第23話:懐かしの、親友? 悪友? 財布
拓海が意識を取り戻してから数日。
食事も普通にとれるようになり、面会謝絶が解除された。
とはいえ、体の方は元通りには程遠い。
しばらくはリハビリに勤しむしかないが、歩行器を使ってトイレに行けるようにはなった。
大きかったのは、スマホが使えるようになったことだ。
俺は気になっていることを、検索しまくった。
気が急いて、指が止まらない。検索して、スクロールして、また検索する。
しかし、結果は芳しくなかった。
鈴木、という苗字がありふれている上に、コウイチという名前に該当する漢字が多すぎた。年齢を指定して検索できるわけじゃないし、膨大な情報の中で俺はSNSに絞って、ひたすら探した。入院中で良かったのかもしれない。時間だけはたっぷりとあったから。
午後のリハビリを終えて部屋に戻ると、入り口前に見知った顔が立っていた。
「龍二……」
「よお」
龍二は歩行器を使ってゆっくり歩く俺を、しげしげと眺めている。
「骨折したって聞いたけど」
「ああ、ここな。利き腕でなくて助かったわ」
龍二が左腕をさする。
厚手のパーカーを着ていて、見た目だけではわからない。
「痛みは?」
「全然」
扉を開けようとしたら、その前に龍二が開けた。
「ずいぶんとやさしーじゃん」
「怪我人だからな」
「お前もだろ」
「治った」
相変わらずの口調に思わず苦笑する。
「まあ、寄ってけよ。まだ食えないってのに、母さんが大量の菓子持ってきてさ」
「ゴチ」
龍二は病室に入ると、珍しそうに部屋を見渡した。
「高そうな部屋だな」
「うちが過保護なのは知ってんだろ」
ベッドに腰かけてから、ゆっくりと足を上げて乗り上げる。
「ふぅ」
「大変そうだな。怪我は大したことないって聞いたが」
「いや、2ヶ月の間、寝っぱなしだったから、なまってるだけだし」
「じゃあ、また喧嘩すっか」
「勘弁してくれ」
憎まれ口の応酬が懐かしい。
じわじわと当時の記憶が、色を持って蘇ってくる。
樋口たちに襲われた時のことはなんとなく思い出したが、龍二が助けに来てくれた覚えはない。どうして助けに入ったのか、理由もわからない。
「……なんで、助けに入ったんだ? 放っといても、誰かが通報しただろ」
「ツレがやられたら、やり返すに決まってんだろ」
当たり前のように言ってから、龍二が気まずそうに顔をそらす。
その空気に釣られないように、そっと気合を入れる。
「助けに来てくれて、サンキュ。――今までのこと、悪かったな」
「はあ?」
龍二は露骨に嫌そうな顔をした。
「やべぇ、アタマ打って、正気じゃねぇのか」
「どういう意味だよ」
龍二が胡散臭そうに鼻を鳴らす。
「お前、ぜってー謝らねぇだろ。いっつもキャンキャンとチワワみてーに」
「……俺のこと、そんな風に思ってたのかよ」
あんまりな物言いに、思わず顔をしかめると、龍二がニヤリと笑った。
「意地っ張りも、ここまでくりゃあ、マジモンだなって思ってたぜ」
「褒めてねぇよ」
はあ、とため息を吐く。
龍二の様子から、もう根に持っていないのはわかる。
こんな簡単に元通りになるなら、さっさと話し掛ければ良かった。
(いや、あの時は無理だったな)
随分と時間が経過してしまったように感じていたが、一度記憶が繋がると、芋づる式に当時のことを思い出した。
「……そういや、ポリが来たぞ。樋口が実刑くらいそうだって、マジ?」
「ああ、大マジ。俺も参考人チョーシュってやつ、受けたぜ。ついでにいろいろチクってやった」
「そっか」
あいつらを怖いと思ったことはなかった。
どうせ、つるむことしかできないヤク中だ。
だけど、挑発するようなことを言ってしまったのは、さすがに軽率だったと思う。
「……なんか、拓海変わったな」
「ん? そうか?」
そりゃそうだろう。
村での絶望を知ってしまった今、同じ顔でいられるわけがない。
いくら思い出せても、あの頃の心境になるのは無理だ。
「なあ、龍二、頼まれてくれないか? 金は出す」
「いいぜ」
金の話を出すと、龍二は前のめりになった。
「鈴木コウイチってヤツを探して欲しいんだ」
「いくら出す?」
龍二の相変わらずな態度に思わず苦笑が漏れる。
「バイト代として、1日、5000円。成功報酬も付ける」
「よし、乗ったっ」
「……と、退院後でいいか? 今は持ち合わせがない」
「いいぜ。お前がいなくなってからこっち、金欠でよ。来月、四葉の誕生日でな。それに間に合うように頼むぜ」
きょうだいの多い龍二は、常に金欠だ。休みはバイトに明け暮れ、面倒見もいい。
貧乏をバカにされて殴ったのが、不良への入り口だったらしい。
「で? その鈴木ってヤツは、お前のなに? 訳アリなんだろ?」
「…………」
少し考えてしまった。
しかし、全部話すことにする。
信じるかどうか、五分五分だが、馬鹿にするようなヤツじゃない。
「……こい、……惚れたヤツだ」
「おお?」
龍二は驚いた顔になる。
「コウイチって、女の名前には聞こえねーけど。そっか、なるほど」
「何が、なるほどだ」
「ついに本気になれるヤツが出てきたのか。そりゃ顔つきも変わるわな」
うんうんと頷くと、龍二は完全に聞く体勢になっている。
成功報酬をもらうためには、情報は多い方がいい。詳細を聞き出そうと、龍二は完全にやる気になっている。
「先に言うけど、突拍子もない話だぞ」
「おう」
前置きをしてから、俺は霧守村での話をした。
気付いたら、辺鄙な森の中にあるバス停にいた。
死人の村。
黒い靄の怪異。
生きた人間は『迷い人』と呼ばれた。
段々と村に同化しつつある自分。記憶もあいまいになっていった。
何年の時間が経過したのか、わからない。
そんな時に現れた、新たな迷い人が“鈴木コウイチ”だった。
彼は、記憶を失っていた自分を助け、村を解放した。
一緒に帰ろうと、現実へと向かうバスに乗り込んだ――
「――はずだったんだ。でも、現実はベッドの上だ」
「にわかには信じがたい」
龍二はカタコトのような喋り方で感想を述べた。
無表情だが、かなり混乱しているようだ。
「無理ねえよ。俺だって他のヤツから聞いたら、ぜってぇ信じねー自信ある」
拓海の言葉を聞いているのか、龍二はスマホに情報を入力している。
「……よし、確認するぞ。鈴木コウイチ。年齢21歳の大学生。身長は170から175ぐらい。人のよさそうな顔で、優しい、と」
「それでOK。もっと詳しいこと聞いておけば良かったんだけど、そんな状況じゃなかったしな……」
「優しくされたんだ。甘酸っぱいねぇ」
「うるせえ」
ジャブのような軽口を叩いて、龍二はパイプ椅子から立ち上がった。
「まあ、経過はスマホに入れる。他に手かがりを思い出したら、連絡してくれ」
「ああ、そうする」
やることが決まればあとは早い。
龍二は振り返りもせずに、軽く手を振って病室から出ていった。




