第22話:刑事来訪、入院の理由
次の日、まだ満足に動けないものの、喉の調子はだいぶマシになっていた。
朝の回診にやってきた医師に今後の予定を聞いた。
リハビリ次第だが、数週間はかかると言われて、またもや愕然とした。
そんな悠長なことはしていられない、と文句を言おうとしても、ゆっくりとしか話せない。二言三言、言ったところで医師は別の部屋へと移動していった。
憤然としていると、入れ替わりに看護師が朝食を運んできた。
まだ固形物は摂れないので、トロミのついたスープだ。ちゃんと飲み込めるか、横について看護師が見守る。正直、食べにくいけど、……やはり味のついた物を口に入れるとホッとする。
食事を終えてすぐに、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
出来るだけ大きく応えたつもりだったけど、情けない掠れた声しか出なかった。
しばらくすると、扉が開いて、スーツ姿の男が2人、入ってきた。
「桜ヶ丘署の福島です。こっちは門倉」
警察手帳を俺に見せてくる。
「刑事さん、ですか」
「まだ喋りづらそうだね。ゆっくりでいいから、話を聞かせて欲しいんだ」
頷くと、刑事は怪我した時の状況を聞いてきた。
「よく、覚えて、ないんです」
「キミは和塚高校の2年生だよね。3年生の樋口剛也という生徒を知っているかい?」
「ああ、はい」
もちろん、覚えている。有名な不良グループのリーダーだ。
「その樋口に、虐められてた?」
首を横に振る。
「他の生徒に聞き込みをしたら、キミが樋口に絡まれてるところを見たと言ってる人がいてね」
「ただの、パシリ、ですよ」
自虐じゃない。ただの事実だ。
チビで女顔だとナメられる。それが嫌で不良とつるんできた。金を出せば、周りも手を出してこない。ヤツらの財布になることで、周囲を威嚇してきた。
「じゃあ、何かトラブルは? キミが入院したのは、樋口に殴られたからじゃないのか?」
「……え」
刑事の言葉に、自分の記憶を遡る。
しかし、村に行く前のことだから、今ひとつはっきりしない。
(あ、そういえば。貯金が尽きて、金が出せなくなったって樋口に言って……)
「俺、樋口と、そのツレに、追いかけられ、押さえられて……」
刑事はメモを取りながら、無言で聞いている。
「あれで、気を失ったの、かも」
そうか、そうだった。
自分の中では、随分と昔の記憶なので、あいまいだけど。でも確かに、そんなことがあった気がする。
「福島さん、そろそろ……」
「目覚めたばかりで悪かったね。また話を聞きに来るよ」
若い刑事が肩を叩くと、福島と名乗った刑事は椅子から立ち上がった。
(そうだ、刑事だったら、旅人のことを知っているかも……!)
「あ、あのっ」
「どうした?」
拓海の呼びかけに、刑事はピタリと足を止める。
「俺、ここに、運ばれた時、誰かと、一緒じゃ、なかったですか?」
「ああ、もう一人、一緒に運ばれた子がいる。友達なんだろう? その子も骨折して」
「骨折……っ! 無事、なん、ですかっ!?」
「もうとっくに退院している。何度か見舞いに来てるみたいだけど、キミが面会謝絶だったからな。まあ、また来てくれるだろう」
「そう、ですか……」
ほーーっと肩の力が抜けた。
(良かった、無事だったんだ……)
「ええと、名前、なんだったかな……」
「福島さん、山田くんです。山田龍二」
「ああ、そうだ。山田だ。目つきの悪い……」
刑事の言葉に、体が強張る。
「え……? 鈴木、じゃない……?」
喜びに浮上していた気持ちが一気に崖下に転落する。
生きていたと確定した情報が、また暗闇の中に霧散していく。
「そんな……」
頭の中が真っ白になる。
ドキドキと嫌な音を立てる心臓をなだめるように、必死で自分を納得させる。
(落ち着け、当たり前だ。村に迷い込んだ時期が違うんだから、きっと元の場所に戻っただけだ……! 俺より短い時間のはずだから、きっと……何事もなく生きてる……!)
拓海の様子がおかしいのに気付いて、刑事が訝し気な視線を送る。
「その場に鈴木って生徒もいたのか?」
「あ、いえ、その」
急に空気が厳しいものに変わった。
下手なことを言ったら、旅人に迷惑を掛けてしまう。けど、ここで誤魔化したら、余計に怪しまれる。
もう一度、記憶を確かめる。
大丈夫。3回も聞いた名前だ。
旅人の名前は『鈴木コウイチ』。
「俺、人を探してて、その、名前が、『鈴木コウイチ』、です。この名前に、聞き覚えは、ありませんか?」
「そいつが、現場にいたのか?」
「わかり、ません」
福島の顔が疑問に歪む。
「んん、どういうことだ、もう一度……」
「刑事、さん」
信じてもらえるとは思っていない。だけど、しばらくは退院できない。だったら、警察でも何でも、可能性に繋がる行動を取ろうと決めた。
長期間の昏睡から目覚めてすぐの今なら、「混乱していた」という言い訳も出来る。
「信じて、もらえるか、わから、ないん、ですけど……」
喉の痛みを堪え、ゆっくりと話す。
福島はそれをじっと聞いてくれた。
しかし、すぐに喉に限界がきた。
「ゴホッ、ゴホッ、……で、ひゅう、……ゴホッ、やま、のぉ、ゴホッ」
痛みがある上に、声がかすれてきた。
「もういいから。……今日はここまでにしよう」
「福島さん」
いったん病室から出ていた、もう一人の刑事がタブレットを手に戻ってきた。
「これ、使えるか?」
入力モードにすると、画面が目の前に現れた。
すでにスマホと筆談は試してみたが、ダメだった。まだ指がそこまで動かない。
すずきこういち
きりもりむら
やもりすみ
やながせよしかず
何度もミスをしながら、ひらがなで。
タブレットを支えてくれている福島の顔を見て、少し考えてから、
くろいもや
ばけもの
と、入力した。
「あっ! 刑事さんたち、まだいたんですかっ!?」
看護師の声が病室に響き、刑事2人がしまった、という顔をする。
「15分だけって言いましたよねっ!? 拓海くんは、本調子にはまだ遠いんですからっ!」
「だい、じょ、ぶ……、ゴホッ、ゴホッ」
「あーもう! ガラガラ声じゃないっ! お水飲んでっ!」
手渡されたトロミつきの水分で喉を潤すと、刑事たちの姿はなかった。
(逃げ足速えぇ……)
「んもー、拓海くんも災難ね。明日も来るって言ってたけど、先生にお願いして、しばらく出禁にしてもらえないかしら」
自分からお願いして、話を聞いてもらったとは言えない。
ヤブヘビになる前に、あいまいに笑って、布団を被った。
病院近くの時間貸しのパーキングにシルバーのセダンが止まっている。
その車内で、さっきまで拓海の話を聞いていた刑事2人が、タブレットの画面を見ていた。
「どう思う?」
「意識不明から回復したばかりでしょ? 臨死体験ってヤツじゃないですか?」
門倉と名乗った刑事が、福島の持つ画面を覗き込む。
「この“すずき”ってヤツが、三途の川の向こうから呼んでるってか?」
「まあ、かなりエンタメ仕様の臨死体験だとは思いますけどね。どうせ、最近のゲームやアニメの影響じゃないっすか?」
完全に信じていない門倉に比べ、福島は深刻そうな表情で画面を眺めている。
「まさか、あんな話、信じてるんですか? まあ、詳しいことはほとんど聞けませんでしたけど……」
けど、に続く「聞いても意味ないです」という言葉を門倉は飲み込んだ。
先入観を捨てろ、と何度も言われたことを思い出したからだ。
「まあ、この文字と、入院中に妙な村にいたってことぐらいしか分からんが……。まあ、その辺りは回復を待って、もう一度聞くとしてだ」
「ええ?」
門倉の声に隠し切れない不満の色が滲む。
「こりゃあ、霊媒師案件かもなぁ」
「……マジっすか」
門倉が目を丸くして驚く。
霊媒師、という言葉に驚いた訳じゃない。この尊敬する上司が、そんな眉唾ものを信じていることに驚愕したのだ。
「どう考えても夢、百歩譲っても幻が見えてるだけでしょ。さすがにそんなオカルトじみた話……」
「門倉、覚えとけ。“案件”は、うちの署内だけでも年に数件あるんだ」
そう言われて、門倉は思い出した。
今回の傷害事件の容疑者である学生たちを取り調べていた。
その時、こんなことを言っていた。
『確かに、アイツを何人かで押さえ込んだけど、それだけだ。なのに、いきなり動かなくなっちまって』
『否認するってことか? それとも、故意じゃないとでも?』
『あの時、なんか、おかしかった。……そう、いきなり変な緑色のバスが現れて』
『バスぅ?』
『クラクションが鳴ったんだ。それに気を取られて、気付いたら、あいつがグッタリして……』
その話を聞いた時。
(どうせ、やりすぎた言い訳だろ)
としか思えなかった。けど。
そのバスが、妙な村への迎えだったとしたら?
「や、止めてくださいよ。福島さん」
両腕をさするようにして非難してくる門倉に、福島は車を出すように指示した。
(勘と言えば、聞こえはいいが)
タブレットに書かれた文字に、福島は心当たりがあった。
きりもりむら、やもりすみ
随分と昔に聞いたことのある地名と人物名。
被害者の少年から聞くまで、全く思い出すこともなかった。
タブレットに打ち込まれた文字を見るまでは。
被害者の意識が戻ったと連絡があったから、病院を訪ねた。
その時は門倉と同じく、高校生同士の「やりすぎた」傷害事件だとしか思っていなかった。
既に裁判は始まっている。
もう一人の被害者からも話は取れている。
不良グループの余罪も出てきた。
だから、意識不明から回復したばかりの少年の話を聞くのは、形式的なもののはずだった。
――霧守村、守宮澄。
それが何を示すのか、どんな意味があるのか、わからない。
だが、それを探し求めている人物を、福島は知っていた。




