第20話:赤いジャンパーの行方。二人の約束
9月に入ったばかりだというのに、その日は憎らしいほどの晴天だった。
真夏のように暑い。
あれからずっと就職活動にも身が入らず、友人たちが内定をもらっているのを横目に、興味も持てない会社説明会に、惰性で足を運んでいた。
説明会が終わり建物を出た途端、照り返しの強さにまいってしまった。着慣れないスーツが暑すぎて、思わずネクタイを緩めた。
熱気で車道が陽炎に揺らめいている。駅までは距離があって、どこかで涼みたい気持ちになっていた。
そんな時、一軒の中華料理店の前で足が止まった。冷麺と書かれた張り紙が恒一を誘っている。
あれから食欲が戻らない。自炊するつもりでも、面倒になって食事を抜くことも多かった。今年は夏バテもして、体重が随分と減ってしまった。
今日も昼食を抜いてしまっていた。食欲よりも、涼を求める気持ちに負けて、店内に足を踏み入れた。
「冷麺ください」
「あいよー」
適当な席に着き、エアコンの風に当たってホッと息を吐く。
セルフの水を汲み、注文したものが届くのを待った。高い位置に設置された液晶テレビをぼんやりと眺めていると、やがて夕方の報道番組が始まった。
それを眺めながら冷たい水で喉を潤していると、物騒なニュースが流れてきた。
『〇〇県、××市郊外の自然林にある廃村跡で多数の白骨遺体が発見されました』
最初は、どこか他人事のように「ふぅん」としか思わなかった。
――あの、風化して崩れかけた鳥居を見るまでは。
辺り一面に被せられたブルーシートと黄色い規制線を、テレビは無機質に映し出している。その向こうにある鳥居は灰色に沈んで見えた。
それでも、見間違うはずはない。あの特徴的な形の鳥居を、拓海と二人で緊張して見上げたんだから。
「……ゆ、」
一瞬、叫びそうになったのを堪えた。
(夢なんかじゃなかった……っ!)
『遺体は発見されたものだけでも数十体分あるとのことです。まだ多数が埋もれていると見られ、現在調査中です』
「兄ちゃん、お待たせ……って、どうかしたのかい?」
料理を運んできた店員が訝しげに見てくるが、それどころじゃない。
「すいません。代金は払いますので、それ、キャンセルで……」
その時、ぐう、と腹が鳴った。
(……落ち着け。食える時に食っておかないと、いざという時に動けなくなる)
「キャンセル?」
「いえ、……あと、チャーハンも、お願いします」
「あ、あいよー……?」
慌てて飯をかき込むと、恒一は急いで自宅へ戻った。
(まずは情報収集だ)
恒一はアパートに戻るなりPCを立ち上げ、該当するニュースを片っ端から見ていった。
広範囲に広がる白骨遺体というのは、報道写真家たちの興味を誘うのか、多くの画像がネットに上がっていた。
当然ながら、遺体の写真があるはずもない。ほとんどがブルーシートや規制線越しの風景だった。だが、あの村の存在を再確認するには十分だった。
おそらく怪異の力で作られたであろう、近年の建物の画像は1枚もなかった。江戸時代に建てられた木の家も、すでに朽ちて消えていた。
その中で唯一原型がわかるのが、石造りの鳥居の土台と神社周辺の建造物だった。
あとは、木が育っていたり雑草で覆われたりして、どこを撮影したのか画像では判別できなかった。
それ以外の収穫といえば、村の具体的な場所がわかったことだ。
近くに公道はなく、山の管理用の林道が300メートルほど離れた地点を通っているだけだった。当然、公共交通機関なんかは存在しない。
「へえ、ユーチューバーが見つけたのか……」
オカルト実況系チャンネルの配信者ケンが、『幽霊が出る』という噂の真相を確かめようと、林道に入ったらしい。
「霊感でもあるのかな。さすがに300メートル先の神社を見つけるなんて、偶然じゃ無理だろ」
衛星写真とウィンドウを並べながら、該当のチャンネルを視聴する。噂が広がったのか、その動画だけが飛び抜けて再生回数が多い。
『いやー、自然林と言いますか、雑木林? とにかく、歩きにくいです~』
能天気な声の男が、苦労しながら森を分け入って行く。
ガッサガッサと、下草を踏む音がスピーカーから流れてくる。
『しっかし、暗いですね~……、日は照ってるのに、何というか……霊気のようなものを感じるみたいな~』
コメント欄は『うさんくせ~』『ケン、除霊やってみてww』『木の向こうに人影が見える!』など、好き勝手に賑わっている。
動画の最初は、ほとんどがケンの喋りで尺を取られ、背景はひたすら森が続くだけだった。バーを先に進めようかと思ったが、念のため再生スピードを2倍にして、そのまま視聴を続けた。
「本当に、村まで行けたのか?」
能天気なノリに恒一は苦笑した。背景を見ている限り、進んでいるようには見えないし、ケンのトークはそれなりに面白いのだろうが、常連でない自分に身内ネタはわからない。
正直、村の跡地に何かが残ってるとは思っていなかった。ニュースで白骨遺体があったと聞いても、それは江戸時代の村の住人のものだろうし、事件性は低いだろうと。
骨の正体なんてどうでもよかった。
あの村が実在していた。それだけでも十分だった。
「……そういえば、名前を思い出すために持ち物を探したりもしたな……」
あの時、先客が名前を思い出せたのは、柳ヶ瀬のくれたキャップのお陰だった。あれがなかったら、拓海はバスに乗れなかった。
「……そうだ、バスには乗れたんだ。俺と一緒に」
時間が経過して、衝撃的だったがゆえに、夢じゃないかとすら思えてくる記憶。
それでも、一緒に靄を突き抜けた。
その片割れの俺が、こうして生きているんだから、拓海もきっと――
「あの時、もっといろいろ聞き出しておけば良かった」
そして、自分も。
隠す必要もないんだから、もっといろいろと教えておけば……
『あ、川を発見しました~! 水音はこれだったんですね~!』
能天気な声に釣られ画面に目を戻すと、木々の間から清流が垣間見えた。
この川幅、流れの速さ。場所はともかく、柳ヶ瀬の家近くで流れていた川じゃないだろうか?
柳ヶ瀬が消えた時のことを思い出して、身震いする。
『あ、ちょっとここ、広くなってますね~、いったん休憩にしましょうか』
足場が良くなったのか、カメラがずんずんと奥へと入っていく。
木々は生えているが、地形的には平らになっている場所で中央に古い切り株があった。そこにケンが疲れ切った様子で近寄っていく。
『あ、ちょうどいい。座っちゃえ~』
「あ……この切り株。薪割りに使ってたやつじゃ……」
カメラが一瞬切り株を捉えた。斧で刻まれた跡は、残っていない。
怪異が作った家は柳ヶ瀬とともに消えた。きっと傷もそうだったんだろう。
それでも、そこがどこなのか、わかってしまった。
『結構歩いたつもりなんだけど、GPS見たら、全然進んでないね。山道こええ~』
はあーと大げさに疲れた素振りを見せるケンが、ふと何かに気付いた。
『あれ? 人工物? なんか赤いのが……』
疲れているという演技を忘れたように立ち上がり、ケンはカメラの画角から外れた。数秒遅れて、ケンの背中が映し出された。
手を伸ばして、木の枝に引っかかっている赤い布を掴んでいる。
『ジャンパー? しかも、まだ新しそうじゃない?』
ケンが手に持った赤色のジャンパーをカメラに向けようとした所で、思わず一時停止させてしまった。
モニターを凝視するが、まだ、ただの赤い布にしか見えない。
ドッドッドッと心臓の音がうるさい。
予想もしていなかった手がかりを目にして、頭に警戒音が鳴る。
(俺が戻ってきた時、持ち物はもちろん、服も村に行く前の状態だった)
拓海が無事に戻っているなら、当然、服も一緒のはずだ。
それが、村の跡地に残されている。
(いいや、先客のものとは限らない)
指が震えて、再生ボタンをクリックできない。
悪い予感が最大になって、ブラウザを閉じたいという欲求に負けそうだ。
だけど、恒一は生きているかもしれないという希望に縋るよりも、手がかりを知りたいという意思に従った。探し続けた1年は長すぎた。
数十秒の逡巡ののち、再生ボタンをクリックした。
『でも、ちょっと破れてるなー。誰かの忘れ物?』
視聴者に見せるように広げられたジャンパー。
思わず、息を止めた。
『最近のじゃね?』
『ガチ事件では?』
『触るな触るな』
呆然とする中、視聴者のコメントが流れていく。
「あ……」
間違いない。拓海の着ていたジャンパーだ。
たまたま同じジャンパーを誰かが忘れていっただけだ、と思いたい。だけど、そんな偶然がある訳がない。
あの村にいた時にだって、あんなジャンパーを着ている住人はいなかった。
配信者でもなければ来るはずのない山奥に、落ちているはずがない。
「……あれ? まだ奥に何か」
配信者がさらに奥へと踏み出していく。
その瞬間、画面が真っ黒になった。
そこに勿体付けたようにテロップが流れる。
『ここからは警察からの指導で一部カットした映像となります』
そして数秒後、画面はボロボロの建物前を映し出していた。
『ヤバかったね。これ、すぐ戻った方がいいんじゃないの~?』
焦ったような、それでも能天気な音声が聞こえてくる。
『でも、GPSだと、こっちからの方が近いんだって~。 いや~でも、大発見……は、ちょっと不謹慎か~ご冥福をお祈りいたします~』
画面の下に再びテロップが表示される。そこには『※スタッフがすでに通報してます』とあった。
目で追うのが難しい速度でコメントが流れていく。
その後は、画面を見ても頭に入ってこなかった。森に飲まれた廃墟を見ても、それがどこかを考えられなかった。
時折、意味ありげに黒い画面が挟まれ、気付けば動画は終了していた。
「……ああ……」
現実感がなくて、そのまま呆然としてしまう。
いや、そもそもあの3日間に現実感がなかったんだ。
くしくも、廃村の発見という形で、あれが本当にあった出来事だったと確信はできた。
だが、1年近くも過ぎてしまった。
拓海という存在がなければ、とっくの昔に日常に埋もれて、思い出すことも滅多になくなっていただろう。
「先客……拓海……っ」
声を殺して、滲んでくる涙を堪えた。
じわじわと後悔が押し寄せてくる。
――ずっと、俺と一緒にいてくれる……?
守れなかった約束。
自分が脱出するために巫女を解放した。
そのせいで村も解放され、元の時間に戻った。
そこにいた住人たちも“あるべき姿”に戻った。
俺が、あの村に留まる選択をしていれば。
拓海は今もまだ、あの村で生きていたんじゃないのか。
「うう……うううう……っ」
必死で涙を飲み込んだ。
俺には、泣く資格はないと思った。
一章 END
これにて、一章は完結です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
二章に続きます。
【第二章:再会編】
4月2日21時頃から連載再開します。
以降、毎日21時頃に完結まで投稿。全25話、約90,000字です。
よろしくお願いします!




