真を撮る音が響く。

 

「こんな調子じゃどれだけかかるか、気が遠くなるぜ……」

「ま、先に報道が出たからな。そのうちお達しがくるだろ」

「はー、さっさと引き取って欲しいよ……」

 

 長時間の作業に疲れ切った様子で、同期はブルーシートの向こうに消えた。

 

(そもそも見つかった骨が、全部残ってる時点で案件だ。野ざらしだったんだぞ?)

 

 遺体の数が多いため、詳しいことはまだ調査中だが。

 福島が尋ねた専門家の意見はみな同じだった。

 

 どこかで保存していたと思われる、古い時代の骨。

 

 歯の治療跡がない。男性も女性も背が低く、顎がしっかりしている。

 どう見ても現代人の骨ではない、と。

 骨は数十年もあれば土に還る。全く風化していない完璧な白骨。

 

 所持品があり、最近のものと特定できる遺体もあったが、少数な上に発見場所が離れている。逆に「保存状態のよい古い骨」はまとまって出てきた。

 

 なぜ、こんなことが起きているのか。

 

(古い時代の遺骨を秘密裏に集めていたどこかの研究機関が、邪魔になって不法投棄したとか……?)

 

 あり得ない想像に首を振り、福島はため息をついた。

 

(やはり霊媒師に頼ることになるか……)

 

 福島が過去に関わった“案件”の数は決して多くはない。

 だが、その全てが、上からの圧力で福島の手から離れていった。その後、“案件”たちは、未解決事件にすら残らなかった。それらは適切なタイミングで、辻褄の合った綺麗な調書とともに消える。それを最初の頃は、不都合な事件のもみ消しだと憤慨して、独自で調べようと思ったこともあった。

 だが。

 何か巨大な生き物に襲われたかのようにめくれ上がった車の外装。一回転してねじ切れた電柱。何人分か想像もつかない量の髪の毛が詰まった貯水槽。浴室の鏡と完全に一体化していた下半身だけの遺体。原型を留めないくらいにバラバラだったのに、翌日には傷ひとつない状態になっていた遺体。

 ――全て、人間が出来ることじゃなかった。

 

 今回も同じだ。ただ、規模がこれまでと比べると圧倒的に大きいが。

 

(まあ、餅は餅屋ってことだ)

 

 理不尽を飲み込むことを覚えた福島は、いつしか“案件”を担当することが増えた。

 やることと言えば、専門家への引き継ぎのみだが。

 

「や、久しぶりです」

 

 不意に声を掛けられ、福島は反射的に振り向いた。

 全く気配を感じなかった。

 

「……お前か」

 

 霊媒師・夕暮祓史は茫洋とした笑みを浮かべて、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山奥の廃村跡から大量の白骨遺体発見、というセンセーショナルなニュースがテレビから流れた。

 その時、恒一は就職活動の帰りで、立ち寄った飲食店で、そのニュースを目にした。

 

 帰宅してすぐにネットで調べると、『林道に幽霊が出る』という噂を確かめるため、動画配信者が向かった森の奥で発見したのだという。

 その動画内で、恒一は拓海のものだと思われる特徴的な赤いジャンパーを見た。

 映像はその後すぐにブラックアウトした。警察の指導でカットされたというシーンには、おそらく遺体が映っていたのだろう。

 

 当初、恒一は難航している就職活動を放り出してでも、現地に向かおうとした。

 しかし、現地の様子をネットで調べてみると、現在は調査中とのことで、立ち入り禁止になっているとわかった。

 

 やきもきした気持ちで、立ち入り禁止の解除を待った。

 無理にでも行こうと思わなかったのは、村にいた住人たちのことを想ってのことだ。

 警察が入っているということは、死者たちの眠りが妨げられているということ。そこに自分まで行って、余計に騒々しくさせるのは意図するところじゃなかった。

 

 不思議なことに、“発見”のニュース以降、続報はほとんどなかった。

 ネットで情報を集めていたが、特にそれ以上のことはなく、情報も少なくなっていった。


 そして、初報から1ヶ月ほど経過した、11月に入ったある日。

 現地へと行ったという人物のSNSで、現場が無人になっているという情報を掴んだ。どうやら、調査は終わったようだ。

 遺留物から何人かの身元が判明して、現場には質素な献花台が置かれているという。

 早速、恒一は現場に向かうことにした。

 

 

 翌日。恒一は電車を乗り継ぎ、現場近くの林道まで、駅で拾ったタクシーで向かった。同じような客が多いのか、運転手は献花台の場所を知っていた。

 その道中、車窓から見る風景に強烈な既視感を覚えた。確かに、バスから見た風景と雰囲気が似ている。

 

 やがて、廃村への道があるという場所に到着した。そこには、雑木林を切り開いたばかりといった感じの荒々しい地道が通っていた。

 

(そういや、霧守村停留所は、自然林の中にあったな)

 

「ここを真っ直ぐ行くと、駐車場になってて、その奥をしばらく行くと献花台があるよ。道は良くないから、気を付けてな」

 

 運転手は駐車場まで行くと言ってくれたが、どう見ても悪路だったので辞退した。数百メートルなら、徒歩で十分だ。

 

「ご愁傷様でした」

 

 清算を終え、降車時にそう言われた。

 思わず喉が詰まって返事が出来なかった。

 

「……そりゃあ、こんな花を持ってりゃ、そう思うか」

 

 去っていくタクシーの後ろ姿を見送りながら、深く息をついた。

 

 先客の、拓海の死を、納得してる訳じゃない。

 この花は、あの村にいた人々への手向けの花だ。

 

 恒一はゆっくりと献花台へ向かう道を歩いていった。

 

 

 そこには誰もいなかった。

 

 置かれた献花台は画像で見た通り、小さくて質素なものだった。いくつかの花束が揃えて並べられている。

 恒一もそれにならい、花を並べるように置いた。

 手を合わせ、住人たちの冥福を祈る。

 

 さわさわと風が吹いてくる。

 森林独特の清廉で少し土っぽい。生きている森の香りだ。

 

 やはり村とは違う。

 あの場所の空気は閉塞感があって、澱んだ気配がしていた。

 

(さて……)

 

 祈りを終え、顔を上げると、献花台の向こうに規制線が見えた。

 辺りを見回しても、周囲がほとんど森になっているので、どこなのかさっぱりわからない。

 ただ、ところどころに、土を掘り返して戻したような跡があった。

 

(あのジャンパーは、遺留品として回収されただろうしな……)

 

 だけど、身元確認された人物のリストに、拓海の名前はなかった。

 チケットに浮かび上がった名前が、偽名ということはないだろうから、きっとまだ先客の遺体は見つかっていない。

 

――ということは、生きている可能性がある。

 

 恒一は献花台の脇を抜け、規制線が走る方向へと歩き出した。


――もし、亡くなっていたとしたら。

 

 胸がギシッと軋む。

 それを堪えて脚を前に進める。

 

 こんな場所に、一人で眠らせておくわけにはいかない。

 

 

 

 規制線を搔い潜り、森としか言えない場所を進んでいく。

 

「プハッ!」

 

 種だらけの雑草が口に入った。堪らず、ぺっぺと吐き出す。

 

(しかし、人の手が入らないと、こうも雑多な森になるのか。自然林というよりも、原生林だな、こりゃ)

 

 道なき道、勘だけで歩いたらすぐに迷ってしまうだろう。

 配信者がやっていた手法を参考に、恒一はGPSを起動して、現在位置を確認しながら、まずは神社を目指した。

 せめてもの救いは、ところどころに残る規制線が目印になることだった。

 

 そして、もう一つ。

 この森に入った時から感じている気配。

 それほど強力ではないが、怪異がいる。しかもおびただしい数の。

 

「巫女を解放しても、怪異は残るんだな……」

 

 普段なら、こんな場所には近付かない。

 だけど、手がかりが欲しい。

 怪異の気配を避けては、行きつ戻りつを繰り返し、GPSの軌跡を増やしていった。

 

「ん?」

 

 やがて、少し開けた場所に出た。

 たくさんの足跡で雑草が踏み固められている。

 その奥に、森に飲み込まれかけた崩れた鳥居があった。

 

「霧守神社……」

 

 鳥居にあった神社名が書かれた楕円形の額が、地面に落ちている。

 やっと、村と確信出来るものが見つけられた。

 朱色だった鳥居は灰色になり、傾いている。それでも、ここは霧守神社だ。

 

「はぁ……」

 

 鳥居の前にある石段に腰掛ける。

 気を張っていたのか、どっと疲れを感じる。

 喉が渇いたので、持ち込んだペットボトルを手にして、一瞬躊躇した。

 

『ここの食べ物は、何があっても口にしてはいけない』

 

「……これは、俺が持ち込んだものだから、大丈夫だ」

 

 自分に言い聞かせるように言って、ぬるくなった緑茶を飲んだ。

 

 ザワ……ザワ……

 

 休憩していると、不穏な気配がざわめいた。

 こちらに向かってくる様子はないし、揃った動きでもない。

 大丈夫だとは思うが、警戒はしておく。

 

 その時。

 

 パンッ

 

 軽く乾いた音。同時に、

 

――――ギュイッ!

 

 音にならない声が聞こえた。

 

「……誰だ」

 

 音の方向に顔を向けると、神社の奥、元拝殿があった方向に人影がある。

 

――――イィィィ……

 

 か細い音を出しながら、怪異が千切れた紙屑のように散っていく。

 

「あ……えと?」

 

 人影は神社の残骸を乗り越えて、真っ直ぐに向かってくる。

 黒い着物に、首からはデカい数珠みたいなものを掛けている。腕や脚に巻かれた白い布には、何やら墨の字で呪文みたいなものが見える。極めつけは、手にした儀式用の鈴。

 

「え、ええ? 拝み屋? 霊媒師? 呪術師?」

 

 廃墟に突然現れた“それっぽい人”に動揺して、脳内に浮かんだ言葉がそのまま口から出てしまった。

 

「2番目、霊媒師だ」

「うわー、ホンモノ……ですよね」

 

(実際に怪異を倒してたし)

 

 まじまじと見つめていると、30歳ぐらいに見える霊媒師は、苦々しい顔をする。

 

「人払いはしてあると聞いてたんだが……」

「あ、それは、俺が悪いんです。……規制線を無視してきたんで。すみません」

 

 一般人がいると、仕事の邪魔になるんだろう。

 申し訳ないので、移動しようと腰を上げる。

 

「この格好は、霊媒師の正装なんだ。決して俺の趣味という訳ではない……」

 

 霊媒師は聞いてもいないことを言い出した。しかも語尾になるほど声が小さくなっていく。

 

(んん? 恥ずかしがってる?)

 

 恒一は霊媒師の顔をじっと見つめる。

 

(――ああ、この人はすごい。強いけど、なにか、何重にも、背負って)

 

 霊媒師は恒一の視線に気付くとハッとした。

 

「こら、勝手に覗くなっ」

「わ……っ!」

 

 そんなに大きな声じゃない。なのに、声圧?に集中が吹き飛んだ。

 

「お前、視えるのか……」

「す、すいません。今、何が……?」

 

 初対面の相手の様子を窺ってしまうのは、完全に癖だ。

 不快感を感じさせないようにしているつもりだったけど、それを封じられたのは初めてだ。

 

 霊媒師はふん、と目を細めると、観察するように俺を見た。

 

「……てん7、ゆい8……は、いけるか。はないな」

「??」

 

 何やら言っているが、意味はわからない。

 

「お返しだ」

「はあ……?」

 

 何のことかわからないが、霊媒師は不敵な笑みを浮かべている。

 満足したなら、まあ、いいか……。

 

「ところで、大学生か?」

「あ、はい。4回生です」

「4回? じゃあ、就職先は決まってるのか」

「…………」

 

(どうして初対面の人にまで就職のことを聞かれなくちゃいけないんだ……)

 

 拓海のことが気がかりで就職活動に身が入っていないのは自覚してる。キャリアセンターの担当者にも教授にも、友人たちからも言われている。だけど、自分じゃどうしようもないんだ。

 

「黙秘します」

「決まってないんだな」

 

 霊媒師がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる。

 

「まあ、いいや。ウチに来ないか? お前、いい霊媒師になれるぞ」

「ええ?」

 

 さすがに霊媒師にはなれないでしょう!

 無理です! お断りします!

 

(と、言えないぐらい、就活惨敗状態だもんな……) 

 

 先客を探すにしても、先立つものは必要だ。

 就職浪人してしまった日には、探す時間すら取れないかもしれない。

 

「まあまあ、考えておいてくれ。で、お前、名前なんて言うんだ?」

「名前……?」

 

 ギクッとする。

 この場で名前を言うのは、やはり怖い。

 

「おお、いい判断だ。この業界、名前は大事だからな」

 

 そう言うと霊媒師は着物の合わせの間から小さな紙片を取り出して、軽く振った。

 ふわっと、何か見えない幕のようなものが周囲に掛かった。

 

「これで大丈夫だ。縁結えんゆいの幕を破れるような怪異は、この辺りにはいない」

「……そうみたいですね」

 

 ここに来るまでに感じた怪異に強いものはいなかった。

 きっと言われた通り、問題はないんだろう。

 

 そして、ふと気付いた。

 この人。――霊媒師がどうしてここに来ているのか。

 

 今までそういう職業を胡散臭いものとしか考えていなかったから、相談することすら思いもつかなかったけど。この人は、目の前で怪異を退治してみせた。少なくともその力は本物だろう。

 そんな人がここにいる理由はひとつだ。

 

 霧守村か、怪異のことを調べている。

 なら、先客のことも、何か知っているんじゃないか。

 

「俺、須々木恒一って言います」

 

 姿勢を正して、正面から目を見て名乗る。

 何故か、霊媒師はビクリと肩を揺らした。

 

「俺、人を探してここまで来たんです。……佐原拓海って高校生なんですけど、知りませんか?」

 


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